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虹の死神  作者: 九JACK
灯の死神
120/150

筆赤

 遺書みたいなものを残しておくのもいいか、と思った。まあ、これを読むお前らにとっては多少なりきついものになるかもしれないが、おれのわがままと思って聞いてくれ。時間もないし。


 キミカへ。

 キミカ、お前とは長い付き合いだったな。出会ったときは本当に最悪だったよ。お前は虹の死神にされるために、わざわざ生かされた存在だった。あの頃、おれはまだまだ死神より人間に感覚が近かったから、残酷な仕打ちだと思ったよ。

 でも、お前がいてくれてよかった。お前は優しいからさ、人を心配できるだろ。そういうの、おれはあんまり向いてなかったから。キミカがいてくれてよかったと思うよ。無茶すると、心配して泣いてくれるし、心配かけないでくださいって叱ってくれる存在がいるの、なんだか生きていてよかったみたいに思うんだ。どこかフィウナみたいな……いや、違うな。おれがフィウナに求めていたことを、お前はしてくれたんだ。

 おれには家族がいない。フィウナのことも、姉とは思うが義理の姉だし、フィウナはおれを置いて死んでしまうし。孤児院の小さいやつらも、家族と言えたかもしれないけど、あいつらにも結局おれは置いて行かれたから……そうだな、おれはもう、置いて行かれる側になりたくなかったんだ。一緒にいてくれる人が欲しかった。キミカはそれだったよ。

 キミカは落ち着いた姉のようでいて、やんちゃ坊主みたいなところもあって、一緒にいて退屈しなかった。新聞読むのも楽しかったし、時計を置いてくれたの、なんか生きている実感みたいなのがあってよかった。

 時間は絶対に止まってくれないと嘆くやつらがいるけれど、それは生きているって証拠だろう。悪いことばかりでもないと思うんだ。

 おれが死神としての役目を全うして消えることを「死」と捉えるかもしれないが、これは一つ前に進んだということにもなるんだ。

 キミカは人を殺す死神に全然向いてないよ。でもいつか、前に進んでくれ。

 生まれ変わって、覚えていたら、なんでもない話をしよう。もしかしたら互いに体が不便なまま、病床で会うかもしれないな。

 お前の隣人におれがなったら、仲良くしてくれないか? おれは不器用だけどさ、編み物とか、林檎の皮を剥くのとか、色々興味があったんだ。死神の役割には必要がないから、改まって教わろうとはしなかったけれども。

 キミカがおれのように前に進むことは難しいかもしれないけどさ、それでも、時間がかかっても前に進んでほしい。あいつらに利用なんてされないでくれ。

 大切にしているストールをさ、いつかあの人のところに返しに行ってやれよ。もうそいつは生きていないんだろうけど、お前を何十年も探して見つけたあいつなら、きっとお前にまた会いに来るよ。だから、待つんじゃなくて、会いに行ってやれ。

 お前は優しいから、さよならのたびに泣くんだろうけど、それでもありがとうって言えるだろう。お前の優しい声でそう言われたら、嬉しいんだよ。だから、ありがとうって、伝えてやれ。

 随分好き好きに言ったが、キミカはおれがいなくなったら、死神で一番古株になるんだな。年長者というのも変な話だが……みんなを頼む。


 リクヤへ。

 お前とも、そこそこ長い付き合いだと思うんだが、お前は正義感が強くて、真っ直ぐで、おれとはまるで違う性格で、眩しかった。太陽みたいなやつだよ。油断すると眩んでしまう。

 短気というか怒りっぽい印象だが、おれに対して怒ることは少なかったよな。虹の死神を理不尽だって口に出したの、後先見てもたぶんお前だけだよ。おれも理不尽だと思う。

 そんな理不尽の中に、お前も含まれているんだ。

 何かを決断しなくてはならなくなったとき、そのことを思い出してくれ。お前も虹の死神である以上、理不尽という屍の上に立っているんだ。

 あとは、そうだな……年下のやつらを気にかけてやってくれ。シリンとか、セイムとか。アイラやおれに懐いているように見えるかもしれないが、お前はお前で人望あるからな。頼むぞ。

 たぶんシリンは想像以上に繊細だろうし、セイムは図太そうだけど、お前と抱えるものが一番似ていると思うんだ。

 リクヤ。正直言って、おれはお前が羨ましいよ。おれは小さいやつらを守ることができなかったけど、お前はそれができる。その能力が羨ましいよ。でも、おれはお前にはなれないから、潔く諦めるんだ。適材適所とかいうやつだ。

 あまりアイラのことを恨んでやるな。それで最後に傷つくのは、きっとお前だから。

 含みのある言い方、お前は好きじゃないだろうけど、これはお前自身の問題、もしくはお前とアイラの問題だ。当事者で解決してくれ。

 大切な人を大切にできる人間になってくれ。


 アイラへ。

 おれは先に行くよ。たぶんそうしたら、暴走したお前を止められるやつはいない。シリンやヒカリは強いけど、小さいやつらに負担はかけたくない。お願いだから無茶をするな。

 ああそうだ。お前とは吸血鬼の街の話をもっとしてみたかった。面白い話だよな。おれは白神さまなんて呼ばれる存在で、お前は藍色の修羅なんて呼ばれる悪鬼だなんてさ。おれもお前も大量虐殺の罪を負う罪人なのに。

 そんなこと、知る由もないと言われてしまえばそれまでなんだが。笑ってしまうよな。おれが現れたことが、変革の前兆だと、吸血鬼は捉えているらしい。お前が封印されたのが五千年。あれから思うより時間が経っているのかもしれない。長生きの吸血鬼からしたら、千年なんてあっという間に過ぎるものなのかな。

 お前とはもっと話しておけばよかったと思うよ。そうしたら、おれはもっと色々なことを知れただろうし、リクヤとの仲の悪さをいくらか中和してやれたと思うんだが……余計なお世話か。

 余計ついでに、リクヤとちゃんと仲良くするんだぞ。あと、あんまり自傷してキミカを泣かせるな。お前も前に進め。大事なものをなくす前に進め。おれにできて、お前にできないということもないだろう。

 お前にはヒカリのことを頼む。吸血鬼の混血云々の話が正確かどうかわからないが、あの子が暴走したとき、止められるのはたぶんお前だ。もし吸血鬼の混血だとしたら、一番対処ができるのもお前だろうしな。

 あ、ただ、殺し合いで止める方法はやめろよ? あれはおれとお前だったから成り立った危うい方法なんだ。それに、ヒカリは女の子だからな。丁重に扱え。

 たぶん、お前が戦力として一番強いから、もしものときは、みんなを守ってくれ。シリンも強いが、あれは身の丈以上の無茶をするから。お前は生きていた時間が段違いだから、その辺の力の調整は弁えているはずだ。

 頼んだぞ。


 セイムへ。

 こんな一万年以上も続いている日記なんて重いものを託して悪かったよ。お前も背負えってことじゃないんだ。ただ……

 ただ、なんだろうな。おれもよくわからない。でもきっと、最後は結局、セイムの手元に残るなら、今託しても同じじゃないか? そんな安直な考えだった。

 能力的に、シリンに託すのが一番だとわかってはいたんだが、あいつは一人で背負いすぎる。体がぺしゃんこになるほどの重荷を背負わされることに慣れすぎている。だから、シリンに託しちゃいけないと思った。

 シリンがその記憶能力を散々大人に利用された話はお前だって知っているだろう。あれの二の舞になってほしくないんだ。シリンに託したら、シリンは誰にも頼らないだろうから。

 お前は社交的で、誰とでもすぐ仲良くなれて、壁なんて作らないようなやつだからさ、お前なら「みんなで」この日記を後世に繋いでいく潤滑油になってくれると思ったんだ。打算的か?

 お前はシリンのこと、他のやつらより気にかけているみたいだから。その気持ちを利用した……ってことになるのかな。お前は一人で背負えないって気づくだろうし、気づいたなら、ちゃんと周りを頼れると思ったんだ。

 何かが手遅れになる前に。お前が当事者なら、何もかもが手遅れになることはないと、そう信じている。


 シリンへ。

 初対面で「死神らしい」と言われたときは驚いたよ、シリン。おれはおれを死神らしい容姿をしているなんて思ったことがなかったんだ。

 死神の役割は正直嫌なことばかりだったけれど、お前のその一言には、なんだか救われたような気がするんだよな。

 ここまで、それぞれに色々背負わせてきたけど、シリンに背負わせるものは何もないよ。背負わせなくたって、お前はどうせ、荷物を見つけたら勝手に背負うだろうから。だったら最初から背負わせる必要なんてない。おれはそう思う。

 短い間だけど、お前といてそれなりに楽しかったよ。似た者同士なんだろうな。もっと長い時間があったら、お前と友達みたいになれたのかな。そんなことを考えるくらいには、お前のことが好きだよ。

 何も背負わせないとか言ったけど、たぶんもうおれはお前にたくさんのものを背負わせている。お前も背負いたいんじゃないだろうにな。どうしてこうなるんだろうな。

 おれからお前に願うことがあるとするなら、シリン、お前はちゃんと幸せになれ。

 記憶を背負うことはお前を苦しめるための義務なんかじゃない。だからまずは抱えた記憶のことより、自分の幸せについて考えてくれ。

 十五年しか生きられなかった、大人に振り回されて終わったお前の人生をやり直すことはできない。けれど、死神になったお前には、お前のことを思う仲間がいるよ。彼らはきっとお前を裏切ったりしない。

 だから、幸せになることを考えてくれ。幸せになってくれ。マザーやマスターが課した不当なんかに潰されないで、お前が死神じゃなくなるとき、幸せだったって、笑顔で言ってやれるように生きてくれ。

 お願いだから。


 ヒカリへ。

 ずっと会いたかったのに、もっとたくさん話をしたかったのに、もうお別れだ。

 ごめんとか、さよならとか言ったら、お前は怒ったよな。だからさ、おれはたくさん、お前にありがとうっていうよ。

 おれと出会ってくれてありがとう。

 おれを覚えていてくれてありがとう。

 おれの名前を呼んでくれてありがとう。

 おれのこと好きだって言ってくれてありがとう。

 ちゃんと別れを惜しんでくれてありがとう。

 おれとまた出会ってくれてありがとう。

 おれはヒカリに出会えてよかったよ。お前に会うために長い間、死神を続けてきたんだと思うくらいに、お前への思い入れは強いんだ。

 本当は、お前を死なせたくなかったし、死神になんてしたくなかった。正直、お前がおれの腕の中で目を開いたときの心情は複雑だ。お前が目を覚ましてくれて嬉しかったけど、死神という業を背負わせることになったのは、嫌だった。

 死神でいることは、楽しいことよりつらいことの方が多いから。ただでさえ理不尽の多かったお前の人生に理不尽を加算してしまうのがすごく嫌だった。

 お前を置いていくのも正直嫌だけどさ。だからって自分の腕を切り刻んで、死神として生き永らえるなんて、虚しいから。

 だから、おれはお前を置いていくよ、ヒカリ。

 最後にお前の仇だけは取らせてくれ。

 じゃあな。

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