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虹の死神  作者: 九JACK
死神の始まり
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赤に沈む

 死神にされる人間の『罪』の審査は厳しい、と思う。

 死神全てを知るわけではないが、死神の中には不可抗力で人を傷つけてしまった人だっている。

 例えば、今日、おれが付き添いについた「トオル」という男。

 この男は生前、事故で人を植物状態にさせてしまったという。正確には死んでいないらしいが、脳死と家族から認められていないだけで、半ば死人。そんな人物を作ってしまった。

 馬車の操者だった彼は、道の真ん中にふらふら出てきた酔っ払いを、誤って轢いてしまったらしい。端から聞くと酔っ払いの自業自得のような気もするが、夜中に馬車をかっ飛ばしていた方が悪い、とマザーから判断が下った。いや、明確にマザーの言葉を告げると、「その人物の生死に関わったのだから当然のこと」だそうだ。

 けれど、世間は酔っ払いの自業自得で片付けてしまい、馬車の操者だったトオルは罪には問われなかった。

 考えてみなさい、とマザーに言われた。


『遺された家族が、まだ被害者が目覚めると信じている家族が、加害者であるトオルにどのような感情を抱くのか。こんな事故程度で裁きの下る世ではないのです。ならば、死神の世界で代行して罪に問えば、少しは溜飲も下がるというものでしょう?』


 確かにそうかもしれない。そうかもしれないが。

 加害者であるトオルが、死神になって贖罪をしているなど、遺族がどうやって知る?

 死神の存在は世に知られてはいけないのだから、譬遺族に会ったとしても、トオルが死神であることは伝えられない。

 何が溜飲が下がる、だ。

 遺族もトオルも、報われないではないか。善人面をして、机上の空論を振りかざして。それが貴女の正義というのか、マザー?

 トオルはそれ以外の罪は何も犯しておらず、若くして病で死んだ……といっても、この時代、三十まで生きたのなら、充分な気もするが。

 それを言うと、三十まで『生かされ』たキミカが神妙な面持ちになるため、裡に秘めておくが。

 まあ三十というと、おれの倍は生きている。ファウゼは四十過ぎだったし、早死にしすぎたおれの感覚がおかしいのかもしれない。

 ただ、ファウゼから見ると、『罪』の審査対象にするにはトオルの人生は平凡すぎたのではなかろうかと思う。その後は大変穏やかに暮らしていたから。


 おれはファウゼという前例を見ているから、他が軽く見えるのかもしれないが。

 霊凍室からトオルを出したときのことは、あまりにもファウゼとかけ離れすぎていて、驚きを禁じ得なかった。


「あ、赤の死神さま! お目にかかれて光栄です!」


 第一声がこれである。

 誰が一応とばかりに名前に『神』とは入っているが死神なんぞにさま付けして呼ぶ輩がいるなどと想像できようか。

 まあ、もうおれの過去は記してあるようだからわかるだろうが、おれは生前、蔑まれた経験はあっても、敬われた経験など、ついぞない。まあ、孤児院の子どもたちのあれは敬愛も混じっていたかもしれないが……間違ってもキミカのように『神様』みたいな扱いはされなかった。どこに毎日のようにぼろ雑巾のような生活をする神がいるのだろうか。

 おれの過去はよしとして、問題はトオルだった。なんだろう、このむず痒さ。畏敬の念を込めて向けられる眼差しはなんだかとても落ち着かなかった。「死神さま」などと敬い、奉るような存在ではないのだ、自分は。というか、死神という点は今のトオルも同じであるし、元々どちらも同じく人間だった存在だ。……マザーに死神の基礎知識は習っているはずだが。

「とりあえず、おれはさま付けされるような存在じゃない。名前はセッカ。ただの死神のセッカだ」

「いえいえとんでもない! 虹の死神の名を冠する御方に『ただの』なんて形容は見合いませんよ! あぁ、セッカさまと仰るのですね。私めはトオルと申します。どうも今回はお手数をおかけ致します。わざわざ虹の死神さまに任務の付き添いをいただけるなんて……」

 ちょっとそこで現実逃避したくなったため、先の内容はよく覚えていない。生前、神の子と崇められたキミカはこんな気分だったのだろうか。とにかくなんだかぞわぞわした。

 というかトオルの中で虹の死神はどんな存在なんだ一体。

 思いきって訊ねてみると、トオルはよくぞ聞いてくれましたとでも言わんばかりに勢い込んだ。

「虹の死神さまは肉体なきゆえ直接的統括、管理を行えない慈母神マザーさまに代わり、死神の頂点に立ち、救いなき死神を導く素晴らしい方々」

「ちょっと待て」

 おかしな単語があった。

「慈母神だと? マザーが?」

「はい、その通りです。マザーさま自らがお教えくださいました」

 ……悪戯心にも程があると思った。

 元々、トオルは大した罪も犯していない純朴な人間だったのだ。教えること全てを鵜呑みにするような従順さを備えているように見えた。

 その従順さを利用して、マザーは遊んだのだ。少々……いや、巻き込まれたおれたちからするとかなり質の悪い遊びだ。

 何も知らないやつに嘘を吹き込んで常識を持った周囲の反応を見る。確かに面白いが、わからなくはないが……なんだか悔しさが込み上げてくる。こうしてトオル相手におろおろする自分を見てマザーはきっとほくそ笑んでいるのだろう。ほくそ笑むが言い過ぎなら、楽しんでいることは間違いない。くそぅ、性悪め。

 おそらく、ユウヒでは試し済みで、キミカだと慣れている可能性があるからおれを当てたのだ。なんと趣味の悪い。今回微妙にわかる気がするのがとてもいただけない。

 まあいつもの趣味の悪さからしたら格段にましだが、またマザーにしてやられたという気分である。悔しい。

 しかし慈母神とはマザーも随分盛ったものだ。本気で言っているとしたらぶん殴りたい。慈しみの欠片もないだろうに、普段の行いは。まあ、一回きりで死神の任を終えるトオルは知る由もないことだが。

 教え直すのも面倒だが、「セッカさま」というのは勘弁してほしい。

 何故かトオルはそこだけは頑として譲らず、おれをセッカさまと呼び続け、浄化された。正直、呼ばれ方ばかりが頭にこびりついて、任務のことはあまり覚えていない。






 読み返して、こんな日記でいいのか、と思ったが、今更書き直す気も起きない。

 今日もマザーが性悪なことだけが確かだ。

 あぁ、ユウヒにこの話をしたら、腹を抱えて笑われたのが、やたら腹が立った気がする。



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