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虹の死神  作者: 九JACK
灯の死神
119/150

小夜黄楢

 今回のターゲットは集団、ということで、アイラさんと僕に声がかけられた。

 新興宗教団体を壊滅させること。

「おれも行くよ」

 セッカが名乗り出た。

「こんな早くにいいんですか?」

「ああ」

 セッカの行きたい気持ちはわかる。

 今回指定された宗教団体というのは、ヒカリの仇と言える存在だからだ。


 雨の中、ぱしゃぱしゃと水溜まりを踏みつけて、僕たちは現場に向かう。

 新興宗教団体エコー。それが団体の名前だ。耳障りのいいキャッチフレーズを振り撒く割に過激な差別主義を行うこの団体。その理念は「人が人を殺さない世界へ」というものである。

 よくある宗教の詐欺紛いのお布施の要求などはせず、悩める人たちのカウンセリングを行う団体。ここだけ切り取れば普通にいい団体のように聞こえるが、「人が人を殺す理由」が感情にのみあるという考えのため、ヒカリのような病気で衝動的に人を殺そうとしてしまうような人間は人に非ずとし、「救う」という体裁で殺しているらしい。

 まあ「人を殺したくなる病気」なんて存在が迷惑なのはわかるけれど。ヒカリだって、望んでそんな病気にかかったわけではないだろうに。

「そもそも、色覚衝動症候群はまだ全貌が明らかになっていない病気で、一口に病気と言っていいかどうかすらわからないんですよね」

「ああ。吸血鬼の血が混じっている可能性もあるらしいが?」

 セッカは旅をしていた中で、吸血鬼の街に滞在したことがあったらしい。セッカがアイラさんをちら、と見る。アイラさんはその視線を受け、居心地悪そうにした。

 虹の死神になるまで、吸血鬼なんておとぎ話の存在だと思っていたけれど、アイラさんが吸血鬼だというのは、なんだかすんなり納得してしまった。たぶん、ヒカリが吸血鬼だと言われても納得してしまいそうな気がする。

 僕は人の顔と名前を一致させる能力が高い。だから顔と名前が一致しなくて困ることはなかった。同様に、その人物の放っているオーラや雰囲気、空気感だけでも人を識別できる。

 アイラさんとヒカリは人間とは違うオーラを持っている。正確に言うなら、人間が持つべきオーラを持っていない、だろうか。たぶんそれは人間を殺してはいけないという倫理観とか、殺すという行いに対する意識とか、そういう根本からの考えが異なるのだと思う。別に人間を殺さなきゃいけないわけではないけれど、同胞という意識がないというか。言葉で表すのは難しい雰囲気だ。

 存在の根本が違う。脳の構造が違うのかもしれない。人間の言葉は理解できるけれど、考え方を理解できない生き物というか。アイラさんは佇んでいるだけで、人じゃない、というのがなんとなくわかる。

「三千世界の話でしたっけ? 世界は三千年ごとに大きな節目を迎えるという」

 僕は日記とセッカに触れた記憶でそれを知っていた。吸血鬼という生き物の間で信じられている世界の真理のようなもの。

 世界の真理なんて、生きていた頃はどうでもよかったけれど、死神になってからはかなり興味のある議題だ。何故なら虹の死神はその世界の真理とやらに触れている存在かもしれないから。

 世界のこと、なんてぼんやりしたものを明瞭に知ることができる機会なんて、そう訪れるものではない。僕は死神として長く存在するのなら、自由に知りたいことを知りたい。誰かに強要されて覚えるのではなく、僕が僕自身の意志で知りたいと思える事柄を解き明かしたい。だからこんな話をするのだ。

 アイラさんはさして楽しくなさそうに語る。

「まあ、隠すようなことでもないか。吸血鬼はかつて人間を貪り喰らう獣だった。それがとあるきっかけで、人間と和解……とまではいかないまでも、干渉しないで生きられるようになっていった。きっかけはいくつもあって、そのたび艱難辛苦が横たわったが、三千年の節目を迎えるたびに、その艱難辛苦を乗り越える方法が見出だされ続けた。……三千世界という考えは、人間も吸血鬼も救った話だ。だから、一定の信仰があるんだろう」

 人間を貪り喰らう獣、と言われて、血塗れになったときのアイラさんのことを思い浮かべてしまった。僕の体を食べていたアイラさんは藍色の目をぎらつかせた獣だった。血を美味しそうに舐めて、啜って……この人は吸血鬼なんだ、と僕は思い知ったのをよく覚えている。

 あれほど美しい生き物を僕は知らなかった。

「吸血鬼と人間は和解せざるを得なかった、という話もあるがな。人間と吸血鬼の混血だと遺伝子的にバグが起こりやすいんだ。本来、吸血鬼は人間と遜色ない知能と理性を持っている。だが、吸血鬼も人間も増えすぎて、共生するために種として交わらなければならなくなった。その果てに起こった暴走で割を食ったのが人間側だけだった、というのがかつての争いの真相だ」

 そこでアイラさんの視線が地面に落ちる。

「だから、純血に近い吸血鬼であればあるほど、吸血鬼同士での婚姻が強要される。それが人間と共に平穏を生きていくための方法だからだ」

 それでも、人間は恋をする。人間と同じくらい理性と知能を持つ吸血鬼だって、恋をするのだろう。恋は人を盲目にする。愛の結実を思って、自分たちの子どもを欲する人間と吸血鬼がいたっておかしいことはない。

 どちらの種族も存在し続ける以上、混血が生まれないというのは無理な話なのだ。

「ヒカリはおそらく人間側に生まれてしまった混血なのだろうな、仮説が正しければ。どれだけ薄くとも、吸血鬼の血が流れていれば、何かのきっかけで吸血鬼としての性質を発露してもおかしくはない。……が、色覚衝動症候群とやらの全部が全部、そうというわけではないだろう。ヒカリは一例に過ぎない」

「それは……そうですね」

 名前がつくくらいの病気になるというのは、一定の認知を得るということだ。調べてみたところ、ヒカリの赤を見ると殺人衝動が沸くというのは症例の一つでしかない。ヒカリの友人のように別の色をトリガーに異なる衝動を呼び起こすこともある。

 名前がつけられるほど人に知れ渡る病気、ということは吸血鬼絡みかどうか断定しづらい。吸血鬼は一般的におとぎ話と思われるくらいになりを潜めていて、数もいないというのなら、尚更。

 人間じゃないから、殺していいとか悪いとか、そんな論理があるわけじゃないけれど。

「セッカはあくまでお目付け役なので、暴れすぎないでくださいね」

「どうだろうな」

「ちょっと……!」

 しっかりしてくださいよ、ちゃんとしてくれないと困りますよ……なんて、僕は続けたかったけれど、セッカを見たら、そんな言葉は喉の奥に引っ込んでいってしまった。

 セッカは見たことがないくらい、晴れやかな表情をしていたからだ。

 ああ、この人は選んで僕たちと来たんだ、と悟った。

 通常、人も死神も、自然のあるがまま、なすがままに淘汰されていくだけの存在だ。だから生き方も選べないし、死に方も選べない。僕もそうだったし、みんなそうだった。

 けれど、尋常ならざる存在になったセッカは選ぶことができたのだ。

「ほら、あそこだろ」

 雨でぼやけた風景の中で、少し汚れた建造物が物寂しさを纏って佇んでいる。僕はふう、と息を吐いて──駆けた。

 雨が弾ける音すら置き去りに、建物の中に入り、入り口の一名の喉を掻ききる。すごく体に馴染んだ動作だ。暗殺はこうする。

 大丈夫、一撃。悲鳴すら上げさせない。苦痛すら感じさせない。びしゃりと真っ赤な血が飛び散る音がようやくした。

 隣にいた男が僕の存在に気づいて驚く頃にはもう、その首は飛んでいる。アイラさんは僕より強い。首刈り鎌を片手で一閃してしまう。

 そんな音のない僕らの暗殺劇をまるで台無しにするかのように、ぐちゃり、ぐちゃりと足音がした。雨だけじゃなく、風も強くなってくる。ドアを閉めようとやってきた標的たちが、赤い目の死神に息を飲んだ。

「よくもヒカリを殺したな?」

 そう紡いだセッカに返されたのは銃声だった。腕がいいようで、フードに隠れたセッカの眉間を正確に貫いている。戦争の時代なら、重宝された才能だろう。

 セッカはそのまま、じわり、じわり、と中に入っていく。頭から血を垂らしながら。その真っ白なマントに赤いしみを作りながら。

 人間たちはひいっと悲鳴を上げた。僕はセッカに気を取られている人間の背後を取り、首刈り鎌を振るった。無闇に傷つけてはいけないから、僕とアイラさんは淡々と、罪人たちの首を刈る作業をする。

 変な香の焚かれた奥の部屋で、十字架の前に唖然として佇む一人。事前情報が正しければ、それがこの宗教団体の長だ。

 本来なら、僕かアイラさんがやらねばならないのだけれど、蜂の巣にされながら、セッカがその罪人に歩み寄るのを僕たちは止めなかった。

「よくも」

 セッカは真っ赤な体をゆらりと動かし、白い手で、罪人の頭を掴む。

「よくも……」

 怨嗟が吐き出されると僕は思った。

 けれど、セッカは笑った。ふわりと、花が咲いたみたいに。

「だけど、お前のおかげで、おれはちゃんとさよならできたよ」

 ぐしゃり。

 頭蓋骨なんて存在しないみたいに、セッカは罪人の頭を握り潰した。

 心の底から感謝をして。

「ありがとう」

 セッカの体は白から透明へとぼやけていき、血染めのマントだけを残して消えた。

 脳裏に離れない柔らかな笑顔を残して、セッカは逝った。

 やっと、解き放たれたのだ。

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