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虹の死神  作者: 九JACK
灯の死神
112/150

緑なくして

 アカリのことを話そう。

 アカリはボクと同い年の女の子。ボクは夏生まれで、アカリは春生まれだから、アカリの方がちょっとだけおねーさん。

 アカリは女の子らしい女の子で、男物の修道服を選んだボクと違って、女の人用の修道服がとてもよく似合っていた。ヒカリもきっと似合うよ、と言われたけど、ボクは女の子のものを着るのは嫌だった。

 なんでって言われると難しいけど……ボクが着ると、汚れる前から汚しているみたいな感じがするのが嫌。オジサンは汚れててもいいけど、オバサンは汚れてちゃダメ、みたいな……

 神父さまはボクが女の人のことを「人を生むもの」と無意識に認識しているからだと言った。人も動物も、女の人の体から生まれる。だから、生み出す人と同じものを殺す人である自分が身に着けることにムジュンを感じているんじゃないかって。

 難しいことはよくわからないけど、たぶんそうなのかな……? よくわかんない。

 とにかく、ボクは女の人用の服は着たくない、と言ったら、アカリはボクと同じ、男物の修道服を着た。

「ヒカリとおそろいがいいの」

 そんな、そんなことを言われてしまったら、敵わないよ……

 すらりとしているアカリには男物の服もよく似合った。

 神父さまの言った通り、ボクとアカリはとても仲良くなった。ボクがアカリのことを大好きだったっていうのもあるけど、ボクはアカリの目にならなきゃいけなかったからだ。

 生活において、緑という色は赤と同じくらいか、それ以上に身近で、よくある色だ。だから、アカリは視界を閉ざして生きなきゃならなかった。

「緑っていうのは芽の色なの。命の始まりの色。だから私は、命の色に嫌われているの。『シノメ』なんて持ったから」

 シノメというのは紫色の目のことで、死や災いをもたらす目とされているんだって。ボクが例える「夜」というのも一日の「終わり」というところから命の「終わり」である死を連想させるものとしてあまり好かれてはいないみたい。

 そんなの、こじつけでしかない、とボクは怒った。夜が終わったら朝は来る。そういう風に動く世界で、いつだってボクたちは息をしているんじゃないか。

 ボク一人が怒ったところで、差別がなくなるわけじゃないけれど。

 神父さまは言った。

「戦争があって、旧い時代の考えが蘇ってしまったのです。忌み物は忌み物を引き寄せますから。それに、旧い時代での戦争は『シノメ』持ちを殺すために起こったと言われています。戦争が終わったばかりで、人々もまだそういうものに過敏になってしまうのです」

「はい、神父さま。私は私を殴った彼らを恨んでいません」

 アカリは賢い子だ。年はボクとおそろいなのに、ボクよりずっと大人っぽい。神父さまが語る難しい神様の話も理解しているみたいだった。

「アカリは神様を信じているの?」

「うん。神様を信じなくちゃ、私は生きていられなかったから。それにね、神様はいると思うよ」

「どうして?」

「だって、運命はあるんだもの。運命があるのに、運命を運ぶ神様がいないのはおかしいでしょう?」

 目隠し代わりの包帯の向こうにある紫の目がボクの顔を確かに見ているような気がした。

 にこ、とアカリの口元が笑む。

「私たちが出会えたのも、運命みたいじゃない? だから、私は信じたいな、神様を」

 ボクはアカリの手をぐっと握りしめた。

 そうしないと、思ってもいないことと、叶いもしない願いとで、ぐちゃぐちゃになりそうだったから。

「アカリ、走ろう」

「え」

「走ろう」

「あ、ヒカリ、ちょっと!」

 ボクはアカリの手を引いて、教会のすぐそばの丘を走った。丘は緑で築かれていて、これをアカリとは一緒に見られないのだな、と思うと、心がぎゅってなった。

 そんなのたまらない。

 こんなのが運命だというなら、ボクは嫌だ。

 でもアカリと出会わない人生なんて、アカリと歩めない人生なんて、もっと嫌だ。

「ひかっ……けほ、ひか、ヒカリ!」

 息を切らしながら、アカリがボクの名前を呼ぶ。ボクははっとして立ち止まった。

 ボクはほぼ無尽蔵に体力があるけれど、アカリは人並みの体力があるかどうかも怪しかった。少し走っただけで、アカリはこほこほと咳き込む。まだ教会は歩いて帰れるくらいの距離なのに。

「どうしたの、ヒカリ。やっぱり神様の話は嫌い?」

「アカリの話は好きだよ」

 ボクは嘘は言わなかった。

「アカリの言葉は聞いたことがないような、考えたこともないような、胸がときめくもので溢れてる。だから好き。でもね、神様は、神様だけは、ボクは信じちゃいけない気がするんだ」

「どうして?」

 ボクは重ならない視線から逃れるように、遠い空の青を見た。

 だって……

「運命を肯定したら、宿命も肯定しなくちゃならない」

 ボクが人殺しだということ。

 ボクが呼びやすいように「アカ」と名乗ってくれたあの人と、離れ離れになったことまで、運命づけられていたのなら、そうならなければアカリと出会えなかったというのなら、ボクは、それが悲しすぎるから……

「神父さまのことも、好きだよ。でもね、ボクは、アカのことはもっと好きだったんだ」

 あの腕の温かさを、ボクはもう一度だけでいいから、感じたかった。

 そう語ると、アカリはボクのことを抱きしめてくれた。いっぱいいっぱい。アカリの腕は小さいけれど、生きているから、温もりがいっぱいいっぱい伝わってきた。

「ヒカリがヒカリの好きな人に、また出会えますように」

 アカリは子守唄のような優しさで、ボクのために祈ってくれた。ボクはたまらなくって泣いた。

 アカリはボクを笑うことはなかった。むしろ、ボクと一緒に泣いていた。包帯が濡れて、蒸れたのか、アカリが目をグシグシとする。

 そうしたら、包帯がずれて、アカリのキラキラとした紫が現れた。

「ぁ……」

「アカリ?」

 包帯を巻き直そうとしたアカリの手が止まる。

 唐突に、アカリがボクの手を振り払い、ぐ、と自分の首を絞め始める。

「アカリ? 何してるの?」

「か、はっ……」

 うう、とアカリは唸って、今度は自分の手首をガリガリとかきむしる。爪を立てて、皮膚が抉れる。血が、赤が、見えて。

「あり、がと」

 気がついたら、ボクはアカリの喉元に、尖った石を突き立てようとしていた。アカリの服は破れ、腕の一部が囓られ、血を流している。

 口内に満ちる苦い匂い。その匂いに覚えがあった。今、正気に戻らずに、アカリの喉に尖った石を突き立てていたら、同じ匂いが充満したことだろう。

 アカリは死んだことだろう。

 それに気づいて、ボクは絶叫した。アカリはありがとう、と消え入りそうな声で繰り返す。

 ボクの殺人衝動とアカリの自殺衝動は、怖いくらいに相性がよかった。

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