赤く切り裂く
死神界にいる死神は何も虹の死神だけではない。普通の死神もいる。
ただ、普通の死神は虹の死神と違い、死神になってからの自由はない。大抵の死神は一度の任務で浄化されるから。
カプセルのようなものに保管されて、任務のときを待つ。
大抵の死神には虹の死神が勝手を教えるため、任務の際に付き添うらしい。
これまではユウヒが一人で捌いてきたらしい。けれどそろそろそれも限界が近い。一人でやるにも死神の人数はそこそこに多いらしく、そこで虹の死神に需要が生まれるらしい。
今日初めて死神の眠る「霊凍室」という場所に行ったが、確かに数は多い。ざっと見ただけで百以上はいる。本当にざっと数えただけだが。
その中から今日は「ファウゼ」という名前の死神の面倒を見ることになった。
中身の見えない黒いカプセル。表に名前だけが入っており、名前の部分を三回ノックすると死神が目覚めるというシステムである。
ひんやりとした空間を進み、「ファウゼ」の名前を探し出し、ノックしてみる。
するとカプセルはその硬質さが嘘であったかのようにするりと死神のマントに変わり、そこに一人の死神が降り立つ。
その顔を見て、おれは息を飲んだ。その顔に覚えがあったのだ。
それもそうだろう。忘れるはずもない。これほどまでに憎んだ顔はこいつ以外いない。
ファウゼ・ローツワイト。おれがいた孤児院の施設長にして、おれを慕ってくれた子どもたちを殺した男だ。
こいつ、死神になっていたのか。
まあ、死神のシステムを考えれば当然かもしれない。子どもたちを殺していたし、おれにしていたことを他の子どもにしていなかったとも限らない。罪に問われて当然だろう。むしろ問われなくてどうする。
それでも、たった一回の任務で浄化できるのか、と考えると、妬ましくもあった。
任務は当てつけがましく、孤児院関係だった。子どもを保護しているという理由で献金を募り、肝心の子どもの世話をせず、自分がその金で甘い蜜を吸う、下劣な野郎だった。
死神になったファウゼの目にはどう映るのだろうか。生前の自分そっくりな人物を刈るというのは。
おれは密かにその変化を見張っていた。
「刈りは夜だ。標的が寝ているところを狙うといい」
「ふん、偉くなったもんだな」
ファウゼは相変わらずだった。生前の記憶があるらしく、おれのこともしっかり覚えていた。虹の死神で格上のおれとただの死神のファウゼ。生前とは立場が逆のはずだが、どうもファウゼはそうは思っていないらしい。隙あらば生前のようにおれに暴力を振るうことも厭わないだろう。目がそう語っている。おれに殺されて死神になったくせに、いい気なものだ。
死神間での争い事は許されていないわけではない。死神は殺しても結局不老不死なわけだし、傷も文字通り放っておけば治る。今はキミカという回復要員がいる分いくらか楽だが。
つまりはファウゼが生前のようにおれに暴力を振るったところでそれは罪には数えられない。死神は寿命のない存在だ。寿命操作にはなり得ないのである。
なかなかに腹の立つ状況だが。
それでもファウゼは死神としての勝手がわからないからか、おれを格上と認識しているからか、無闇に攻撃はしてこない。おれはいつ打ちかかられてもいいように警戒しているが。
「それにしても、白いマントの死神とは、目立ちたがり屋かよ」
「好きで着ているわけじゃない」
ファウゼの言葉がいちいち癪に障る。気にしすぎだろうか。いや、この男だから苛ついているのだ。
こいつときたら、死神になった理由を話しても何一つ納得しない。挙げ句、「身寄りのない子どもを無償で育ててやったんだ、そいつらの命の勝手くらい弄ったっていいだろう」ときた。何故こういうやつが孤児院の施設長などやっていたのだろう。甚だ疑問である。
「はぁ、しかし難儀だな、死神ってのは。寿命操作? くらいで続けにゃならんものか」
「あんたは一発で浄化されるんだから無駄口叩いてないで刈りに集中しろ」
苛立ちが言葉の節々に表れてしまうが、反省する気は起きない。反省しないやつのために反省するような心は持ち合わせていないんだ。
やはり、素人相手の襲撃は容易い。
夜陰に奇襲をかける。まるで暗殺者のよう、と言いたいところだが、事実、死神とは暗殺者のようなものだ。
しかし、ファウゼは隠密行動などせず、正面から部屋に入った。キィ、と扉の開く音。相手はまだ起きていたようで、すぐに反応があった。
「何者だ──」
はぁ、と一つ溜め息を吐く。全く、見つかっては厄介だというのに、その辺りは考慮しないのか。ファウゼの浅慮におれが動かざるを得なかった。
瞬間移動に近い速度で相手の背後を取り、ハンカチで口を塞ぐ。もちろん、催眠効果のある薬をたっぷり含んでいたものだ。相手は喚く暇もなく、くたりと意識を失う。
「あーあ」
そこにつまらなそうなファウゼの声。続く言葉に怒りを禁じ得なかった。
「意識のある状態でなぶったら、久々のしゃばだ。少しはすっきりできたのによ」
最悪な気分だった。
死神になっても気質は変わらないということか。人の命を弄ぶことに快楽を感じる。愉快犯。こんな男が、この任務一つで浄化されるのか。やはり納得がいかなかった。
「いいからさっさとやれ」
「ハイハイ」
気のない返事もいちいち神経を逆撫でする。殺してやりたい衝動が、胸の中で熱を持ち渦巻くのがわかった。
……いっそ、いつぞやのおれのように無闇な死体の損壊で罪が加算されてしまえばいいのに。
そんな俺の思いは裏腹に首刈り鎌で標的をちょん切るなり、ファウゼの体は透けていく。死神から罪を浄化され、消えるという合図だ。
「ちぇっ、もっとなぶりたかったのに」
ファウゼの一言におれは激昂した。掴みかかる。……が、もう遅い。
浄化の始まった死神の体は実体ではなくなる。伸ばした手は空振り、盛大な舌打ちをするしかなかった。そんなおれの様子にファウゼがくつくつと笑い、消えた。
「くそっ」
だんっと壁に拳を打ち付ける。痛みはなかった。頭に血が上っていたのだろう。
理不尽。やるせない思いに囚われ、おれはしばらくその場に立ち尽くしていた。