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虹の死神  作者: 九JACK
灯の死神
109/150

燈の記憶

 ボクの名前はヒカリ。ボクはヘンな病気にかかっている。治療法がないから不治の病っていうんだって。

 ボクはこの病気に絶望したことはない。どちらかといえば、ボクの周りにいた人の方が絶望したんじゃないかな?

 ボクは病気で人を殺すんだ。

 アハハッ。そうそう、キミカにも愕然とした顔をされたよ。そういう絶望の顔見ると、面白くて笑っちゃうんだよね。リクヤには笑う事じゃないって言われたんだけどさ。

 ボクには良識? や常識? っていうものが欠けているらしくて、それが病気を最悪なものにしてるんだって。笑っちゃうよね、そんなの。

 何が良くて何が悪いかなんて、誰かに決めつけられたくないよ。ボクを捨てた世界の良識なんか信用するもんか。だってボクを捨てたんだよ? 病気ってだけで。人を殺すってだけで。

 ボクは許せない。

 だってこの世界は、アカを泣かせた。

 許さない。

 許さない。


 遠い記憶で、誰かがボクのことを呼んでいた。すごく優しい人なのを、ボクは何故か知っていた。その人はそれまでの人生の中で、ボクを唯一捨てないでいてくれた人だった。

「……ヒカリ」

「うお、喋った!」

 ボクが気がついたとき、ボクは土まみれの臭い人たちと一緒にいた。聞くと、オジサンたちは笑った。

「お前さんももうここの常連だな。また捨てられてきてやんの」

「ヒカリってのはなんだい? おてんとさんが眩しかったかい?」

「ハハッ、おてんとさんが眩しくて生きられるかよ。まあでも見たとこ生きてまだ五年も経たないガキンチョだ」

「ガキンチョじゃない。ヒカリ」

 ボクは何故かムキになっていた。

 オジサンたちが驚いた顔をする。

「ヒカリ? まさか、ヒカリってえのはあ、お前さんの名前ってのかい?」

「そうだよ。そう呼んでくれる人がいた」

「へへえ、人殺しの人喰いに名前なんてたいそうなモン与えるヤツがおったんか。奇特なことよ」

「ヒトゴロシ? ヒトクイ?」

「覚えとらんのか。まあ仕方ない。自我とかなんとかってのが芽生えたのが今なんだろ」

「自我も芽生えんうちから人を殺して人を喰うヤツがあるんかい?」

「そうだとしか言えんじゃろ。だが、名前がわかったのはいいことじゃないか。ほれ、林檎だ」

「腐ってるじゃねえかよ」

「腐りがけのがうめえんだよ」

 ボクはオジサンが渡してきた「リンゴ」を見た。なんか黄色っぽい茶色で、ちょっとうにょってしてる。リンゴが食べ物なのはなんとなく知っていたけど、こんな色で、こんなぐにゃってしているものだっけ。

 まあいいや。食べ物には変わりないのだし、と一口囓った。……ボクの知っているリンゴの味と違う。

「……からい」

「ハッハッハッ、お子ちゃまだなあ! それがいいんでねえか!」

 からいっていうか、喉の奥がひりひりする感じ。でも、食べ物だし、ぐちゅって潰れそうなのはもったいないからバクバク食べた。ボクの食べ方をオジサンたちの一人はきったねえ、と笑い、一人はいい食いっぷりだ、と笑った。オジサンたちは笑っている。日差しの下でじりじりと焼かれ続けたらしい肌は浅黒い。オジサンたちが目尻にしわを寄せて笑う姿は、見ていて心地よかった。

「お前さん、結構イケるクチだな」

「イケる?」

「コラァ! 誰だい、リキュールに浸けてた林檎を盗んだのあぁ!」

 オバサンの声がした。ボクが振り向くと、恰幅のいいオバサンと目が合った。

 目が合った瞬間に、オバサンはひいい、と悲鳴を上げる。いちいち声の大きいオバサンだ。

「なんでいるんだい、悪夢の子! 先週引き取られてったじゃないか!」

「アクムノコ?」

「ひえ、喋った!」

 ボクが喋るのはそんなにおかしなことなのだろうか。ボクはむっとする。

「ボクはアクムノコなんて名前じゃない。ボクの名前はヒカリ」

「こいつ、またぁ施設で何かやらかしたらしいぜ。そんでまたここに逆戻りさぁ」

 アッハッハ、とオジサンたちが一斉に笑う。オバサンは少し退きながら、オジサンたちにがなり散らす。

「ヒカリだかなんだか知らないけどねェ、また殺人事件なんて起こされちゃ、たまったモンじゃないよ。アンタら、言葉覚えたんだから、そいつが何も仕出かさないようにちゃんと教えておやんなさい」

 それからドタドタとオバサンは帰っていった。

 オバサンが冷や汗を垂らしながら帰っていったのを見て、オジサンたちはドッと笑った。よく笑う人たちだ。

 オジサンの一人がボクの背中をバシバシ叩く。

「ハハッ、こいつぁすごいぜ、ヒカリ。角のマンマは怒るとおっかねえからな。ヒカリを見てびびって逃げてった。ハハハ、ザマアミロだ」

「ヒカリは将来有望だなぁ」

「んだんだ」

 ボクはよくわからず、首を傾げた。そしたらオジサンはまた一つリンゴをくれた。さっきと同じ色の抜けたリンゴだ。

 ボクはムシャムシャと食べて、にいっと笑った。

「このリンゴ、からいけど好き」

「おお、おお、ガキのくせに言いよる」

「食わしといて何言ってん。けんどもすげえなあ。林檎のリキュールって言ったら、大人でもぶっ倒れる酒じゃねえかい」

「サケ?」

「ハハッ、ヒカリはまだ知らんでええよ。美味いもんを美味いって食えるのはいいごったがらな」

 よくわからないけど、ボクがリンゴを食べることはいいことらしい。

 それからオジサンたちは色々なことをボクに教えてくれた。酒はからかったり苦かったりするけれど、美味しい飲み物だということ。美味しいのはいいこと。不味いのは良くないことだけど、何も食べないことよりはましだということ。空腹は悪いこと。倒れるのも、病気になるのも悪いこと。帰る家がないのは良くないこと。でも悪いことばかりじゃない。

 寄る辺ない者たちが集って歓談し合うのが、ボクのいる場所のことだった。

「お前さんは小さいから、早くまっとうな人間のところに引き取られるといいなあ」

「まっとうはいいこと?」

「いいことだ。いいところさ引き取られて、まっとうに過ごすのが普通のことだ。おれらぁもうおじさんだからなあ、先行きもみじけえから、後先なんて、どうでもいいんじゃあ。けんどもヒカリ、お前さんはまだまだこれから先、なっげえこと生きなきゃなんねえ。だから今度連れられたときゃあ、帰ってくんじゃねえど」

「オジサンたちはまっとうじゃないから?」

「ハハッ、ガキのくせに言うなあ」

 オジサンたちは笑い飛ばすと、ボクの脇腹をコチョコチョとした。くすぐったくて、ボクも笑った。

 ボクはオジサンたちの笑い声が好きだった。

 ボクを引き取るという奇特な人はなかなか現れない。それはボクが妙ちくりんな病気だからだと、オジサンの一人が教えてくれた。

 シキカクナントカショーコーグン。名前が長くて覚えられなかった。オジサンたちも長くて覚えられなかったと言っている。オジサンたちは教養がないから、と笑っていた。

 でも、オジサンの一人が調べてくれて、オジサンたちはボクの病気のことを知っていた。ナントカって病気は、ボクが赤を見たときに症状が出るらしい。なんでも、凶暴化するんだとか。手負いの熊より手がつけられねえ、とオジサンは言っていた。熊というのは凶暴な動物らしい。

 こないだ女の子が親にねだっていたのは熊のぬいぐるみだったはずだけど、熊ってそんなに凶暴なのって聞いたら、オジサンたちは笑った。熊は人も殺すんだって。人を殺して、食べるんだって。

「でもそいなの、おあいこさあね。人が熊の食べ物を取って食ってんだおん」

「人が熊の家を奪ってんだおん。しゃーねっちゃね」

 こういうのを「因果応報」というらしい。

 ボクは赤を見るとそんな熊みたいに人を殺して食べようとするから、リンゴは赤いのじゃないのをオジサンたちが持ってきてくれるらしい。

 オジサンたちはボクに色々なことを教えてくれた。

 ボクがオジサンたちを殺すその日まで、路地裏には笑い声が絶えなかった。

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