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虹の死神  作者: 九JACK
灯の死神
108/150

小さな紫

 おれは走った。キミカの話は半分くらいしか頭に入って来なかった。

 ヒカリという少女。それだけで、おれは走っていた。扉を開けて走り出すおれにキミカがついてくる。

「ヒカリという少女は色覚衝動症候群という病気で、その中でも凶悪な『殺人衝動』を引き起こす子どもということで、マザーやマスターも長い間監視していたそうです。

 彼女を刈るのが今回の任務でした。担当はアイラだったのですが、アイラが目を切られて暴走状態に。そんなアイラを止めるためにシリンが派遣されましたが、アイラとヒカリ両方を押さえるのに苦戦、それだけならよかったんですけど」

 懸命に説明を続けるキミカを伏せさせる。キミカはわっと言って地面にべしゃあ、と転んだ。おれはその上に覆い被さる。

 駆け抜けていく銃弾の雨。これはヒカリでもシリンでもアイラでもない。

 銃弾が止むと、おれは顔を上げる。フードを被り直した。

「人間の介入があったわけか」

「ええ。というより、ヒカリの暴走のきっかけは、人間による襲撃です。既に一人、神父が……」

 おれはキミカから少し離れ、死神の鎌を取り出す。一振りするとそれは棍に変形した。

 死者が出ている。それなら、このヒカリを襲撃している人間にも罪がある。何より任務の邪魔なので刈っていいだろう。

 おれは目を細め、飛んでくる銃弾を捌く。時折跳ね返すと、撃ってきたやつの脳天に返る。

「アイラとシリンは」

「あそこに!」

 キミカの指した先にいたのは、シリンを貪るアイラ。目の包帯が取れている。藍色の修羅だ。

「アイラ、アイラ、やめてください!」

 むちゃむちゃと音を立てて、シリンという少年の肉を咀嚼する。キミカがアイラに駆け寄ろうとするのを止めた。

 キミカはほぼ非戦闘員だ。介入されると邪魔である。

 おれはとん、と一つ踏み込んで、アイラとシリンの間に体を滑り込ませた。

「食事中に悪いな」

 アイラの鳩尾に拳を叩き込む。骨の折れる嫌な音、何かを潰す感触が伝わってくる。アイラの口から零れる血はもはや誰のものかわからない。

 おれはシリンとアイラを引き離す。アイラがシリンを掴もうとする手を、棍でぴしりと叩いた。

「キミカ、受け取れ」

「はい? わっ」

 キミカの方にシリンは投げた。怪力は忌むべきものだが、使い方さえきちんとすれば便利だ。

 おれはアイラと対峙する。アイラの双眸は藍色にてらてらと輝いていた。こんなに綺麗な目を、吸血鬼は疎むんだな。

 おれは少し悲しくなった。傷ついたアイラの右目から頬にかけて、何度も刻まれた痕がだらだらと血を流している。人には疎まれ、吸血鬼からは尊ばれる赤。ヒカリにとって、忌むべきもの。

 アイラはぎろ、と頭から流れた血が涙のように零れる左目でおれを睨む。右目の様相と相まって、赤い涙を流しているみたいだ。

 ごめんな、アイラ。ごめん。そうだよな。おれがいない間、お前を止められるやつがいなかったから、つらかったよな。ごめんな、旅に出たりなんかして。

 でも、もうすぐおれはいなくなるんだ。

 おれに飛びかかってくるアイラの動きは直線的だ。いくら速くても、動きが単調であれば、攻撃を当てるのは容易い。おれの棍がアイラの腹を叩き、鈍い音を立てる。少し吹き飛んだアイラがぷっと口から血を吐き出した。

 おれはアイラに突っ込む。アイラは太刀取りをしようと構えるが、おれの武器はもう、棍ではない。

 長い棍の姿を見失い、戸惑うアイラの隙を逃さず、おれはそのままアイラの懐に入り、アイラの腹にナイフを突き刺した。その柄をぐるりと返し、中身をかき混ぜながら、上へと切り上げる。夥しい量の血が零れた。おれの頬を濡らすことはない。ただ、白いマントの上で赤はたいそう目立つことだろう。

 アイラがぐらりと倒れた。おれはそれを受け止めることなく、ナイフだけ抜く。キミカがそれを軽く窘めてきたが、そんな暇はないのだ。

「ヒカリを止めないといけないんだろう? シリンとアイラを頼む。まあ、アイラは放っておけば再生すると思うが」

「一人で行くんですか?」

「シリンとアイラの回復を待つ暇はないだろ。二人が戦線に復帰するとしても、しっかり身を清めさせておけ。ヒカリの(トリガー)は『赤』だ」

「え」

 キミカの疑問を置き去りに、おれは人を殺す音がする方へ駆けた。予想通り、中心に少女がいる。

 赤みのある金髪。整えたら綺麗であろう長い髪を血で汚しながら、真っ赤な目をした修道服の少女は駆ける。濁った悲鳴か慟哭かわからない声が、戦場を這いずるように駆け回っていた。

 近くには教会。血を流して倒れている神父。遠目で詳しくはわからないが、おそらくもう息はないのだろう。

 ヒカリが修道服を着ているということは、彼女は教会で面倒を見てもらっていたのだろう。あの神父に世話になったはずだ。目の前で恩人が撃たれて、倒れて、赤が溢れて……殺人衝動の引き金が引かれた。

 やつらの自業自得だ。正直、そのままヒカリに殺されてしまえ、と思う。けれど、ヒカリに罪を重ねさせてはいけない。

 おれはナイフを鎌に変える。人間を間引きながら、おれはヒカリに近づいた。罪の数値がちりちりと痛むが、かまわない。

 これはおれが蹴りをつけなきゃいけないことだから。

 おれはヒカリに向かって叫ぶ。

「ヒカリ!」

 ヒカリの名前を呼んだ。

 おれがつけた名前をそのまま名乗ってくれているなら、少しでも、おれのことを覚えてくれているのなら、おれはそれだけで嬉しい。

 生きていてくれて、ありがとう。

 ヒカリが、おれの方に振り向く。目から赤みが引き、おれを見て、首を傾げた。

 おれがフードを取ると、ヒカリは目を見開き──

 たぁんっ

 ──何者かに、心臓を撃ち抜かれた。

『あ、あ?』

 ヒカリが声にならない声でおれの名を呼んだ気がした。

 おれは武器を鎌から拳銃に変える。

 崩れるヒカリの体を抱きしめ、凶弾の飛んできた方へ撃ち返した。

 おれは、ヒカリを助けられなかった。

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