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虹の死神  作者: 九JACK
灯の死神
107/150

燈の暗闇

 ヒカリを見つけられないまま、何年経っただろうか。

 おれは色覚衝動症候群のことを調べながら、ヒカリを探していた。ノートもあと数ページで終わる。ヒカリを見つけられないまま、死神界に帰ることになるだろう。

 ヒカリはどうなっただろうか。あのなんとかというやつは売るとか言っていたから、そういう界隈の情報を探ったが、当たりは出なかった。そういえば、ヒカリは衝動が発動したままだったから、あのくそばばあを殺したかもしれない。ざまあみろ。

 駄目だな、ヒカリに人を殺させたくなかったのに、結局何もできなかった。熊も悪徳商人もヒカリが自力でなんとかしてしまった。おれはヒカリの側にいるだけで害悪だ。だから、離れ離れになったのは正解かもしれない。

 おれはあの後、港町の自警団に保護された。やつらは赤子を狙う商人を追っていて、あの近辺を調査していた、と言っていた。なんでもっと早く来てくれなかったんだ、とは言えなかったな。おれがあのままヒカリを連れて逃げていればよかったんだ。まさか背中を包丁で刺された上に頭を撃たれるとは思わなかったけど。

 幸い、おれが死神ということはばれなかった。やつらが来たのが、おれの体の再生が済んだ後だったからだ。血塗れの現場に倒れていたおれに傷一つないことを不思議がっていたが。

 なんであのときのことを何年も経って思い出したかといえば、おれが今来ている街が、あのばあさんが騙った「白神様」を奉る街だからだ。

 おれのこの容姿が本当に歓迎されることがあるなんて、思わなかった。都合のいい夢を見ているんじゃないか、と疑ったくらいだ。

 彼らは吸血鬼だった。


「なんと、あの藍色の修羅をご存知なのですか! さすが白神様でございます」

 知り合いというか、アイラは今、死神としての役目を果たしているはずだ。……なんてことは言えるはずもない。

 吸血鬼の間で、アイラのことは「藍色の修羅」という悪い吸血鬼として語り継がれているらしい。子どもの寝物語としてよく聞かせられるものでは、夜の神たる白神が藍色の修羅を退治する話なのだとか。

 冗談にしては笑えない。おれはアイラを死神にするために、吸血鬼の街に来たことがあるから。まあただ、あれから五千年以上も経っているので、さすがに同一人物とは思われないだろう。たぶん、きっと。

 吸血鬼がどれくらい長命なのかは知らないが、アイラは五千年の封印の間、様々な吸血鬼に転生したらしいから、千年生きるものはいないだろう。

 白神というのは、藍色の修羅と共に生まれた思想らしいことがわかった。それ以前から、アルビノの人間を特別視する風習はあったようだが、そこに「白神様」という名前がついたのは最近のことらしい。

 太陽に拒まれる体質、白い髪、白い肌、赤い目は原初の吸血鬼の特徴なのだとか。いや、吸血鬼たち曰く、自分たちと同類のものと表現するのすら烏滸がましいほどに、高貴な存在だという。本当にそれこそ神のような扱いだ。

 だから、人間の世の中で生きづらいアルビノの子どもは吸血鬼たちの手が届く範囲ではあるが、この街で保護するという方針がある、と聞いた。まあ、そもそもアルビノ自体が希少なので、何百年かに一度の存在なのだそうだ。吸血鬼的寿命感覚でいくと、一生のうち、一度でもお目にかかれればありがたいとかなんとか。

 吸血鬼の街は夜の街である。吸血鬼は別に陽光で溶けたりしない。ただ、吸血鬼という種族は遥か昔夜しかない世界に閉じ込められていたため、日の光に慣れていない。それに、人の血を啜って生きることを知られたら、人間からの差別を受けるだろう、とのことで、なるべく吸血鬼だと気取られぬように生活しているらしい。

 藍色の修羅ことアイラの物語は様々な形で伝承され、そのうちの一つに、吸血鬼と人間の友情に亀裂が入った悲劇が語り継がれている。お察しの通り、アイラ、リクヤ、アルファナの間に起こった愛憎劇だ。劇として観やすいように多少脚色されているが。あ、本もあるぞ。

 その悲劇で人間の一族を滅ぼしてしまった戒めから、吸血鬼と人間は安易に関わってはいけない、と言い伝えられているそうだ。吸血鬼であることを明かしても隠しても、種族間の溝が埋まるわけではない。

 だから、あのような悲劇を起こさないように、吸血鬼は街の中で管理されている。シュという力を使って、見えない結界を張り、吸血鬼の出入りを確認、管理して、ついでに過ごしやすい夜の風景にしているのだとか。人間は容易に入ってこられないそうだ。

 じゃあ、何故おれがここにいるかというと、おれが人間じゃないから、というのもあるのだが、街で行き倒れていたところを介抱してくれたのが吸血鬼だったのだ。吸血鬼はおれがアルビノだから、街の方が休めるだろうと気遣ってくれた。

 老人たちは何千年も現れなかった白神に大はしゃぎで、おれは滅茶苦茶厚待遇を受けた。街にいつまでいてもいいし、飲み食いも自由、入り用のものがあればすぐ用意してくれる。

 医学書がないかと聞いたら、図書館を紹介された。自由に読んでいいという。藁にもすがる思いで、色覚衝動症候群に関する資料がないか探しているところだ。

 吸血鬼の間では赤い目や紫の目が尊ばれ、藍色の目と銀色の目が疎まれるのだという。アイラが以前「オニノメ」とか言っていたのが藍色の目だからだ。銀色の目が疎まれるのは太古の惨劇が関係するのだという。

「この世界は『三千世界』と呼ばれております。今はもう、人間の間ではその考えはなくなっているようですが」

 そう話したのは藍色の髪に金色の目を持つ吸血鬼。どこかで見たな、とぼんやり思ったが、たぶんアルファナの生まれ変わりというやつだ。

「仕方のないことです。人間の生は短い。語り継いでいく術を持っていても、それがそのまま維持されるのは限られた時間だけ。……三千世界という呼び名はこの世界がいつも『三千年』の節目の年に大きな変化を起こすからです。我々吸血鬼もいつかの三千年の節目に起こった変化の一つに過ぎません」

 三千世界……アイラも以前話していたような気がする。だが、そんなことがあるのだろうか。

「我々がこの街を隔離しているシュの力は元々人間が見出だしたものです。シュが見出だされてから三千年後に、吸血鬼という種族が出現した、と伝わっています。吸血鬼と人間は殺し合う対立関係にあり、ある三千年の節目でシュによって隔離されました」

「この街みたいに?」

「似ていますが、厳密には違います。更にそれから三千年後、隔離のシュの中での戦いで、吸血鬼と人間は和解し、隔離のシュがなくなりました。互いに多くの血を流しすぎた吸血鬼と人間。数の少なくなった吸血鬼は細々と吸血鬼間でのみ、血を紡いでいくことになりました」

 三千年という節目で二転三転と運命を転がされた吸血鬼にとって「三千世界」という考え方は絶対的なものなのである。

「藍色の修羅の封印から五千年が過ぎました。そこで白神様が現れたのは節目の年が近い予兆だと考えられます」

 五千年の次は六千年。なるほど、三千の倍数だ。節目に何が起こるのか、吸血鬼たちが身構えるわけである。輪廻転生の考えがあり、事実、吸血鬼は覚えていないだけで同じ魂が何度も生まれ変わっているようだ。今目の前にいる吸血鬼がアルファナに似ているように。

 となると、封印が解かれて輪廻に還ったことになっているであろう藍色の修羅が依り代を借りずに復活するとか、そんなことが心配されているのだろうか。アイラはあの罪の量だし、しばらく解放されないと思うけどな。

 興味深い文書を発見した。

「色覚衝動症候群と呼ばれる奇病は吸血鬼の血の影響かもしれない可能性をここに記しておく。

 藍色の修羅の目で知られる我々吸血鬼が持つ特殊な目。吸血鬼と人間の比率からして、どう管理しても、吸血鬼と人間が交わらないことは難しい。かつての悲劇も、吸血鬼と人間の血の交わりによってもたらされたものである。

 オニノメの他にも、吸血鬼には特殊な力を持つ目がある。それが人間の中に紛れ、血は薄れながらも遺伝として体に情報が残り続けた結果、目の力が亜種化して現れたのが色覚衝動症候群……特定の『色』を『見る』ことによって症状を引き起こす病気と解釈されているものと思われる。

 この仮説の検証結果によっては、その奇病とされる者たちの保護を提唱していこうと考える」

 吸血鬼なだけに血への解釈が深い。けれど、もしこの仮説が本当なら、ヒカリを救えるかもしれない。この街にヒカリを連れて来られれば、ヒカリは生きやすくなるはずだ。

 と、そろそろノートがなくなるな。この街にはまた来よう。死神界に久しぶりに帰る。


 帰ると、死神界は慌ただしかった。

「セッカ、いいところに!」

 キミカに声をかけられ、どうした、と聞くと。

 予想だにしない形で、おれは。

「虹の死神の橙の席候補のヒカリという少女が、手のつけられない状態なんです! アイラやシリンも負傷していて……!」

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