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虹の死神  作者: 九JACK
死神の始まり
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黄々たる朧月夜

 今日は、キミカの初任務だった。セッカが同行した。

 今日私がこれを綴るのは、帰ってきたセッカが酷く疲弊していたからだ。もちろんキミカも。

 任務の内容は一応マザーから私にも伝達されていた。キミカ指名の任務であったのだが、相変わらず質が悪いというか、胸糞の悪くなるような内容だった。

 マザーは私の同行を許可しなかった。私が行くとあれこれ上手くやりくりしてしまうことに気づいたようだ。まあ、万を超える時を共に過ごしているようなものだから、私の性格、行動パターンなどは熟知されていて当然なのだろう。

 だから今日、私にできることはこれしかない。二人から聞いた今日の戦果を綴ること。まだ私は死神であるから、この日記を綴っていくことを許されるだろう。

 帰ってきたとき、キミカの頬にこびりついていた涙の筋が、網膜に焼きついている。


 二人を送り出したとき、夜空に浮かんでいたのは、雲に滲んだ朧月だったのを、鮮明に覚えている。

 扉を閉めてから先のことは、主にセッカから聞いた。そのままを綴っていこうと思う。






 ***




 今日向かう先は、おれもキミカも行ったことのある場所だ。

 それもそうだろう。今回キミカに課せられた任務は『とある宗教信仰のために特定の人間の命を無意味に延命した罪を負う者たちを刈ること』だ。

 宗教団体というとおれにも苦い思い出があるが、キミカはキミカで思い当たりがあるようだった。

 道すがらキミカが説明してくれたのは、生前、キミカの入院費、治療費を全面的に援助してくれたという団体だ。

 まあ、病弱な人のために募金をしたりする慈善事業なら、別に悪いことではないと思うし、人間の寿命を伸ばしたりすることは死神界における罪に該当するわけではない。むしろ医者など、人々を救う活動は歓迎されている。

 しかしそのキミカを援助した団体は、ボランティアとは少々毛色が違った。

 四肢欠損、特殊光彩……人間として珍しい容姿を持つ者を神の化身、もしくは使者として崇める宗教団体。それらの人々が富やら名声やらをもたらしてくれると盲目的に信じている、一種振り切った思考回路をした者たちの集団だったのである。

 ただ、キミカの過去話で聞き知った通り、「恩恵が得られぬなら恩恵を得るまで生かす」という偏った思想を持っていて、それゆえに、無為な延命措置を繰り返し、植物状態になり、生きているのか死んでいるのかわからないような状態になった者は数知れず、という非常に厄介な団体となった。

 キミカも、脱走していなかったなら、植物状態になっていた可能性があるというのだから、死神になるという道に倒れ込んだとしても、その宗教団体の術中から逃げ出したのは正しいことではあったわけだ。

 しかし、過去に遡れば、叩けばいくらでも埃が出そうな団体を、何故今更、しかもキミカに刈らせるのか。

 それはもう、「マザーが性悪だから」の一言に尽きるだろう。おそらくこれをやりたくてキミカを死神にしたのだろう、と疑えるほどに。

「殺す、のですか……?」

 生まれてこの方病院生活で、人死には見てきたが人を殺したことはないであろうキミカがそう口にする。初めての人殺し。それに恐れを成すこの様子は、当たり前のものなのだろう。おれはもう、慣れてしまったが。

「有り体に言えば、そうだな。ただ、ここではお前も被害者だ。躊躇う必要があるか?」

 おれの言葉にキミカはぐっと言葉を詰まらす。

 キミカにはきつい仕事だろう、死神とは。けれど、やらねばキミカの罪は浄化できない。そして死神の仕事は死神になったそのときから、「義務」なのだ。

 逃れる術はない。

 なんともひどい話である。

 からりと宗教団体の拠点の扉を開ける。何者か、と宗教団体の連中がこちらを見る。やけに人が多い。初めてのキミカへの任務としては少々度が過ぎていないだろうか。

 ……まあ、これがおれが同行させられた理由なのだろう。元々病弱だったキミカは精神的にも肉体的にも、大量虐殺は難しい。ましてや、キミカは生前より初めての人殺しなのである。ここにいる全員を始末するには荷が重いだろう。

 そう軽く考えていたが、思った以上に荷が重かったのを、おれはすぐに知った。

「キミカさま!」

「キミカさまが戻ってくだすった!」

 そう口々に歓喜の声を叫びながらキミカの周りにたかる。想像以上にこの信仰は根が深いらしい。キミカはやはり知る顔があるのか、おたおたとしていた。

 キミカは神の子として崇められていたわけなのだが、キミカ自身は普通の人間で特殊な能力などない。「お慈悲を、お慈悲を!」と一同が叫ぶが、キミカは押し寄せてくる信徒を押し退けるしかない。

「呆れたものだな……」

 白いフードを目深に被り、口にする。おれはキミカを庇うように立ち、得物に変化する棒をざっと振るった。それはわかりやすく、死神の首刈り鎌に変わり、恐れをなした人々を遠ざける。

 おれはそっと、キミカにも得物を出すよう耳打ちをしてから、愚かな信徒の集団に高らかに告げる。

「はっ、神とはなんだ? 所詮偶像に過ぎないものを崇めて何になる。ここにいるキミカさまとてそれを疑問に思っていた。だから今ここにいる。身の程を知るがよい」

 おれの登場に周囲がざわめくが、お構い無しにおれは続ける。

「我々は死神だ。貴様らの命を刈りに来た!!」

 本来は魂であるが、魂と肉体を切り離せば、人間というのは成立しない。物は言い様だ。未だに震えているキミカには悪いが。

 おれの宣告に恐れをなして逃げ惑う信徒。だが、無駄な足掻きだ。出入口は今おれたちが入ってきた一ヶ所しかない。

「……キミカ」

「はい……」

 まだキミカの覚悟は決まっていないだろうが、戦いは始まった。

 信仰さえなければ、人畜無害な生き物だ。刈るのは容易い。難点があるとすれば、いつもの得物と違うため、扱いづらいところだ。

 おれは首刈り鎌の刃を使わず、柄の部分で向かってくるやつらを叩きのめす。

 キミカに無傷のやつの相手をさせるのは、少しばかりつらいだろう。キミカはおれの意志を汲み取ったらしく、倒れた瀕死のやつの首をそっと刈った。

 何十人いるのだか、と呆れながら刈りを終えると……部屋の片隅に簡易ベッドに寝かせられ、点滴を繋がれている少年がいた。赤い髪は炎のよう。瞼の下にある目は見られないが。この人物も、信仰により無為に生かされている存在なのだろうか。

「クレ、ト……?」

 キミカがその名を口にして歩み寄る。クレト……確か、キミカと生前仲良くなり、殺された少年の名がそんなだったか。

 けれど、キミカの記憶の中でクレトは死んでいたらしい。別人だろう、と思っていたのだが。

「今、助けてあげるからね」

 そう微笑んだキミカが、少年の手を握り、輝き出す。全身が月明かりのようなぼんやりとした光で照らされる。その光は握られた手から手へと伝わり、少年の体を包んでいく。少年はやがて、瞼を震えさせながら、目を開いた。赤い目だった。

 クレトとは違う目。けれど、人一人を救えたことに喜ぶキミカ……だが。

「うっ!?」

 途端に場に崩れ落ちる。ぐったりと伏せたキミカの背中をはだけさせた。キミカの罪の数字は背中に刻んであると聞いたが、まさか、まさか……

 ぺらりと捲ると、そこに刻まれた黄色い数字は四十になっていた。……以前見たときより加算されている。

 キミカの特殊らしい力もそうだが、その力は使ってはいけないのか? 謎が多く残った。

 それでも、キミカが救ってくれたことをなんとなく察したらしい少年がにこりと笑い、ありがとう、と言った。

 キミカは、脂汗を滲ませながらも、少年の一言を受け、笑みを返す。

 こうしてキミカの初任務は終わった。




 ***




 調べてみたところによると、キミカの人を癒す力はあのときの『願い』をマザーが聞き入れたから発生したものと思われる。

 月の魔力。傷を回復したり、病を治したりできる、万能の治癒能力だ。

 しかし、マザーの性根の悪いことに、人間に使っては「寿命操作」の罪に当たってしまうらしく、彼が救いたかった肝心の人間には使えないらしい。

 その事実にキミカが愕然としていたのは言うまでもない。



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