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短編集

異世界転生しました。

作者: タオニア

主人公はどうしようもないクズだった。親のすねを噛り付くし、何の目標も無いただの童貞。大学を出た後、フリーターとしてアルバイトを転々としていた。何度も自殺に失敗し、今度こそと思った時、かつての同級生から何年振りのメールが届く。


「久しぶりです。元気にしていましたか? 今度、○○さんが結婚するらしいです。披露宴が△日にあるからあなたもどうですか?場所は××です。ではまた後日。」

○○さんは初恋の人だった。この年になるまでズブズブと未練がましく想いを引きずっていた。いてもたってもいられなくなった主人公は、慌ててその場所へ向かう。そして控室に一人で佇んでいた○○さんに想いの丈をぶつける。当然のごとく拒絶される。しかしその反応にショックを受ける主人公。部屋から出ていこうとした主人公に○○さんが声を掛ける。


「人生をやり直したくはないですか?」

○○さんにはそういう能力があるという。色々と注意点があるらしいが、その申し出を疑うことなく引き受ける主人公。しかし○○さんは主人公に向かって言い放つ。

「人生のリセットが、そんなに簡単にいくと思うなよ」

だが、主人公はこの言葉の言わんとすることを理解していなかった。そして主人公の人生のリセットは行われる。


次の瞬間、主人公が目を覚ました時、主人公はまだ人間になっていなかった。主人公は精子の状態だった。そこには、何億もの精子がウヨウヨしていた。見た目は同じオタマジャクシでも、こいつらが自分と同じようなどうしようもないクズなのだと感じた。早くに人生をリセットした奴は、次の射精で外の世界に出ることができた。


俺の大きさはノミよりもはるかに小さいから、この男の金玉が地球くらいに大きく感じる。それくらいの大きさの真っ暗な空間の中に俺らがギチギチに詰まっている。次から次へと俺らみたいな奴が詰めこまれていく。何億といるのだろうが希望を持っている奴なんて誰一人いない。当たり前だがこの中には俺たち以外何もない。俺たちは何もできない。漫画もゲームもスマホもない。まともな食べ物もない。それは俺らがまだ人間ではないからだ。こんな体では逃げ出すことも出来ない。俺たちにできるのはただ順番を待つだけ。この男が射精してくれるのを待つだけ。そもそも射精してくれても子宮に行けるとは限らない。子宮に行ける射精がこの男の一生の中で何回あるだろうか。彼らが何を願おうと無駄なのだ。死ぬまでこの男のパンツの下で過ごすと思うと吐き気がした。この何億の中から当たりを引けるのは一人だけ。それは地球上の全ての人間の中から一人だけ生き残れると言われているのと同じだった。宇宙に浮かぶ人工衛星から、地球に向けて放った矢が自分に当たるようなものだ。一人だけが赤ちゃんになれる。赤ちゃんが泣くのは機能的なものではないのだ。嬉しくて雄叫びを上げているのだ。そいつは服を着ることができるだろう。喉が乾いたら水を飲むことができるだろう。やりたい事ができるだろう。唯一ここから出られる方法はこの男が射精するしかない。それ以外に方法はない。


しかしこんな状態に置かれても主人公は、新しい人生を踏み出すため、今だけ少し我慢すればいいと思っていた。今までは不細工だったから、今度はイケメンになりたいとか。彼女をつくりたいとか。彼女とあんなことやこんなことがしたいとか。親孝行してみたいとか。そんなことを考えていた。そして早くにリセットしてきた奴らは意気揚々と外の世界に飛び出していった。その先に待っているものが何なのかも知らずに。


次に射精される奴らは嬉しくて泣いていた。だが俺はその涙を勘違いした。彼らはやっと死ねると喜んでいるのだ。ティッシュに吐き出された彼らは丸められてゴミ箱行きになった。むせ返るような匂いを放ちながら死んだ。看取ってくれる人もいない人生だった。その射精はただのオナニーだった。この男は寝る前に何億もの命を犠牲にして快楽を享受する。今の射精で何億の命が死んだと思っているのか、せめて罪悪感を覚えろ、と普通なら思うのだろうが、感化されなくなっていた。ここにいる間に性根が腐ってしまったようだ。


だがこの何億の中にも希望を持つ者達はいた。彼らは結託して組織を結成した。有志で結成したこの組織をレジスタンスと呼んだ。レジスタンスのほとんどがここに来たばかりの奴だった。その中で一番若い奴が切り込み隊長に選ばれた。そしてその切り込み隊長は俺の母親だった。母もあの後死んでしまったらしい。それでも俺はレジスタンスのことを特攻隊と呼び、蔑んでいた。そして彼らは誓いの儀式を立てて人間に生まれることを決意した。しかし先陣を切った母親らを待っていたのは現実という名の壁だった。


吐き出された何億もの彼らを待っていたのは子宮では無かった。そこにあったのはコンドームだった。最初から彼らには希望などなかった。死へ向かって飛び出していったに過ぎなかった。陽の目を見ることなく終わった。誰も彼らを助けてはくれないし、誰も助けられない。悔しさと悲しさとそれ以外の言い様のない感情が渦巻くだけ。彼らを受け止めたのはゴミ箱だった。


母親は犬死にも同然だった。死んだ彼女に手向ける言葉はなかった。しかしそんな主人公に転機が訪れる。主人公を殺した人間のことを人づてに聞いたのだ。それは主人公の父親だった。性根のくさった主人公でもこのまま死ねないと感じた。せめて母の敵を討った後で死のうと思った。そしてレジスタンスに飛び込んだ。そしてすぐにチャンスはやってくる。だが、新入りの主人公は後回しだった。選抜隊は開いている子宮口めがけて飛び出していった。しかし彼らのほとんどは膣内のピルによって頭を潰された。女が避妊薬を飲んでいたのだ。彼らはそのままのたうち回っていく。声も出せずに苦しみながら。しかし最も早くに先陣を切った奴らは最奥まで到達する。だが、そこには何も彼らを待ってはいなかった。そもそも排卵は起こっていなかった。彼らもまた、死を選ぶことしか出来なかった。


「本当に好きな女じゃないと受精しないとでもいうのか…!」


 そして主人公の番は回ってくる。子宮めがけて飛び出していく。他の奴らに押しつぶされそうになるがなんとか進んでいく。だが彼らの多くは奥への分岐点で踏みとどまってしまう。しかし主人公は飛び出すことができた。それは母親の残骸を見つけたからである。母が身を挺して道標になってくれた。そして誰よりも早く卵子の元へ駆け抜けていった。


 その日はいつもより早く起きなければいけない日だった。黒いスーツと黒いネクタイをして出かけた。その場所には他に誰もいなかった。そして静かに故人を悼んだ。父親は既に癌で死んでいた。そして同時に自分の墓参りもした。新しい人生はもう既に始まっていた。



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