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異例の親善試合参加校


 はじまりはいつか。

それを知る者は、もういない。

いや、“人間側”にはいないと言った方が正しい。魔物と呼ばれる異形の者達が現れ、人間界を脅かし、その圧倒的な力でもって世界を恐怖で覆い尽くしはじめたのはいつだったか。

 長い長い年月のなか、ドラゴン族は、その一端を彼等の歴史の中で見守ってきた。

干渉せず彼等の秩序でもって、彼等の距離感でもって。

 だが、ある時魔物のなかに知性を持つ者が現れ、均等が崩れた。もはやドラゴン族も傍観者ではいられなり、ある決断をした。

ドラゴン族は、人間に干渉する事を決めたのだ。





 深い深い谷底の黒い森。ドラゴン族の王族だけが立ち入りを許されている森だ。

かつては、この森で多くの幼竜が遊び、己の力を高め合っていた。

だがここ数年、王族に子が生まれず、森に笑い声が響くことは無くなってしまった。


「……ぅ……あ、…いだい…いだいよ」


 森の大樹の下で小さく蹲る黒い塊が鳴き声を洩らした。黒く滑らかな肌と翼を持つ金色の瞳の竜の子供だ。ぐったりと身体を地面に投げ出し、まだ小さな紅葉のような手で涙を拭った。大粒の涙でグシャグシャになり、嗚咽で上手く息が出来ない。

足からは赤い血が流れていた。


「がえりだいよ……ぅえ、……ぐぅっ」


 子竜は、もうすぐ生まれる弟にこの森の花を見せてやりたかった。大樹の上に咲いている銀色の花。あれを見せてやりたくて、ひとり木に登り、そして落ちた。


「ママ……ママァ……」


 子竜は、ようやくドラゴン族に産まれた王子としてそれはそれは大事に育てられ、大事に育てられ過ぎて未だ空も飛べないアマちゃんとして成長してしまった。


「……うぇ……うぅ…」


 陽も落ちて、段々と気温も下がりだした。

城の皆には内緒で来てしまったから誰も自分の居場所を知らない。

このまま動けず、誰にも見つけてもらえなかったら?最悪の事態を想像し、子竜は恐怖でぶるりと震えた。

 誰もいない場所で独りっきりで死ぬ……たった独りで。


「あはっ」


「ピャッ!?」


 突然の笑い声に子竜は、驚き飛び跳ねた。

ビクビクと上を見上げると大樹の枝に小さな生き物が座っていた。黒でも紅でも白でもない。銀色。眩いほどの銀色だ。


 その銀色は、ふんわりと飛び降りると子竜の横に舞い降りた。


「天使?」


 可愛らしい少女。まるで絵本のなかに出てくる天使のように白く、小さく、可憐な少女。

姿形は、ドラゴン族の大人達に似ているが羽根や尻尾がない。地面につく程の長く輝く銀髪を三つ編みは、すごい魔力を帯びている。

天使じゃなければ、悪魔かもしれない。


「テンシじゃない」


「じゃあ、悪魔?」


「あはっ!アクマでもないよ。ニンゲン」


 少女がキラキラと大きな翠色の瞳をパッチリと瞬かせ、にこりと笑って言った。


「人間?」


「そ、ニンゲン」


「人間…」


 人間なんて、初めて見た。

お父様が言っていた。ボクが大人になったら人間と結婚するんだって。そうしなさいって。羽根も尻尾もない生き物と結婚なんて嫌だったけど……相手の子がこの子みたいに綺麗な子なら、人間でもいいかもしれない。


「ケガしたんだ?動けない?」


「う、うん……すごく痛いんだ」


「へぇ〜たいへんだね」


ペチン


「ふぎゃッッ!?」


「ぜんぜん、イタくないよ?」


「痛いよ!?」


「なんでおこるの?」


「キミが叩いたせいで痛いからだよ!!」


「名は?」


「は?はぁ?名前!?」


 少女はニコリともせず尋ねてきた。

それがなんだか恐くて子竜はごくりと唾をのんだ。


「おまえ、名は?」


「オレ様は…アルビオ……アルビオン=ルフ=ドラゴニア」


「アルビオ」


「おまえ、ボクのものにしてあげる」


「え?」


「ボクのものだよ、いいね?」


 可愛い女の子に自分の物だと言われ、アルビオは心臓が飛び出しそうになった。ドキドキと胸が高鳴り、顔が赤くなる。

 そんなアルビオにはお構い無しにそっと少女が足にキスをした。

 キスされたところが暖かくなり、じんわりと熱が広がる。ぞくぞくと何かが這い上がるような不安なような、痛いような…それでいて凄く気持ちがいい。


「あ……」


 痛くない。血を流していた足は、もう全く痛みを感じない。驚いて顔を上げると、少女が微笑んだ。


「ボクのかわいいアルビオ」



 その日、ドラゴン族は初めて人間を自分達の領域に招き入れた。


 ーーーそして、数年後。

ドラゴン族は王族を人間界の学園に預けるほど深く溶け込んでいた。人間と共に魔物と戦う為に自ら歩み寄ったのだ。だが、それはドラゴン族だけではない。


 黒い目が魔法騎士学校をとらえていた。感情の無い、闇をそのまま写しだした様な暗い瞳。それが、ただただ無感情に情報を集めていた。獲物を狩る為に。


※※※


「起きてください」


「む……にゃ……ぅ」


「起きなさい、隊長」


「………むに……ぐぅ…すぴー」


「隊長!!」


「ぷすーーー……むにゃ」


ぐにゅっ


「ひぎゃあ!?」


「おはようございます。隊長」


「あ、ま、グライド、いま」


「早く支度しないと遅刻しますよ。親衛隊隊長が遅刻などあり得ません。……あぁ、その寝癖に涎はなんですか!はしたないです」


 グライドに乱暴に起こされ、俺は渋々ベッドからおりた。昨夜はウルズの一件で、なかなか寝付けなかったせいで、かなり眠い。


「グライド〜〜着替えさせて〜〜」


 俺はグライドに両手を広げて甘え声を出した。だって着替えるの面倒だし、動きたくないし。可愛い俺になんだかんだ言ってグライドは甘い。


「………はぁ、今日だけですよ?」

「ん、ありがとぅ〜♡」


 ほらな?だから、俺みたいなぐーたらがいつまでもぐーたらのままなのだ。ありがとう!


「この痣…」


「げ」


 グライドが目敏くウルズにやられた痣を見つけた。脇腹の辺りを直に触れられて、びくんと身体が反応する。触られるとまだ少し痛い。


「昨日、もしかして何かありましたか?」


「あ、え、う」


「まさか、1人でまた出歩いたんですか?」


「あぅ、あぅ……」


「あれ程1人では危険だから出歩くなと言い聞かせたのに」


 あぅあぅしか答えられない俺にグライドがお説教モードに入る。今日から親善試合だというのに、朝から精神攻撃とはこれいかに。

げんなりした顔で俺は袖を通した。


「仕方ないでしょぉ〜、あ、ほら!遅刻しちゃうよグライド!」


「ちょっ、まだ話は!」


「はいはぁ〜い、親善試合の後にねぇ〜♡」


 着替えを終えて俺は急いで部屋を出た。後ろから慌ててグライドも付いてくる。


「あっ!こら、顔っ!顔を拭きなさい!!」


※※※


「おはようございますぅ〜♡」


「おはようございます」


 親善試合メンバーは生徒会室に集合だ。俺達は元気よく挨拶をして部屋に入った。

部屋には、ダグラスと書記の人とフォウフォウ、不良はいないとして……ん?


「おはようございます…ニャ!」


「ティグリスさん、おはようございます!」


「会長達は?」


 会長、副会長、あとウルズがいない。

メンバーの主軸3人がいないとは、たるんでないか?


「……異例」


「え?」


 書記の人がボソリと喋った。


「異例の事態……さき、行くって」


「そうなのですか?では、貴方は」


「伝言メモ」


 伝言……メモって、天然さんだね!?

つまり、書記の人は伝言係として残ってくれたのか…異例の事態ってなんだろ?

 どっちにしろ、ここにいても仕方ない(不良はどうせ生徒会室には来ないだろうし)会場に向かうか。ちょこっと位は作戦会議したかったんだけど、こんなんで勝てるのか?


「伝言ありがとうございますぅ!じゃあ、僕達もぉ〜早く会場に行きましょう〜」


「ん」


 書記の人がこくんと頷く。

この人、本当に喋らないなあ…。


「ジェラルドさんはいいんですか…ニャ?」


「適当にくると思うよ〜」


「そうですかニャ…」


 フォウフォウの尻尾がショボンと下にさがる。生真面目なところがあるんだろう。

つーか、待ってたら遅刻しちまうから、置いてこーぜフォウフォウ?


「上着……コレ」


 書記の人が机の上にあったローブを皆に配る。所謂、ユニフォーム的なものだ。

うちの学校の紋章が金糸で縫い込まれた真白なローブで、さらりと滑らかな肌触りと持てば羽根のように軽い素材でかなり質が良い。

ケチャップとか醤油のシミが凄く目立ちそうだし、あとで返却しろとか言われたらクリーニング代じゃ済まなそうなくらい高貴な感じがする。

 皆で袖を通せば、代表としての責任感が増した気がした。


「それにしても、すげーハリーポッター感」


「ハリー?誰ですか、それ」


「ん〜?なんでもなぁい」


※※※


 魔法騎士学校の校舎から少し離れた所にある試合会場が見えてきた。

 

 会場は、魔法の薄い膜が包み込むようにドーム状になった厳重な魔法防壁が掛けられている。規模は選抜試験よりもかなり拡大していて、会場全体が一つの森くらい。

昔でいうコロシアムだが森一つ分という規格外の巨大さだ。

 観客はこの会場を囲むように作られた円状の席から魔法映像で試合観戦をする。

会場には監視魔法が張り巡らされている為、不正は出来ないし、万が一絶命の危険があれば瞬時に審判が転送され止めに入れる仕組みになっている。


 花火や太鼓のような大きな音、そして観客たちの喧騒……それらが俺の緊張を煽り、心臓が早鐘のようだ。

 チラリと横のグライドを見れば、澄ました顔で“大丈夫ですよ”なんて言って、一瞬手を握ってきた。


「べ、別に、緊張なんかしてないし」

「そうですか」

「ティグリスさん、大丈夫だよ!俺がティグリスさんを守るから!」


 ダグラス、その台詞すんげーフラグっぽい。


「……………いた」


 書記の人がボソリと呟き指さした先に会長達がいた。

なるほど、確かに各校代表のローブを着ていると見分け易い。


「皆……きたよ」


「ああ、ご苦労様です。……コホン」


「?」


 副会長がなんだか歯切れが悪い。そして、会長とウルズもなんだか不機嫌だ。

どうしたんだろ?


「やぁ!キミがさっき言っていた子だね?!

ヨロシク!」


「……………誰?」


 副会長の後ろから突然男が書記の人に話し掛けてきた。

 漆黒のローブに紅い刺繍の…これまたイケメンさん。オデコを出した黒髪短髪に切れ長の金色の目、笑うと鋭い八重歯がのぞいている。

……ん?あれ、この人って昨日の食事会にいたっけ?


「彼は…」


「自己紹介が遅れてスマナイ!私は、リアベル!急遽、今回の親善試合に参加することになったんだ。ヨロシク頼む!

で、こっちが私のメンバー。優しそうなのがセーレ、恐そうなのがグラシオン」


 リアベルが勢いよく後ろの二人を前に突き出した。

 ふんわりヘアに優しそうな風貌の男がニコリと会釈し、厳つい男も無愛想に会釈した。

2人ともリアベルと同じで黒髪に金色の目…兄弟かな?


「……よろしく……こっち」


 書記の人も会釈し、俺達を振り返った。

これは自己紹介しろという事だろうか。


「グライドです」

「フォウフォウですニャ」

「ダグラスです。宜しくお願いします」

「僕はぁ〜ティグリスですぅ♡」


 俺も皆に続き、猫被りの更に余所行き仕様でニッコリ笑う。対戦相手だ。存分に油断させねば!


「ワオ!とってもキュート♡やあ、仔猫ちゃん」


 リアベルがパチンとウィンクと投げキッスを送ってきた。それを俺は華麗に避けながら、照れたフリをする。

……猫はどっちかというとフォウフォウだろ。


「ところで、他の方はもう先に行かれたんですか?」


 ダグラスがキョロキョロと辺りを見回した。

急遽参加したとなれば、この辺りはよく分からないだろうし、あまり別行動はオススメしないよな。


「他?他ってダレだい?」

「え、他の参加メンバーの方達ですよ?」


 リアベルは、ああ!と笑いながら頷いた。

少し片言だし、あまりこの国の言葉は得意じゃないのかもしれない。


「いないゾ。私達、3人が全員だ!」


「「「「え、ええええ!!!?」」」」


「どうした?何故、驚く?」


「いや、え、だってぇ〜僕達の学校も含めて、どの校も9人のフルメンバー参加ですよォ〜?」


 そう、親善試合は9人。もちろん、それ以下の人数で参加してもいいが圧倒的に不利になる。ましてや、ひとりふたりではない。

 6人も欠場なんて…急遽の参加にしたって完全に負け戦だ。

グライドやダグラスもそう思っているらしく、同情したように眉を寄せている。


「ざ、残念でしたね…」


「6人も欠場が出るなんて、かなり大変だ……ニャ」


「欠場?欠場なんていないゾ!」


「そうだ。彼等は初めから3人でエントリーしてきた」


 会長が苦々しげに話に割り込んできた。

相変わらず、リアベルは能天気に笑っている。ヤバさに気付いていないのか……それとも。

 リアベルの金色の目が俺をじっと見つめる。

なんだか、ゾッとしたものが背中を駆け巡った。


「物理、魔法、回復」


 リアベルが指を3本立てる。


「3人で十分」


 にっこり笑うリアベルの目は、全く笑っていなかった。



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