親友の言葉
俺は沈んだ気持ちのまま部屋に戻り、化粧を落とすため洗面所に向かった。
顔に薄い膜を張ったような化粧の感覚に苛々が募る。バシャバシャと水洗いをしても化粧は拭いきれず、仕方なくシャワーを浴びる事にした。
魔物、異世界、騎士、魔法…この環境に慣れ始めている自分。もうティグリスと呼ばれる事に違和感を覚えなくなってきている自分。
友人や家族の顔ははっきりと思い出せるのに、何年も見ていたはずの俺自身、樋口雅人の顔が記憶の奥でおぼろげになっていく。
人間って案外、自分の顔を気に留めていないのかもしれない…。
「騎士になって魔物と戦う……か」
熱いお湯を出し、頭からかぶる。
シャワーのお湯が自分の身体を伝って流れていく様をただぼんやりと眺めても、このモヤモヤした気持ちは晴れるはずもない。
「綺麗な脚してんなぁ……しっろ」
透き通るように白く柔らかな太股がほんのりと桃色に色付いていく。
いまやこれが俺の身体だ。
可愛くて華奢でまるで美少女の様な姿が俺だ。グライドもダグラスも親衛隊の皆もティグリスの俺を見ている。
偽りの俺を見ている。
「俺って、何?」
ガチャッ
「ひゃッ……さむ!グライド!?」
シャワールームの扉が突然開き、俺は外気に身体を震わせた。
いくらグライドでも人の入浴中に扉を開けるのはいかがなものかと……
文句を言おうと振り返るがその前に後ろから力強く羽交い締めにされた。
「ひぇっ!?」
ちょっ、はぁ!?グ、グライドさん!?
「ティグ」
胃の辺りがひゅんとなる。
グライドの……声じゃ……ない。
「………ッ」
扉の鍵、鍵…閉めて…?あ、ど、どうしよう……俺、……こ…こわい…誰
恐怖で声が出ない。
「………ん、……ッ」
恐くてで縮こまる身体をより一層強く抱き締められ、耳を甘噛みされる。
相手は服を着ているが俺は無防備な裸だ。この間の不良の件もある……
「ふ、ふふ…」
「……ひぅ……ッ」
耳に熱い吐息がかかる。
嬉しそうに微笑う声が俺の恐怖を煽った。
「この匂い、は、ははは、はははは!」
「え……ひゃわ!?」
突然男は俺を担ぎ上げ、自分の肩に俺を肩車し高笑いした。
「ちょっ!どぅえ!!?」
予想外の行動に俺は恐怖そっちのけで、変な声をあげる。
裸で肩車しているから、つまり男の頭に俺のアレが密着しているわけで。男が動く度に擦れるってゆーか……ッッ!
股間に触れる髪がもぞもぞする!!
「ははははは!」
「ど、ぅうわぁぁあわぁあ!?」
やめ、止めろ馬鹿!!!
こか、股間が擦れるーーーーッッッ
※※※
ひとまず、男の正体は会食にいたあのイケメンだと分かった。俺を強姦するつもりではなく、ただ話をしに来ただけらしい。
せして今は何故か俺の身体を甲斐甲斐しくタオルで拭いている。
「おい、変態様」
「動くな、まだ終わってないぞ」
「聞いて下さい変態様」
「こちらの足を上げろ」
「嫌です」
げしッ!
一応来賓客なので丁寧語で答えた後、俺はイケメンの顔を素足で踏みつけた。
貞操の危機は無くなったが、コイツが風呂に乱入する変態だという事実は変わらない。
身体を拭かれているのも、断ったのにしつこく食い下がるので根負けしただけであって、俺としてはかなり不本意だ。
イケメンは、一瞬むっとした表情になるが俺を拭くのを止める気はないらしい。
「足」
「……」
「………はぁ、そら」
「わっ…」
ひょいと片足を掴まれ、上に持ち上げられる。下着を着ているとはいえ、男の眼前で股を広げられ、俺は一気に顔に血が集まった。
「ちょっ…!なにするんですか!?」
「拭いている」
「や、そうじゃなくて………ん、……ッ」
股の内側、中心のギリギリをなぞられて思わず変な声が漏れた。
「……ぁ、っ……そこはいいですから」
「ここか?」
イケメンが俺のアソコを指差す。
「……触ったら、ぶち殺します」
「殺されるのは困る」
「てゆーか、何の御用ですか?わざわざ、人の入浴中に訪ねてくるなんて…」
来賓客が何故わざわざ俺を訪ねてくるのか、意味が分からない。
イケメンは、再びむっとした表情になる。
「先程から何故そんなに他人行儀なんだ?」
「はい?」
え?もしかして、知り合いだった??
「親友に会いにきて、何故悪い?」
「え」
イケメンが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
親友?
「ティグは俺様を忘れたのか?」
親友、俺様、ティグ…
…。
……。
………。
うおわぁぁぁぁぁっ!!?
やっべぇぇぇーーー完全に油断してたーー!
イケメンな来賓客が変態だった!!
ちげぇッッッ変態が親友だった!!!!
アカンでしょッ親友分からないとか大失態でしょ!!?最大のピーーーンチ!?
え?あ?ど、どう誤魔化す!?おっわっ?
「ア、アルビオ〜♡すんごくぅ男前になったから僕ぅ分からなかったぁ〜♡」
「男前?」
「う、うん〜♡見違えたぁ♡」
はい。無理ありますね。知ってます。分かってます。はいはい分かってますぅ!!?
でも、ぶりっ子で誤魔化す以外浮かばなかったんですぅ!!?
「………」
めっちゃ目をパチクリしてる。
はい、積んだ。もう、積んだわ!
「……ア、アルビオ?」
「嬉しい」
「え」
「男前って、漢らしくなったってことか?」
「あ、はい、たぶん」
「!!!」
ぎゅうぅぅと抱き締められ、頬をすりすりされる。
なんか犬みてぇ。
「アルは、嬉しいぞ」
「……あの、一人称変わってますけど」
「…すまない、つい。昔の癖で」
「へぇ、はぁ?」
「そうだよな、俺様も随分と昔から変わったもんな。分からなくて当然だ。
あの頃から身長も70㎝伸びたし、筋肉だってついた。成長して髪色も変わったから」
70㎝って、そんだけ変われば、まあ分からないかもな。
「でも、俺様の親友は、8年前と全然変わらない。昔のまま、凄く」
おいおい、そんな長い間会ってなかったのか親友なのに。まあ、おかげで助かったけども。
「凄くカッコイイ」
「可愛いじゃないの?」
「可愛い?何故?」
この姿になって初めてそんな事言われた。
「ティグは、こんなに強い目をしてるのに」
じっと俺の目を真っ直ぐ見る瞳に、じわっと目の奥が熱くなる。
昔、俺の親友が同じ事をした。
“俺”を見て、同じ事を言ったから。
「だから、信頼できるティグにだけは伝えておこうと思って来た」
「伝える?」
「ああ、今回の親善試合はどうもキナ臭い」
アルビオの言葉に俺はごくんと息を飲んだ。




