弱き存在
俺とライラはその後、ローレイという街を目指して旅をすることになった。 南部に位置するローレイはこの辺りではもっとも繁栄している街で、復讐のための情報を仕入れるには絶好の場所だという。 俺はそれに対して「ライラが神なら、情報屋とか使う必要あるのか?」と尋ねたのだが、どうやらその力も俺と契約したときに失っているらしい。
「……休憩しませんか?」
「まだ歩き始めて十分だぞ……」
そして、神という立場に甘えすぎていた所為なのか、体力が果てしなくない。 既に休憩は十回を越えようとしている。
「では、おぶってもらえませんか?」
「絶対やだ」
更に、甘えたがりである。 これもまた神であったからこその性格なのだろうか。 てかもしもおぶったら色々マズイだろ、色々……。 ほら、ライラが絶壁ならまだ良かったけどね。 それなりに胸があるからね、マズイでしょ。
「むう……疲れました。 足が痛いです」
「我慢しろよ、旅ってのはこんなもんだろ。 そんなに嫌なら一時的にでも契約解除したらどうだ」
「一度破棄をしたら再契約はムリなんですよぉ! あ、良いこと思い付きました!」
今現在は森の中、そこを俺とライラは進んでいる。 どうやらこの森は所謂「始まりの街」に近い場所らしく、慣れるためにもこのルートを進むのを推奨してきたライラであったが……今はそんなことを言い、近くの切り株に腰を下ろしている。 休む気満々だな。
「なんだよ」
「カロクがおぶるのが嫌だというのは、首が苦しいからですよね?」
……違いますけどね。 主に背中の感触が嫌なだけですけどね。 言ったらなんか怒られる未来が見えるから、とりあえずその勘違いに乗っておこうかな。
「うん、まぁ。 俺ってすぐ酸欠になるんだよ」
「では、こうしましょう!」
ライラは言うと、俺に向けて手招きをする。 何か良い案でもあったのかと思い、俺は特に何も思わずに近づいた。 ライラはにこにこ笑顔である。
こうして黙って笑っている分には良いんだけど。 なんか言葉が発せられなくなる呪文とか魔法ってないのかな。 今度それとなく聞いておこう。
「次に、わたしに背中を向けてください」
「こうか?」
俺は言われるがまま、ライラに背中を向ける。 まさかこいつ、いきなり飛びかかってきておんぶを狙っているんじゃあるまいな。 俺は警戒しつつも、次の言葉を待つ。
「そのまましゃがんでください」
「……こうか?」
やっぱりこれ、飛びついてくるパターンじゃないか。 ならば俺は背中に神経を集中させるのみ! もしも不審な感触があれば、すぐさま脱出できるように! 今の俺はそれなりに強くなっているはずだから、それも可能なはず!
「えいっ!」
「あ? いっつ!?」
しかし、俺の身に訪れたのは予想していたことではなかった。 後頭部に鈍痛、恐らくライラに蹴られたのだ。 問答無用で頭を蹴り飛ばすとか人間のすることではない、やはりこいつは悪魔だ。
「よいしょ!」
「……」
そして、その衝撃によって俺は両手を地面へと付く。 四つん這いになった格好だが、ライラはそれが狙いだったのか、俺に背中へ乗ってきた。 まさに構図的には動物に跨るお姫様である。
「ほら、これならわたしも疲れないですし、カロクもおんぶをしているわけじゃないじゃないですか。 どうですか?」
「……このクソガキが」
「え?」
「いっぺん死ねッ!! お前はやっぱりクソ生意気なクソガキだッ!!」
勢い良く振り返り、俺はライラのことを振り払う。 ライラは驚愕に満ちた顔で俺のことを見ていたが、体勢が崩れたことによって地面へと倒れこんだ。 というか何を驚いているんだ……その当たり前のことが覆された!? って顔に俺は驚きだよ!
「ん?」
だが、異変が起きたのはそのあとのことだった。 振り払った俺の左腕から何かが出た。 射出、と言うのが一番正しいのかもしれない。
黒い塊のようなものだ。 それは振り払った俺の腕から放たれ、遠くにあった巨大な樹木へと命中する。 樹木は一瞬で消し飛んだ。
……えぇ。
「おいなんだよこれ!? 木消し飛んじゃったよ!?」
「いたた……もぉいきなり何するんですかっ! ひどいですひどいです!」
涙目でライラは言うものの、泣きたいのは俺の方である。 怒りに任せて腕を振ったら木が消し飛んじゃったんだよ!? どーなってんの俺の腕!
「女の子に対する扱いじゃないですっ! ふん!」
ライラは地面へ座り込み、顔をつんと逸らす。 やべぇムカつく。
「そんなことどうでも良いから今のなんだよ!? 変なの出てきて自然破壊しちゃったよ!?」
「いやです。 ちゃんと謝るまで何も教えないです。 ふん!」
……俺はどうやら、こんな場面でプライドを捨てなければならないらしい。
「魔法ですよ、魔法。 先ほどのはただ単に魔力の射出ですが」
「魔法か……まったく使い方が分からないんだけど」
それから俺は何度か謝り、ようやくライラからのお許しが出た。 一度の謝りで許さなかったこいつの性根は間違いなく腐っている、隠れドSだろ間違いなく。 最終的に「申し訳ありませんライラ様」で許してくれたがな。 一応言っておくが棒読みだぞ、棒読み。 俺にプライドがないわけじゃないからな。
「今はまだ使えるのはそれだけですね。 むしろ、それのみでも充分なくらいですよ? わたしの力を侮らないでください」
「……まぁ確かに。 お前は俺が思ってるより凄い奴なのかもな」
「べ、別にそこまで凄くはないですが……。 ふふ、ふふふ」
喜んでる。 褒められ慣れていないのか、感情を隠しきれていないだけなのか分からないが、喜んでいるということだけは伝わってきた。 顔も笑顔を隠しきれていない。
「こほん。 魔法とは、基本的に習熟して学ぶものなのです。 カロクの場合は経験を積めばすぐにでも使えると思いますよ」
可愛らしい咳払いをし、ライラは言う。 どうやら褒められて天狗になったのか、すげえ分かりやすい性格なのは唯一の長所だな。 とりあえず煽てておけば良いという単純な奴だ。
「経験ねぇ。 レベルみたいなのを上げろってことか? それ」
「少し違います。 大事なのは、必要なときに必要なことを想うことです。 例えば、誰かが傷を負っており、どうしても助けたいと強く想えば、その想いは魔法となります」
ライラは言うと、俺に向けて手をかざす。 そして、続けて言葉を放った。
「ヒール」
「うお……」
言葉と同時、俺の体を白色の光が包む。 ただそれだけで特に変化はないが……今のライラの言葉で考えると、俺に魔法を使ったということか。
「一度覚えれば、あとは自由に行使できます。 使うだけでも疲れますので、あまり乱用するのはオススメしませんが」
「便利だな。 なら俺も」
俺は言い、ライラに手をかざす。 幸いなことに、ライラは先ほどの落下の衝撃で多少ダメージを負っているはずだ。 このまま俺がライラのことを助けたいと想えば、少なくともヒールを使えるようになるということだ。
「……」
ライラもそれを察したのか、俺のことを見つめている。 よし、ならば物は試し、やってみよう。
助ける、助ける、ライラの傷を治すために。 その想いを強くすれば、俺にでも――――――――。
「ファイヤー」
「きゃぁ!?」
「あ、悪い」
しかし、俺が咄嗟に頭に浮かべたのは攻撃魔法であった。 よく分からないが、炎が勢い良く飛び出し、ライラの頭上数センチを通過し、消えた。
「い、いいいいい一体何を考えているんですかっ!? 今のはヒールを使えるようになる場面じゃなかったんですか!? あろうことかわたしを仕留めようとしましたよね!? 酷すぎますっ!!」
「あはは、悪い悪い。 ついな」
「ついな、じゃないですっ!! これでもわたし、今はとってもとってもか弱いんですよ!? 当たったら間違いなく息を引き取っていましたからね!?」
いやはや、どうやら仕留め損なってしまったようだ。 おしかった……じゃない、危なかった。 どうやら俺の強い想いはライラを助けることではないらしいな。
「……ん? ってことは、お前に向けて魔法の練習をすれば、攻撃魔法が一通り揃うんじゃ」
「絶対嫌ですっ!! いやですいやですいやですっ!!」
「冗談だよ……泣くなって」
涙をぽろぽろ零しながら言うライラの姿を見て、さすがの俺も悪いことをしている気分になってきた。 女の子の涙に弱い俺はきっと紳士なのだろう。
「うぅ、ぐすん……長いこと悪魔神をやっていましたが、ここまでいじめられたのは初めてかもしれません……」
ここまでってことは過去にいじめられたことがあったのか……なんだか可哀想になってきた、同情してしまいそうになる。
俺がそんな同情心に芽生えたとき、ふと声が聞こえた。
「おぉ、いたいた! 旅のお方ですか!?」
「ん?」
しかし、その声の主の姿がない。 森の中にしては少々開けている場所であったものの、周囲を見渡しても姿が見えない。
「ここですここ! 旅のお方!」
「……うわっ! なんだお前、気持ちわるっ!」
「えぇ!? いきなり酷いな!?」
いやいや、だってそりゃ……目の前に現れたのが、ファンタジーで良く目にするアレだったのだからそういう感想にもなるだろう。 漫画やアニメでは結構可愛らしかったんだが……いざこうしてリアルで見ると、気持ち悪いという感情が真っ先に出てきてしまうな。
「スライム? こんなところに、珍しいですね」
そう、たった今ライラが言ったように、俺の目の前に現れたのはスライムだ。 大きさは両手に乗るくらいで、高さは三十センチほどしかない。 透明な水の塊のようで、目と口がしっかりと付いている。 ぽよんぽよんと揺れるその姿はまさしく、スライムであった。