4
「それじゃあ、打ち合わせした通りの設定で。エドは極力しゃべらない。非常識な事言うといけないから。私がお姉ちゃんを説得するね」
明の言う通り、下手な事を言うとぼろがでそうだが、今だけ騙せても、これから一緒に住むとなると、果たしてどこまで嘘で誤摩化せるものか……と不安だ。
しかも明の家族に紹介されるわけだから、悪い印象はもたれたくない。かといって好意をもたれて迫られたりするのは、もっと困るのだが……。
今まで女にモテるのは「王子」という肩書きの為だと思っていたので、王子でない私に女性が好意を持つのかいまいちよくわからないが、明に言わせると「そうとうモテる」らしい。
ここに来るまでの間に、人の多い町中を歩いたが、確かに大勢の人間の視線を感じた。女性の方が比率が多かった気がする。ただ日本という国は単一民族国家で、外国人は目立つそうなので、それで注目を集めてるのだと思うのだが……。
人混みを歩く中、必死に腕にしがみついて周りの女に牽制している明の姿は、微笑ましくて愛おしかった。
「お姉ちゃん! 久しぶり。突然ごめんね」
明が扉を開けて、一人で入って行く。少しだけ扉を開けたままで、私は外からその声を聞いていた。
「久しぶり。元気? 遊びにきてくれるのは嬉しいからいいのよ。それより……彼氏連れてきたのよね。イケメン? どんな人? 気になるから早く紹介してよ」
明とよく似た声が聞こえてきた。声だけだと、明と区別がつきにくい。さすが姉妹という所か。
「まあ……イケメンだよ。ちょっと驚くかも……」
「ええ! 本当に! 見たい、会いたい、外にいるの?」
明の姉上のはしゃぐ声に緊張した。私は姉上に気に入られるだろうか?
「エド……入ってきて良いよ」
明に呼ばれて思い切って扉を開けて入る。初めて見る明の姉上は明によく似ていた。明を大人にしたらこんな顔かもしれない。声もなく驚いた顔で固まっていた。大丈夫だろうか?
「突然お邪魔して申し訳ない。私はエドガー・フォンと言います。明さんと親しくさせていただいています。よろしくお願い致します」
できるだけ丁寧に自己紹介をして、きっちり頭を下げた。恐る恐る頭を上げると、未だに姉上は固まっていた。しかしいきなり表情が、とびきりの笑顔に変わって黄色い声を上げた。
「きゃー!! すっごいイケメン。しかも外人とか、レベル高過ぎなんだけど!! 明凄いじゃない!!」
なんだか……すごい期待されすぎな気がする。しかも気に入られすぎて、明が心配するのも仕方がない気がしてきた。
姉上は少しはしゃいだ後、こほんと咳払いをして、穏やかに微笑んだ。
「失礼しました。私は明の姉の京です。明がいつもお世話になっています。これからもよろしくお願いしますね」
よそゆきの笑顔を取り繕っているつもりなんだろうが、ニヤニヤ笑いが止まらない……。という感じだ。京殿……やはり心配だった。
「さあ、二人ともあがって、大した物はだせないけど、せっかく可愛い妹が彼氏連れてきたんだもの。おもてなしするわよ」
部屋にあがり、茶をだされ、口を付ける。
一息……つけない。まったく……。常に京殿が好奇心いっぱいの目で見て、聞きたくてしかたがないという表情をしている。
穴があきそうなほどじろじろ見られて、逃げ出して隠れたい気持ちでいっぱいだ。
「じゃあ…ゆっくり聞こうじゃないの。……馴れ初め? っていうか、どこでこんな良い男とであったのよ」
「知り合ったのはネットだよ。海外に住んでたエドとずっとやり取りしてたの。エドは子供の頃から日本が好きで、日本語勉強してたから、言葉の壁とかなかったし」
ネットというのは、始原の家で明が一生懸命作業していた、パソコンという物を使う通信手段らしい。魔法がなくても遠隔地と連絡がとれる、科学技術というのは偉大だ。
そして明の説明では、明が書いたネット小説という物の中で出会ったのだから、「ネットで知り合った」というのは、まったくの嘘ではないらしい。
「ネットでね……。まあ最近の恋愛らしいけど。海外のって事は来日してきたの? まさか……明に会いたくて……。とか。ふふふ。実際に明にあって期待はずれとかしなかったかしら?」
「期待ハズレだなんてとんでもない! 明は素晴らしい女性だ。私は明を愛し……」
話してる途中で明に引っ張られて、思い切り睨まれた。余計な事を言ったかもしれない。でも明の顔が少し赤いから、照れてるだけかもしれない。可愛い……。
思わず鼻の下が伸びそうになるが、京殿を説得して住まわせてもらいにきたのだ。浮ついていてはいけない。
「あはは……。明のどこがそんなに気にいったのかわからないけど、ずいぶん愛されてるじゃない。良かったわね。明」
京殿は嬉しそうに、そして楽しそうに、明を見ている。ひやかしているのだろう。明は居心地の悪そうに、困った表情をしている。
「まあ……からかうのは置いておいて、わざわざ彼氏紹介するだけのために来たんじゃないわよね? 電話でお願いがあるって聞いたけど。何?」
ここからが本題だ。
「エドは……実はね。ある小国の王子なの」
京殿は一瞬びっくりした後、笑い出した。
「何その冗談。ああ……明の王子様って事ね。そういうのろけは言わなくてもわかるわよ」
「そうじゃなくて、本当にある小国の王子だったの。日本ではあまり知られていない、小さな国で、どこかは言えないんだけど。言うと……私達を巻き込むからって」
京殿は笑い顔から一点真面目な顔で言った。
「明……その男に騙されてるんじゃないの? 王子だなんてそんな事あるわけないじゃない」
じとりと疑いの目で私を見る。無理も無い反応だ。
明はそこで指輪を取り出した。
「騙されてないよ。これが証拠。こんな高価な指輪、普通の人が持てるわけないもの」
京殿は差し出された指輪を驚きながら見つめた。
「凄いわね……本物? これ? 盗品とかじゃないわよね?」
「宝石が本物かは鑑定してもらえばいいよ。盗品でもない。内側にエドの名前が掘ってあるから」
護りの指輪には自分の名前を彫るのが習慣だ。それは確かに私のものであるという証だった。それを確認してから京殿の目が変わった。
「王子……っていうのは信じられないけど、これが本物の宝石なら相当な価値よね。そんなものを持ってるなら……まあ、詐欺師とかそういう事ではないかもしれないけど……でもそんな王子様が、なんで日本にいて明の恋人なの?」
「実は……子供の頃からエドは日本に憧れてて、だから日本語も勉強して、すごい上手でしょう?」
「そうね。発音も完璧。外国育ちとは思えないわ」
「子供の頃から日本に住みたいと思っていたのだけど、王子で国を継ぐから、憧れてても勝手に日本に行く事もできなくて。だから日本人とネットで交流しようと、日本語のサイトにアクセスして私と知り合ったの」
京殿はまだ何かを疑うような視線で私を見ていたが、私は明や京殿に危害を加えるつもりも無いし、詐欺師でもない。明の家族に明の恋人として信用してもらいたい。
だから姿勢を正して、まっすぐに京殿を見つめた。後ろめたい事はない。誠意をみせるつもりで。
「私と会いたい、日本で暮らしたいって、それで国を捨てて、日本に来てくれたの。でも……私以外に頼れる人がいないって。お願いお姉ちゃん。しばらくエドをここに住ませてあげて」
明が頭を下げるのを見て、自分もと思い床に膝をついて土下座した。
「よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと待ってよ。土下座とか辞めて、頭を上げて」
京殿の慌てる声が聞こえる。厚かましいお願いをするのだ。土下座も当然。額を床にこすりつける勢いで頭を上げなかった。
「女性の家に見ず知らずの男を住まわせるだなんて、とんでもない事かもしれないが、私は明一筋だから、京殿には指一本触れません。それは誓います」
「そういう事じゃなくて……」
京殿の戸惑う声が聞こえてきたが、いまだ頭を上げる気はない。了承してもらうまで、一晩中だって土下座し続ける。
「明が好きって本当なの? 私の目を見て答えて」
京殿のその言葉にやっと頭を上げてまっすぐに見つめた。京殿はとても真面目な顔で見ていたので、こちらも真剣にその目を見て言った。
「本当です。明を心から愛しています」
一言一言、噛み締めるように、口にした。恋人の姉に、こんな事を言うのは恥ずかしいが、それでも浮ついた思いでは無く、真面目な気持ちだと信じて欲しいのだ。
「愛の為に国を捨ててやってきた王子様……ね……信じられないわ」
京殿の言葉は無理もないものだった。信じてもらうのは難しい。落胆し始めた時に、京殿のため息が聞こえた。
「でも明を好きって言葉に嘘はない感じがするのよね……。明も必死だし……。まあ、姉として妹の恋人が信用できる人間か見極めないといけないわよね」
そこで京殿はにこりと笑って言った。
「しばらくここに住んでもいいわよ。その間に貴方の人柄を試させてもらうわ。この指輪も預かって鑑定してもらうから」
「お姉ちゃん!」
明が笑顔で京殿に飛びついた。
「はあ……私も妹に甘いわね……。でも明の人を見る目を信用してみるわ」
私はまた土下座して言った。
「ありがとうございます」
「ちょっと土下座禁止。今度やったら家から追い出すわよ」
頭を上げると京殿と目があって、じとりと観察するような視線を感じた。
「こんなイケメンと同居ってある意味役得よね……。くすっ」
京殿の笑顔が明の企み顔に良く似ていて、この先の生活が怖く感じた。