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公園をでてから、私は驚き続けて大変だった。コンビニという店は実に画期的で、清潔で明るくて色んな商品が揃っている。銀行と言う所に預けた金を引き出す魔法の箱もあった。明がこの後お金が必要だからと引き出したのだ。そんな凄い店がどこにでもあるとは……。
この世界に魔法は無いそうだが、その分技術格差はすごいものがある。元の世界で帝国は、他の国より格段に技術力があると、自負していたが、こんな世界を見せられてしまうと、帝国の技術が子供のおもちゃのように感じられる。
特に……あれは凄過ぎる!!
「エド……いちいち車見て立ち止まらない。車なんていくらでもあるんだから、そんなんで立ち止まってたら先にすすまないよ」
「しかしだな……あの自動車というのは、私が開発していた蒸気自動車の、さらに進化系なのだろう? 格段に早いスピード、密閉された閉鎖空間によりスピードがでても空気抵抗も無く快適な車内。そしてあのスムーズに停車する技術。まるで魔法のようではないか!!」
どれだけ見続けても見飽きない。車を運転してみたい、作ってみたい。ワクワクしすぎて落ち着かない。
「本当にエドは車が好きだね……。でも物欲しそうにしても無理だからね。車なんてすごい高いし、運転するには免許が必要なんだから。国籍すらないエドに、免許は絶対無理。さあ、いくよ」
明に引きずられるように歩き出すが、やっぱり未練がましく車を見つめてしまう。せめて触るくらいできないか……と子供がおもちゃを見るような目で、じっと車を眺めていた。
「まずはその服をどうにかしなくちゃね」
そう言って明に連れられて行ったのは服の店だった。大きな店の中がたくさんの服で埋め尽くされ、初めて見るような服ばかりで実に興味深い。
「……そうだな。さすがに浴衣などという、寝間着姿でうろうろするのも、不審者みたいだな」
「夏の日本で、浴衣で出歩くのはおかしくはないよ。日本では夏祭りに着ていく服だから」
「そうなのか?」
帝国と日本は文化が似ていると思っていたのだが、微妙にズレた所もあるらしい。幸いなのは言葉も通じるし、文字も読める。もちろん知らない単語はたくさんあるが、それは少しづつ覚えて行けば良いだろう。
今まで国を背負う覚悟で生きてきて、未来を選べぬ環境だったから、何にも縛られず、自分の自由に生きられるという開放感がとても心地よい。
「エドこの靴履いてみて。ちょっとちっちゃいかな? エド大きいから」
紐で縛るタイプのその靴は確かに少し窮屈だったが、店にそれ以上大きな靴はないようだ。履けないほどではないので、我慢する事にした。
「靴下と下着もいるよね。どれがいいかな……。あはっ! なんか可愛い柄のトランクスがある。男物の下着なんて選んだ事無かったけど、結構面白いね」
明がはしゃぎながら下着を探す姿を生暖かい目で見守ってしまった。こちらの服など何も知らないから、仕方が無いのだが、なんだか明に遊ばれそうで怖い。
「猫さんとクマさんどっちがいい?」
「どちらも嫌だ。普通の黒とかでいいだろう」
無地の一番無難そうなのにしたら、明が不満そうに口を尖らせた。なぜ男物の下着に動物柄なのか、日本の文化は理解に苦しむ。
「服はどうしようかな……。私の小遣いもそんなに多くないし、高いものも買えないから妥協するしか無いんだけど……。ぜったい袖と裾の丈が足りなくなりそう。でもお姉ちゃんの印象を良くしたいし……。真面目で、カジュアルに、爽やかに……って考えたら、Tシャツと、シャツと、ジーンズ辺りが無難かな?」
明が色んな服を手に、私の姿を見比べて楽しそうにしている。
平和な事は良い事かもしれない。あちらの世界でも、彼女が楽しそうにしている事もあったが、やはりどこか寂しそうで、辛そうな時も多かった。しかし今は自由に伸び伸びと笑っている。明には笑顔の方が似合うし、笑っててくれる方が嬉しい。
「とりあえず試着してきて。サイズあうか心配だし」
そう言って服と一緒に試着室に押し込まれる。……なんだこの金属の金具は? ズボンを締める所をじっくり観察し触ってみる。なるほど……上げ下げする事で締めたり開けたりできるのか。なかなか面白い作りだ。ズボンも細身で窮屈そうに見えたが、意外に伸び縮みする生地で、着心地も悪くない。
「ねえ……まだ〜♪ 早くしないと開けちゃうよ♪」
明がじれたようにからかうので、慌てて服を着て外に出た。
「わあ……似合う。やっぱり丈が短いけど、でもカッコイイ。うんうん。良い、良いよ!」
キラキラ笑顔で褒められて嬉しい。明が可愛くて抱きしめてしまいたいくらいだが、今はそんな場合じゃないのでぐっと自重した。
「あれ? そんなの持ってたの? ってなんかそれすごくない!」
明は不思議そうに私の首にかかった指輪を見つめた。指輪を鎖に通して首にかけていたのだ。
「これは護りの指輪だ。帝国人はお守り代わりに指輪をつける文化がある。私の場合は剣を持つ事も多いので、普段は服の下の見えない所に、こうやって鎖で身につけたりするのだが」
「へえー。でもすごい豪華じゃない? こんな大きな赤い宝石見た事無い。その周りに透明な石がいっぱい飾ってあって。さすが王子って感じ」
確かに身分が高くなるほど、指輪は豪勢になる傾向がある。ただそれは見た目を華やかにするためではなく、石に神が宿ると信じられているから、より大きく、より多く宝石があったほうが、ご利益があるからなのだが。
「でも……これ使えるかも」
にやりと微笑んだ明の笑顔が黒くて怖い。初めて会った頃に、私をはめた事を思い出した。初めは最悪な印象。それがまさかこんなに明を好きになって、異世界までついて行く事になるとは……。先の事は本当にわからないものである。