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ホームレス王子  作者: 斉凛
王子とともに、二人で歩く
31/32

「あんの……指導医……腹立つ。完全にセクハラでしょう」


 帰ってきてそうそう明が、八つ当たりのように鞄を放り投げた。忙しいだけではなくストレスも相当なものなんだろう。


「ああ……あのバカ医者なら、そろそろ左遷されるわよ」


 義母が意味深な笑みでそう答えると、明が食い付くように歩み寄った。


「何で?」

「あの男。医大の学長の婿養子なのに、看護師と浮気してたの。同じ病院に勤める看護師皆で情報リークしてたから、今頃学長に絞られて大変何じゃない? 看護師を馬鹿にすると泣きをみるのよ」

「さっすが! 頼もしいお姉様方だね。よし。そうとわかれば指導医変わるまで我慢して頑張る」


 別の病院でも、看護士同士の噂話は繋がっているらしい。時々こうして明の相談に乗っている義母と明は仲が良い。やはり同居したままの方が明には良かったようだ。

 仕事の愚痴を義母と話しつつ、食事をする姿はパワフルだが……少し空元気な気がした。



 食事を終えて風呂に入って落ち着いたら、急に元気がなくなったように明がしょんぼりしていた。


「エド……ちょっといい?」

「何かあったか?」

 

 明の部屋に招かれてベッドの上に並んで座る。こつんと肩に寄りかかってきた明の顔が昏い。


「エドの仕事の方はどう?」

「特許関連の問題はもう終わったが……会社の規模が大きくなってきて、私の役職もあがったから、相変わらず忙しいな。その分給料もボーナスもあがってるぞ。次のクリスマスプレゼントは少し奮発しようか?」


「いい……いらない」

「遠慮しなくても……」


「違うの。お母さんや、お父さんのおかげで、仕事に専念できるって……わかってるけど。やっぱり二人暮らししたいな……って思って。それでいっそ、マンションか家でも買っちゃおうかなと。私の給料も全然使ってないし、エドも結構貯めてるよね? 二人あわせたら……買えないかな?」

「明にしてはずいぶん思い切った買い物だな」


 明の眼が昏く輝いた。怪しい笑みが少し病んでて怖い。


「……ああ、本当に。意地はらずに新婚旅行行っておけばよかった……。だって私達、旅行どころか、二人で外泊したことも、二人っきりで家でのんびり一晩過ごしたこともないんだよ。もう出会って十年以上たつのに」


 明は一度も家をでたことがないから、両親のいない生活に憧れもあるし、研修の忙しさで疲れているのだろう。だいぶ自棄になっていた。

 その後、ぶつぶつ愚痴を吐き続ける。


「結局さ……クリスマスも毎年家族でやろうねって言って……クリスマスデートだって一度しかしてないし」


 そのたった一度のクリスマスが居酒屋なのが……本当に過去の自分を殴りたい。


「今年は二人でクリスマスに食事に行くか?」

「ううん……いい。たぶん……どうせ仕事が忙しくてクリスマスとか言ってられないと思うし」


 私は今の生活に慣れすぎて、不満はないのだが、明の希望はできるだけ叶えてあげたい。疲れた明を慰められる何かを。


「それなら……明の研修が終わる頃に、部屋探しをするか?」

「いいね! そういう目標があれば、今は頑張ろうって思える!」


 やっと昏い瞳が、明るく輝いた。明はその名の通り、明るい表情の方がずっと魅力的だ。


「どのあたりに住むのがいいか……私が下調べをしておこう」

「うんうん。お願い。マンションの方が楽だけど……借家でも庭付きの一戸建てがやっぱりいいかな?」


 夢のマイホーム話で盛り上がってるうちに、明がうとうとしはじめたので、寝かせた。現実逃避でも、未来の夢を語って少しはリラックスできただろうか?

 眼の下のクマ、頬も少し痩せた。明が無理しすぎないように、私に頼ってもらえるように、寄り添いたい。そう願いながら明の頬を撫でた。





 明の研修が終わり、勤務先も決まって、二人の職場から通いやすい地域でと、本格的に家探しを始めた。流石にもう義父や義母も止める気はないようで、二人の好きにしなさいと言ってくれている。

 明もそろそろ30になるし、親離れして巣立つのに遅すぎるくらいだ。


「ねえ……エド。この物件……なんか見覚えある気がするんだけど……」

「『始原の家』に似てる……気もするな。もう10年以上前の記憶だからうろ覚えだが」


 物件探しに歩き回り見つけた一軒の借家。私の住んでいた帝国内に、密かに隠されていた『始原の家』と呼ばれる家に似ているように見えた。

 中に入って見るとさらに既視感を感じる。


「私はあの頃、いつも入ってすぐ奥の部屋でパソコンしてたから、玄関から奥の部屋までしかあまり記憶がないんだよね。玄関マットが緑だったのは覚えてる」

「私は……明が作業中、何もする事がなかったから、家の中を歩き回っていたな。リビングにあったソファは二人用の小型で灰色だった気がする」

「もっと覚えてる事ない? 面白いじゃない。『始原の家』ごっことか。懐かしくて」


 明の悪戯心に火がついたらしい。すぐにこの物件で決めようと言って、できるだけ記憶を思い出して家具を買いそろえ、あっという間に引っ越しになった。

 明も私も忙しい仕事の合間をぬって、引っ越しだったから、お互い疲労困憊だったのだが、それでも夢のマイホームは楽しみだ。

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