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ホームレス王子  作者: 斉凛
王子とともに、二人で歩く
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「エド……明を説得してくれないか? 結婚式も新婚旅行もしなくていい。その代わりに結婚したら家をでて二人生活の資金にするんだ……なんて言って……明の花嫁姿を楽しみにしていたのに……」


 伯父上の愚痴につきあって、もう何年になるのだろう? 昔以上に涙もろくなった気がする。

 この家で住み初めてもう五年。伯父上も伯母上も、既に私を家族の一員として認めてくれていて、明が学校を卒業したらすぐ結婚の約束もしていた。

 だが去年京殿が結婚して、今年は明もと、一度に娘2人が巣立つのが辛いらしい。


「挙式費用だって援助するし、このままもう少し家にいてもらえないか……」

「明の事が心配なのよね。大学を卒業しても、研修医期間は忙しくて家事なんてしてる余裕がないと思うの。エドも仕事があるでしょう? 家事は私に任せて、二人とも仕事に専念した方が良いと思うのよ」


 看護師として現場で働いているからこそ、伯母上の言葉には説得力があった。明が早く自立したい気持ちも、二人きりで気楽に暮らしたい気持ちもよくわかる。だが、それ以上に明の身体の方が心配だ。

 ちらりと上を見上げる、この上には明の部屋がある。今日も医師国家試験の為に部屋にこもって勉強中。最近徹夜してまで勉強してるらしい。睡眠不足は勉強の効率が悪くなると言い聞かせて無理矢理寝かせているが、少し根を詰め過ぎで心配だ。


「二人の応援の為なら私も家事を頑張るぞ。最近男の初心者向け料理教室も通いはじめてだな……やってみると案外楽しい物だな」


 伯父上は私が住みはじめてから、男も家事をする時代だと認識を変えたらしい。今では洗い物や掃除を分担してくれて、伯母上や私が仕事で忙しくても助かっている。

 私達が仕事を頑張れるように応援したい。そういう二人の気持ちはとても嬉しかった。

 それに……私自身が何も親に言わずに、世界を飛び出した親不孝物だから。せめて義理の親には、親孝行したいと思ってしまう。二人がもう少し一緒に暮らしたいというなら、明を説得しよう。


「明の勉強が落ち着いたら二人で相談してみます」




 窓から差し込む日の光が柔らかい秋の日の小春日和。新しい門出に相応しい天気に思わず眼を細めた。いつものスーツより窮屈なタキシードと白手袋。明が選んでくれた。「当日までエドにはナイショ」と言って、明のドレス姿の試着を見せてもらっていない。

 とうとうこの日が来たのか……と、感慨深い想いで扉を開いた。


「エド……かっこいいね」


 化粧を終えたばかりで椅子に座った明。純白のドレス姿の美しさに、思わず言葉を失って見とれた。思えば……出会ってからそろそろ九年になる。あの頃より、すっきり大人びた顔つきで、とても綺麗になった。

 悪戯っぽい性格は変わらないけれど、ずっと強く頼もしく成長して、今では立派な大人の女性だ。


「明も……とても、とても綺麗だ。見とれるくらいに」


 恥じらうように明が俯くと、ぽつりぽつりと言葉を零す。


「やっぱり……ちょっと贅沢しすぎかな……と思ったんだよ。お色直し二回で、カラードレスと和装、両方なんて。でも……エドのかっこい姿見られるならいいかな……」

「私も明の着物姿が見たかった。だから私の我儘だと思って許してくれないか」


 結局伯父上……いや、義父の援助をもらって、少し贅沢な式をあげることになった。そのぶん新婚旅行はなしでよい。そう言い張った明は、やっぱりお金の事になると、どうも意地っ張りで……素直じゃない。

 旅行は結婚してからまたいつでもできる……と言うが、忙しい私達が旅行をするほど休めるのはいつになるか。


 そっと手を差し出すと、明がその手を握った。小さな明の手。お互い手袋越しなのが惜しい気もする。


「日本人顔じゃないのに、エドは不思議と着物が似合うんだよね」

「元々帝国でも着物は着ていたからな」

「う……ん。確かに。あの国は和風な雰囲気もあって、不思議な国だったね」


 昔を懐かしむように眼を細め、私の手に支えられ明が立ち上がる。いつもより顔の位置が近い。明が不満そうに口を尖らせた。


「エド……シークレットシューズとか履いてないよね?」

「普通のエナメルシューズだな」

「私15cm厚底ヒールだよ。なのに……まだ届かない」

「元の身長差が20cm以上あるから仕方がないだろう」

「でも……追いつきたいし、背伸びしたいの」


 明が慣れない高いヒールで、さらに背伸びをしようとしたので、押しとどめて身を屈めた。明の耳元で囁く。


「明が背伸びをしなくても、私が身を屈めれば良い。互いに歩み寄るのが、共に歩くということではないか?」


 明は白い頬を赤く染めて、紅で彩られた口元をほころばせる。


「そうだね。ずっと……ずっと……一緒に歩こう。二人で力を合わせて」


 もうじき式が始まる。もう列席者も待っている頃だろう。それでも……もう少しだけこうやって二人で話をしていたい。明を独り占めしたい。そう思った。

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