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ホームレス王子  作者: 斉凛
王子卒業。そして新たな試練
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「さあさあ、エドガーさん。遠慮せずに飲んでね」

「いえ……今日は車で来てるので、酒は遠慮させていただきます」

「それなら今日は家に泊まっていって。それならお酒大丈夫でしょう。お酒好きって聞いてたから、たくさん用意してたのよ」


 佳子殿に酒を勧められれば断れるはずもなく、素直にグラスを受け取って口をつけた。テーブルに載せきれない程の大量のご馳走が用意され、五人揃っての食事が始まった。


「お母さんの鯖味噌はやっぱり最高」

「ふふふ。京が久しぶりに帰って来るから好物用意しなきゃってね」

「エドも料理上手なのよねぇ……」


 ちらりと意味有りげに京殿が笑う。京殿の家に居候してた件は、流石に言いずらくてまだ話はしてない。


「あら……料理上手な男の人っていいわね」

「エドは家事全部何でもできちゃうの。私よりずっとマメだし」

「明……良い男捕まえたじゃない。これからの男性は家事も手伝ってくれる人じゃないとね」


 私を持ち上げ褒めつつ、暗に家事に非協力的な康夫殿を責めているのだろう。康夫殿はまた、ずんと肩を重く落とし、自棄になったように酒をあおった。


「エドガー君……酒好きなら……付合えるだろ?」

「は、はい」


 康夫殿にお酌をしつつ、付き合いで一緒に酒を飲む。明、京殿、佳子殿。母娘三人で話は盛り上がる。


「……エドガー君。結婚に夢を見るんじゃないぞ。女は魔物なんだ……」


 肩を落としてぼそぼそと語る、康夫殿の言葉が地味に重い。結婚の話は何もしていないはずだが……親に挨拶に来る時点でそれなりに覚悟してると思われているんだろう。

 そして……ひしひしと感じるのは「お前もこの底辺ポジションの仲間になれるのか?」というプレッシャー。


「……若いうちはがむしゃらに働いてればいいかもしれないが、下手に中間管理職になれば、上からも下からも責められ……それでも仕事は辞められない。家族を養う為に……働いて、働いて……それなのに……」


 あ……とうとう泣きはじめた。ここまで凹んでいるのに、三人の母娘達はいっこうに慰める気はないらしい。


「エド。ここからがお父さん長いから、よろしくね。あ、私。大学の準備と勉強あるから」

「お母さん。私早めにお風呂入って寝たい……。今日も仕事疲れたし、明日も仕事だから」

「明日土曜日でしょう? 休日出勤? 大変ね。じゃあ……お風呂の準備を……」


 そそくさと、示し合わせたように三人が立ち上がってリビングをでていく。

 ……これは、完全に押し付けられた。酷い。打ち合わせなしに阿吽の呼吸で。この三人と一緒に暮らし続けた康夫殿の苦労に深く同情した。


「父親ってのは……報われないもんさ。年頃になると嫌われるし、のけ者にされるし……」


 いつまで続くのだろう。家族の愚痴、会社の愚痴、ひたすら続く愚痴の数々。そうとうストレスを溜め込んでて、聞いてくれる相手もいなかったのだろう。同情もするから、康夫殿の愚痴酒に付き合い続けたが……既に日付が変わっている。


「……せめて癒しに犬でも飼おうと思ったが、ペットの面倒も見られない癖にって馬鹿にされて……癒しすらもらえないんだ……」


 嘆く姿に深く同情するが、既に深夜二時だ。だいぶ酔っぱらって眠そうだし、どこかで止めないといけないと思うのだが、止めどころがわからない。


「……だいぶお疲れですね。そろそろ休まれたほうが……」


 やっと控えめに言ってみたら、康夫殿は大人しく頷いてリビングを出て行った。

 ……疲れた。精神的に。非常に疲れた。

 そして気づく。泊まっていけとは言われたが、どこで寝るかも教わってない。この時間に勝手に帰るわけにもいかず、途方にくれた。


 ふとリビングを見渡せば、料理を食べつくした後の、残された食器の数々。そして料理を作った後の調理道具が洗われずに流しの中に大量に残されている。

 ……食事をご馳走になったお礼に、せめて洗いものだけでもしよう。どうせ……どこで寝ればいいのかもわからない。


 残された料理をラップをかけて冷蔵庫にしまい、ゴミ袋を探してきて、空き缶を洗って潰していれておく。調理道具と食器を全て洗った。

 揚げ物をしたせいかコンロにだいぶ油が飛び散ってる。掃除をしておかないと、あとが大変だろう。

 五徳を外し、洗剤と水と一緒に桶につけ、コンロと流しを掃除する。ついでに蛇口の水回りの水垢も気になったから掃除しておいた。


 ……そんな風に家事をしてる間に、いつの間にか日差しが眼に眩しい時間になっていた。結局一睡もしていない。


「あら……凄い」


 いつのまにか起きて来た佳子殿がリビングの様子を見て驚いていた。


「朝早く起きて片付けなきゃって思ってたけど……全部やってくれたのね。助かるわ」

「いえ……食事をご馳走になりましたので」

「コンロや流しの掃除まで。凄いわ。本当に家事が得意なのね。料理も上手なのでしょう」

「それほどでも……」


 手放しで褒められれば悪い気はしないし、少しでも良い印象を持ってもらえるなら、結婚の許しももらえるのではないかと望むのだが……。


「じゃあ、朝食お願いしちゃおうかしら。まだ眠くて。また寝直すわ」

「……」


 断れない自分が悲しい。淡々と無言で五人分の朝食を作りながら思う。間違いなく私は、藤島家の最底辺になるのだろう。康夫殿より下に。その未来に溜息しかでてこなかった。

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