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ホームレス王子  作者: 斉凛
王子からの脱却…転落?
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  会社の事務室に連行された私とラーマンは、床に正座で2時間ほどこんこんと、武田社長に説教をされた。正座に慣れている私はともかく、ラーマンは苦痛に顔をゆがめていたが、足を崩す事を許さないくらいに、武田社長の怒りは強かった。


「君たちは……不法滞在だと言う自覚はあるのかね? 目立つ事をして入国審査官に目をつけられたらどうする? 私も庇いきれる限度という物があるんだよ」


 言葉は丁寧で、淡々と理論整然としていて、ごもっともな話だ。ただ……冷静であればあるほど、言葉が丁寧であればあるほど、冷ややかな怒りの感情がひしひしと伝わってきて緊張した。


「ラーマン……君が夜ホストクラブで働いてるのは私も知っていた。君の気持ちもわかるから……静観していたが……もうあの仕事は辞めなさい」

「ちょ、ちょっと……ま、待ってくださ……」


 ラーマンは反論しようとしたが、武田社長の鋭い眼光に射抜かれて硬直した。


「金が稼ぎたいなら……まっとうな仕事を紹介しよう。知りあいがやってる工場で、夜間も稼働してる所だ。昼も夜も馬車馬のごとく働くと良い。もちろん……私の会社での仕事を疎かにするようになったら、クビにするよ」


 ばっさりと切り捨てた言葉に、ラーマンも項垂れて頷いた。今後のラーマンの生活を考えると、少しだけ同情した。


「ラーマン。君への説教は終わりだ帰りたまえ。エドガー。君は残りなさい。まだ話がある」


 自分の番がきた事に恐れ戦きつつ、ちらりとラーマンを見ると、明らかにほっとした様な表情で、そそくさと帰っていった。裏切られた気分で落ち込みつつ、社長の言葉を待つ。


「真面目なエドガーが、ラーマンと付き合って、あんな事をしたのは何か事情があったのだろう?」


 そう問われて、包み隠さず事情を話した。身分証や滞在許可が欲しい事。その為には高額な値段で裏取引が必要な事。今の職場での稼ぎでは時間がかかりすぎる事。そして……明の為に早く独り立ちをしたい……という気持ちも。

 武田社長はじっと話を聞いた後、無言でしばらく考えるように頭を撫でた。しばらく沈黙の時間が続いた後に事務室の書棚に手を伸ばした。

 

「徳造さんに、酒屋での君の働きぶりを聞いた事がある。数字に強く、経営への理解も深いと。今の職人見習いより経理の方が向いてるんじゃないかね?」


 ぐさり……と、心に響いた。自分のやりたい事と、向いてる事は違う。明の為に金が必要だ……というなら、仕事を選んでる場合じゃないのだ。

 社長は何冊もの本を取り出して、私の前にどさどさとおいて言った。経営書、税関系の入門書、簿記など経理関係の本。


「今の仕事を続けながら、仕事が終わったら、それを全部読み込んで、勉強しなさい。マスターしたら、工場での作業の後、残業で経理の仕事も任せよう。成果をだせば給料アップやボーナスも検討する……金を稼ぎたいなら、真っ当に努力しなさい」

 

 反論の余地もない正論であり、私も真っ当に稼げるならその方が良いと思った。だからどれほど厳しくても覚悟しようと決めて、私は本を持って帰った。


 それからは難しい専門書を読み込んでの勉強になった。社長にもらった本だけではわからない所は、図書館で調べるなり、給料で本を買うなりして補った。

 ……しかし……見れば見るほどこの国の税制にあり方に疑問が残る。税金の基本は広く浅く、抜け道など考える余地もない程単純明快に、そして確実に回収する事……なのだ。

 しかし……税金も、補助金も、様々な条件が積み重なっている。弱者救済の為の制度も、使い方次第で不正に取得できるし、脱税や節税方法も色々ありそうだ……。

 勉強すればするほどその難解さに頭を抱えた。


「エド……なんの、ほん、読んでる?」


 問いかけられて、顔を上げるとすぐ側にネイサムの顔があり、本を覗き込んでいた。あまり日本語が堪能でないネイサムにどう説明したらよいものか、少し悩んで答えた。


「ああ……会社に、関係する本とか……だな」

「むずかしいほん、よんでいるな……エド、すごい。どうやったらそこまで、にほんご、うまくなる?」


 ネイサムは尊敬の眼差しで私を見ていたが……そもそも日本語と同じ言語を使う国に生まれ育ったから、言語の習得に困った事はなく、どう説明したらいいものか……と、悩んだ。


「そうだな……せっかく日本にいるんだったら、部屋に閉じこもって本を読むだけじゃなく、外で実際に日本人と話してみたほうがいいんじゃないか? 言葉は慣れだからな」


 ネイサム真剣に考えて、ポツポツと呟いた。


「にほんご、じしん、ない。そとではなす、むずかしい、おもってた。でも、エド、いうなら、がんばってみる」


 今まであまり話さなかったから、よくわかっていなかったが、ネイサムは素直で真面目な男のようだ。好感がもてるし、友達になってみたいと思った。


「ネイサムはどうしてそんなに日本語を勉強したいんだ?」

「えっと……くに、かえったら、にほんじん、あいて、ガイド、やりたい。ガイド……かね、かせげる。かぞく、やしなえる」


 将来の事を考えての地道な努力。私と同じように頑張ってるネイサムの存在に勇気づけられた。


「そうか。国に帰るのか。少し寂しいな」

「おれ、だけじゃない。ラーマンも、ほかのやつも、みな、くににかえりたい。にほんで、かねかせいで、かえりたい」


 帰りたい……そう語る言葉にずしりと重みを感じた。皆本当は自分の国で暮らしたいし、ホームシックだってあるのだろう。私のように、全てを捨てて日本に骨を埋める覚悟があるものはいなかったのだ。


「そうか……頑張れ」


 私には国に帰るという選択肢はない。何が何でも日本にとどまる。その為には……今できる事を死ぬ気で頑張るしかない。そう覚悟を決めてまた勉強にとりかかった。

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