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ホームレス王子  作者: 斉凛
王子からの脱却…転落?
18/32

 扉が開いたと同時に、耳をつんざく爆音とむせ返る煙草の匂いにうんざりした。


「……帰る」

「ちょ、ちょっと待てよ。エド。金欲しいんだろ。いいじゃないか。パチンコくらい」


 ラーマンは焦りながら、私を引き止めて笑った。ホストは一回きりで辞めたのだが、あれからなんだかんだでラーマンと話したり一緒に出かけるようになった。友人ができた……と言えるだろうか。

 確実に「悪友」だが。


「ギャンブルは嫌いだ」

「法律で認められた公営ギャンブルだぜ。そんなお固い事言うなよ」


「法律が許しても、あんな不健康そうな所は入りたくない」


 ラーマンは呆れたように大きなため息をついた。


「ほんとに……まあ、エドは固いな……しゃーない。じゃあ、健康的に動物見に行こうぜ」


 動物……動物園にいくのだろうか? ラーマンにしては珍しい微笑ましさだ。


「わかった。付き合う」


 なぜかニヨニヨ笑うラーマンが怪しく見えた気がするが……。気にしない事にしよう。




 ラーマンを信用した私がバカだった。

 確かに動物がいる。広々とした場所で、馬が駆け巡る。ついでに周りのオヤジどもの怒声が駆け巡る。


「行け! サクラマイセンお前に一万つっこんだんだからな」

「逃げろ、逃げろ、逃げてくれよ……」


 馬の集団がゴールにつっこみ、オヤジどもが阿鼻叫喚をあげている。


 ここは競馬場だ。


「結局ギャンブルか……」

「まあまあ、入場料なんて数百円。それで馬を眺めて、美味しいもの買って飲み食いして、ついでに馬券でも買って……楽しいだろ」


 結局またラーマンに振り回されてる……自分自身がふがいない。しかも……振り回されつつも、競馬場という場所が思いのほか楽しかった。客が騒がしいのは辟易するが、確かに屋台の食べ物はそこそこ安くて上手いし、広々とした空間は開放感がある。


 それに……。

 私の目は走る馬達に釘付けになった。帝国にいた頃……可愛がっていた愛馬がいた。黒龍……アイツは今、どうしているだろうか……。品種が違うのだろう。サラブレッドと呼ばれる馬達は、黒龍に比べるとすらりとして美しい。短距離を走るためだけの馬。

 戦場で重い鎧を着た人を乗せて、何時間も走る馬とは違って当然だ。

 しかし……品種が違ったとしても、やはり馬が走る姿を見るのは良い物だ。


「エド。パドック見に行こうぜ」


 パドック? ラーマンに聞くと、出走前の馬が周回しながら歩く場所で、それを見てどの馬を選ぶか、客が観察する場所らしい。より間近で馬を見られる……そう聞くと、興味をそそられる。

 騎手が乗った馬が、ゆったりと歩いている。くつわから伸びるロープを持った人が、馬と共に歩いていた。1頭、1頭、ゆっくりと見定める。


「黒龍!」


 思わず私はそう……声をあげてしまった。黒龍に比べれば、すらりと細身の美しい馬だ。しかし……その毛並みが、顔つきが、何より額の白い模様がそっくりだった。

 とても闘争心のある良い目をしていた。騎手との呼吸も良くあっている。


「ラーマン……あの馬の名はなんというのだ?」

「ん……あれか? ええっと……ネコジャンプ? か? 出走馬18頭中18番人気じゃないか。ダメダメあんな馬」


 競馬新聞を片手につまらなさそうに言うラーマンに腹がたった。18番人気……つまり一番人気がないという事か? あんなに良い目をしているのに……悔しい。黒龍は絶対できる馬だ。応援せずにどうする。


「ラーマン……馬券というのは、どう買えばいいのだ?」

「え……買う気になったのかよ。いいじゃん、珍しくノリがいいな……まあ、色々買い方はあるが……1着、2着を指定するのとか……」


「では……今の所一番人気はどの馬だ」

「ん……と、ハルノキングダムだな……他のレースでの優勝経験もあるし、親馬の血統が良くて……」


 キングタム……つまり王国か。なるほど、良い名前だ。見ると黒龍には及ばない物の、なかなか精悍な顔つきをしている。

 黒龍を応援するつもりで買ってみよう。もし外れてもあの馬達の生活を支えられるなら……多少の金銭はかまわない。そう思い私は黒龍……もといネコジャンプ1着、ハルノキングダム2着で、1000円分買った。


「エド……なんでそんな、大穴馬券買ってるんだよ」

「私の金だ。好きにしていいだろう」


 馬達がゆっくりと入場し、ファンファーレが流れる。いよいよ始まる……これは戦争だ。パンッっと扉が開いた瞬間、真っ先にネコジャンプが飛び出した。良いスタートを切れたのだ。

 ぐんぐん伸びていく、思わず応援にも力が入る。


「ネコジャンプ! 走れ! 走れ。速く駈けるんだ」


 競馬新聞情報によると、黒龍は逃げ馬らしい。競馬馬には2種類あって、スタートダッシュで差をつけて逃げ切るのと、後から追い抜いて勝つのと。

 黒龍が勝てるかどうかは、序盤でどれだけ差をつけられるか……が勝負だ。


 今の所黒龍は1人独走して引き離していた。しかし……レースが半分を過ぎる頃には徐々に差を縮められ始める。2番手グループの先頭にはハルノキングダムがいた。


「ネコジャンプ負けるな……逃げ切れ!」


 思わず応援にも熱がこもる。そろそろ終わりが近づいてきたが、どんどんハルノキングダムが追いついてくる。賭け事など関係ない。ただ……あの黒龍に似た馬に勝って欲しかった。


「あと少しだ! 頑張れ!! ネコジャンプ!」


 大声で叫びながら応援した。あと少し、あと少しなのに、とても長く感じる。等々追いつかれる……並んだか……という所で、二頭ともゴールした……どっちが勝ったのだ?


「信じられねえ……」


 ラーマンが呆然と呟いた。写真判定が行われる程の僅差……だったが……。


「よくやった。よくやったぞ。ネコジャンプ」


 そう……黒龍は勝ったのだ。一番人気のなかったアイツが、見事鼻をあかせたではないか。誇らしい気持ちで私は黒龍の健闘を称えるように拍手した。


「エド……いきなり万馬券当てるとか、ビギナーズラックでもありえね……おまえ、競馬の才能もあったのか?」


 ラーマンが期待の眼差しでみてくる。どうせまたやろうとか、言うのだろう。

 ギャンブル……は、好きではないが……こうして好きな馬を応援する……というのは、気持ちのよい物だ。例え勝負に負けても、健闘を称えられる。


 少しだけ……またパドックに馬を見に行こうか……そんな気持ちになった時だった。


「ここで……何をしているんだい?」


 振り返ると、温厚そうな笑顔に見えて、凄まじい怒りを滲ませた、武田社長が立っていた。

実在しないけど、競馬馬にありそうな名前を探すのが、一番大変でした。

ちなみにネコパンチとネコキックは実在しました。

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