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「ドンペリご注文頂きました!」
酒は苦手ではないが……無駄に一気飲みとか馬鹿げている……と思う。大騒ぎして場を盛り上げるもの、笑いながら喜ぶ客。
泡沫の享楽を求め……金で夢を買う場所……。金で買える夢など欲しくないが、金がなければ実現できない夢がある……のが現実。
と……いうわけで、なぜか今、私は派手なスーツを着てドンペリを一気飲みしている。
「きゃあ……エドちゃん素敵」
「鍛え上げた筋肉もいいわよね……」
「真面目そうな顔なのにちょっとセクシー……悪い事教えてあげたくなるわ」
金回りの良さそうなオバサマ方に囲まれて、セクハラの嵐……。引きつる笑顔でなんとか本音をねじ込んで、今……私は、ホストをしている。
ラーマンが病欠で人手が足りないから、一日だけ手伝ってくれと頼んできたのだ。
ホスト……という仕事がよくわかってなかったのがいけなかったのだが……引き受けなければよかった。例えどんな苦痛な事でも、仕事として引き受けた以上、今日だけは耐えて完遂しなければいけないと思うのだが……。
男相手に酒を提供する店ならよくあるが、この国には女相手の店もあるのだな……。平和すぎてこんな馬鹿な遊びくらいしかやる事がないのだろうか?
「エドちゃんって、真面目で品がいいわよね。育ちがいい感じ」
「ああ……王子やってたので」
「王子……あはは!! 意外と冗談も上手いわね」
合コンで王子ネタで笑いが取れたが、その時の学習がこんな場所で発揮されるとは思わなかった……人生何事も経験……か。
ホストの経験などと言ったら……明は怒るだろうか? 怒るより全力で笑われる姿を想像して凹む。
「今度一緒に食事しましょ。同伴してあげるわよ」
「あら……抜け駆けして狡い。私と一緒にいきましょうよ」
「美しい女性に喧嘩されるのは心苦しいので、ご遠慮しておきます……」
目の前で取り合いされながら、必死に言質をとられぬように、話題を交わし続ける。どんな難解な外交交渉より手強い……あまり断って場の空気を乱すのも、店に迷惑をかけそうだし。
……無難にここは切り抜けたい。
が……徐々に増す圧力……に限界がきていた。ホールスタッフをやってたラーマンに目配せすると、心得たとばかりに笑った。
「エドさんご指名はいりました」
それを合図に謝りながら席を立つ。ラーマンの隣まできて小声で言った。
「……もう、無理だ」
「いやいや、初めてにしちゃ、上出来、上出来。この仕事向いてるんじゃ無いか?」
「冗談はやめろ」
「いや……本気だよ。金だって工場で働くより稼げるぜ。エドなら車だって買うくらい簡単さ」
車と言われて一瞬心が動いた自分が情けない。ラーマンとの短い会話を切り上げて次のテーブルに向かった。
その日ホストクラブで受け取った給料は、工場で働く月給の半分だった。一日でこんなに稼げるとは……ラーマンの言葉も嘘ではなかったわけだ。まあ……こんな仕事1日で根をあげるが。
「なあなあ、あんだけ人気出たんだからもったいないって、続けよう……な」
「断る」
帰り道、ラーマンはしつこく勧誘を続けた。私を紹介した紹介料でラーマンも稼げたらしい。それで味をしめてこれだ……まったく抜け目無い男だ。
「でも……金、欲しいんじゃないか?」
「……」
欲しくないと嘘もつけずに黙り込んでしまう。それを見たラーマンはぽつりと呟いた。
「エドも……オーバーステイか?」
思わずぴくりと体をふるわせる。オーバーステイ……。観光ビザで入国して、ビザが切れた跡も滞在し続ける不法滞在だ。そもそも私にはビザ自体発行されてないのだが。
「ああ……勘違いするなよ。脅す気もないから。俺もそうだし。ていうかあの会社の外国人はたいていそうだろ。みんな少しでも日本で稼ぎたいんだよ」
「ラーマンも……か?」
「ああ……俺、弟がいてな。俺よりずっと頭が良いから大学まで行かせてやりたいんだよ。大学行ってまともな仕事について欲しい」
そう言ったラーマンの微笑みは飾り無しに優しかった。弟思いの気持ちは私にもわかる。私は弟を捨ててこちらの世界に来てしまったが……。
「就労ビザが買えればいいんだけどな……」
「買えるのか?」
「買えるかもしれないが高いぞ。正規の手段じゃ無いからな。それくらいならオーバーステイで稼ぐさ」
ビザを買うという発想はなかった。だとしたら……。
「もしかして……国籍とかパスポートも買えるのか?」
「へ……? まさかエド、密入国かよ。真面目そうな顔してすげーな」
おかしな意味で感心された。正規の手段ではないと言ってたから犯罪なのだろう。それでも……まともに考えて、正規の手段で国籍など取得できると思えない。
「まあ……買えるだろうけど……高いぞ」
そう言ってぼそっとラーマンが耳打ちした価格は、私の予想の遥か上を行っていた。
「無理だろう……それは」
「まあな……工場の給料だけじゃむりだろな。だから……ホスト続けよう……な?」
「だが、断る」
ホストは二度としない。だが……何らかの方法で、金を稼がないといけない。そう決心した。




