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クリスマスというのは、元は異国の神聖なる宗教行事だったらしい。それがなぜか日本では、クリスマスイヴは恋人達の祭なのだそうだ。なぜそうなったのかは、調べてみたけどわからなかった。
ただ、日本の恋人達にとって、1年の中で3大恋愛イベントらしい。クリスマスイヴ、バレンタイン、誕生日。これは忘れていけない日だという事は、しっかり事前勉強した。
そして今は12月24日の午後5時。人の多い駅前待ち合わせスポットにて、私は少し緊張しながら明を待っていた。クリスマスは男がリードするものらしいので、今日のデートのプランも、プレゼントも、事前調査をしてしっかり考えたのだが、明が喜んでくれるのだろうか?
少しだけ不安で、でも明と特別な日にデートできるのが嬉しかった。
「お待たせ! エド」
呼ばれて振り返ると明が立っていた。一目見て衝撃で言葉もでてこない。普段の明の服装はカジュアルだ。Tシャツとジーンズとか、あまり女性を強調した服装は好みではないようだ。制服以外でスカート姿も珍しい。
それなのに……今日は……。白いふわふわニットのワンピースと、ブラウンの温かそうなケープ姿。ちょっとだけヒールのあるショートブーツも、ニーハイソックスと絶対領域? と呼ばれるらしいささやかな露出も、全てが魅力的だった。
できれば今すぐ抱きしめたい。こんなにふわふわした見た目なら、きっと抱き心地も良いだろう。それにこの寒さでこの姿は寒いのではないだろうか? 腕の中で温めてあげたい。
「あ! エド、スーツなの? カッコイイ。大人の男の人のスーツ姿ってカッコいいよね」
明は嬉しそうにはにかみながら、私の目の前まできて見上げる。間近で見てはっと気づいた。明が化粧をしている。日が落ちて暗いため、間近で見ないと気づかないくらいの薄化粧。
その程度でも明はいつもよりも、大人びて綺麗で、非常に魅力的だ。元々可愛いのだが、いつもと違う姿というのはぐっとくる。黒めがちで愛くるしい瞳。すべすべもちもちしてそうな頬。そして……何と言っても唇に目が釘付けだ。
確か……グロスという口紅の一種だっただろうか? 街灯を受けて、怪しげに光るその唇は、まるで口づけを誘っているかのように、魅惑的だ。
「エド? どうしたのぼーっとして。ここで立ち止まってると目立つから、移動しようよ」
明に言われてはっと気づく。駅前の待ち合わせスポットなだけに、人通りは多い。そしてなぜか注目を集めている。……そうか明が可愛すぎるのだ。
明は元々可愛いが、今日の可愛さは犯罪的だ。こんな明を他の男に見られたくない。
男の嫉妬など見苦しいかもしれないが、できるだけ人目のない所まで、明を攫ってしまいたかった。
明の手を取って繋ぐと、明を引っ張るように歩き出す。
「ちょ、ちょっとエド。早いよ。ゆっくり歩いて!」
明の文句が聞こえてきた気がしたが、今はそれどころではない。一刻も早く人混みを抜けて、誰もいない所で明を独り占めしたい。そうでないと落ち着かないのだ。
あまり夜の町歩きなどしないので、適当に裏道に入りどんどん進んでいくと、次第に人気のない場所までたどり着く。そこまできてやっと落ち着いて、立ち止まれた。
「え……エド……ど、うし…たの……?」
だいぶ早歩きしすぎたようだ。振り返ると明は息切れして、深く深呼吸している。寒いせいだろうか? 頬が赤く上気している。心無しか明の目が不安げに潤んでいる気がする。
潤んだ瞳、上気した頬、荒い息づかい。全てが魅力的過ぎて、何よりその唇が犯罪的で……。思わず強く抱きしめた。
「え?……エド?」
明が戸惑うように見上げる。私は右手で明の頭を撫で、そのまま後頭部までおろすと、引き寄せながら顔を近づけた。
明と口づけをかわすのはこれが初めてだ。
昔は女性恐怖症な時期もあったが、年頃の男らしく一時期は女に興味があった事もある。女と口づけやそれ以上の事なら、初めてではないのだが……。心から愛した女性とする口づけはこれほど心地よいとは思わなかった。
化粧か、シャンプーか、明自身の香りか……甘い匂いがする。触れた唇は柔らかく、そして粘度の高いグロスの感触が、ゾクゾクするほど心地よい。
初めは軽く触れるだけのつもりが、あまりの素晴らしさに、何度も深く浅く、そして強くむさぼるように、明の唇を味わった。明は驚いてじたばたと腕の中で暴れていたが、そのうち力を抜いて抵抗しなくなった。
口づけながらふと目を開けると、明がなぜか泣いていた。目が怯えている気がする。やりすぎただろうか? と不安になり明の体から離れる。明は泣きながら怯えて、一歩私から離れた。
「え……エド……な、なんで……」
いきなりだったから怯えさせてしまっただろうか? ムードの欠片もないと怒らせてしまっただろうか?
「驚かせてすまない。明があまりに可愛くて……」
言い訳の言葉が口からでたが、明は首を横に振ってまだ怯えている。
「か、可愛いからって……な、何する気だったの? 何をしようとしてるの?」
明は何故だか周りをきょろきょろしながら、いまだ怯えていた。まるで何かを気にしているように。そこで私も周りを見渡した。
人通りの少ない繁華街の裏道だが、ネオンの派手な看板が目立っていた。そして恋人と推測できる男女が、怪しげに肩を抱き合いながら、建物に入っていった。看板には「HOTEL」と書かれているから宿なのだろう。
……………………。
これは……恋人同士が男女の愛をかわす、いわゆる連れ込み宿のような場所だろうか? だとすると……。
明が怯えてぷるぷる震えている理由がわかって、真っ青になる。
「ご、誤解だ……。やましい事など考えていない。いや……思わず口づけなどしてしまったが……それ以上の事は……」
狼狽して歯切れの悪い言い方だったからだろうか? 明は疑いの眼差しで私を見ている。
せっかくのクリスマスのイヴだというのに、せっかくのデートが台無しだ。
ここは誠意を見せて、最大級の謝罪をするしかない。私は跪いて土下座した。
「明。怖がらせてすまない。でも明を大切にしている。安易に手はださない。誓う。だから許してくれ」
額を地面にこすりつける勢いで土下座して、明の言葉を待った。
「ちょ、ちょっと! エド! こんな所で土下座とか、恥ずかしいから辞めてよ」
「明に怖い想いをさせた。申し訳ないから、最大限の謝罪に土下座を……」
「わ、わかった。謝罪はわかったから、土下座は辞めて。お願いだから!」
明に言われて、渋々顔を上げて立ち上がった。気がつけば人目の少ない裏道で、見物人のように人が遠巻きに見ていた。
穴があったら入りたいほどの恥ずかしさというのは、こういう事をいうのだろう。
男は狼なのよ〜気をつけなさい〜♪
エドだって男なんです。
普段我慢強いけど、結構内心激しい物を持ってるんだろうな…って事で。




