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「エド。配達行ってきてくれや」
「は?」
思わず間抜けな返事を返してしまった。今まで配達を頼まれた事は一度もない。車が運転できなければ無理だと言われてたのだ。
「車……用意しておいたぜ」
まさか……私でも運転できる車があったのか?
期待で胸が高鳴りながら店の外に出ると……そこにはリアカーがあった。
「近くの公園で宴会やってるお客さんがいるから、そこに酒運んでくれや」
リアカーはカーとついていても、車ではないのだ……。
期待した分だけがっくりしてしまう。そんな様子を見て徳造さんが大笑いした。
「そんな落ち込むなって。この配達行ったら良い事あるぜ。きっとな」
良い事の意味はわからないが、苦手な接客より配達の方が気楽だ。私は酒を積み込んでリアカーを引き始めた。気のせいでなく、道行く人に生暖かい目で見られたが、動揺しないぞ。
ケースのビールに、日本酒や焼酎、割物のドリンク。結構な分量なので重い。昔は重い鎧と剣を持って走り回った事を考えると、数ヶ月でだいぶ怠ってしまったな……と実感する。今度時間がある時に鍛錬でもしよう。
公園につくとそれほど探さなくても、宴会の集団はすぐに見つかった。60前後の年のいった男たち数人が賑やかに話してる。すでに酒も入っているようだ。
秋も終わりに近づくこの時期に、外で宴会などする人間は珍しい物だ。幸い今日は秋晴れの日差しが温かく、風もほとんどないので外で宴会も気持ちよさそうだ。
「お! 酒来たな。こっち持ってきてくれ」
宴会客の1人が私を呼んだので、そちらにリアカーを運び酒をおろす。代金は後払いの約束らしいので、酒を置いたら仕事は終わりだ。
「兄ちゃんも一緒に飲もうぜ」
そう声をかけられて驚いた。酔っぱらいの絡みだろうか?
「いえ……店に戻って仕事しなければ行けないので」
「徳造さんには許可もらってるからさ。ここ、座って、座って」
そんな話聞いてない……。徳造さんの言った「良い事」というのは、酔っぱらいの相手をすることなんだろうか……と黄昏れつつ、素直に席に座って渡された酒に口をつける。
「徳造さんから聞いてるよ。働き者で頭もよければ顔も良いってな。女子高生の彼女もいるんだろ? 羨ましいな……この色男!」
思わず飲んだ酒を吹き出しそうになった。
徳造さん……どこまで話したんだ……。
初めから逃げ出したい気持ちで、いっぱいいっぱいなのを押さえて、なんとか顔にださないようにした……つもりだ。たぶん仏頂面になっているだろうが。
常連客相手に粗相があったら店にも迷惑かけるし……なんとか笑顔作れ! と念じ、無理して作ったせいでかなり引きつっていたと思う。
「照れてんのか……見かけによらず純情だな……こりゃおかしい」
どっと笑い出すオヤジども……これ……いつまで耐え続けなければいけないんだ……。ため息を飲み込んでぐいっと酒をあおる。元々酒には強い方だからこれくらいなら問題ない。
しばらくからかわれ続けながら酒を飲んでいると、ふと気がついた。1人だけ笑わずにじっと私の事を見ている男がいたのだ。人の良さそうな顔立ちだが、眼鏡の奥の瞳は力強い。苦労を重ねてきた物の目だ。
「エドガー君……だったね」
その男が沈黙を破って私に話しかけた。
「車が好きだって聞いてるよ。車に関係する仕事をしたいんだってね」
「はい。車に関係するならなんでも。できればコツコツ作る製造系の仕事が希望ですが……」
「そうかい、そうかい」
なんだか嬉しそうにうんうん頷いて笑っている。とても聞き上手で、私もついつい熱が入って車の魅力を熱く語ってしまった。武田さんというこの男性は、侮れない……ただの酔っぱらいではないと感じた。
「エドガー君。俺と飲み比べしないか。勝ったら……うちの会社で雇っても良いよ」
「は……?」
「うちは小さいけど、車のフレームを加工する会社なんだ」
「え……いいんですか?」
いきなり降ってわいた話に、思わず耳を疑ってしまった。徳造さんから聞いてるなら、私がビザもパスポートもない不法滞在なのは知っているだろう。それなのに会っていきなりこんな上手い話あるものだろうか?
「うちもね……大きな声じゃ言えないけど、まあ……事情を抱えた外人さんを何人か雇ってるんだよ。今時の苦労知らずの日本人よりよっぽど働き者さ。皆故郷に仕送りしたいんだとさ」
しみじみと語る武田さんの話を聞くと胸を打たれる物がある。自分と同じように、この国でこっそりと働いている者が他にもいるのか。
「嬉しい話ですが……なぜ飲み比べを?」
「根性を知りたいのさ。徳造さんから性格も仕事ぶりも聞いてる。でもね……最後に物をいうのは根性だ。何が何でもこの国で働き抜くんだって、ガッツがないヤツは根をあげて国に帰ってしまうんだよ。酒が強い弱いは関係ない。限界までどこまでやれるか……それが見たい」
武田さんのまっすぐに射抜くように見つめるその姿は、息を飲む程力強い。これは負けられない戦いなのだ……。
「わかりました。根性……見せます。なんとしても、貴方の会社で働きたいです」
そこからは飲み比べといいつつ、相手が1杯飲む間に3倍くらい飲まされた。無茶のみだったが、必死に飲み続ける。
酔いつぶれる程飲んだ事がなかったから、自分の限界など知らなかったが、朦朧としながらも飲み続けた事だけは記憶に残っている。
そう…いつの間にか酔いつぶれたのだ。
目が覚めると公園のレジャーシートの上で寝転んでいた。とっくに日も暮れて星が見える。体に毛布がかけられていたが誰もいなかった。
起き上がったら何か頭の下に紙があったようで、はらりとその紙が舞った。
そこには「合格」と書かれていた。
ここまでで一区切り。
次から数回はデート回になります。
1週間に1回くらいのペースでリリースできればと思っています。




