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「こっちの焼酎は店頭在庫が少ないが…倉庫に在庫があったな。補充しておこう。あまり売れてない焼酎のフェイスを減らして……こちらの日本酒の一合瓶はそろそろセール品コーナーに回した方がいいな。徳造さんに相談しよう」
私は今、酒屋で在庫チェックと整理をしている。なぜかと言うと、徳造さんの店でアルバイトをしているからだ。
祭りの手伝いは、このアルバイトの面接のような物だったらしい。人柄と仕事ぶりを試して、雇ってもいいかどうかと、明が頼み込んでくれたらしい。本当に明には頭があがらない。
アルバイトを初めて2ヶ月。仕事の内容は覚えて、こういう品だしとかは好きだ。売れ行きによって、商品の陳列を変える事で、売り上げを上げる工夫というのは、面白い。
問題は……。
店の扉が開いて客が入ってきた。たぶん……主婦だろうという年齢の女性だ。酒の買い物にしては、化粧ばっちり、服装も派手という、気合いの入りよう。
「いらっしゃいませ」
客商売は笑顔が大切と言われたので、なんとか営業スマイルで挨拶をする。それだけで客は頬を赤くする。
「えっと……主人が、寒くなってきたから燗酒が飲みたいっていうの。熱燗に向いた日本酒ってどれかしら?」
「日本酒をお探しですね。熱燗向きだと……」
酒を選び出すと急にその客が距離を縮めてくる。近過ぎだろう……というか、腕とかべたべた触らないで欲しい。
「あら……たくましい腕。素敵」
ぞわっと鳥肌がたって、思わず飛んで逃げたくなるが、接客大事。我慢我慢。
「熱燗でしたら……こちらの日本酒がお勧めです。熱燗向けのおつまみもいかがですか? スルメの良い物が入荷してまして……最近は缶つまも種類豊富でお勧めです」
にっこり笑顔で、酒を取り出しつつさりげなく距離を取る。ついでに酒とセットでつまみもすすめれば売り上げも上がる。営業も勝負だ。
「そうねぇ……せっかくのお勧めだもの……頂こうかしら。サービスしてくれたらね……」
含みのある言い方して……何をサービスしろというのだ。ジリジリと接近する女性客を、片手に持った日本酒瓶でガードしつつ、必死に考える。
「こちらの日本酒メーカーが、酒のお試しサンプルを用意してますので、そちらをサービスでお付け致します。ご自宅でご主人様にどうぞ」
「もう……サービスの意味が違うわよ。わかってる癖に……」
わかっているから嫌なのだ。ヤバい……この手の客は下手に冷たくすると、店の評判を落とすような悪口を言いふらすのだ。かといって期待に答える気はまったくない。
危機的状況に、救いの神が現れた。
「ただいま……エド、店の方は、どうだった……おっと、お客さんか、いらっしゃいませ」
酒の配達に行ってた徳造さんが帰ってきたのだ。女性客は明らかに慌てた表情で、ごまかした。
「あ、あら……徳造さん、帰ってきたのね。こ、このお勧めのお酒とおつまみいただくわ。おいくら?」
女性客は気まずそうに買い物をすますとそそくさと帰って行った。
「ありがとうございました」
2人でそう挨拶して見送ると、一気に肩の力が抜けてほっとした。
「助かりました……やっぱり私には接客業は向いてないのではないでしょうか……」
「そんな事ないぜ、エドが店番してくれるようになってから、うちの売り上げあがったからな。うちのかかあが、怪我して入院中だから、俺が配達に行っちまうと店番いなくて困ってたしな……」
「私が配達を変われれば一番なのですが……」
酒の配達は基本車。免許を持ってない私には到底無理だった。
「でも……初めの頃よりはマシじゃねえか? だいぶ客あしらいが上手くなったよ。あのつまみもエドが勧めたんだろ? いい男に勧められたら、ついつい財布の紐が緩むってもんだ。つまみの仕入れ、増やすかね」
徳造さんは嬉しそうに笑いながら私が整理した伝票を見る。
「ん……? 仕入れ予定リストと、見切り品リストか……ふむふむ……まだ2ヶ月だっていうのに大したもんだ」
「毎日の売り上げ傾向を見てればどれが売れ筋かわかりやすいですし、毎日勉強で酒の味見もさせて頂いてるので、日本の酒というのもわかってきました」
帝国にも日本酒に近い酒はあったが、こちらの世界の方が技術が高いのだろう。ずっと上質で上手い。種類も豊富で覚えるのも大変だが面白いと思う……。ただ……。
「ずっとこの仕事……する気はねえか?」
徳造さんにこう言われたのは何度目だろう。私みたいな正体不明な男を雇ってもらってるだけでもありがたいのに、贅沢な事を言ってるのはわかっているが、私は首を横にふった。
「やっぱり接客業は向いていないと思います。どちらかというと、地道にコツコツ作業するような仕事の方が性格的に向いていますし。できれば車関係の仕事につければ良いのですが……」
車……そう、魅惑の車。こちらの世界の車については、どれだけ調べても飽きないくらい楽しい。もう車に関係してれば、ねじ1本作るくらいの仕事でもかまわないから、ないだろうか……。
「車関係ねぇ……」
徳造さんがそう言いながら首をひねっていると、また店の扉が開いた。
「こんにちわ。また遊びにきちゃいました!」
明るい笑顔で入ってきたのは明だった。その姿にほっと和む。さっきの精神的なダメージの後だと、心が癒される気がする。
「おう、明ちゃん。今日も元気だね。もしかして、いつものアレ見に来たのか?」
「はい。今日のアレも、楽しみ♪ あ……奥あがってもいいですか?」
「もちろん。茶を出すぜ。エドもこっち来い」
アレ……とはなんだろう? 2人について、サンダルを脱いで奥の畳スペースにあがる。実は今まで奥に上がった事はなかった。倉庫と店の店内の往復はよくしてるのだが……。
「あ……エドは見た事ないんだっけ? 徳造さん、いいの?」
「おう。もう2ヶ月十分見てきたし、今更心配ないさ」
2人の会話がなんだか不安だ。徳造さんが、小さなテレビのような画面に何かを映し出す……。これは……店内の映像?
「防犯カメラだよ。万引きとか最近多いし、徳造さんのお店にもつけてるんだよね」
「ああ……高い買い物だったけど、客だけでなく、エドの様子も観察できたしな」
「……もしかしなくても……私は監視されていたのだろうか?」
初めて知る事実に徳造さんは呆れたようにいう。
「当たり前だろう。未成年の明ちゃんの言葉だけで、100%信頼なんてできねぇよ。初めの頃は俺がいない時におかしな事してないか、これでチェックしてたんだぜ。まあ……そんな事心配する必要ないくらい、真面目に仕事してたけどな。面白かったし」
なるほど……。徳造さんの心配ももっともだし、見られて困るような事はしていない。むしろ信頼してもらえたのなら嬉しいのだが……面白いとはなんだろう?
「面白いよね♪ エドが女性客に迫られて困ってる姿見るの。この前の2人の女性客がエドの取り合いで喧嘩になったのも面白かったな……」
明の言葉にぎょっとする。心当たりは山ほどある。
「この前の……と言ったが、まさか今まで、明も見ていたのか?」
じろっと睨みながら問いつめると、てへへと笑って誤摩化しながら、明が話し始めた。
「いや……最初は、エドが女性にモテすぎて心配……とか思って見に来てたんだけど、これがドラマのラブコメみたいに面白いから……ついエドのいない時を見計らって、笑いながらお菓子片手に見ちゃって……」
「明……そういう人をおもちゃにして、遊ぶ所は嫌いだぞ」
むかっときて怒ったら、明が慌てて弁解を始める。そんな様子さえ徳造さんにはじゃれているようにみえるのか、ニマニマ生暖かい目で微笑まれて……。
やっぱり接客業は向いてない。早く他の仕事見つけなければそう心に誓った。




