【短編】循環〈ハグルマ〉
世知辛いけれど、それが「世界が回る」ということ。
保険調査員の杉山は肩がけにしていた測定器に目をやると、これ見よがしに短い溜息を吐いた。空いている手で脇に挟んでいた用箋バサミを気だるく掴むと、測定器から伸びる、バーコドリーダーみたいな形の器具を適当に手放してボールペンに持ち替えた。
「それで、そのぅ……。きっちり満額頂けるんでしょうか?」
青ざめた顔で精一杯の苦笑いを浮かべる家主に、杉山は薄っすらと申し訳なさそうな営業スマイルを浮かべつつ、結果は後日郵送連絡すると伝えた。しかし、笑顔を引き攣らせた家主がなおもしつこく食い下がるので、杉山は仕方なく測定器の表示を見せた。
「ほら、ここの数値。これなんですが、怪物が触れた物であるなら、こんな数値は出ないんです。こんな数値が出るのはスペシャルさんが触れた証拠だからなんですよ。山田様は〈怪獣・怪物が原因で家屋が損壊した場合〉のみのご契約で、スペシャルさんが原因の時でも適用となるための特約には加入なさっておりません。ですから、大変申し上げにくいのですが、今回のケースでは一円もお支払い出来ないかと」
「ちょっと待ってよ。仮にスペシャルさんが壊したんだとしても、それは怪獣を倒すために戦ってのことでしょう? だったら、怪獣が原因じゃない。それなのに、何で支払いが出来ないのよ」
先ほどまで杉山と夫のやり取りを静かに見守っていた山田夫人が初めて口を開いた。彼女は眉を吊り上げると、フンと鼻を鳴らしながら怒った肩を引き下げた。
「ていうか、特約もしっかり加入してたはずですけど。どうして入ってないことになっているのよ」
夫人の言葉に、家主が微かに身を固くした。杉山はそれを一瞥すると、同情とも嘲笑ともとれる笑みを浮かべた。
「販売員の金本が契約時の事を資料にして残してくれていましてね。それによりますと、たしかに契約のサイン前は特約ありでというお話だったみたいですけど、奥様が席を外した際に〈特約は無しで〉と旦那様が変更の指示をされたみたいですよ」
「はあああああああああああああ!?」
腹の底から咆哮するように叫んだ夫人が、家主の胸ぐらを掴んだ。家主はこれでもかというくらい顔をくしゃくしゃにしており、今にも泣きそうだった。
「何でそんなことしたのよ! 馬鹿なの、あんた!」
「いやだって、妊活にすごく金かかるから、出費減らしたいな~って思って」
「だからって何で相談もなしにそんなことしたのよ! 結局お金かかる事態になったじゃない! 折角妊娠出来て、もうすぐ出産なのよ!? 産まれたら、もっとお金かかるってのに!」
「だって、ヒーローと悪役との対決といえば、観光名所とかなんちゃらドームとか、採石場が相場と決まってるじゃないか! 都心から外れまくった市街地なんて、悪役が暴れに暴れて通り過ぎて行くだけだろ!? それが既定路線だろ!? だからまさかこんな」
「はあああああああああああああ!?」
家主の言葉を遮って夫人が怒りの雄たけびを再度上げると、彼らの後ろで半壊した家屋の瓦がガラガラと崩れ落ちた。瓦の落下音に驚いたのか否か、叫び声を上げた時のままの表情で夫人が急に押し黙った。家主がおずおずと声をかけると、夫人がぽつりと呟くように言った。
「どうしよう、破水した」
「はあ!?」
慌てふためく家主を、冷静な夫人は殴りつけて黙らせた。杉山は救急車を手配してやると、途中だった報告書類の作成を再開させた。しばらくして救急車が到着し、夫人は乗車しながら夫に言った。
「役所への手続き、忘れないでよね。市からも給付金出るはずだし。それから、防衛隊からも見舞金が貰えるはずだから……」
夫人の指示に一生懸命頷きながら家主が乗車しようとすると、夫人は苦虫を噛み潰したような顔でぴしゃりと言った。
「調査員さん放置して来るつもりなの? あんたは後から、歩いて来なさい」
家主は車外へと追い出されると、よろよろと二三歩後退した。夫人の盛大な溜息と同時に車のドアは閉じられ、救急車が発車した。
遠ざかっていく救急車を眺める家主の背中が、小さく小さくなっていくようだった。完全に救急車が見えなくなってようやく、家主が杉山の方へと向き直った。
「母は強し、ですね」
杉山が苦笑いを浮かべると、家主も苦笑いで返した。
気を取り直し、調査の件で話をしようと杉山が口を開きかけると、防災行政無線のサイレンが鳴り響いた。
「あー……。スペシャルさん、昨日は怪獣を倒しきれずに撤退しましたからねえ……。現場の状況も変わるかもしれませんし、また後日改めて調査に参りますね。奥様の搬送先、総合病院でしたよね。あそこなら安全ですし、早く合流なさったほうがいいですよ」
挨拶もそこそこに走り出した家主を見送りながら、杉山は空を仰ぎ見た。雲ひとつない抜けるような青が広がっていた。
サイレンが鳴り止むのと同時に、青を割くように黄金が現れた。杉山は飛来し、そして過ぎ去っていくそれを目で追いながらぽつりと呟いた。
「おお。金本、今日はやけに気合入ってんな」
**********
会社に戻った杉山がデスクワークに勤しんでいると、外回りに出ていたお隣が帰社早々やかましく、そしてだらしなく椅子に沈み込んだ。
「あー、疲れたー!」
「金本、うるさい」
背もたれを限界まで倒し、ネクタイを緩めながら缶コーヒーを啜っていた金本が首だけを杉山の方へと向けた。
「杉山さん、冷たいっすよー。もっと愛を込めて〈おかえりなさい〉って言って欲しいっすわー」
缶の縁に噛みついたままもごもごと悪態を吐く後輩をひと睨みすると、杉山はすぐさま書類に視線を戻した。
「そう言えば今日、お前見たよ。えらい気合入ってたな。どうした?」
「あー……。気合入れてっていうか、慌てて?」
手を止めて、ばつが悪そうに縮こまる後輩のほうを杉山が向くと、彼は杉山をちらりと見て更に縮こまった。
「いえね、もうちょいで今月のノルマも達成だし、〈お当番〉の時間までちょっと営業してこようと思って訪問販売に出たんですよ。そしたら、何軒目かのお宅のおばあちゃんに気にいられちゃって捕まっちゃいまして。――で、そのせいで少しだけ、ほんっの少しだけ現場入りが遅れちゃいまして」
「おいおい、望月さん待たせたのかよ。あの人、時間には滅茶苦茶うるさいってのに」
「今日この後、お詫び兼ねて飲み誘ってあるんで、杉山さんも付き合って下さい」
手を合わせて拝むように頭を下げる後輩を、杉山は眉間に皺を寄せ不機嫌に目を細めて黙って見つめた。様子を窺うように顔を上げた彼と目が合うと、杉山は溜め息を吐いた。
「お前のおごり?」
「……打ち合わせ名目で、経費で落ちませんかね」
杉山は先ほどよりも深い溜息を吐くと、部長に聞いてみると言って席を立った。
**********
杉山達が個室に案内されると、頬にほんのりと赤みのさした望月が出迎えた。彼は本日直帰だったため、先に来て宴を始めていたのだそうだ。
「もしかして、またしてもお待たせしてしまいましたか?」
申し訳なさそうに肩を落とす杉山に、気にしなくていいと望月が笑った。
望月が座っていたであろう席の盆には、食べかけの突き出しと空になった小さめのカップが乗っていた。酒に弱い彼は食前酒だけでも顔に赤みがさす。
杉山は再度軽く謝罪をすると、席について言った。
「追加の飲み物はどうされますか? お茶にしますか?」
「いやあ、今日はもう少し飲むとするよ。折角の奢りだからね」
金本をちらりと一瞥した望月が、杉山に向かって茶目っ気たっぷりの笑みを見せた。自分が酒に弱いことを杉山が覚えていてくれたのが嬉しかったのか、彼は再び金本を見やると〈気づかいの出来る先輩を、しっかり見習わなくては駄目だ〉と言って笑った。
望月の勤める会社は傷害保険など身体に関わる保険を取り扱っており、杉山達の勤める会社とはグループ企業だ。取り扱う商品が異なり、更には杉山達よりも望月のほうが職階が上ではあるのだが、時折一緒に〈お当番〉をこなしてはこうやって一緒に酒を酌み交わしている。
料理を運んできた仲居が完全に去るのを待ってから、金本が徳利に手を伸ばしつつ口を開いた。
「それにしても、望月さんの爆発四散っぷりは今日も見事でした。どうやったらあんなに上手い散り際を演出出来るんですか?」
「それは熟練のなせる技ってやつさ。ていうか、そんなことを知ったところで君の仕事には活かせないだろう? 正義の超巨人スペシャライザーは最後には必ず勝たなければならないんだから」
酒を受けつつもそっけなく返す望月に、金本は真顔で迫った。
「いやいや、活かせますって。〈一度負けそうになって撤退〉のシーンで、ドラマティックに撤退したいじゃないですか。俺、今、それを研究中なんですよ」
お猪口をちびちびと傾けていた望月は、いつになく真剣な金本の様子に思わず噎せ返った。彼は指をさすかのように杉山へ向かって盃を掲げると、呆れ声で言った。
「だったら、君のすぐ隣にいい見本がいるじゃないか。昨日の杉山君の撤退は、いつにもまして素晴らしかったよ」
「いや、私なんてまだまだですよ。でも、金本がアレの十分の一でもいいから良い撤退が出来るようになってくれたら、私も〈お当番〉を今度こそ引退出来るんですけどね」
本来ならば、杉山は今頃内勤の身分に落ち着いているはずだった。前回の人事考課で外回りからほぼ解放される管理職に就くか、それとも他部署へ転属するかの打診があった。打診のあった当初は、まだまだ営業として活躍出来る自信はあったものの、第一線に居続けることが体力的にそろそろ辛い年齢になってきたということで多少の迷いが杉山にはあった。しかし、ちょうど妻が二人目を出産して家事と育児が大変になってきたということもあり、出張や転勤がなく残業もノルマもない内勤へと移って、家の事にも協力しながらのんびりとするのもいいのではないかと思うようになった。幸いにも、育児休暇や育児・介護などによる離職からの復帰などに寛容な社内風潮だったため、転属希望は快く承諾された。
かくして、杉山はワーク・ライフ・バランスのとれた素晴らしい毎日を送る予定だったのだが、ほどなくして転属保留が言い渡された。杉山の勤める会社では少しでも多くの新卒者を確保するためにかなり遅い時期まで採用業務を行っているのだが、最後の最後で内定が決まった営業職希望者が、あろうことか杉山と同人種なうえに背丈も同じくらいだというのだ。この新人が立派に独り立ち出来るようになるまで面倒を見てもらいたいと言われたものの、営業部には既に杉山の戻れる場所は人事的な意味で無くなっていた。
そのため、ある意味同じ外回り職である調査員へと仕方なく転向して早二年。家庭のほうも二人目が育ってきて落ち着けるかと思いきや三人目の妊娠がつい最近発覚したので、杉山はそろそろ、そして今度こそ本当に、内勤へと移りたいと心の底から思っていた。しかしながら、この後輩は猪突猛進タイプの体育会系で繊細さが欠片もない。勢いやパワー押し以外の事ももう少し得意になってくれたら、心おきなく転属出来るのだが。
杉山が料理を静かに口へと運んでいると、金本が抗議の眼差しで見つめてきた。杉山は金本を一瞥すると、お猪口に手を伸ばしながら嘆息を漏らした。
「お前、勢いばっかりで形勢不利な時の演技がさっぱりなんだよ。トレーニングルームでも筋トレばっかりだもんな。他のトレーニングもちゃんとこなせって言ってるのにな」
「だって、繊細系は何つーか、イライラするんすよ」
「そんなんじゃあ、ドラマチックは遠い道のりだなあ。うちの若いのも同じ感じでさ、だから俺もいまだに二足草鞋さ。お互い、早く後輩指導から解放されたいよなあ、杉山君」
金本が拗ねて口を尖らせると、望月が盛大に笑い飛ばした。
望月の発言を聞きながら、杉山は首を傾げた。昨日の〈お当番〉がこの飲み会には参加していないのだ。いつもなら望月の隣で、金本に負けず劣らずの元気な笑顔を振りまいているというのに。
杉山が望月に尋ねると、彼はにやにやとした笑みを浮かべた。
「木村ならね、今日は有給取ってるよ。何でも、昨日は彼女の誕生日だったそうでさあ。最初は〈この繁忙期に何言ってやがる〉って思ったんだけど、人生初の彼女だなんて言われたら、OKせざるを得なかったよ。あいつもほら、いい歳だからさあ」
「ああ、だから昨日はいつも以上に気合が入ってたんですね」
「そうそう。彼女にカッコいいところ見せたあとは高級レストランで食事して、そのまま朝までとか何とか、色ぼけたこと言ってたよ」
望月の笑い声に混じってペキリという音がした。杉山が音のした方を見やると金本が苦渋の表情を浮かべており、彼の左手の中ではお猪口が砕け散っていた。彼の人差し指と親指がほんのりと金に輝いているのを見て、杉山は溜息交じりに彼を窘めた。
「金本、トレーニングルームと現場以外で本性現すのはご法度だろうが。いきなりどうしたんだよ」
「あ、そっか。金ちゃん、うちの木村とは同期だっけか」
「別に悔しいとか負けたとか羨ましいとか、そんなこと思ってないですよ? 確かに今は寂しい独り身ですけど、あいつと違って地球来る前は何人も恋人いましたし? ていうか木村ごときが俺のアイドル吉田さんと付き合うとか、そんなの絶対夢まぼろしですし!」
ああ、受付の吉田かと思いつつ、必死に捲し立てる後輩をしり目に杉山は盃を傾けた。そしてふと、首を傾げさせた。――確か吉田は、経理の竹下と付き合っていたような。
廊下の遥か遠くからこちらへと誰かが歩いてくるのを感じ取ると、杉山はいまだ騒ぎ立てている後輩を黙らせた。金本が渋々ながら大人しくなってまもなく、仲居が新たな料理を運んでやってきた。再び仲居が立ち去ると、話題は放送時間間近となった〈追っかけ番組〉のことへと移った。
金本の携帯にワンセグ機能が付いているというので、折角だから酒のつまみに視聴しようということになった。毎週一回、どこかしらの地域には必ず怪人・怪獣が現れる。それらと戦う正義の超巨人スペシャライザーや戦隊ヒーロー達の様子を記録して三十分番組に編集し、毎週お茶の間にお届けしているのがこの番組だ。
「今日のヒーローは……スペシャライザーワンか。てことは、菊池さん? それとも矢萩さんっすか? あ、菊池さん、先週出張なさってたから、菊池さんっすね」
端に口を付けたままもごもごと喋る金本を実力行使で止めさせつつも、杉山は小さな画面から視線を逸らすことなく答えた。
「いや、中途採用で入ってきて、ちょっと前まで本社で研修受けてたやつらが何人かいただろ。そのうちの二人が〈お当番〉デビューしたんだとさ。菊池が同郷のよしみでサポートしに行ったみたいだけど、きちんと二人で回せてたって言ってたな」
「中途入社とはいえ、〈お当番〉初めてっすよね?」
半ばふてくされ気味の金本に、杉山はそっけなく返した。
「ああ、二人のうち、片方は元アクション俳優だから。親御さんの体調が芳しくないから俳優業引退したんだとさ」
納得しきれないのか、なおも口を尖らせたままの金本の横で望月が身じろいだ。彼は眉根を寄せ、小さな画面に顔を近づけると驚嘆の声を上げて画面から勢いよく離れた。どうやら相手の怪獣役が昔近所に住んでいた馴染みで、よく世話をしていたのだそうだ。
「何だよぉ、こっちで就職したなら言ってくれればいいのに! ていうか、そもそも会社はどこなんだ?」
「業務提携している建設企業です。ここの地域、再開発予定だそうなんですけど、立ち退きを拒否している住人が一部いたそうで」
「……強制立ち退きで保険屋も建設屋もニンマリってわけっすね」
金本の呟きを、杉山はスルーした。望月の耳には届いてすらいないようで、昔馴染みの活躍に顔をほころばせていた。
それにしても、とふてくされ声を上げた金本が、腕を組み、まるで地響きかというくらいに低い声で不満を漏らした。
「スペシャライザーのことを〈スペシャルさん〉っていう愛称で呼ぶのは理解できるんすけど、それ以外の呼び方のセンスが酷いっすよね」
深刻そうな表情で発せられた、どうでもよさそうな不満に杉山も望月も思わず目を丸くした。鳩が豆鉄砲を食ったような表情の二人を見て、あり得ないとでも言いたげに金本は顔をしかめた。
「いやいやいや……。ワンがイチローなのはギリOKですよ。大リーガーと一緒だから、捻りはなくとも大物感漂いますよ。他のヤツらもまあまあイケてると思いますよ。許しますよ。でも。でも、ねえ? 俺らシャイニングの扱いと来たら! 他のヤツらと違って、俺らってボディが金色でしょ? だからって、金太はないでしょう!」
「いいじゃないか、金太郎って大悪党の酒呑童子を倒した英雄だろう? 強くて金つながりで、ぴったりだと思うがねえ」
きょとんとしたままの望月に、なおも苦虫を噛み潰したような表情で金本は毒づいた。
「でもだからって、垢を寄せ集めて作ったばっちいヤツと一緒にはされたくないっす」
「そりゃあ力太郎だ、馬鹿」
「えっ、あっ、違うんすか!?」
驚いて身を仰け反らせた後輩は、一転して満面の笑みを浮かべた。
「でも、そもそも〈スペシャライザー〉だって彼らが勝手に付けた名前っすもんね。だからぶっちゃけ、どうでもいいっすよねえ」
どこまでもマイペースな後輩をつかの間見つめると、杉山は頭を抱えて盛大な溜め息を吐いた。
**********
お勘定を済ませ、退店すべく長い廊下を歩いていると、板前風の男とすれ違った。滅多に表に顔を出さない板前がこんなところにいるのは珍しいと、すれ違う前から彼に注目していた杉山は、すれ違いざまに小声でうっかり「あ」と声を漏らした。それに気付いた金本が杉山の視線を追い、そして思いっきり「ああ!」と叫んだ。望月と杉山は指さししてまで大仰に驚く金本を小突くと、男に向かって苦笑いを浮かべた。男は不可思議そうに首を傾げると、ぺこりと小さく会釈をしてそのままそそくさと去っていった。
店を出ると、元はと言えば杉山が悪い、と金本が弾けるように不満を露わにした。杉山が謝罪すると、彼は返事を返す代わりにぼそりと言った。
「ていうか、あれ、この地区の防衛隊の隊長っすよね?」
「ああ、うん、やっぱそうだよな。見間違いじゃないよな」
少しばかり気まずい空気が流れた後、金本がぽつりと言った。
「防衛隊、クビになっちゃったんすかね」
「かもしれないなあ……」
何とも言えない、しんみりとした雰囲気を打ち破るように、望月が頭を振った。
「仕方がないだろう。私達は何も彼らから根こそぎ奪い尽くそうだなんて考えてない。彼らだってしっかりと活躍出来るようにとチャンスは常に、多分に用意したうえで対決しているじゃないか。それを悉く活かせなかった彼が、単に仕事の出来ない人間だったってだけさ。だろう?」
この星を訪れた誰もが「美しい。我が物にしたい」と思ったのは事実だ。そして、誰もが「美しいまま手に入れたい」と思ったからこそ、今があるのだ。
先ほどの番組もさることながら、昨日今日で杉山達が行った対決という名の〈お当番〉も、そういう事情で執り行われている。常に自分達の足で営業して回ることで〈どこで対決したら一番金が儲かるか〉を割り出し、時が来たらその場所で対決する。もちろん、対決の方法も一番儲かる術を選択して行っている。
追っかけ番組もまた、杉山達側の者の金儲けの道具にすぎない。番組制作からグッズ販売の隅々に至るまで、超巨人の同朋が入り込んで組織を操作している。
こうして大人しい隣人は搾取され支配されているということに気づかぬまま、経済的観点での食物連鎖の頂点から静かに引きずり降ろされていき、今や地球は地球外生命体に陰ながら支配されることとなった。
美しい星を美しいまま支配した超巨人とその仲間達は、美しさを保つための努力も忘れなかった。大人しい隣人以上に環境保全に取り組んできたし、大人しい隣人が「自分達は今となってはもうこの星の王ではない」と気付いて暴動を起こさぬようにとエンターテインメントを提供することも忘れなかった。そして、ピラミッドの頂点に君臨するものの勤めとして経済がしっかりと循環するようにと惜しげもなく還元もしている。隣人の人生からやりがいを奪わないようにという気配りもばっちりだ。
だから、望月の言っていることは正しい。だがしかし、顔見知りが落ちぶれていく様を実際に目の当たりにしてしまうと、何て言うか、後味の悪いような気もした。
「何て言うか、まあ、この世は所詮、弱肉強食っすよね」
望月の言葉に頷きながらぽつりと呟いた金本に、杉山も静かに同意した。
正直、彼らがトップの座に漫然と座っていた頃よりも、今のほうが経済は潤っているし、彼らも生き生きとしていて光に溢れている。今のほうが断然魅力的だ。彼らはこのまま、我々に緩やかに捕食されていた方が幸せだろうと杉山は思った。
「ところで、この後もう一軒行くかい?」
出し抜けに望月が提案をすると、金本が元気よく手を挙げた。
「はい、俺、焼肉定食が食べたいっす!」
「お前、まだ食うのかよ……」
杉山が呆れて口をあんぐりとさせると、金本は腹をさすりながら情けない表情で頭をくったりと前に下げた。
「〈お当番〉の後は異様に腹が空くんすよ……。ていうか、空きますよね?」
「若いヤツは羨ましいよ、まったく」
苦笑した望月が、今度は俺が奢ってやると言って歩き出した。金本が嬉しそうにそれに続き、杉山もゆっくりと二人に続いた。
焼肉屋を目指して先頭を歩いていた望月が、ふと振り返って言った。
「ところで、今度どっかの外資と合併するって話、あれ、杉山君は詳しく知ってる?」
杉山は首を傾げて「さあ?」と答えた。
――そう、彼らもまた、トップの存在を認識していなかったのだった。
某短編小説賞に向けて執筆したものの、規定枚数に達しなかったため、供養のUP。
Word縦書きしたものをそのままコピペしてUPしているので、少々読みにくいかもしれませんが、そこはご容赦願います。
また、タイトルは仮のものです。
そこも併せてご容赦願います。
《追記:2015/09/27》
・読みやすいように空白を追加。
・元原稿には存在した「章の変わるところに*」を、こちらにも配置。
《追記:2016/06/23》
・三点リーダーなどの数を修正。