第六話
遅れまして申し訳ありません。
次回も遅れるかと思われますが、なるべく早めにアップします。
次に気付いた時、俺は真っ暗な闇の中にいた。
が、違和感があるというか……よく考えると目を閉じているのに気づく。
そして、まぶたから光があると感じられたので、ゆっくりと目を開けてみた――途端、目に飛び込んできた光景に、腰を抜かしそうになった。
「どこだココ!」
青い。
ひたすらに青い。
一瞬、俺は海の中にいるんじゃないかと勘違いした。
が、呼吸ができる上に所々白い塊が見える。そのコントラストからして「ああ、いま見てるこれは空なんだ」とようやく気付いた。
それと同時、自身が仰向けに倒れているのにも気づく。背中や後頭部から感じるチクチクした感触は、背の低い芝生……だろうか。
改めて手を突いて半身を起こし確認してみるとやはりというか、広大な草原に澄み渡る青空という牧歌的な風景が広がっていた。背の高い木なんて一本もない広原。空気が美味いような、そもそも風なんて感じないような……。
上下左右三百六十度、青か緑。その中に俺がいるわけだ。
「……いや、何でよ」
冷静に突っ込んでみる。
さっきまで、引っ越してきたばかりのあの部屋にいたはず。よくよく考えなくてもおかしい。
今までのは全部夢だったのだ! そうだ、あんなあり得ない話なんて嘘っぱちで、今ここにいる事こそが現実…………いや夢から覚めたとしても、こんな所にいるのはおかしいだろ。俺はこんな羊がいそうな空間で育った覚えはないし、俺の名前はペー○ーでもない。
美桜さんがスマホを掲げたあの時、世界が改変したとでも言うのか。俺と彼女とスマホの恋。とぅるるるるるるるる!
まあでも、あれがキッカケで何かが起こったのはまず間違いないだろう。一体何をされたのやら。
不思議とそこまで「なんだこれ!」ってならないというか、本日の驚きという感情は既に売り切れておりますというか。あれかな、物凄く平和な風景だからだろうか。危険を感じないから、焦りはあるけど不安はない、みたいな。
いい機会だから、今日一日忙しかった心を休めようと、ゆっくり目を閉じる――
「気持ちいい場所ですよねぇ」
と、すぐ側から声がして、ひっくり返りそうになりながら振り向いた。さっきまでいなかったはずの場所に美桜さんがいる。……いつの間にかスーツに戻っていた。
ビックリした拍子にテンションが突き抜ける。
「なんかアルプスって感じがしますけどアルムのモミの木に此処がどこなのか教えてもらい――じゃなくて!
どこですかここ! スイスですか!? アルムなんですか!? ハ○ジはどこにいるか、おしーえてーおじーちゃーん!?」
黒いスーツを着込んだ美少女モミの木にノリツッコミで聞いてた。
「ここはですね、仮想現実空間です。近年だとVRMMOなんかに使用されてる技術ですよ。やったことあります?」
ボケは完全にスルーされるも言われて納得、なら現実っぽいけど現実じゃないこの空間に自分がいるのにも納得がいく。
「あぁーなるほど……いや、俺はやったことないです。あのシリーズ高くて高くて」
初めての感覚に、手足をもきもきと動かしながら話す。普通に現実で過ごしてる感じと目立った差異はないような。
「あはは、確かに。ゲームの技術も上がってますからね、全然馬鹿にできないんです。ウチで勝手に改変して軍事利用してるくらいには」
楽しそうに微笑みながら微妙に黒いことを仰る美桜さん。
ネット世界は既に掌握されていたりするのか? ……ないと思いたいけど。
「かがくのちからってすげー。……あれ? でもVRMMOシリーズって確か、ヘッドギアがないと出来なかったような」
「そこはセンティネルシールドの技術ですね。リビングの天井の四隅に何かある事に気づきませんでしたか?」
考えてみるも、そんなものを見つけた記憶がない。そんなことより美桜さんの方が気になってました! とか言ったら「素敵! 抱いて!」って展開にならないかなー。
あったっけなぁとか唸っていると、ウフフと声が聞こえた。
「えとですね、あそこにはそういう装置が予め配置してあったんです。その端末を通して私達の脳に、そうですね、NIRS脳波計測装置的な要素を備えてるアレで脳に直接命令というか、そういうようなことができます。マインドコントロールに似たようなことができるんです。
脳波を操ることで、その人が認識すべきものを端末が設定したモノに書き換えるといいますか……そこはVRMMOと同じ技術ですね。ヘッドギアの使用が必要ではない、という点がウチの技術です」
そして、と言いながら何やら白い棒を何もない空間から取り出す美桜さん。わっつはぷん。
疑問をぶつける暇もなく渡してきたので、立ち上がりつつ受け取ってみるも、なんというか……棒としか言い様がない。長さにして一メートルあるかないかくらい。
ブンブン振ってみる。軽いのかグリップが効くのか、ただの棒キレよりは振り易い。えっと……感想、以上です。
「それは『ボクトー』と言って、戦闘で主に使用される近接武器です。ですが現実で使うものとはちょっと違っていて、本来、ボクトーの柄はその半分にも満たない場合がほとんどです。その先からは代わりに『ヘリオス熱線』というレーザーというものが出ます。主に対機械兵器用に使用される特殊なエネルギーなので、非常に強力。それでいて、低燃費、低コストのエコ兵器を実現しています」
胸を張る美桜さん。いや、てーねんぴとか言われても俺は知らんがな。
というかレーザーが出る兵器って、益々SFっぽさが増してきたなぁ……。いや、俺にとっちゃフィクションじゃないんだけどさ。
「では、始めましょうか。チャンバラでもするつもりで掛かって来てください」
また何もない空間から棒を取り出す美桜さん。もうそういうものだと思うしかないな。長さは俺が持ってるのと同じくらい。
でも……いや、いきなり掛かって来いとか言われても。さっきから唐突すぎてついて行けてませんよ!
とりあえずはボクトーを両手で握り締めるも、困惑してしまう。
「優世くんが来ないならこっちから行きますよ?」
躊躇していたらそんなことを仰る美桜さん。笑顔なのにやる気が隠せてない。殺る気というべきか。
怖いんですが! たぶん飛び掛かられたら一撃で昏倒させられる気がする。
「う、うおおおっ!」
ので、意を決して飛び込んでみた。走りながら、ボクトーを握る手に力が入る。
コクッと満足気に頷いた美桜さんは、俺と同じようにボクトーを両手に持ったまま動かない。剣道の正眼みたいな構えを取った。意外と真正面から飛び込んだら隙がないんだな、とか思いつつも迫る。
どうすればいいのかわからないまま、美桜さんに届く距離に来てから振り下ろした。途端、カツンと音がしたと思ったら、俺のボクトーの先端は地面に着地している。……うん? 音がしたから払われたのはわかるんだけど。なぜに地面にザックリ突き刺さっているのか。
なんというか、今ので致命的なまでに実力差を見せつけられた気がする。
「ささ、遠慮せずにドンドンどうぞ」
俺から少し離れて構え直す美桜さん。解説しまくりウーマンである彼女が何も言わずにそう促すってことは、とりあえずは考えずに掛かって来い、という所だろうか。
俺なりに理解して頷き、構え直す。どうせなら当てて驚かせてやろう。俺の華麗な一撃で、美桜さんのハートをノックしてやる! そして「痛い! けど意外とやるのね素敵! 抱いて!」とかって展開にしてやる!
「チェェェェェストオオオッ!」
定番の雄叫びと共に、再度飛び掛かっていった――
はい。
ええ、まあ、うん。
お察しの通り、美桜さんのハートをノックどころか、ハートをボッコボコにされたのは俺でした。
だってちょっと実力差が酷すぎる。わかってたけど。
どれだけ全力で振り下ろそうが横薙ぎに払おうが、打ち込んだ全てが、まるで最初からそこを目指していたんじゃないかってくらい逸らされるのだ。
しかも美桜さん本人はそこまで動いていないというオマケ付き。こっちが繰り出す攻撃を往なすのに、動作がほとんど必要じゃなかったみたいだ。
なら全力で打ち込むのはまずいのかと思い、軽めの(俺なりの)牽制を放ったら、次の瞬間には俺が握っていたはずのボクトーが宙を舞っている――という始末。
そうして攻撃をやり過ごされる度に「どうしました? 攻撃ですかそれ?」みたいな視線を向けられたのですっかりブロークンマイハーである。
もはや何度目か、少なくとも百回はイッてるけど数えたくもない程あしらわれた後、ついに立ち上がる気力がなくなって両手と両膝を地面に突いた。チクチクとした芝生の感触が憎い。青々とした芝生の色が憎い。
……涙だけは流さないぞ! 悔しいけど! あと単純に体力がキツイから倒れこんだという理由もある。相当な長時間、この精神的自爆時間を味わっていた。つまり肉体的にも精神的にもヘトヘトである。ボクトーを握っている手なんか血豆が出来てるレベル。実はMの気でもあるのか俺は。もう呼吸をするのですら辛い。
「うん、じゃあ今日はこれくらいにしましょうか。もう四時間くらい訓練してるみたいですから」
なんて言って、自身が持っていたボクトーと俺が持っていた物を消してしまった。あまりにも何もできずに終わってしまったため、息も絶え絶えに思わず聞いてしまう。
「あの、ゼェ、俺、あ、あしらわれただけ、なんですけど……」
「それでいいんです。今回は『優世くんがどんな動きをするか』というのを測りたかっただけですので。明日からですね、本格的な訓練は。お疲れ様でした」
うーん、事前に言ったら俺が意識して変に動いちゃうかもしれない、という危機はあったのかもしれないが……言ってくれても良かったんじゃないですかソレ!
抗議する間もなく「じゃあ戻りますね」と言った直後、掲げられたスマホに目を奪われている最中、俺の意識はスイッチを切るように再び失くなって――
ちゃんとした身体が戻ってきたのを感じる。だが、また真っ暗であり、あら? なんて思ってたら瞳に光を感じた。
と、またクスクスと笑い声が聞こえる。
「優世くん、目を開けてください」
「おっと」
目を瞑ったままだったようで、目を開けてようやく現状を確認した。
テーブルが木以前にあり、九十度向こうのソファーに制服姿に戻った美桜さんが座っていて、そこは来る前とは何も変わらず……というわけではないようで、いつの間にやら引越し従業員が荷物の積み込みを終えていたようだった。
「引越し、いつのまにか終わってたんですね。――って、アレ? ヘッドギア使わずにあの場所に行けるんなら、引っ越し従業員役の人も巻き込まれちゃうんじゃ?」
「隊員には元々、訓練を行いますと伝えてありましたから。言いましたよね、マインドコントロールに近いって。だから、対策用の装備もちゃんとあるんです」
なるほど、抜け目がない様子。まあ国際的な組織なんだから当たり前か。
ふと、窓の外からの光が一切届いてないことに気付いて、そういや四時間たってるとか言ってたなぁと思い出した。
「いやぁそれにしても、さすがに四時間も動き続けたんで足も腰も――」
と、ようやく違和感に気付いた。
……どこも痛くない。あれだけ長時間身体を動かしたのにも関わらず、筋肉痛らしい筋肉痛が起こっていないのだ。自慢じゃないが帰宅部であるこの身体、運動部に比べると全然ショボイのに。若干の頭痛はあるようだが。
「身体は痛くないでしょう? それもそのはずです。仮想現実空間では、たしかに痛みは感じますが実際に筋肉を動かしたわけではありませんので。どれだけ動いても大丈夫なんです」
要は「感覚だけあの空間に持って行ってる」ということか。
……どれだけ動いても大丈夫なんです、っていうセリフをとても嬉しそうに言っていたのが不安なんですけど。
「とはいえ、仮想現実空間は感覚や意識だけを持って行ってるので、実際より思い通りに動けてしまう傾向があります。そのため、現実でも感覚が動きとして追いつけるように筋肉トレーニングなどはしておいたほうがいいですよ」
後々のことを考えるなら確かに必要なことだろうと思われる。ので、毎日風呂に入る前に筋トレしとこうと決めた。
自分の身を守るためでもあるし、いざ戦闘になった時に全く動けず、美桜さんの足を引っ張るって結果になるよりはマシだろう。
「あ、そういえば」
という切り出し方で、何やら目を輝かせ始める美桜さん。やっべぇ嫌な予感しかしねぇ。
「仮想現実空間ではボクトーしかお見せできませんでしたから、本物の武器をお見せしましょう」
言いながら、制服のあちこちに手を突っ込み始めた。
その……色々、見えるんですけど。ブラの紐とか形の良いのがわかる胸とか。すでにそれが俺にとっての武器というか凶器だぞ!
という俺の悶々とした葛藤を吹き飛ばすように「うん、これにしましょう」と言って何かゴッツイのを引き出した。
まさかのマシンガンである。型番とかはわからん。弾倉がそれっぽいのできっとマシンガン。
「これはですね、マシンガンです」
見りゃわかるっす。
「見た目は普通のマシンガンですが、弾は実弾ではありません。ヘリオス熱線を圧縮、小型化したものを連続発射するシステムを採用しています。鉄だろうがなんだろうが貫く、強力な兵器です。対兵器用ですね」
人に撃ったらどうなるんだろうと想像してしまって、思わず唾を飲み込んだ。
「じゃ、記念に一個差し上げましょう」
なんて、何でもないことのように言い出す。
「いやいや! いきなりそんなトンデモ兵器もらっても!」
「わかってますってばー、私もそこまで馬鹿じゃありませんよ、もう」
あはは、と笑いながら再び制服のあちこちに手を突っ込む美桜さん。あの制服は四次元ポケットか何かか?
で、結局さっきの空間で見たボクトーが出てきた。が、長さが随分と短い。それを渡してくれたので受け取ると、なるほど筋トレが必要だという美桜さんの言葉は正しかったのかもしれない。さっきより明らかに重みを感じる。
「それはですね、短刀タイプのボクトーです。ボタンを押すとレーザーが出てきますよ。先端の方に付いてませんか?」
言われて見てみると、確かにボタンがある。恐る恐る押してみるも、レーザーなんぞ出てこない。
「あ、誤作動を防止する機構が組み込まれてるんでした。底の方が回転するので、そこをカチッと音がなるまで回してください。それからボタンを押すとレーザーが出ます」
底の方に、二センチほどの範囲で回せる部分があって、回すとたしかにカチッと音がして回転が止まった。
「覗きこんじゃダメですよ? 容赦なく頭蓋骨に穴が空きますので」
なんて言われてめちゃくちゃビビった。それ先に言うべきじゃないですかねっていうツッコミは飲み込んで、腕を目一杯伸ばしながらボタンを押してみる。
すると、某ラ○トセーバーみたいなヴンという音がして、レーザーが出てきた。長さは五十センチほど。黄色のような、オレンジのような色をした光の柱だ。熱を持っているようで、蜃気楼を漂わせている。
「はー、これが……」
「です。それを贈呈します。センティネルシールドの隊員は皆もってますよ。これで優世くんも私達の仲間入りですね」
素敵な笑顔を見せながら言う美桜さん。嬉しい事言ってくれるじゃないの!
「明日からは、とりあえず短刀タイプの使い方を指導していきます。お互い、気合を入れて頑張りましょう!」
両手でグッと拳を作って、俺を真剣な目で見てくる。
「はいっ!」
それに俺も真剣な瞳で返して、俺なりに気合いを込めて返事をした。
そしてその後は、ボクトーの仕組みを聞かされたりヘリオス熱線がいかに優れたエネルギーなのかを解説されたりした。正直どうでもいいですスイマセン。
そんなことより眠気が強かったため提案してみると「あ、それもそうですね」と納得してもらえたようで、とりあえずは解散となった。
おやすみなさい、という挨拶だけをこの場に残し、俺は自分の部屋へ戻った。すると、リビングでは見かけなかった本棚やパソコンなどが置いてあり、きちんと引っ越しが終わっていることを教えてくれている。
確認もそこそこに、ベッドへ倒れこむようにして寝た。
「ふぅ……」
思えば長い一日だった。今日、下校してる時まではただの高校生だったのに、今や世界を左右する存在か。……正確にはちょっと違うけど。
そこで思い出し、持ってきた通学用かばんを開ける。メモリスティックを取り出して、寝転んだまま見つめた。
「誰も代わってなんて、くれないよな」
漏れ出た言葉は、本音なのか、ただのボヤきなのか。
正体が掴めないまま意識は微睡んでき、それに抗うこともなく沈んでいった。