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7.セルリーと森とバジリコと町




 エルダーとセルリーが乾いた衣類を詰め込んだかごを持ち帰ると、セルリーの家の軒先にそわそわ辺りを見回すディルがいた。のんびり歩くエルダーとゆっくり歩くセルリーに気付いてさっと目を逸らし、後ろからふわりと現れたアンゼリカに背中を押され、おずおずと一歩を踏み出す。


 にこにこ笑うエルダー。セルリーは相変わらずの怖い顔である。

 ディルは逸らしていた視線をなんとか二人のほうに向けてから、口を開いた。


「あの、さっきは、その……失礼しました。アンゼリカから、聞きました」


 そう言って頭を下げる。

 エルダーにはとんでもない誤解をしていた上にこんな遠くまで道連れにしてしまったことを謝り、自分の代わりにセルリーに色々頼んでくれたことなどを感謝した。セルリーには助けてもらったにも関わらず寝起きにあんな態度を取ってしまったことを何度も詫び、怪我の手当てや食事の世話までしてくれたことにしっかり礼を述べた。


 エルダーはもちろん笑って許した。

 セルリーも、年のわりにきちんとしているディルに驚きながら「気にするな」と答えた。


 ディルはその二人の様子に息をつき、となりで彼を見守っていたアンゼリカに少しだけ微笑みかけた。アンゼリカもうれしそうにほわほわ光った。


「ね、言った通りでしょう? 彼らは悪い人間ではないのよ」


 ディルは小さな声で「うん」とつぶやいて、うなずく。

 それからわだかまりのなくなったディルは改めて二人に頭を下げ、名乗るだけの簡単な自己紹介をした。エルダーとセルリーもそれに応えた。


「よし、町のほうから迎えを呼ぶか」


 アンゼリカ含む四人が名乗り合ったところでセルリーがそう言って家の中に引っ込んでいった。残された三人がそれに続く。

 セルリーは大きな部屋のすみにかごを置くと二階にのぼり、重そうな石の台座を手に下りてきた。エルダーが両腕で抱えられるかどうかという大きさの岩を輪切りにしたような感じだ。

 断面にはきれいな円と罰点の溝が引かれている。そして、その溝がある脇には何か丸いへこみが二つあった。


 魔法道具だ。

 エルダーが興味の赴くままに手を伸ばそうとすると、セルリーに止められた。


 セルリーは「触るなよ」と言い置いてまた二階へ行き、紙切れとペン、そして小さな麻袋を持ってきた。

 紙切れに用があるから早く来いというような文章を書き、石の台座の中央に置く。それから麻袋の中を漁り、黒くてつやつやしている石を一つ取り出すと、二つある丸いへこみの右側にそれをはめ込んだ。

 すると、台座の溝が輝き、紙切れを吸い込んだではないか。


「わあ……!」


 感嘆の声を上げるディル。


「ディルは初めて見たのか。これが魔法道具ってやつだ」

「こんなに近くで見たのは初めてです! 仕組みはどうなってるんですか?」

「そいつは俺にはよくわからねえよ。エルダーのほうが詳しいんじゃねえか」


 ディルとセルリーがエルダーを見つめた。エルダーは笑ったまま首を横に振る。


「その黒い石が魔法石ってこと以外は、僕もよくわからないよ。魔法道具はあまり使わないから」


 仕組みはわからない。ただ、やっていることはわかるけれど。

 エルダーが杖を引き寄せたのと同じ原理が働いているのだ。それがどういうわけか、逆方向に作用しているのだと思う。

 魔法道具というのは魔法をうまく使うことのできない人間に魔法の恩恵を与えることができるアイテムだ。魔法石という魔力をため込んだ石を使って足りない魔力を補い、その効果を発動させるものだから、できることは魔法とほぼ同じなのである。

 金持ちの家にしかないものだとセージに聞かされていたのだが……。


 ディルが魔法道具を観察している間に、エルダーはセルリーに尋ねる。

「ねえ、セルリー。今の誰に送ったの?」

「あ? ああ、バジリコだ。町に住んでる俺の知り合いでな、迎えに呼んだ」


 エルダーはちょっと考える。さっきから言っている「迎え」って、なんだろう。

 そういう顔をしていたからだろうか、セルリーが後ろ頭をかきながら教えてくれた。


「俺はこの森から出られねえんだ。お前たちを町まで連れていくのはそいつに任せることになる」

「えっ、どうして?」

「どうして、って。言ったろ、俺は森から」

「どうして森から出られないの?」


 セルリーはまた、凍り付いてしまった。



 *



「セルリー! 来たぞ、開けろ!」


 四人で机を囲み、温めただけの湯を飲んでいたところにそんな声が響いた。木の扉をどんどん叩く音までする。椅子から立ち上がりざま、セルリーが「バジリコだ。騒がしいんだよ、あいつ」とぼやきつつ、玄関に向かった。

 エルダーは残っていた湯を飲み干す。ディルとアンゼリカはずっと変な顔をしていた。


「ったく、いきなり何だよ。あれ、なんだ、こいつらは」

「拾って保護した」

「はあ?」


 家の中に入ってきたのはセルリーより身長の低い男だった。セルリーががっしりならこちらはひょろりとした印象。彼の姿を目にして一番に立ち上がったのはディルで、それに合わせるようにしてアンゼリカが彼のとなりに並び、エルダーはのんびり続いた。

 セルリーに向き合っていた男がそれに気が付いて三人を見ると、ディルは軽く頭を下げた。男はディルよりもそのとなりにいた天使の少女にしばらく釘付けになっていた。


「初めまして、ディルです。森で迷子になっていたところをセルリーさんに助けてもらいました」

「あ、ああ……ご丁寧にどうも。俺はバジリコだ。そっちは?」

「この子はアンゼリカ。こっちは、ええと、エルダーです」

 ディルの紹介に合わせて頭を下げるアンゼリカと、にこにこ笑うエルダー。


 そのあとセルリーとバジリコが何やら話し込むのを眺めながら待つ。


 バジリコが町からここへやってくるまでの間、彼らはセルリーから「セルリーが彼らを直接町まで道案内できない理由」を聞いていた。

 森の木こりであるところのセルリーは普段から森で暮らし、必要なものはいつも森の中にあるものでまかなっている。魔力は最低限あるくらいなので、幼いころからそうしてきた。どうしても手に入らないものは町に買いに行っていたものの、最近ではそれもできなくなったので、バジリコに届けてもらっているのだとか。


 彼はここ十年この森を出ていないと言った。

 それは彼が町を嫌いだからとかそういう理由からくるものではない。前まではきちんとその足で町まで出向き、伐採した薪などを自力で売ることができていた。町には恋人もいた。彼女と結ばれ、子供も授かり、住まいを町に移そうかと考えていたところで「森に囚われた」のだ。

 森を出ようとすると道に迷い、もし出られたとしても数歩だって歩けなくなる。まるで金縛りにあったかのように、体が言うことを聞かなくなるらしい。彼はそうして森を出られなくなってしまった。

 だから、エルダーたちを町に連れて行くことができないのだと教えてくれた。


 ディルはそれに愕然としていたけれど、アンゼリカも顔を伏せていたけれど、エルダーは一人、セルリーのことを憐れに思った。セージからそういう話を聞いたことがあったのだ。森に、森の妖精に囚われた人間はその意志に関係なくその森に縛られる、という話を。

 セルリーが何をしたのかはわからない。わからないけれど、気の優しいこの男のことだから、きっととてもいいことをしたのだと思う。彼が森で木こりとしてうまくやっていけた理由の一端は恐らく森の妖精の助力もあったことだろう。しかし、彼は森を出ていこうとした。彼を気に入っていた妖精は、それを決して許さなかった。


 妖精というものは総じて欲深いものだとセージは言う。それはとても美しく、そして同時に醜いものだと。


 その話を聞いた当時のエルダーはぴんとこなかった。物語に出てくる妖精はいつだってきらきらしていたから、セージの言葉からうまく想像できなかったのだ。

 しかし、今ならなんとなくわかる。


 しばらくすると話が付いたのか、セルリーとバジリコが三人に向き合った。


「よし、事情はわかった。俺についてこい!」

 ひょろっとしたバジリコが胸を叩いた。セルリーもうなずいている。

「あとのことはこいつに任せる。最後まで面倒が見られなくて悪いな。少しうるさいだけでいいやつだから、きっと力になってくれるぞ」

 セルリーの笑顔はちょっと怖い。それでも三人はうなずく。バジリコも満足そうに笑った。


「とりあえずリコリスのところに行くよ。言付けとかあるか?」

「そうだな……ああ、少し待っていてくれ」


 そう言って家から出ていくセルリー。


「リコリスって、あの、奥さんですか?」

 おずおずと聞いたのはディルだった。バジリコがん?と言った感じで彼を見下ろす。

「もうずっと会ってないんですよね?」

「いや、確かちょっと前に会ってたぞ」

「ええっ? でも、セルリーさん、この森から出られないんじゃあ」

「リコリスのほうが来るんだ。仲が良いからなあ、あの二人は。そうだ、あいつらの子供もお前たちと同い年くらいだったな。だから余計に放っておけなかったんだろうなあ」


 からから笑うバジリコをひっそり睨むディルに、彼は気が付いているのか、いないのか。


 そこで帰ってくるセルリー。

「待たせたな、バジリコ。これを頼む」

 そこにいた誰もが目を見開いた。セルリーが両腕いっぱいに抱えていたのは、小さな白い花の束だった。つぼみもたくさん付いている。目がちかちかしてしまいそうなほどの量だ。「おいおい」と呆れたような声を出すバジリコ。それに対してセルリーはどうだと言わんばかりの顔をしていた。


「いや、別に手紙とかでもいいんだぜ。俺、待ってるからさ」

「そんなことしてたら日が暮れちまう。これを頼む」

「お、おう……でも、ちょっとさ、減らさねえか?」


 バジリコは見るからに嫌がっていた。少し興奮していたセルリーもそんなバジリコの様子を見て、自分の抱える異常な量の花束へ目をやり、眉をひそめる。


「そうだな、ちっと多かったか。悪いな。半分くらいでいいか?」

「できれば三分の一くらいに……」

「あのっ!」


 と、そこで、二人の男の会話に飛び込んだ者がいた。

 青い瞳に白い花を映して、一歩踏み出している。


「あの、バジリコさんが持てない分はオレが持ちますから。だから、減らさないでそのまま持っていけませんか?」


 エルダーは思った。ディルはディルで、きっと、セルリーに恩返しをしたかったのだろうと。

 彼に付き従うアンゼリカももちろん彼と同じように前に出て、バジリコにそう頼んでいた。


 二人がたくさん抱えたって花束はまだ余る。セルリーはロマンチストだなと思いながら、エルダーはそっと魔法を使った。

 セルリーの抱えていた花束の半分がそのままの形で宙に浮かび上がる。


「僕も手伝うよ。ねえ、バジリコ、これなら大丈夫だよね?」


 微笑みかけたエルダーを真ん丸の目で見つめながら、バジリコはかすれた声で同意した。


 セルリーに重ねて礼を言ってから、四人は町を目指して歩き始めた。

 両手にあふれんばかりの花を抱えて。

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