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66.虚ろな天蓋と銀色の時計


 『巡り火送り(ヴァヤルタイ)』の開始から遡ること四半刻と少し。

 メドレグ魔法学校の敷地内、ボリッジの研究室前にて。


「いや、あの、やっぱりまずくないか? オレ、部外者だし……」

「はあっ?! なんだよこのヘタレ野郎! オジョーのことが心配だって言ったのはそっちじゃねーか!!」

「ちょっと、ディルの善良さを捻じ曲げようとしないでよね!」


 ディル、シナモン、アンゼリカの三人は奇妙な押し問答を繰り広げていた。


「だいたいなあ、遠路はるばるここまで案内させておいて『ハイじゃあ帰りまーす!』で帰れるとでも思ってんのか!?」

「うっ。それは確かにそうだけど……!」

「しっかりして、ディル! 自分を信じて!」


 彼らがこんな場所に集まることになったのは、建国祭も終わりがけだというのに、ボリッジがその姿を見せなかったためである。昨日の今日で顔を合わせづらかったのでは?という考えは、朝一番に彼女を迎えに行ったオレガノの「あとで合流するから!って笑ってたけど……」という話によって否定済みだ。

 揺すっても起きないエルダーのことは彼女がみていてくれるとのことだったので、申し訳なさと感謝の念を抱きながら街に出て。行く先々で買い込んだものを寮に持ち帰るたびに、ちゃっかりそこにいないかなーなんて確認してみたりもしたのだけれども。

 もうすぐ『巡り火送り(ヴァヤルタイ)』が始まるという時間になっても、彼女が合流してくる気配は微塵もなく……。


 シナモンと出くわしたのはそのときのことだった。心なしか厚着をしてハルの大広場を歩いていた彼にボリッジの消息を尋ねると、あれよという間にこんなところまで連れてこられてしまったのだ。


「とにかく、だ。ゔにゃっ? あれっ……?」


 壁とほとんど同化している両開きの扉を少しだけ押したシナモンが、よろりと一歩、足を引いた。


「ど、どうしたんだよ?」

「お、オジョーがっ……」

「!? ボリッジに何か――って、おわあっ!?」


 薄暗い部屋を覗き込もうとしたディルは、後方から渾身の体当たりを受けて思いっきりたたらを踏んだ。


「ディル!?」

「あんたはおれと留守番だ!」

「きゃあ!?」

「アンゼリカ!?」


 振り返ったディルの目に映ったのは、ひとりでに閉まる扉と、シナモンの手に掴まれて暴れるアンゼリカの姿だった。


「おい!! アンゼリカに何するんだよ!!」


 慌てて扉に飛びついたものの、壁然としたそれには取っ手も隙間も見当たらず、ディルは一瞬放心した。その間にもアンゼリカとシナモンの口論は激しさを増していく。


「ああ、もう、うるせーなあ!! ちょっとくらいおとなしくしろっての!?」

「ディルをどうする気よ!!」

「おーれーにー聞ーくーなー!! あいつと二人で話すのがオジョーの望みってだけだろ!?」


 聞こえてきた言葉にえっとなる。


「オジョー、ほら、さっさとしろ!! くそっ、言われた通りに手袋してきてよかった! こいつ、噛みやがる!」


 状況を理解したディルは、薄暗い部屋の中を慎重に睨みつけた。壁一面に貼られた魔法陣、乱雑に置かれた本の山、わずかに差す月明かり、そして。


「ボリッジ……」


 天蓋付きベッドの上に座った褐色の少女が、ゆっくりと足を組んだ。


「だって、こうでもしないと付いてくるだろ? あいつ」


 そう言ってあくびをすると、悪びれもせずにベッドを叩いてディルをそこへ誘導しようとする。

 面の皮が厚いというか、何というか……。


「侮蔑は受け入れよう。それだけ大事な話なんだ」

「……わかったよ」


 ディルは渋々うなずいた。扉越しにアンゼリカを落ち着かせて、シナモンには彼女から離れるようきつく言いつける。

 そうしてボリッジの元に向かったディルは、もちろん、彼女のとなりに腰掛けたりはしなかった。


「話が終わったら出ていくからな」

「……」


 ディルを見上げたボリッジの目の下には、うっすらとした()()が浮かんでいた。


「なけなしのおせっかいで、もう一回だけ聞くけどな。――あんたたち本当に、グルンなんて国に帰ろうとしてるのか?」

「――え?」


 あのときの瞳とは違う、変な熱っぽさを宿した眼差しにぞくりとする。

 何を言っているんだ、と、思った。


「なあ、答えてくれよ。嘘だって、否定して……」


 彼女は確かに、ディルたちと出会った直後にも同じ質問をしてきたけれど。あのときの彼女は、ディルたちをみんな敵視して、覆しようのない疑念を抱いていたはずだ。

 前提の気持ちが、根本からして異なっている。


 ディルが困惑していると、彼女はすっと立ち上がった。


「そんなことしたら、あんた、()()()?」


 息を飲む間もなく組み付かれた。薄青色の髪が鼻先をかすめて、何もできないうちに視界が回る。「っ……」

 窓の外。夜空に輝く虹色の光が、きれいだった。


「『巡り火送り(ヴァヤルタイ)』が……」


 冷たい床を背に褐色の少女を抱きとめた格好で、なんでどかないんだろう、なんてことを漠然と考える。

 それに、ひどい聞き間違いをしてしまったから、もう一度確認しないと。


「ディル……」

「ひっ!?」


 しかし、そういった意識の退路は、生温かな感触によっていとも容易く断たれてしまった。ボリッジの手が服の裾から入り込み、ディルのむき出しの肌をなでている。「や、やめっ――!?」くすぐったさに身をよじったところで意味はなく、腹から胸へと指を這わせる彼女にディルはただただ言葉を失った。

 翻弄されている自覚もないままに目をつむりかけると、カチャリと音が鳴った。


「あんたは本当に隙だらけだなあ、グルンの第三王子サマ?」

「な、っあ……!?」


 あっという間にディルから離れたボリッジの手には、虹色の光を受けてきらめく銀の懐中時計があった。



 *



 ディルが持つ銀の懐中時計には、精緻な模様が彫り込まれている。

 植物と羽根がモチーフの、グルン王家の紋章だ。


「それはっ……」


 上半身を起こした途端に時計はベッドに放り投げられ、両手首を掴まれたディルはボリッジに再び馬乗りにされていた。


「ち……ちがう、オレは、」

「この状況で首を横に振るなよ」

「だって、なんで、」

「なんでって、そもそも隠す気あったのか? 剣の扱いや泳ぎの方法に覚えがある、バニラをエスコートしたときの礼儀作法に抵抗感もそつもない、毒に対する耐性がある、多少の偏りはあるけど高等教育を受けたような知識を持っている――このあたりで良いところの坊っちゃんだってのは明らかだろ? まあ、一番の手掛かりはタイム様の名前が出たことだけどな」


 どうしようもなかった。人から預かったものだとか落ちていたのを拾っただけだとか、そういった類いの言い訳では彼女を納得させられそうにない。というか、そうさせないためにまくし立てている可能性がなきにしもあらずだ。


「あのときは何かの偶然だと思ってたよ。あとは、」

「もういいよ」


 ディルは全身の力を抜いた。


「隠そうとしてたわけじゃない。わかるだろ? そういうの」


 威圧的な態度で弁舌の限りを尽くしていたボリッジが、は?という顔をする。


「認めるのか? 認めた上で、あの国に帰るって?」

「タイムが待ってるんだ。オレは絶対、グルンに――」

「あんた、王子のくせに自分の国の情勢も知らないのか?」


 ディルの手首を掴む力がぐっと強まった。「え……」

 震えるように息をしたボリッジの目から、大粒の涙がこぼれる。


「あの国は今、()()()()()()()()()()()()、王権争いの真っ最中だぞ?」


 ディルの頬に落ちたそれは、急速に温度を失っていった。

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