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59.金の耳飾りとよれよれのターバン


「げほっ、ぶへっ!」


 物の見事に失敗した。魔法石でできた壁は木っ端微塵になり、広がった曇り空は白くまぶしく、エルダーの後ろにいたボリッジはその場で激しく咳き込む始末だし、支えを失った天井は今にも崩れそうなほどだ。


「あんた、無茶苦茶じゃないか!」


 特に否定することもなかったエルダーは、いつもの笑みを浮かべてその場をやり過ごそうとした。彼の予想としては、魔法石がため込める量と同等の魔力を注ぎ込み、本命の魔法に使う魔力が分散するのを防いでからであれば、普通の石壁と変わらない扱いができるはずだったのだけれども。


「君のつけている耳飾りの音が、あんまりきれいだったから」

「そんなことに気を取られて暴発する魔法使いがいるわけ――って、まさか」

「まさか?」

魔力調節力がないの(ノーコン)か?」


 まあ、それはそれとして。二人一緒に外の様子を窺うと、見張りっぽい男が伸びているのが目に入った。


「なるほど、一人か。今のうちに縛っておくか!」

「必要なものがあれば用意するけど?」

「縄がいいな。ながーい縄が!」


 魔法でもってご所望の品を呼び出したエルダーは、嬉々として男をぐるぐる巻きにするボリッジのかたわらで周囲の状況を確認する。

 自分たちが閉じ込められていたのは横長の箱だったらしく、あたりには同じ大きさのものが塀のように積まれていた。通路めいた空間はかろうじてあるけれど、視界はあまりよろしくない。


「うーん……。ここは一体どこなのかな」

「貨物船の上だよ。停泊中のな」

「え」


 こともなげに答えたボリッジは、男を拘束し終えた手を軽くはたくと迷わず歩き始めた。


「どうしてわかるの?」

「ここにある箱が全部、交易用の輸送箱だからさ。屋根もないし、規模からして波止場か船の上だけど、波止場の荷物にあやしい監視はつけられないだろ?」


 涼やかな音を追い掛けつつ納得するエルダーである。


「それにしても、全然動揺してないんだな」

「うん?」

「このくらいのことなら、あんただけでもどうにかできたんじゃないか?」


 箱の塀に挟まれた通路を進み、何個めかの角を曲がったところで、ボリッジがこちらを一瞥した。


「巻き込まれ損だったって言ってるんだよ」


 急激に噛み合わなくなった会話に、エルダーはちょっとばかり考え込む。「えっと……」


「君には選べた、ってこと?」

「? 何がだ?」

「さらわれるか、さらわれないか」


 少しの間を置いて、ああ!と体ごと振り向かれた。


「そうか、そういうことか! そりゃあ勘違いもするよなあ!」

「……?」

「あんたの言う通りだ。おれは選んだんだ。あのときディルの声が聞こえて、気絶したあんたを見て、とっさに止めに入ろうとしたわけだからな!」



 *



 ディルには妙な予感があった。遠くから響いた先ほどの爆音は、きっと、エルダーの魔法によるものに違いない――と。

 しかし、そんな曖昧なもので行動を決めるには、事の深刻さが不釣り合いすぎる。

 せめてもう一つ、確信が持てる要素があれば。


「ねえ。さっきの、エルダーじゃない?」

「わたしもそんな気がする。あなたは?」

「おっとお……」


 まさかの満場一致だった。


「でも、あの音だけで居場所を特定するのは……」

「港だ」

「!?」


 不意に掛けられた声に三人揃って身構えると、柱の陰から現れた小柄な少年がゆっくりとこちらに近付いてきた。

 よれよれのターバンを巻いた、シュダー街の少年だ。


「さらわれたやつらは港にいる」


 そう言って投げ渡された金の耳飾りはボリッジが愛用しているものとそっくりで、ディルはますます困惑した。

 彼のことを信じる、信じないという話をする前に、だ。


「その耳飾りは魔法道具なんだよ。短い間だけ、あいつとしゃべれるようになってるんだ」

「……。ボリッジから連絡があったってことか?」

「朗報だろ?」

「ちょっと待ちなさいよ。そもそも、あなた一体何者なの?」


 鋭く切り込んだアンゼリカに、小柄な少年はふうと息をついて。


「おれはシナモン。あいつの弟だ」

「……え゛?」


 張り詰めた三人をぽかんとさせた。



 *



 舞い上がる土煙とわらわら集まる人々を高いところから見下ろしていた男は、そこに駆け付けた者の姿にそっと失望した。

 そうでなければいいと思っていた。できることなら、こんな馬鹿げた妄想はただの論過であってほしいと。

 しかし、現状を鑑みるに、こうなった原因の一端には自分の存在も大きく関わっていたのだろうとうなだれる。


「ニームさん……」


 腰に差した剣の柄をぐっと握る。静かに目を閉じた男は、今日まで自分を支えてくれた優しい日々をしのんだ。



 *



 ディルとオレガノの二人は疾風もかくやという速さで走っていた。


「あなたね、これが嘘だったら許さないわよ!?」

「さっきからぴーぴーうるせえやつだな、っゔぐ!?」


 ディルの腕に抱えられたアンゼリカと、オレガノに背負われたターバンの少年が言い争いをしている。

 ボリッジの弟だと名乗った彼は、どこからどう見てもすこぶる胡散臭かった。オレガノに確認を取ったところで「弟がいるなんて聞いたことがない」と不審がっていたし、それを耳にした途端に「腹違いの弟なんだよ。あいつも知らねえことなの」と噛み付いてきて、そのあやしさは増長の一途を辿るばかりだったのだ。

 それでも彼らは港を目指して急いでいた。ディルが少年のことを信じたからだ。


「えっ!? あなたそこまで鈍くないよね……!?」

「あたしは、その……。その子から悪い感じはしないけど、でも……」


 そのときの少女たちの反応は各々こんなふうだったものの、ディルが彼のことを信じようと思ったのは、真偽を定められないその口車に乗せられたからではない。彼の顔色が徐々に悪くなっていくのがわかったからだ。

 額に浮かぶ脂汗。数日前に負った怪我が治っていないのに、無理を押して助けを求めにきた。

 それだけでもう、疑う余地なんてあるわけがないのだ。


「次の角を右に。あとは、まっすぐ……」


 シナモンの案内でシュダー街の中を突っ切っていく。薄汚れたその場所にはシナモンと同じような格好をした者たちが大勢いたけれど、誰も彼らの道を阻むようなことはしなかった。


「ねえ、ディル。何だか今日は、猫が多くない?」


 腕の中のアンゼリカがそわそわした声を出す。


「キャットニップさんが捜索に加わってるからかな」

「……急に飛び掛かってきたりしないわよね」

「大丈夫だって!」


 最短距離を進めたおかげか、四人はあっという間に港に着くことができた。空は朝と同じように曇っており、風の吹かない海は穏やかなものである。


「港のどこにいるとか、そういうことは言っていなかったの?」

「貨物船、って。あとはずっと咳き込んで……ぐ、ゔ」


 オレガノの質問に答えたシナモンが苦しそうにうめいた。海岸沿いの大通りに植えられた木の下に座らせると、体調を気遣うディルを突っぱねて、ずらりと並んだ船を睨む。


「早く、あいつを……」

「わかった。ここでじっとしてるんだぞ」

「金貨百枚積まれても、行かねえよ……」


 三人のうちの誰かが付き添おうとすると激しく暴れて嫌がるので、ディルたちは仕方なく彼を一人にして歩き出した。


「あの船のまわり、人がたくさんいるな……」


 イェーディーンは交易都市なので港が賑わっているのは当たり前のことなのだけれども、船着場そのものに――特に、たった一つの船だけに人が集まるということは、ほとんどない。「きっと、あそこに……!」


「そこの君! こんな所で何をしているのです!?」

「はっ、はい!?」


 びくりとしたディルは、こちらに駆け寄ってきた人物に目を丸くした。「ルバーブさん!?」


「おっと、ディル君でしたか。此処は危険ですから、今すぐ離れてください」

「何があったの? さらわれた子たちは?」


 ルバーブの言葉をまるっと無視したオレガノが魔物モンスターも逃げ出しそうな物騒な雰囲気で彼に迫る。


「君は確か……。おや、四つ星……?」

「そういうのいいから。ねえ、見つかったの?」

「え、ええ、はい。三人は保護しています」

「三人?」


 今度はアンゼリカが食い付いた。


「エルダーとボリッジは?」

「……それは、」

「エルダーとボリッジは!?」


 強い態度で問いただされたルバーブは、硬い表情で船のほうを見る。


「先程、爆発があったのです。これから調査するつもりですが……」

「やっぱりあの音、エルダーが!?」

「分かりません。そうだ、君たちは他のメンバーにこの件を伝えて――」

「オレも行きます!」


 ディルが一歩踏み出すと、こちらを向いた彼は気難しげに眉をひそめた。


「非常に申し上げにくいのですが……エルダー君は、この短期間で草の根ギルドポイントランキング第五位にまでなった少年です。ボリッジ嬢に関しても、相当の才知に富んでいる事は御存知のはずでしょう?」

「それは、そうですけど……」

「私は以前、君の行動力を素晴らしいものだと言いましたね。しかし、あの時褒めたのは君の無謀さではありません。さあ、これ以上の咎め立てが必要ですか?」


 ルバーブの瞳に容赦はなかった。


「え、と……」


 否定されたのだ。かっこいいと、「次代の草冠(リトルマスター)」の異名にふさわしい手腕の持ち主だと、憧れた相手に。

 急に恥ずかしくなったディルは、ばらばらに砕けそうな何かをどうにか繋ぎ止めるためにぐっと唇を引き結んだ。


「あ……あなたにディルの何が、」


 アンゼリカの視界を片手で覆って彼女の言い分を遮った。ディル自身「でも」とか「だって」とか弁明したかったけれど、そんなことをしたら自分の価値が下がってしまうような気がして、にっちもさっちもいかなくなる。

 そのときだ。


「ギルドや学校での評価と、友達を探したいっていう思いに、何の関係があるの?」


 淡々とした声が聞こえた。


「彼はそのためにギルドを辞めて、わたしはそのおかげでここにいる。あなたと無駄話をしている時間なんて、ない」


 そう言ってルバーブを見上げたオレガノは、ディルの腕を掴むと船着場に向かって歩き出した。

 短い溜め息とともに「正論ですね」というつぶやきがついてくる。


「先駆けは私が務めましょう。……友人の心配をするのは、当然の事ですとも」


 顔だけで振り返ったディルは、うつむきがちに自分たちを追い掛けるルバーブの姿に、それまでの気持ちが形を変えていくのを苦しく感じた。

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