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57.三つと四つと五つの星


 キミのそばに、赤い凶星まがつぼしが見えます。

 差し当たっては運気を上げるこの品を!


 お前が悪い魔法使いだな!?

 もうこんなことするんじゃねえ。

 そうすれば、少しだけわかるようになるかもしれないわ。


 気を付けてくださいね。

 ああ、貴方が赤い髪の坊やね?

 ……このままじゃ、きっと、後悔する。


 人間なんてそんなものだよ。

 うまくやらないとね。


「う……」


 真っ暗がりの中で目を覚ましたエルダーは、魔力不足に陥ったときのように気怠い体をのろのろ起こして、鈍い頭痛に襲われた。

 心なしか吐き気を感じる。


「ここは……」

「随分のんきなおはようだなー。意識はしっかりしてるか?」


 ぼんやりする間もなく話し掛けられてびっくりした。「その声は、ボリッジ?」

 ということは、ディルたちもそこにいるのだろうか?


「まったく、大したもんだよ。あんた、誰の恨みを買ったんだ?」

「え?」


 少しずつあたりの様子が見えてくる。窓どころか扉もない、部屋と呼ぶにはお粗末すぎる空間で。


「おれたち、このままだと売り飛ばされるぞ?」

「ええっ?」


 エルダーは思わず途方に暮れた。



 *



 事は予想以上に深刻だった。

 あのときいなくなったのは――白昼堂々さらわれたのは、エルダーだけではなかったのだ。


「本当にごめんねー? ぼくのヴェルヴェーヌがー」


 ふわふわした口調で謝るキャットニップに、ディルは何も言えなかった。フードの人物を追い掛けようとしたアンゼリカを叩き落としたのは、最悪のタイミングでそこに居合わせた彼の愛猫だったからだ。


「どうしてこう、肝心なときに……!」


 翼が折れてうまく飛べないアンゼリカが悔しそうに歯噛みする。彼らがいるのはくだんの橋の上ではなく、慌ただしい雰囲気に満ちた草の根ギルドのロビーだった。


「うーんとー、ああ、ほらー。無傷でさらわれたってことは、今すぐどうこうするつもりはないってことじゃないかなー?」

「そういう話をしているんじゃないわよ!」


 アンゼリカの苛立ちはわかるけれど、橋の上で謝罪したキャットニップの判断は非常に的確なものだった。動転したディルの説明を丁寧に聞き、連れ去られたエルダーを探すよう仲間の猫たちに助けを求めると、草の根ギルドに協力を仰ぎつつ、医者の手配までしてくれたのだ。

 ディルは何も言えなかった。


「あなたはさっさとケガを治して。それまで動かないで。わかった?」

「……うう」


 はやるアンゼリカをなだめたオレガノの表情は険しく、そのとなりにボリッジの姿はない。ロビーのソファに座っているのは、ディルとアンゼリカ、オレガノの三人だけだ。

 空身のキャットニップは背中を丸めて佇んでいる。


「ニップ! キャットニップ! 何が起こっているのです!?」


 荒々しく開いた扉から血相を変えたルバーブが飛び込んできた。


「ああ、ルウ。落ち着い」

「これが落ち着いていられるものですか! 草の根ギルドの幼年者が、五人も同時に拉致されるなどと!」


 ――そう。事は予想以上に深刻だった。

 あの場でさらわれたのは、エルダーとボリッジを含む何人かの少年少女たちだったのだ。


「これは我々に対する宣戦布告です! 未熟な子供をかどわかすなど、決して、決して許される事ではありません!」


 怒りのこもったルバーブの声はよく通った。周囲の注目を集めた彼は、その中心を迷いなく進んでいく。


 ディルはもちろん、ボリッジが連れ去られたところを見たわけではない。しかし、それまで一緒にいたオレガノの話によると、ふっと人混みに紛れた彼女はそのままどこかに消えてしまったというのだ。

 橋のたもとで待っててくれ、と言い残して。


 受付カウンターの奥にある部屋から出てきたニームが「ルバーブ!」と目を丸くする。


「姉さん! 状況は!?」

「ギルドマスターから招集がかかりました、捜索の準備を! ヘンリーさんが先行してるけど、他のメンバーにも応援をもらうから!」

「え……!?」


 虚をつかれた様子のルバーブはさっとその動揺を鎮めて素早く身を翻した。


「もたもたしている時間は無いようです。行きますよ、ニップ!」

「きみたちはここで待っているんだよー? この件はルウが絶対に解決するからねー」


 キャットニップもそれに続く。

 建国祭を楽しんでいた者たちが入れ代わり立ち代わり現れ、ギルド内の空気が重々しさを増していくと、ディルの心は焦燥感でいっぱいになった。


「ディル……」


 アンゼリカが不安そうな顔をする。我に返ったディルは、小さな彼女の頭をそっとなでた。


「エルダーなら大丈夫だよ。ボリッジもしっかりしてるしさ!」


 口にした言葉に嘘はないけれど、それは虚勢だと断じられたら反論できないということもまた、ディルはきちんと理解していた。だって、足を滑らせたエルダーは意外と普通に転ぶし、オレガノと仲違いをしたボリッジはべちゃべちゃになるまで泣くのだから。

 ちなみに、そうして思い悩むディルは何も行動しなかったわけではない。自分も五人の捜索に加わりたいと、誰よりも早く申し出たほどだ。

 断られたのだ。苦しげに首を振ったニームに、はっきりと。


 彼らの障害となっているのは三つ星というランクの低さだった。草の根ギルドが招集をかけたのは四つ星以上のメンバーに限られており、やっと三つ星になったばかりのディルや、同じランクの少女たちでは現状の共有もしてもらえなかったのである。

 この場でランクを上げるという手がないわけではないけれど、もっとも四つ星に近いオレガノですら、そのランクに到達するには危険度がより高い魔物モンスター討伐依頼を受ける必要があった。……寝食を削って挑んでも、二日は掛かる内容だ。


「それでも何か、オレにできることをしないと……!」


 橋で拾ったエルダーの杖を握り込み、衝動のまま腰を浮かせたディルは、一瞬で体勢を崩してソファに座り直した。


「オレガノさん!」


 紫髪の少女に引き止められたのだ。


「今のあなたにできることなんかないでしょ」


 その一言はディルにぐっさりと突き刺さった。

 自分では力不足なのはわかっている。わかっているけれど。


「それは八つ当たりかしら?」


 ふとした声にぎょっとすると、艶やかな笑みを浮かべた女が泰然と歩いてきた。「ベラドンナ!」

 警戒心をあらわに立ち上がったオレガノや、意識的に目を逸らしたディルとは反対に、草の根ギルドポイントランキング第二位――「第二の宝石」の異名を持つ妖婦は、あっという間にギルド中の視線を惹き付けている。


「ごめんなさいね? 意地悪を言って」

「……あなた、何しに」

「何って、ニームに呼ばれたのよ? エルダーくんがさらわれたって聞いて」

「えっ。ベラドンナさんも手を貸してくれるんですか……?」


 まっすぐにディルを見つめたベラドンナが「おかしい?」と青紫色の瞳を潤ませた。まわりにいた男たちのほとんどが大袈裟にどよめく。

 しかし――。


「……あなたがやった、とかじゃないよね」

「!」


 ディルは息を詰まらせた。肩を震わせたオレガノが、この衆目を物ともせずにベラドンナに食って掛かったのだ。

 彼女にはエルダーを連れ去ろうとした過去がある。そのときは未遂で済んだだけに、次の機会を狙っていたのではと思うのは自然なことだった。

 ……他の四人との関係は、定かではないけれど。


 ゆっくりとまばたきしたベラドンナは、美しい指先で自身の唇に触れると。


「貴女に教える必要は無いでしょう?」


 たおやかにオレガノを挑発した。


「あなたっ……!」

「嫌だわ? 証拠も無いのに疑わないで頂戴?」

「……っ」


 拳を握ったオレガノがぐっと押し黙る。彼女の振る舞いがどんなに怪しかろうと、その主張の正当性を覆すことはできないからだ。


喬木きょうぼくは多くの風を受けるものね? それじゃあ、後手に回るなら後手に回るなりに、せいぜい頑張りなさいな」


 ひとしきりオレガノに突っ掛かったベラドンナは、そう言って軽やかにギルドから出て行った。大敗した無念さを噛み殺そうとするオレガノのとなりで、ディルはつと考えを巡らす。

 後手に回るなら後手に回るなりにって、どういう意味だ?


「……そうか!」


 しばらくしてはっとした。


「ニームさん!」


 受付に向かったディルは、身に着けていた草の根ギルドのバッジをごそごそと外した。アンゼリカを抱えて追ってきたオレガノが怪訝そうな目付きで彼の行動を見守る。


「ディルさん? 何度お願いされても、あなたにお話しすることは――」

「オレはこのギルドを辞めます!」

「……え?」


 そこにいた誰もが、彼の言葉を正しく認識できなかった。


「イェーディーンで暮らす一市民として、依頼します。オレガノさん、エルダーとボリッジを……さらわれた人たちを、探してください!」



 *



 ボリッジが口にした皮肉の意味をエルダーがそれなりに理解したのは、とりあえずと思って明かりを呼び出すために魔法を使ったときのことだった。


「あれ?」


 杖がないのはさておいて、おやおや、何も起こらない。ちょっと歩き回れるかなくらいの空間は真っ暗闇のままである。


「原因はこれだよ」


 扉でも叩くように壁を打ち鳴らしたボリッジが深々と溜め息をついた。が、エルダーには何が「これ」なのかさっぱりわからない。


「これはなあ、魔法石でできた特殊な壁なんだよ。こんなものに囲まれてたら、魔力を一点に注ぎ込むのは難しいだろ?」

「……うん?」

「おい、そこからか? おれはそこから講義をしないといけないのか?」

「魔法石っていうのは、あれだよね? 魔力をため込める石のことで……そっか、僕の魔力はこの壁中に分散しちゃったんだ!」


 腕を組んで大仰にうなずいたボリッジに、エルダーは「へえー!」と驚きの声を上げた。世界って本当に面白いものがたくさんあるんだなあ――。


「でも、えっと、僕たち人さらい?にさらわれて……これから売り飛ばされる?んだよね?」

「ああ。外にいる見張りっぽいやつらがそんなことを話してたからな」

「それってすっごく困らない?」


 右手で顔を覆ったボリッジが「あんたなー」とがっくりする。


「そもそも、誰のせいでこんなことになったと思ってるんだよ」

「誰のせいなの?」

「あ、ん、た、だ、よ! これだけ魔法使い対策がされてたら気付くだろ!?」

「魔法使い対策? 君だって魔法学校に通っているんでしょ?」

「ああー、もうー!」


 頭をかきむしったボリッジが懐から取り出した小刀を壁に突き立て始めたので、エルダーはただただ首をかしげた。


「もしかして、壁に穴でも掘っているとか?」

「うるっさい、魔法の使えないぼんくらは黙ってろ!」


 黙っていろとのことなので、黙っていようかなと思った。

 しかし、ボリッジがこんなところに閉じ込められていたら、オレガノがまた笑わなくなってしまうのではなかろうか。

 それに、建国祭だってまだ二日目だし……。


「うーん……」


 あんまり悠長にしている場合ではなさそうだな、と考えつつ、ボリッジの奇行を眺めるエルダーであった。

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