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54.星読みの助言と真昼の鐘声


「――キミのそばに、赤い凶星まがつぼしが見えます」

「え?」


 華やかな喧騒をすり抜けて、不思議な言葉が聞こえてきた。

 昨日まで何もなかった回廊脇に、小さな白いワンポールテントが建っている。


「こんにちは、魔法使いのお兄さん」


 一人で足を止めたエルダーは、ふわりとした金髪が目を引くにこやかな少年に話し掛けられて、おやと思った。手招きされるままにテントの中に入ると、太い糸で編まれた敷物の上に座るよう促される。


「君は?」


 少年の前には、平べったい、木でできた盆のようなものが置かれていた。意味ありげな記号が同心円状に刻まれたそれは、言われた通りに腰を下ろしたエルダーの好奇心を改めてくすぐってくる。


「ボクは星読みです。キミがめずらしい星を連れていたので、思わず声を掛けてしまいました」

「めずらしい星?」

「はい」


 星読みというのは占いの一種で、数字や手相の代わりに星の巡りから様々な事柄を予見するものだと聞いたことがある。


「今は朝だけど、そういうのは関係ないんだね」

「星とは常に、天上に輝いているものですから」

「ふうん……?」


 あとで確認してみよう、と考えるエルダーだった。


「えーっと、それで、何だっけ。マガツボシ、だっけ?」

「はい。凶星まがつぼしというのは、滅びの運命を示す災厄の星なのです」

「滅びの運命?」


 うっかり面食らった。少年の雰囲気はあくまでもさばさばしているのに、話の内容にえぐみがありすぎる。


「気を付けてくださいね。キミの運命は輪転をも拒絶するほどのものみたいですから」

「……とどのつまりは?」

「差し当たっては運気を上げるこの品を! ご愛顧いただければと!」


 そう言って彼が取り出したのは、白っぽい、手のひらサイズの石ころだった。角ばったままの状態なので、そのあたりの川から拾ってきたのではないかと勘ぐりたくなるような胡散臭さがある。

 にこにこと帽子を脱いだエルダーは、金貨を一枚手渡した。


「えっ、こんな大金!? ボクもそこまで吹っ掛けは……!」

「その石はいらないよ。でも、また会えたときに続きを聞かせて。ね?」


 固まる少年を置いてテントから出た。

 空は抜けるように青く、水路を反射する光はいつにも増してまぶしい。


「あっ、エルダー! どこ行ってたんだよ!」

「どこって、僕はずっとここにいたよ?」

「そうか? まあいいや、急がないと始まっちゃうって!」

「はいはい」


 賑やかな音楽がイェーディーンの街を彩る。

 今日は待ちに待った建国祭、その一日目だった。



 *



 サーラルが一つの国としてまとまり始めたのは、今からおよそ三百年ほど前のことだった。それまで続いていた血で血を洗うような戦いを制し、王となったのは、モナルダという一人の勇士だったという。

 戦いが終わったその日、モナルダとその仲間たちは勝利の喜びに酔いしれた。盛大な宴を開き、幾度となく杯を交わし合い、これからの夢を語った。

 しかし、その翌日にモナルダは大切な人を失った。ジュニパーという名前の、彼や彼の仲間を太陽のように照らし支えてくれた、最愛の妻をだ。

 そして、モナルダが王となり、三日目。亡くなった妻の魂を弔い、彼女と夢見たこの国の栄光を現実のものとするために、彼は再び立ち上がった。

 これが『祝光の三日間(ヴァヤル・ゴロウ)』――サーラルの建国を祝い、また、その発展を願う祭りの起源である。


 メドレグ魔法学校にて。そんな話を皮切りに始まった模擬授業は、そこから今日に至るまでのサーラルの歴史をかいつまんで説明する形で進んでいった。


「イェーディーンが栄えてきたのは二百年ほど前のことですね。黒の大魔法使いが現れて、我々の知る魔法が人の手によって扱えるようになったのがきっかけで……」


 ふむふむと思いながら講義を聞くエルダーのとなりでは、「建国祭は魔法学校が開放される数少ない日だから、顔を出してみるのもいいかもな!」というボリッジの勧めに乗り気だったはずのディルがうつらうつらとしている。


「ディルは昨日、あまり眠れていないのよ」


 二人の間にいたアンゼリカが言い訳でもするように、というか言い訳をした。

 座学は程なくして切り上げられ、施設紹介のために部屋を移ること十数回。次から次へと出てくる設備の数に目を回しているうちに、正午を知らせる鐘が鳴る。


「すごかったな! グルンにもこんなところがあったらなー!」

「君、半分くらい寝てなかったっけ?」

「うっ!? えっと、そのあたりは聞き覚えのある内容だったというか……!」

「まあ、僕は楽しめたから、それでいいんだけどね」

「! そ、そっか!」

「うん」


 大層ご満悦で魔法学校をあとにした三人は、オレガノとボリッジの二人と合流すべく、待ち合わせ場所に指定されたハルの大広場行きの小舟に乗り込んだ。ぎゅうぎゅう詰めのまま運ばれるのはちょっとばかり苦しかったけれど、祭日の陽気の中ではまるで些細なことのように感じられる。


「おーい、遅いぞー!」


 広場に着いた途端にボリッジが駆け寄ってきた。軽く腹ごしらえをしようということで、そこに停まっていた移動屋台でピック付きドーナツのようなものを買い込む。

 具材には新鮮なエビが入っており、納得の美味だった。


「明日は王族の水上パレードがあるから気を付けろよー? 今日みたいに眠りこけてると、すーぐに人さらいに遭うからな?」

「なんで知ってるんだよ!?」

「心配して言ってるんだぞ? シュダー街に連れていかれて、売り飛ばされでもしたら……!ってな!」

「物騒……!」


 そんな感じの会話を織り交ぜつつ、一行は街を巡った。準備の段階でも賑わってはいたものの、建国祭当日ともなると、あたりに漂う熱気がそれまでの比ではない。

 そこかしこにある店という店から呼び込みを受け、様々なものを眺め歩いた。


「あ、これいいな」


 ディルが不意に立ち止まった。彼が手に取ったのは、橙のレースで編まれた花が愛らしい、品のいい髪飾りである。


「おい、あれ! あれ多分、あんたのじゃないよな!?」

「き、急に何よ」

「全っ然、大きさとか合ってないし!」

「知らないわよ……」


 ボリッジとアンゼリカの二人がこそこそとしゃべっている。


「……あなたはいいの? 気になる店は、ない?」


 淡々と尋ねてきたオレガノに、エルダーは「そうだなあ」と周囲を見回した。帽子を扱っている露店が目に留まったので、にっこり笑顔で指を差す。

 わかったとうなずいたオレガノが他の三人に断りを入れてからこちらについてきた。


「そういえば、君って復学するの?」

「え」


 失敗した三段ケーキみたいな帽子を突っつきながら尋ねると、羽根付き帽子に触れようとしたオレガノがぎょっとした。


「君なりに考えていることって、何だったの?」

「え、え……」


 表情に乏しい彼女らしからぬ動揺の仕方だ。しかし、エルダーにとってはそんな反応をされることのほうが驚きである。


「僕たちを手伝うのはそれのついでだ、って」

「よ、よく覚えてる……ね……?」

「うん。覚えているよ」


 まごつくオレガノに首をかしげたところで、ディルたちがぞろぞろやってきた。


「うわ、その帽子すごいな!」

「やっと新調する気になったのね」

「このおれが特別に見繕ってやろうかー?」


 あれがいいこれがいいと盛り上がる彼らに大量の帽子を押し付けられたエルダーは、さっさと支払いを済ませてその場を離れることにした。

 まあ、結構な手土産を用意できたので、総合的には満足したけれど。


「何か、変な感じだよなあ……」


 ぼんやりしたディルの言葉に、エルダーはきょとんとする。次に寄ったのはソラトビネコという魔物モンスターがモチーフの雑貨店で、打ち合わせたようにはしゃぎ始めた少女二人と、彼女たちに連行されたアンゼリカを近くの壁際で待ちながらのことだった。


「えっと、悪い意味じゃなくてさ。自分が本当にこんなところにいるなんて、実感が湧かないっていうか……どっかふわふわしてる、みたいな……」

「ふわふわ?」

「うまく言えないんだけどさ……」


 うーん、と唸った彼は戸惑っているように見えた。その様子に思い当たる節のあったエルダーは、ああ、と得心する。


「踏んでよかったよね。魔法陣」

「えっ?」


 きっかけが何であれ、トゥヴォーからピャーチ、ピャーチからテグ、そしてこの街イェーディーンにまで訪れることができたのは、エルダーにとっても素晴らしいことだった。

 人を惑わせる森に青い町、霧の世界やツノオオカミ狩り。夜闇に輝く巡りの都。

 魔法陣を踏んだ先には知らないものがたくさんあって、居ても立っても居られないような気持ちが溢れてくるから。


「あれ? そういうことだよね?」


 物の見事に固まっていたディルが、我に返ったように「あ、ああ!」と上ずった声を出した。明らかに挙動不審だったので、ごくごく自然に眉をひそめる。


「えっと! そんなふうに言ってもらえるなんて、思ってなかったから! ……だからちょっと、うれしくて」

「うれしい?」


 エルダーはじっと、ディルの顔を見つめた。彼は少し照れくさそうに笑っている。


「この状況ってさ、ぼ……冒険、みたいじゃん。オレ、ずっと、そういうのに憧れてて……でも、できるわけないって、決め付けてたんだ。だけどあのとき、エルダー巻き込んで魔法陣踏んじゃって……それで。それで、ずっと……」


 しどろもどろになったディルが「とっ、とにかく、そういうことだよ!」とそっぽを向く。


「気付くのが遅いよね、君」


 なぜか無言でがっくりされた。

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