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53.嵐の切れ間と紙一重の勘違い


 日が沈む直前の空は、夕陽の茜と夜の紺碧が輝く雲と混ざり合い、得も言われぬ情景を作り上げる。

 昼下がりの回廊でオレガノと鉢合わせしたエルダーは、ボリッジを探しているという彼女について黄昏の街を歩いていた。


「見つからないね」

「……うん」


 近頃のエルダーはこの時間が一等好きだった。ぽつりぽつりと点き始めた魔法灯がそれまでの世界を鮮やかにひっくり返し、まるで別の世界にでも来たように感じられるからだ。

 しかし、オレガノにとってはそうでもないようで、彼女はずっと塞ぎ込んだままでいる。


「あなたはもう帰って。あの子たちが心配する」

「君はどうするの?」

「わたしはもう少し……」


 言い掛けたオレガノが深緑の目を見開いた。


「オレガノ!!」


 とんでもない速度で駆けてきた褐色の少女が両手を広げる。身体能力の高い彼女であれば余裕で避けられただろうに、全力で飛び込んできたボリッジを律儀に抱きとめたオレガノは、躊躇いがちに口を開くと。


「ごめんなさ、」

「ごめん!!」


 二人同時に謝罪して、お互い「えっ」となった。


「なんで……オレガノが。こいつらのこと疑ったおれが悪かったのに」

「違うよ。わたし……勝手にいなくなって、連絡もしなかった。何が正しいとか、そういうのじゃなくて……ボリッジを、不安にさせた。……それが一番、いけなかったんだよ」

「オレガノ……」


 泣き出しそうな少女たちを前に、エルダーはうん?と思う。


「まったく、人騒がせなのよ。とんだひねくれ者だわ!」

「えーっと。あの調子なら問題ないかな?」


 ボリッジに次いで現れたのはディルとアンゼリカの二人だった。「あれっ、エルダー? 具合はもういいのか?」

 向こうもこちらの姿に気が付いたらしく、ゆっくりと近付いてくる。


「オレガノさんと一緒にいたんだな」

「うん。ボリッジを探しているって言っていたから」

「ああ、道理で会えなかったわけだ」

「?」


 それはそれとして、先ほどまで憂鬱そうにしていたオレガノの雰囲気が明らかにやわらいでいるのが引っ掛かった。きれいなものを見ても決して笑うことのなかった彼女が、今になってどうして?

 どうして……。


「なあ、エルダー!」

「えっ?」

「魚って好きか?」


 エルダーはきょとんとした。



 *



 ディルの申し出で五人揃って炊事場にこもること一刻と少し。すべての魚をさばき切り、夕飯もしっかりたいらげた彼らは、寮の三人部屋でちょっぴりだらんとしていた。

 エルダーとディルはそれぞれのベッドを使い、アンゼリカは窓枠、オレガノとボリッジは備え付けの椅子に座っているという状態だ。


「うーん、その、なんだ」


 食後のスパイスティーを楽しんでいたボリッジが悩ましそうに腕を組む。


「まさか、オレガノまでそんなことに巻き込まれてたなんてな」

「……うん」


 喧嘩をしていた彼女たちが和解するにあたって、オレガノは霧の世界での顛末を、ボリッジは三人に対する素直な気持ちを包み隠さずに打ち明けていた。ボリッジの疑念に一応の折り合いが付けられたことで、問題の焦点は例の魔法陣に絞られたのだけれども……これがなかなか厄介な代物らしい。


 一瞬でその場に現れて効果を発揮し、長距離の転移をさせる魔法陣ものと。

 膨大な魔力と引き換えに死者の魂をその場にとどめ、視認すら可能にさせる魔法陣もの――。


 ボリッジはそれらの魔法陣を「ありえない」と一蹴した。「今の略式魔法でそんなことができるわけがない」と。


「いや、でも……公にしてないだけで、再現に成功したやつがいるのか……?」


 口元に指を当て、ぶつぶつと独りごちる。「それとも……」

 一人の世界に没入しかけた彼女は、まわりの四人から注目を集めていることにはたとした。


「っていうか、エルダーあんた、仮にも魔法使いだろ? おかしいと思わなかったのか?」

「えっ、僕? 僕は……うーん……」

「あなたそれ、オレガノにも同じこと言えるの?」


 困ったように笑うエルダーとは反対に、片眉を上げたアンゼリカが素早く迎撃する。ぱちくりと目をしばたいたボリッジは、居心地の悪そうなオレガノを一瞥してにまっとした。


「じゃあ、エルダーも一緒よ。その問い掛けは不毛だわ」

「にゃははー! 実はおれもそこまで期待してなかったんだ!」

「そうやって鎌をかける癖、直したほうがいいんじゃない?」

「ええっと、つまりだ!」


 見るに見かねたディルは、今にも白熱しそうな二人の応酬をばっさり断ち切った。


「オレたちが踏んだ魔法陣って、何だったんだろうな?」

「……」


 またたく間に沈黙が降りる。一定の間隔で聞こえてくる櫓声ろせいは、そこにいる誰もがその答えを持ち合わせていないということをありありと示していた。


「……実物を調べることができたら、おれももう少し的を射たことが言えるんだろうけど」


 唇を尖らせたボリッジがごにょごにょと弁明する。やがて肩の力を抜いた彼女は、じとっとした眼差しをディルに向けた。


「何かないのかよお。こういう模様が描かれてたとか、こんなところが気になったとか」

「うーん……。模様に関しては、ボリッジが描いたものと似てたけど」

「ふふーん? 参考にした文献は間違ってないってことか?」

「あとは、黒かった。光が、こう……黒かったよな?」


 エルダーとアンゼリカの二人がこっくりうなずく。それを見たボリッジは「は?」と眉間にしわを寄せた。


「黒い光って、矛盾してないか?」


 浮かんだ疑問をそのまま口にしたという感じで呆気に取られている。ディルの発言が信じられないとかではなく、ただ単に「なんで?」と思っているだけのようだ。

 そしてまた、沈黙。


「あー、わかった! この話は一旦持ち帰る!」


 ぱんと手を打ったボリッジが明るい声を出し、その場の空気を仕切り直した。


「とにかく、おれのやることは変わらない。あんたたちの資金集めを手伝って、一日でも早くオレガノに復学してもらわないとな!」


 朗らかに笑った彼女に、オレガノを除いた三人が「ん?」という顔をした。


「そうだった。あのねボリッジ、そのことなんだけど……」

「みなまで言うなって! オレガノは一度決めたことは最後までやり遂げるタイプだからな。おれもきっちり付き合うさ!」

「じゃなくて。わたし、学校は除籍になってるはずでしょ?」


 めずらしく食い気味なオレガノに、今度はボリッジが「ん?」という顔をする番だった。


「だって、ふた月も無断欠席してたんだよ? 普通なら……」

「ああ、そんなことか! それなら問題ないない、オレガノの休学届はおれが代わりに出しておいたからな!」

「……え?」


 あっけらかんと答えたボリッジは、唖然とするオレガノを見てにんまりする。


「で、でも。休学届って、本人が出さないと受け取ってもらえないんじゃ……」

「よーし! 心配ごとも減ったし、そろそろお暇するかー!」

「ちょ、ちょっと! ボリッジあなた、一体どんな手を……!」

「えっ、大親友のボリッジちゃんとお泊まり会がしたいって!? そういうことならほらほら行こう、さあ行こう! 今夜はお菓子パーティーだ!」

「そんなことは言っていないんだけど……!?」


 すっかり仲直りした少女二人を見送って、ディルはようやく息をついた。魔法陣のことは気掛かりではあるけれど、もっとも身近な悩みの種は解決されたと考えていいだろう。


「オレたちも休むか」


 アンゼリカが静かにうなずいた。



 *



 人通りの多い道を選び、魔法灯の下を意識して歩きながら、オレガノはふと思い付いたことをボリッジに確認してみることにした。


「えっ。ディルのことは見張ってたのに、エルダーのことは野放しにしてた理由?」


 ちなみに、絡められた腕を解くのはとっくの昔に諦めている。


「うん。ギルドランクとかはあの子のほうが高かったのに、あんまりかまってなかったでしょ?」

「そういうわけでもないんだけど……強いて言うなら『顔』だな」

「か……?」

「見目麗しー爽やか男子に、大切なオレガノがたぶらかされちゃたまらない! って」

「冗談だよね……?」

「そりゃあもちろん!」


 今のボリッジは調子がいいようだ。長いこと抱えていたもやもやが晴れたのだから、そうなるのも当たり前のことかもしれないけれど。


「真面目な話をすると、ディルには資質みたいなものを感じたんだよな」

「……資質?」

「あいつのほうがリーダーっぽかったってことさ!」


 楽しそうにウインクをしたボリッジがすっきりと笑う。金の耳飾りがきらきら揺れて、オレガノはほのかにうれしくなった。


「それに、エルダーのギルドでの成果は、オレガノが稼いだ分も上乗せされてるんだろ?」

「……え?」

「……えっ?」


 妙な間が空いた。


「……本気で言っているの?」

「ゔにゃあー?」


 ナントカと天才は紙一重、であった。

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