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44.少女の護衛と祝いの一日(後編)


 ボリッジを通して指名の依頼があることを知ったディルは、それはそれはうれしそうにしていた。

 オレにできることがあるなら全力で頑張ってくるよ、と。


「……やっぱり、無理にでも付いていくべきだったかしら」


 イェーディーン上空を旋回していたアンゼリカは、自然とこぼれたつぶやきにぶんぶんとかぶりを振った。試すような真似は、そういった暴力で彼を裏切ることは、二度としないと決めたのだ。

 それに、今のうちに確認しておきたいこともある。この街のつくりや、オレガノから教わった場所以外の危険なところなど、調べ始めたらきりがないくらいだ。


「よしっ!」


 彼のように気合いを入れて、アンゼリカはふわりと降下した。



 *



 ティールームにあるものはみんな高級品ばかりだった。食べ物や飲み物はもちろんのこと、カップやソーサー、カトラリーなどの食器類や店内の装飾等、細かいところまでこだわり抜いた空間は、ここで過ごす権利のある人間を明確に限っている。


「ねえねえ、二人はどうして草の根ギルドではたらいているの? やっぱり、ほかの人みたいに国営ギルドに入るため?」


 楽しそうに尋ねたバニラは相変わらず無邪気だった。目が合ったディルは「オレは、そういうのは……」と曖昧に否定する。

 彼女が言っているのは、民営ギルドで一定の条件を満たした際に得られる国営ギルドへの登録権のことだろう。国営ギルドのメンバーになれば破格の報酬を受け取ることができるし、依頼主となる有力者たちと面識を得られる機会も増えるので、己の実力を武器に出世を狙う民営ギルドのメンバーたちはそこを目標としていることが多いのだ。

 よって、バニラが不思議そうにするのも理解できるけれど。


「気分転換だな!」


 割り込むように答えたのはボリッジだった。


「おれはラールの生まれなんだけどさ、研究したいことがあってこっちに留学してきてるんだよ。でも、じめじめした部屋にこもりっぱなしじゃ、ひらめくものもひらめかないだろ? だから、息抜きできて刺激も受けられそうなギルドに登録したってわけ!」

「ラールって、サンディ大陸にある、あの?」

「そう!」


 そんな遠いところから、と感心するバニラのそばで、ディルは密かに動揺した。ラールといえば、数年前まで王座に就いていた暴君が圧政を敷いており、ほとんどの国民が非道な蹂躙を受けたという艱難辛苦かんなんしんくの国だ。


「この街はいいよな。何でもあるし、友達だっている。できればずっといたいくらいだけど、」


 そこで言葉を切ったボリッジが急にディルのほうを向く。


「今度はあんたの番だぞ!」


 からっと笑った彼女に、ちょっとだけ息が詰まった。


「オレは……その、グルンに、」


 平静を装って話そうとしたものの、それでいいのか?という思いがよぎった。だって、確かにそこにあるはずのものを無視するという行為は、ひどく残忍なことだから。

 そうした躊躇いで我に返りかけたディルは、次の瞬間には冷ややかな視線に突き刺されていた。「え、――」


「あんた、おれたちに隠しごとしてるだろ」


 空気が凍って、一気に喉が渇いた。激しくなる動悸を抑えられないまま、頭の中が真っ白になる。

 あの目だ。決して近付いてこないくせに、わかったような顔をして無遠慮にこちらを眺め回し、一方的に品定めしてくるあの眼差し――!


「答えられないのか?」


 ディルは混乱した。後ろめたいことなんて何もないのに、羞恥に駆られてかっとなる。


「お前が何を知ってるんだ!!」


 まわりの状況なんてこれっぽっちも目に入らなかった。


「オレはグルンに帰るんだ。タイムのために(・・・・・・・)、絶対に帰らないといけないんだ!」


 勢い任せに睨み付ければ、「こら!」という声が飛んできた。

 狭まっていた視界が広がる。


「バニラ……様……」


 彼女はふくれっ面をしていた。


「だめでしょ、ボリッジ。まじめにおしごとしているディルを、いじめないで」

「……真面目に、って。そもそもこの依頼は、」 

「ご主人さまはわたしでしょ? あなたがそうしたいっておねがいしてきたんだから、言うこと聞きなさいなのよ!」


 語尾がおかしなことになっているバニラに咎められ、ボリッジはすっとその身を引いた。


「ご主人様に叱られたんじゃあ仕方がないな。それに、今日はバニラの誕生日なんだし」

「あっ、やっとさま付けをやめたわね。従者ごっこはもうおしまい?」

「ああ、おしまいだ!」


「……え?」


 ディルは一人、話についていけずにぽかんとした。



 *



 あの後。バニラとボリッジが知り合いだったことが発覚し、様々な店を回ることになったディルは、日暮れ前にはぐったりしていた。

 バニラに頼まれて彼女に似合いのドレスやアクセサリーを見繕い、普段の依頼では行かないような場所をいくつも訪れて、気が付いたらこんな時間だ。


「ゆめみたいにすてきな日だったわ!」


 屋敷に戻って一休みしたバニラは心からうれしそうに笑っていた。あまりにもまっすぐなその笑顔に、ディルは思わず目を逸らしそうになる。

 しかし、この苦々しさこそが、自分で選んだことの結果なのだ。


「一人だけ仲間外れにされたからって拗ねるなよう! なかなか刺激的な体験だっただろ? な?」

「ボリッジィ……」


 どんな神経をしていたらそんなことができるのか、のしかかるように肩を組んできたボリッジを力づくで引きはがしたディルは、彼女と心理的な距離を置こうとした。が、いくら避けても「な?な?そうだよな?」と人懐っこく言い寄られてはひとたまりもない。彼にできるのは「ああ、もう、そーだな!」とやけっぽく答えることだけだった。

 それにしても、最初から最後まで他人の都合で塗り固められたような一日だった。納得なんてできるわけがないし、後からどんな弁明をされても許せないことのように思う。……でも。


「ディルも楽しかったのなら、何よりだわ!」


 でも、こうして素直に喜ぶバニラの様子を見ていると、どうしようもない後悔の念が押し寄せてくるのだ。もっと早くに、そしてもっと真剣にこの依頼と向き合うべきだったんじゃないか、と。

 だって、バニラが自分を必要としてくれたことだけは、本当だったから。


「これは感謝のしるしよ。……もらって、くれる?」


 渡された木剣を鞘とともに丁寧に受け取ったディルは、そのわずかないたたまれなさをひた隠しにした。


「この国の光が、あなたの道をてらしますように」


 幸運を祈る挨拶を贈られて、なけなしの笑顔を浮かべる。


「バニラ様も、どうか。……これからの一年が、素晴らしいものになりますように」


 返礼のつもりではないけれど、その言葉には目一杯の真心を込めた。

 バニラの頬が見る間に赤くなる。


「も、もも、もっちろん。あっ、たまには遊びにきていいのよ? いいんだからね? 明日も明後日も、おいしいおかしは切らさないようにしておくから!」


 必死になってしゃべる姿が微笑ましくて、ディルは自然にうなずいた。





 寮に戻ったディルが事の顛末をアンゼリカに説明していると。


「野次馬はやめなさいってば」

「野次馬? そういうのじゃないよ」


 聞き覚えのある声とともにエルダーが帰ってきた。


「あれ、オレガノさん?」

「ああ、お疲れ様。遅くにごめんね」


 そこにいたのは紫髪の少女だった。予想通りといえば予想通りだけれども、夜になってからの訪問なんて分別のある彼女らしくない気がする。


「どうかしたんですか? エルダーがまた何かしたとか?」

「またってどういうこと? 僕は別に、」

「大灯台に行くって言って聞かないから、見張……連れてきたの」

「大灯台?」


 ディルは変な顔をした。そんなことをしたがる理由がわからなかったからだ。

 いまいちぴんときていないことを悟ったのか、オレガノが改めて口を開く。


「もしかして、知らない? 今、ジェレルの大灯台で騒ぎが起きてるんだよ」

「……騒ぎ、ですか?」

「うん。何て言ったらいいのかな……占拠騒ぎ、みたいな……」


 物々しい響きだなと思ったディルは、うん?と眉をひそめる。

 それで夜はね、お母さまが予約してくれた大灯台の展望台でディナーをいただくの――。


「あっ、ディル!?」

「ちょっと、あなたもなの!?」


 とっさに部屋を飛び出したディルは、ただひたすらに大灯台を目指した。

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