40.草の根ギルドと必然の再会
冒険者ギルドとは、ざっくり説明すると、巨大な便利屋集団である。
大まかな分類としては国営ギルドと民営ギルドの二種類があり、前者は国や貴族、富豪からの依頼が多く、後者は市民からの依頼が多いという違いがあるそうだ。
「ここは『草の根ギルド』。老舗の民営ギルドだよ」
オレガノに連れられてやってきたのは、真新しいギルドが軒を連ねる中でもっとも年季の入った建物だった。
木でできた扉を開けると、ソファやテーブルがいくつも並んだ、ロビーのような空間に出迎えられる。
「おおー!」
「意外と人がいるのね」
アンゼリカの言う通り、ギルド内は想像以上に賑わっていた。正面に設けられた受付カウンターや、そばの壁に掛けられた掲示板の前などが特にそうだろうか。
急募と書かれた紙を見つけて掲示板に近付いたエルダーは、そこに載っていた依頼内容を順繰りに眺めてふむ、と思う。
「本当にたくさんあるね。さすがに迷うなあ」
「うーんと……最初のうちは初級ランクのものしか受けられないんじゃないか? ほら、左上に載ってる星の数が違うだろ?」
「一から五までに分けられているみたいね。これなら選びやすいんじゃない?」
あれやこれやと盛り上がっていたところで、受付カウンターにいたオレガノが「こっち」と三人を手招いた。
「みんな付けてるバッジがあるでしょ? あれがこのギルドのメンバー証なの」
「わあっ、いいですねそういうの! かっこいいです!」
「……メンバー登録が終わったら、あなたたちにも配られるはずだから」
「楽しみです!」
屈託なく笑うディルにつられて頬を緩めたオレガノは、そのあとの手続きも丁寧に付き添ってくれた。オウギから預かったテグ男爵家の紋章の力もあいまって、メンバー登録は流れるように進んでいく。
出来上がった赤銅色のバッジには各自の名前が彫られており、三人は感慨深そうにそれを身に着けた。
「あとはばりばり依頼を受けて、グラス大陸行きの乗船許可証を手に入れるぞー!」
「おー!」
「おー?」
拳を掲げたディルとアンゼリカの輪に、エルダーもなんとなく参加してみる。
「そういえば、オレガノさんのお知り合いの方ってこの中にいるんですか?」
「あー……と……」
周囲に視線を走らせたオレガノが、ぴくりと肩を揺らして後ろを振り返った。
――瞬間。
「やっと見つけたぞ、オレガノッ!!」
怒号のような声が響き渡った。
「今までどこに行ってたんだよ、急にいなくなるからびっくりしたんだぞ!!」
エルダーもディルもその場で固まる。
ギルドの扉をはねのけて現れたのは一人の少女だった。
赤い文様の入った褐色の肌に、薄青色の短い髪。青緑色の瞳に浮かんだ涙を乱暴に拭えば、赤い石の付いた金の耳飾りが涼やかに鳴る。
脇目も振らずに駆け出した少女は、押し倒さんばかりの勢いでオレガノに抱き付くと、その頭をぐりぐりとすり寄せた。
「……あのう」
見るからに感動の再会だったので、しばらくの間は席を外しているべきかと迷ったディルが躊躇いがちに声を掛ける。
三人の存在に気付いた少女から、オレガノに向けていた無邪気な表情が消え失せた。
「あんたたち、誰だ?」
*
ギルドのロビーにて。
オレガノから三人の事情を聞いた少女は、「それは大変だったな!」とディルの背中をばんばん叩いた。叩かれた側のディルは急なことにむせ込み、そばにいたアンゼリカは「ちょっと!」とむくれ、エルダーはにこにこと静観、オレガノは変な顔をしている。
少女はオレガノの学友で、名前をボリッジというらしい。
「『魔法陣を踏んで飛ばされた』なんて、面白くない冗談を言うんだな!」
「本当のこと、なんですけど……げほっ」
あっけらかんと笑うボリッジは一行の置かれた状況にまるで同情していないらしく、エルダーはその姿勢に好感を持った。
「それで、その……わたしはしばらく、この子たちを手伝おうと思ってるんだけど……」
「えっ、オレガノが? なんでまた?」
「……色々あって」
きょとんとしたボリッジが「そうなのか」と目をしばたく。一瞬だけ黙り込んだ彼女は、しかし、それからすぐににんまりした。
「そういうことならおれも手伝うぞ!」
「へっ?」
あらゆる意味で唖然としたディルのことなど取り合うことなく、実に愉快そうな様子で四人を見回したボリッジは「決まりだな!」とその笑みを深くした。
「……ギルドにいる知り合いっていうのがボリッジのことだから、わたしは心強い……けど……」
「知り合い? 親友の間違いだよな?」
「そのあたりはなんでもいいんだけど……」
オレガノが押されている。
「今日は何をするんだ? 依頼とか受けるのか?」
「それは明日。寮を借りたから、一旦そこに」
「寮か! わかった、案内すればいいんだな! よーし!」
「え!?」
言うが早いか、ディルの腕を掴んだボリッジがスキップしながらギルドを出ていく。一拍遅れて我に返ったアンゼリカが「待ちなさいよ!」と二人のあとを追っていった。
まるで嵐のような少女である。
「……わたしたちも行こうか」
「そうだね」
取り残されたエルダーとオレガノはどちらからともなく歩き出した。
*
エルダーたちと入れ替わる形で草の根ギルドに足を踏み入れた男が、少しばかり後ろを気にしながら受付カウンターにやってきた。
そこにいたスタッフに一枚の紙を渡して口を開く。
「ニームさん。さっきの子供たちは?」
「うちのギルドに登録した子たちですよ。仲良くしてあげてくださいね!」
「それはもちろんですが……」
「? どうかしたんですか?」
「いえ。知り合いに似ていたような気がしたもので……」
「知り合い、ですか?」
「ああ、残念ながらそういうのとは違うと思います。ところで、次の依頼について相談があるのですが……」
*
水路脇に設けられた回廊を使ってすいすい進むボリッジは、一度も立ち止まることなく目的の寮に辿り着くと、ディルをちょっとだけ驚かせた。結構な人混みだったのに、なんという器用さだ。
空を飛べる上に小さなアンゼリカはしっかりついてきていたものの、エルダーとオレガノの姿はまだ見えない。
「案内してくれてありがとうございます、ボリッジさ……」
「堅っ苦しい話し方はやめてくれよな! さん付けも、ほら、鳥肌が立つ」
「は……う、うん」
出会って四半刻も経っていないというのに、ディルはボリッジの雰囲気にすっかり呑まれていた。
それはそれとして、肝心の寮はというと、草の根ギルドからそう遠くないところにある煉瓦造りの三階建てだった。少し先の通りには乗合舟の停泊場があり、活動の拠点としては申し分のない立地のように思える。
「でも、三人一部屋ってどうだったんだ……?」
今さらなことをつぶやきつつ、まあ、生活してみるしかないかと考え直すディルであった。
「ところでさー。あんたたち本当に、グルンなんて国に帰ろうとしてるのか?」
「……え?」
不意に声を掛けられ、特に構えることなくボリッジのほうを向いたディルは、その眼差しにぞくりとした。
先ほどまで明るかったはずの瞳が、ひどく冷ややかなものに変わっている。
まあ、あれが例の?
どんなものかと思ったら、ねえ。
くすくす。くすくすくすくす。
嫌な記憶が呼び起こされて、息が詰まった。
「どういう意味よ」
ピンク色のリボンがひらりと揺れる。
……アンゼリカだ。
彼女越しに見えたボリッジは、何事もなかったように笑っていた。
「どういう意味って、だってここは『巡りの都』イェーディーンだぞ? いろんな人や物、情報が集まる世界五大都市だ」
「……だから?」
「グルンからイェーディーンに来たいやつはいても、その逆はいないってことさ!」
ボリッジの態度はあくまでもからりとしており、ディルは静かに深く息を吸い込んだ。
落ち着いて考えてみると、彼女の意見は至極真っ当なものだった。世界五大都市イェーディーンは、大多数の人にとって憧れの場所であるはずだ。
さっきのは、きっと、ただの見間違い。
「だけど、オレは……グルンに帰らなきゃ、いけないから」
はっきり言い切れば、ボリッジは浅くうなずいた。手応えを求めていたわけではないけれど、ちょっぴり拍子抜けしてしまう。
「じゃあ、それまで仲良くやろうじゃないか。なあ、ディル?」
ぐっと背伸びをしてディルの顔を覗き込んだボリッジは、猫のような目を細めて微笑んだ。