12.青い町と青い少年
バジリコにあれこれ説明されながら、エルダーとアンゼリカは町を見て回った。
ピャーチはやはり面白い町だった。石造りの家々の多くが薄青っぽく塗られており、それがずらっと並ぶことにより、不思議な雰囲気を醸し出している。スィーニは青の国とも呼ばれる場所だから、どの町でもこうなのかとエルダーは聞いてみた。それに対するバジリコの答えは又聞きらしかったものの、ここまで青い建物があるのはピャーチだけとのこと。
露店で軽食を買って昼食としていると、アンゼリカが「まるで天空の町ね」と言った。エルダーはそれを美しい表現だと思ったものの、アンゼリカ自身は油断なく町を観察していて、別段そういった感覚でもってその言葉を口にしたわけではなさそうだった。
ピャーチは位置的に、もっと西にある王都のツァーリとは距離があり、国の中でも隅のほうの町である。しかし、この青さ自体が観光地として人気なので町には十分な人の往来があり、活気が溢れていた。
午後も町をぶらつき、路地の奥まった場所にあるバジリコの家などにも連れていってもらった。なんとバジリコはそこで何でも屋というものを営んでいるらしく、ちらっと覗いただけでも興味を引かれるようなものが多々見受けられた。魔法道具もいくつか所持しているらしい。気になるところである。
それからまた町の大通りに繰り出す。衣類の店から雑貨、もちろん食堂などはほぼどこにでもあった。プリヴェートのような町の奥まった場所にある店は住人御用達のようだが、大通りに面している店は観光客用に少し大袈裟な民俗っぽさが醸し出されていると言ってバジリコは笑っていた。
そのうち開けた場所に出た。石造りの、これまた青いベンチが、四角い空間に点々と設置されている。
「ここは見ての通り広場だな。みんな休んでるだろ」
「本当だ。人もたくさんいるね」
「そうだな。今日はやけに多いみたいだが……まあ、たまに見世物とかやってるからな」
「見世物! たとえば何をやってるの?」
「大道芸みたいなもんさ。あのあたりに人が集まってるから、たぶんそのへんで……」
バジリコが指差した場所にすっ飛んでいくエルダー。バジリコはそれを微笑ましく見守りつつ、ほんの少しだけディルのことを心配していた。
セルリーから念を押されたのだ。エルダーはきっと今の状況に順応するのが早いだろうけれども、ディルは時間が掛かるだろうから、きちんと見てやってほしいと。人の輪の中になんとか頭だけでも突っ込もうとじたばたしているエルダーを見ていれば、そんな気もしてくるかもしれない。ディルは子供のくせに妙にかしこまっているところがあるから心配なのだろう。バジリコからしてみれば、そんなのはエルダーだって同じだと思うけれど。
どっちの子供だって不安なはずだ。
「天使のお嬢ちゃんは行かねえのか?」
バジリコのとなりでふよふよ浮かんでいるアンゼリカは、広場をきょろきょろと見回しはするものの、エルダーのように進んでどこか見に行こうとはしない。連れていってくれと言ったわりにはさっきからずっとこうだ。
「そうね、そのうちディルと一緒に見に行くわ」
澄ました顔でディルに入れ込んだような発言をする。
しばらくしてエルダーが帰ってきた。ちょっと困ったように笑いながら、杖で人だかりのほうを指し示す。
「あそこでディルが倒れてるみたい」
瞬く間に姿を消したのはアンゼリカだった。ひゅんっという風切り音がしたきり、エルダーもバジリコも彼女の姿を見失った。
続いてバジリコが走り出す。それを見てエルダーも人だかりに再び突っ込む。
人垣を割ろうとするバジリコに魔法でちょっとだけ助力しながら、荷車の上に転がったディルのもとに辿り着いた。
「ディル……? どうしたの、ディル! 目を覚まして!」
アンゼリカがディルの頭上を飛んでいたものの、ディルは真っ青で、額には汗が浮いていた。実に具合が悪そうにうんうん唸っている。バジリコはそれを見てすぐにディルを抱え上げた。
「こいつどうしてこんなところで熱出してんだ!? エルダー、荷車運べるか!?」
「うん。プリヴェートに戻るの?」
「ああ!」
言うが早いかディルを抱えたまま走り出すバジリコ。エルダーは魔法で荷車を押しながらバジリコを追い掛けた。
*
ディルをベッドに寝かせたバジリコはせっせと氷枕を作ってディルの額を冷やしていた。それを途中で、ベッドのまわりをおろおろと所在なげに飛ぶアンゼリカに任せると、エルダーを部屋の外に呼び出す。
「エルダーは大丈夫か?」
「? 何が?」
「体調とか……その、気分とか。変わったところはないか?」
バジリコのほうが調子は悪そうだけどなあと思いつつ、エルダーはしばらく自分のことを考えてみた。変わったことなど何もない。睡眠もしっかり取ったし、体力は少しばかり消耗したけれど、魔力もなみなみと残っている。不調なんてことはない。
「特にないかな。どうして?」
「そりゃ、ディルがあんなふうになってるんだ。心配しないほうがおかしいだろ?」
「……う、うん」
エルダーはとりあえず軽く笑顔を浮かべる。
「大陸が違うからな、体が何かしら変化に耐えられないとか、そういうのがあるかもしれないし」
「僕はぴんぴんしてるよ。それよりディルをさ、看てあげないと」
バジリコはふうと息をつき、そうだな、と言いながら部屋に戻った。ぱたんと扉が閉まる。
エルダーは浮かべていた笑顔を引っ込めると、めまいがするような気持ちになった。気持ちになっただけでめまいなどは起こしていない。エルダーはバジリコにしっかり本当のことを伝えたのだから。
とんとんと、誰かが階段をのぼってくる音がする。
「エルダー、ごめんね。扉を開けてくれる?」
リコリスだった。氷水の入った桶を持っている。両手がふさがっているのだ。
エルダーはおとなしくディルの眠っている部屋の扉を開けた。彼女がベッドのそばまで行くのを見てから、閉める。
ディルの看病にエルダーが付き添っていたって仕方がない。うーんと考え込んでいると、部屋からリコリスが出てきた。桶を置いてきただけのようだ。後ろ手に扉を閉めると、しばらく逡巡するように視線を彷徨わせてから、エルダーと目を合わせた。
「ごめんなさいね。私が……手伝いなんか、頼んだから」
エルダーは少し首をかしげる。なんのことやら。
手伝い。リコリスがディルに手伝いを頼んだ。だから広場にいた?
「もっと休ませるべきだったのに。判断を誤ったのは私だわ」
わけのわからないことをとつとつと話すリコリスに、エルダーは苦笑する。
変な人だなあ、と。
「それを僕に言ってどうするの?」
何も知らない自分に。関係のない自分に、ディルのことを謝るなんて、滑稽だ。そういうことはせめて、ディルのことを心から心配しているであろうアンゼリカにでも言うべきだ。誰にでもわかるような間違いをしたリコリスを、エルダーは純粋に、ただただ不思議に思った。
「……そうね。ディルが起きたら、きちんと謝るわ」
そう答えたリコリスの瞳に涙が浮かんだことも、エルダーにはよくわからなかった。第一、ディルが広場で倒れていたことについて、リコリスが謝る必要自体ないのではなかろうか。ディルの体調なんてディルにしかわからないのだから、手伝いを頼まれたときに断っておけばよかっただけの話である。ディルの体調管理がリコリスにできるはずがない。
まあ、リコリスがそうしたいというのなら、エルダーはそれで構わないと思うけれども。
目元を押さえて階段を降りていくリコリス。どうも一帯の空気が淀んでいるようなので、エルダーは屋外に出るべく裏口に向かった。
外に出ると、ステビアが干したであろう洗濯物がぱたぱた揺れているのが目に入った。そういえば、ステビアは家の中にいなかった気がする。みんな忙しそうだし、乾いていたら取り込んでおこうか。エルダーは空気を操ってタオルを一枚手元に運んでみた。ちょっと湿っている。
まだ早かったかなと思ってそれを元の位置に戻すと、裏口からリコリスが飛び出してきて、鉢合わせした。その手には小さな紙切れが握られている。
「どこに行くの?」
「えっ。あ、その……ステビアが、セルリーのところにいるって連絡があって」
狼狽えているリコリスの言葉に、エルダーは目をしばたいた。連絡?
それから、セルリーが持っていた魔法道具のことを思い出す。あれの片割れを持っているのがリコリスで、だから、連絡もそうやって取ったのだろう。例によってあの石の台座に紙切れを乗せて、こちらに呼び出させたのだ。
次にステビアがどうしてそんなところにいるのか、これっぽっちもわからなかったので、「そうなんだ」と相槌だけ打っておいた。
「おーい! 料理はまだなのかー!?」
と、家の奥――店のほうから、大きな声。
料理。明らかにプリヴェートの客がそこでリコリスのことを待っている。
リコリスは店と紙切れを交互に見、目を閉じて眉を潜め、一秒ほどしてから静かに目を開いた。
「エルダー。本当に悪いんだけど、ステビアのこと……迎えに行ってくれないかしら」
苦渋の決断といった感じの表情である。
エルダーはその頼みを二つ返事で了承した。何が本当に悪いと言うのだろう、そんな断りを入れることなどないのに。
先ほどはリコリスを変な人だと思ったけれども、今回の判断は妥当だと、エルダーは思った。
ステビアを迎えに行くことは誰にでもできる。しかし、プリヴェートの料理はリコリスにしか作れないのだから。
「場所はわかる?」
「セルリーに火を焚いてもらってくれないかな。煙を目印にするよ」
「伝えておくわ。ごめんね、エルダー……」
「ううん。それじゃあ、行ってくるね」
「……ありがとう。いってらっしゃい」
リコリスに微笑みかけて、エルダーはセルリーの囚われている森を目指した。




