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10.早起きと手伝いとおまけつきのご褒美




 ディルが貸し与えられた部屋でわんわん泣いていたころ、エルダーはどうしたらリコリスに納得してもらえるだろうかとちょっと頭を捻っていた。今日のところはひとまず休んでと、ほぼ追い立てられるように部屋まで案内されてしまったので、ベッドに腰掛け休んでいる格好は取ることにする。それにもう夜だ、何かするにしても明日にしたほうがいい。

 何かするなら……やっぱり魔法を見てもらうのが一番だろう。大きな魔法を使って優秀さをアピールすれば、リコリスも安心してエルダーを出発させられるはずだ。勝手にいなくなるのはさすがにまずいだろうから、上手にやらないと。どんな魔法を使おうか。

 そこでふと、セージの言葉を思い出す。


 いつのことだったか、セージがぼろぼろになって帰ってきたことがあった。何でもできるセージがだ。

 エルダーはもちろん事情を尋ねた。セージは少し失敗したのだと言って笑った。

 他の人が成し遂げられないような、ちょっとだけ大きなことを成功させたら、それを見ていた周囲の人間にうっかり怯えられたという。セージは人間扱いされず、そのまま檻に閉じ込められて、恐れが原因による暴力で痛め付けられた。頑張って逃げ出したはいいものの、それなりの傷を負ってしまった。

 そのときセージが教えてくれたのは、自分の持っている力をどのくらい外に見せるのがいいのか、ということだった。エルダーはセージがとんでもなくすごいやつだということは知っていたから、それを隠すべき状況というのがよくわからなかった。すごいやつはすごいやつとして、みんな認めてくれるものではないのか。そんなようなことを言ったら、セージは困ったように笑って言ったのだ。「人間なんてそんなものだよ」と。

 「自分とあまりにかけ離れた力を持っている相手を、同じ存在というふうには認められない場合もあるんだ。うまくやらないとね」。


 エルダーは思う。すべての力を見せるのはうまくないことかもしれない。




 翌朝。日が昇ると同時にぴょんっと飛び起きたエルダーは、ほどいていた長い髪を魔法を使って整えると、細い三つ編みにした。エルダーは枕が変わっても問題なく眠れるタイプなので、ばっちり睡眠のとれた清々しい朝といったところである。

 杖を片手に静かに部屋から出る。家のキッチンではなく、プリヴェートの調理場のほうから音がした。

 そっと覗いてみると、そこには調理の下ごしらえをしているらしいリコリスの姿があった。野菜を洗ったり、肉に包丁を入れたりしている。手際はもちろんよかった。


「おはよう、リコリス」

「あら! おはよう、エルダー。随分早起きねえ」


 手を止めて微笑んだリコリスは、朝食はまだ作っていないのだけど、と言いながら手を洗い、エルダーの元にやってくる。


「もしかして、うるさかった?」

「ううん、違うよ。僕はいつもこの時間に起きるんだ」

「まあ、そうなの。ちょっと待ってね、温かいミルクを入れてあげるわ」


 そう言って準備をしようとするリコリスの腕を引き、エルダーは調理場で下ごしらえ中の品々を指差した。「リコリスは毎日、あんなことをしているの?」

 リコリスは微笑みながら答える。「そうよ。おいしい料理は下ごしらえをきちんとしなくちゃ作れないもの」


 そっかと返したエルダーは、あ、と思い付いた。

 森でセルリーの洗濯を手伝ったときのことだ。魔法を使って手を貸したら、セルリーは感心してくれたではないか。大したものだと言って、ありがとうという感謝の言葉までくれた。

 あの程度の魔法でそんな反応をされたのだから、ここでもエルダーにとって当たり前の魔法を披露すれば、優秀さをアピールできるのでは?


「ねえ、リコリス。僕、リコリスの手伝いをしたいんだ」

「え?」


 セルリーのときと同じように頼み込み、リコリスにうなずいてもらった。

 そこからは簡単だった。野菜の皮をむくのも、肉を均等に切っていくのも、一人で暮らしてきたエルダーにとってはまさに朝飯前。出汁を取るために火に掛けた鍋だってかき回せるし、パンをこねるのも慣れたものだ。しかも、それをほぼすべて同時に処理する。

 味つけや他にも料理人として特に大切な仕事はリコリスにしかできないのでそうしてもらいつつ、できそうなことはなんでもやった。

 だいたいのことが終わると、リコリスは唖然としていた。


「セルリーも言っていたけど、あなたって本当にすごいのねえ……」

「お役に立てたかな?」

「それはもう。ありがとうね、エルダー。これなら確かに、あんまり心配ないかもね?」


 和やかな雰囲気で調理場から引き上げ、キッチンに向かう二人。

 途中で目をこすりながら起きてきたステビアに朝の挨拶をし、キッチンでも簡単な手伝いをした。それを目にしたステビアもぽかんとしながら、しかしエルダーのことを一目置いたようであった。

 またしばらくしてからアンゼリカが現れると、彼女はディルについて、よく眠っているから起こさないであげてほしいというようなことをリコリスに頼んでいた。



 *



 エルダーは上機嫌だった。

 思っていた以上の成果だ。リコリスはこれで気兼ねなくエルダーを送り出せることだろう。よかった、やっと旅が始まる。家に帰るための――セージに話すための、旅が。

 先のことがとりあえず決まると、エルダーはピャーチがどんな町なのか見て回りたくなった。昨日やおとといはそんな状況ではなかったのでぶらぶらすることもできなかったけれど、今日なら平気かもしれない。そんなことを考えていると、昼前にバジリコがやってきた。プリヴェートではなく、裏口から家のほうにだ。


 リコリスがプリヴェートで働いている間、娘のステビアは家事などをこなしている。エルダーは今度はそちらの手伝いをしており、バジリコの訪問にかち合った。魔法で洗濯をしているところだったのだ。


「おう、エルダー。それも魔法か?」

「そうだよ。バジリコ、今日はどうしたの?」

「どうしたって、お前らの様子見に来たんだよ。リコリスと話もあるしな」


 二人で話していると、空っぽの籠を抱えたステビアが現れた。エルダーはその籠の中に水をしぼった洗濯物をぽいぽい放り込んでいく。


「ちょっと、バジリコ。お母さんはまだ仕事中なんだから、もっとあとにしてよね」

「んー、それもそうなんだがな。ディルと天使のお嬢ちゃんはどうした」

「ディルは部屋で寝てるわよ。アンゼリカちゃんはそばに付いてるみたい」

「で、その二人分の労働をエルダーが一手に引き受けてるってわけか。友情だねえ」


 しみじみとうなずくバジリコ。友情というものが何かはよくわからないけれど、エルダーはそれを特に否定しない。


「手伝いもいいけどよ、ちょっとはこの町を見せて回ってもいいとは思わんかね、ステビアちゃん?」

 エルダーの洗っていた衣類などがなくなり、ステビアの抱えていた籠がいっぱいになる。

「そんなのあたしに聞かないでよ。エルダーが行きたいなら行けばいいんじゃない?」

 言いながら家の中に引っ込む。彼女はこのあと二階に上がり、窓から張った糸に洗濯物を掛けていくのだ。


「というわけで、エルダー、俺と一緒に行かねえか?」


 手持ち無沙汰となったエルダーはもちろん首を縦に振った。願ったりかなったりである。


「よし、なら早速。ステビアちゃん、エルダーを町に連れてくって、リコリスに伝えといてくれ! 夕方には帰すからー!」


 バジリコが上を向き、二階の窓から顔を出したステビアに声を掛けると、「わかったー! いってらっしゃーい!」という元気な声が返ってきた。エルダーがつられて見上げた先には、青く高い空が広がっている。薄い雲はあったものの、快晴と呼んでもいいような天気だ。

 バジリコは満足気に笑うと、エルダーを促した。エルダーもにこにこ笑いながら彼のあとに続こうとしたところで、前を横切った光に目を奪われる。ふわふわと、光の粒が降った。


「おはよう、エルダー。いい朝ね」


 バジリコも驚いていた。突然現れた天使の少女は翼を明滅させながらそう言うと、空色の瞳でエルダーを見つめる。

 アンゼリカは変な顔をしていた。笑っているわけではないし、かと言って怒っているような感じもしない。悲しそうでもない。何かに無理やりたとえるなら、セージが真剣な話をするときは大抵、こういう顔をする。

 つまりそれは到底「いい朝」を喜んでいるようなものには思えなかったのだけれども、エルダーはとりあえずおはよう、いい朝だねと返した。


「ディルはいいの?」

「平気よ、ディルは強いもの。それよりあなたたち、これから町に行くのよね」


 そう言ってエルダーとバジリコの顔を交互に見る。


「あ、ああ、そうだけど……天使のお嬢ちゃんも来るかい?」

「ええ、行くわ」


 アンゼリカの謎の迫力に気圧されたバジリコが発した問いに、ピンクのリボンが揺れた。いつの間にか明滅は止まり、きらきらとした光がその真っ白な翼からこぼれている。ぼんやりしているように見える二人の前で、アンゼリカは少しだけ目を伏せた。それは何かを考えているようにも見えたけれど、エルダーにはその中身の見当などさっぱり付かない。

 すうっと、小さく息を吸って。きっと顔を上げる。


「あたしも連れていってほしいの」


 その頼みを断る理由など二人とも持ち合わせていない。そもそもバジリコはアンゼリカのその神々しさに目を見張ってばかりだから、彼女にさらに乞われれば無意識のうちにでもうなずくことだろう。

 エルダーはとりあえずの笑顔を浮かべたまま、ちょっと嫌だなあ、などと考えていた。ディルのそばにいればいいのに、どうしてこんなところに出てくるんだろう。それからそんなふうに苦い気持ちを抱く自分を不思議に思う。アンゼリカがついてきても、ついてこなくても、町を回れることに変わりはないのに。

 だから、まあ、呆然としているバジリコの代わりに答えた。


「そうだね、一緒に行こうか。ねえ、バジリコ?」


 アンゼリカはほっと息をついていた。

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