王の口と手
「今日は、アネシスとエムカが案内してあげる」
翌朝。ホテルのロビーに言ってみると元気いっぱいのアネシスとエムカが俺を待っていた。
真っ赤な元気娘、アネシスの名前を聞いて、嫌な予感がしたけれども、エムカがいる以上心配はなかった。
「ボスの命令で、順谷さんには工場と『王の口と手』に会ってもらいます」
「王の口と手?」
「工場の偉い人だよ。アネシス達コンダクターロボットみたいだけれども、ちょっと違うんだ」
アネシスは飛び跳ねるように歩きながら、説明してくれた。
人懐っこい子犬を散歩させたような感じだろうな。主人にまとわりつくような感じで途中愛らしい目で見上げ『遊んでくれる?』と訴えているのと変わらない。
…しかし、それでいて良くぶつからないのが不思議でならないんだよなぁ。子犬にしろ、アネシスにしろ…。
「王の口と手は、スィージィのように工場内のデーターを管理しています。ボス経由の発注を受け取りしだい、新しいロボットを作るんですよ」
一方、エムカさんは右斜め前方をゆっくりと、それでいて俺の速度からずれることなく進んでいた。
「最近では遊園地内だけではなく、外からの発注もあります」
これだけ、高性能ならばどこでもほしくなるのは当然だろうな。
「………」
ウエストルム・キングダムがますます繁盛している事を知り、一抹の不安が生まれてくる。
俺が、俺なんかができるのか?
「………」
不安を過らせた俺の目がアネシスの目と合った。
アネシスは何も問うことなく、にこっと笑い、俺も考えることをやめた。
まあ、まだ先のことだからな。
これからおじさんに学んでいくしかないんだから。
例え、顔を合わせなければならない事に戸惑いを感じるにしろ。いつかは、合わなくてはならない。合って、これからを学んでいかなければならない。
ウエストルム・キングダムは、広大な敷地内にすべての事業所を設置していた。
まず正門から入ったところにある遊園施設。それを取り囲むようにある宿泊施設。
その宿泊施設後ろの中央部分に、おじさんやコンダクターロボットのいるビル。
そのビルの後ろに、昨日連れ去れた廃棄物置き置場と、工場があった。
工場といっったものの、ロボットを造り出す施設は俺が想像していたのよりも小さな所だった。
想像といっても工業団地にある大手メーカーのしか見たことがないけれども。
建物は3階建てほどの、巨大な円柱型のつくりをしている。鏡のようなガラス張りの壁はいかにも近代的な色を現わしていた。
「ここでアネシス達が生まれたんだよ」
「ふうん。…ところで、エムカさん。入り口はどこですか?」
前方のにいるエムカさんが立ち止まったから、近くにあるはずなのに…どこも壁以外みあたらなかった。
「開けてちょうだい。ボスの命令で見学に来たの」
エムカは建物に向かってそう言った。声を張り上げることなく俺達に聞こえる音量で。
『エムカ-1。ボスからの許可がおりています。どうぞ』
まるで近くにいるように、その声が聞こえた。
そして壁の一部分が左右に別れ、両開きの自動ドアのように入り口が出来上がっていった。
「王の口と手は、ボスの許可がおりなければ、アネシスたちでも開けてくれないんだよ」
『セキュリティコマンダーアネシスの場合は声一つで開けられますよ』
入り口から中に入っていく間、アネシスは俺に説明するように言い、建物の中から『王の口と手』と呼ばれる女性の声が言葉を帰した。
中は受付やロビーといった空間はなく、入ってすぐに長い通路が続いていた。
「アネシスの場合は『緊急宣言』を出した時だけだもん」
『当然です。アネシス-1の場合、遊び場にしかねないとボスからの要請があったから、急きょ『緊急宣言』システムが出来上がったのです』
王の口と手の返答が終わったとき、俺達は通路を終えて、薄暗いけど明らかに広くて高い空間に出た。
ここが薄暗いのは前方の物体を俺に見せるためのシチュエーションなのはわかっていた。
『初めまして、大累順谷様』
目の前にある機械は大人二人分の円柱型ガラスに透明な液体を入れたものだった。
ガラス柱の上下にはメタル色の支えがあって、上部分となると蔓のような曲がりくねった大小さまざまなケーブルが高い天井からつながっていた。
唯一光っているのはガラス柱の中で下の方から照明を当てているらしい。
『私がここの管理および『王の口と手』と呼ばれる者です』
「わっ」
突然の出現に思わず声を上げてしまった。
王の口と手という者は何もない透明液体の中に現れていたのだから。
「順谷、これは映像だよ。王の口と手の本体は、この後ろにあるからね」
『驚かせてすみません』
王の口と手
王の口と手は、ソシエゴを成人女性化したような姿をしていた。
プラチナブロンドに、色の目…それだったら、アネシスを説明に使った方がいいのだが、彼女の場合修正が多くなるから。
それから、その名前のせいだろうか、雪のように白い手は二回りほど大きなものだった。
『順谷様。ここには50と一つの製造機があります』
俗悪というものをプログラムされていない『王の口と手』さんは、さらりとここの説明を始めてくれた。
声が消えると同時に周りの電気が付き、広く高い空間の壁側に新たなる物体が並べられていることを知った。
「これは…」
すべてメタル色に覆われた円柱型の物体が、それが出入り口を除く壁という壁に並べられていた。
それが3段になっていて、その存在を知った者にとって驚きと何か見下ろされている圧迫を感じた。
「順谷さん。これがロボットを作る機械ですよ」
「これが?…俺は、てっきりベルトコンベヤにのって一つずつ、プラモデル用に出来上がっていくのかと思ってたよ」
『一つ、お作りしましょう』
前方にいたガラスから、王の口と手の姿が消え、目の前で実際に造り出す機械に変わった。
透明なガラス内に起きた最初の変化は、2本の枝のように細いアームが下りてきた事だった。
2つのアームには、それぞれ耳ぐらいのメタル色の固まりが握られていて、それらが床に着くと、新たなアームが2つ、今度は細長い棒のような物が下りてくる。
「部品はすべて、隣の部屋、この部屋の外に納められています。工場の中に入ったとき、長い通路があったのは部品の製造、保管するスペースがそこにあるからなんです」
「それを見ることはできないんですか?」
「残念ながら『企業秘密』名目と製造ロボットしか入るスペースがないので」
なるほど。
エムカと会話している間、アームはさらに下りていった。
一番最初に下りてきた物が、人間でいう踵。2番目のが頸骨と呼ばれる骨だとわかった時には、人間のと変わらない鉄色をした足の骨が、アームから運ばれ繋げられていった。
「人と変わらないんですね…」
「人間に近いロボットは、ほとんど同じですよ。ただ、もちろん、筋肉ではやくケーブルや基盤がはめ込まれていきますから。似ているのは骨格だけですね」
エムカの言う通り、アーム達が運んできたのは色とりどりのコードだった。
赤、青、緑という原色色に塗られたコードを見て、どこかでほっとすることができた。
ここは機械工場で、作られていくのは精密機器であるという事に。
そう考えている間も、次々とアームが下りていった。
固定することができたアームは天井に上がっていき、その横で別のアームが一部を運んで下りていく。
「でも、水の中で作るなんて…」
「水じゃないよお。
水みたいにさらさらしてなくて、どろどろしてて、ゼリーの中に入った感触だったよ。出来上がる直前の事は覚えているからね」
さすがはロボット…。
特殊な液体の中で、アームたちの動きはしなやかなものだった。
その動きは機械離れしていて、もはや生き物のようとしか言いようがなかった。
生き物みたいに作られていく機械は、少しずつ人間のように変化していた。
とはいえ、まだ機械に皮膚はなく、まぶたのない目は眼球が剥き出しになっていた。
これを見て、学校の理科室を思い出す人間は俺だけじゃないと思う。
「人工皮膚を覆う前に、一度、検査があります」
説明の聞こえる間、運び、取り付けていたアームたちが一本も残らず天井に戻っていく。
それから、機械としか言えない物体が、動いた。
頭、顔を天井に向けて両腕を伸ばす。
その動きが止まったとき、機械の足もとからフラフープのような輪がロボットの周りを通り抜けていく。
『移動機能…OK。バランス操作…OK。起動エネルギー作動…OK。神経作動…OK。感情作動…OK』
今、上間で上がっていった輪の中で、色々な検査をしていたらしい。
『ソシエゴ-10341』
金属色の、唇すらない部分から声が流れた。
『視聴機能…OK。オール…OK』
最後の耳と声の機能もクリアすると、ソシエゴの部下となるロボットは、顔を基野市に戻して、両腕を頭上高く伸ばした。
それと同時に天井から二つのアームが、ロボットに手袋のようなものを手渡した。
肌色の厚ぼったい手袋…
「機械からロボットに変わる瞬間ってやつね」
アネシスの言葉からして、今のが人工皮膚で、それをつけることにより機械の固まりが手に変わる事を知った。
もちろん手だけではなく腕や足…太股…さすがに視線を天井に向けてしまった。
男なら別にかまわないけれども、ソシエゴの部下ロボットは看護系となるし。
「人工皮膚は服を切るような感覚と同じですね。手足から始まり腕や脚。頭髪等のついた頭はヘルメットをかぶるのと同じ動作ですよ。胴体は最後となります」
俺の視線を知ってか、エムカさんは説明してくれた。
『ソシエゴ-10341。製造終了』
作られたロボットの声を聞いて、視線を少しだけ下げてみた。
やっぱり、どうみても男じゃないな。ソシエゴ風の大人しくて優しそうな少女だった。
黒い髪は、まだ束ねることもなくどろどろとした液体の中でゆっくりと揺れ動いていた。
人間とロボットを区別するためなのか、その目は日本人色ではなく、柔らかな若草色をしていた。
それ以上の事は、視線がそれ以上は下げられないのでコメントのしようがない…。
製造終了とはいえ、液体の中では服の着用は困難なのだから。
再び下の方から何かがせりあがってきた。
それは円柱を覆う黒い壁。
柱の装置ぴったりに覆われたそれは、ガラス部分まで上がり、さ待った。
止まったのは、数秒で。黒い壁はすぐに下がっていった。
下がっていくのと同時に、中のロボットが…消えた。
「エレベーター装置になっているんですよ。
できあがったロボは、下にある保管部屋に置いておくの」
まるで手品のように、あっというまで。黒い覆いがなくなると元通りに透明な液体だけがその中に存在していた。
「なんか…すごいですね」
機械離れした、芸術としかいいようがない製造を終えて、口から出てきた感想は、月並みなものになってしまった。
自分ながら恥ずかしい…。
「じゃあ、次に行きましょうか、順谷さん」
俺の言葉に失望することなくエムカさんは、さらりと先に進んでくれた。
『ボスからの許可がおりてします。順谷様、前方に進んでください』
前方って…行き止まりなのに?
答えはすぐにわかった。
部屋の奥にある、ロボット製造機の一つが突然、片引き戸の自動扉のように開いたのだから。
「カモフラージュってやつよ。まあ、隠したとしても王の口と手が動かなければ開かないんだけれども」
カモフラージュされた中はエレベーターになっていて、さっきのロボット同様地下に向かった。
エムカの説明によるとロボットの保管部屋とは違う階、最下層に向かうらしい。
扉が開かれたとき、目の前に現れたのは
緑色の淡い光を放つ大木だった。
「これが王の口と手よ」
王の口と手
大木といったけれども、良く見ると木ではなく無数の蔓が集まったもの。
蔓のようなケーブルが、他のとくっつき、絡み合って一つになったもの。
地上より高い天井に触れ合うのをやめて一つになったケーブルが空間いっぱいに伸び上がっていた。どれも空間、天井まで進み壁の中へ入っている。
『ようこそ、順谷様。我がメインルームへ』
大木のような機械の前に再びマントをはおった王の口と手の映像が現れた。
姿が現れたものの、王の口と手はそのまま後ろに飛び上がり、木の中へ吸い込まれていく。
『残念ながら、私には人と同じボディはございません。これはあくまでもボスがイメージした映像です』
「そうなんですか」
色々な意味でおじさんらしい考え、思想なのかもしれない。
「順谷様。ボスからご伝言を承っております。
我が王国、ウエストルム・キングダムに来て王の口と手と合った事により、お前は己の存在を受けとめたと信じて。お前を後継者と認めよう。
だが、お前は若く、この王国に君臨するにはあまりにも力がない。よって、順谷、お前の力をためさせてもらう。
一つは、私に会う事。決心がついたならば、いつでも来なさい。
もう一つは、この王国内にある『王冠』を手に入れること』
「王冠…」
『王になる資格がある者が見つけ、かぶることができる。
一つ、言い換えるのならば、この王国は王冠をかぶった者の物となる』
「ちょっと待ってよ、王の口と手。それって…」
『だまりなさい、アネシス-1。ボスの命令実行中、中断することは許されていない』
「………」
アネシスの言いたい事はわかっていた。
昨日のシュクシャとかいう者の主人でも、王になる資格があるという事。
…おじさんは、シュクシャの主人を知っているという事か?
『それの2つが、私の出す条件だ
健闘を祈る
養父、またの名はボスより。
以上です』
「………」
順谷の顔が気になる…。
順谷は複雑な環境の中にいるらしい…。順谷はボスの事を『おじさん』っていっているけれども、今、ボスが読み上げたのは『養父』だった。でも、ボスはウエストルム・キングダムができてから、ずーっと外に出たことがないし。ましてや順谷と会って名前の通り育てていた事も見たことがないし。
「む~ぅ」
ボスの意見には、アネシスの脳天気な頭で理解できない。
どーして、ボスと会うのに決心がいるの?
まあ、最近のボスは気むずかしくて、アネシスでも会いたくないけれども。会おうと思えば、エムカに会いに行くようなもの
『………』
でも『ボスに会いに行く』と言った時、順谷の顔は明らかに険しくなっていた。
ボスとは、アネシス達以上に難しい仲なのかな?
「………」
気になるけれども、聞けない。ボスから聞くなんてなおさら…
『順谷様。早急では、ありますが、ボスへのご返答をお願いいたします』
「……」
おじさん…あなたに養ってもらった以上、俺に選択というものはありません。
あなたは、それをわかっていながら手紙で書くなんて。
「俺の意志は、あなたにもわかっているはすです。
と、伝えてください」
『かしこまりました』




