エムカ
宿泊しているホテルにたどり着き、部屋の番号を見て回る…必要はなかった。
「マスターは、就寝されています」
彼女の忠実なるロボットシュクシャが戸口の前で見張っているから。
「就寝ったって、まだ九時なのに?」
「マスターが就寝と宣言なさった以上。私は疑いを持ちません」
機械らしい言葉が返ってきたのと同時に、扉が僅かに開いた。
「シュクシャ。順谷君だったら入れてちょうだい」
「かしこまりました、マスター。では、順谷様、お入りください」
主人の言葉に疑うことのないロボットは、反論、不満の表情すら見せず、扉を開けてくれた。
スイートまでとはいかないけれども、広い部屋だった。
さすがに人に尽くすウエストルム・キングダムの宿泊施設らしく、緑色を主調とし、調和された木製の家具が配置されていた。
部屋を知りつくしたエムカさんらしい選択部屋だと思う。
就寝宣言をしたとはいえ、黒スーツ姿のエムカさんは、ソファーをすすめ、紅茶を入れて向かいに座った。
「めずらしいお茶ですよ。ちょっと変わった味がするから、もしかしたら順谷君の口に合わないかも」
紅茶に詳しくない俺の目と鼻ではティーパックに入れたのと変わらないけれども…なるほど普通の紅茶にしては奇妙な味がする…。
返答は避けたけれど。
「エムカさん。教えてくれませんか?アネシスの事を」
「アネシスの事?」
「エムカさんと別れた後、顔色の悪いアネシスを見つけ後をつけました」
それを口にした途端、エムカさんの表情が心なしか険しくなった。
「アネシスには『順谷君に会っては行けない』と要請したからです」
「…。どうしてなんですか?どうしてアネシスは俺と会ってはいけないんですか?それと王冠となんの関係があるんですか?」
「あります。王冠を取り出すために必要なのです」
「なんのために?どうして」
「落ち着いて、順谷君」
「………」
「私はアネシスだけが持つ感受性プログラムないし、その基板かどこかに王冠と呼ばれる何かがあるのではないかと考えました。感情をコントロールするそれの反応をみるためには、順谷君、あなたを利用するしかなかったのです」
「…それは、アネシスが俺に好意のようなものを持っているからですか」
「好意そのものですよ、順谷君。今まで見る限り、アネシスがここまで親しみを持った人は順谷君、あなたが初めてです。ボスでさえ、あんな反応はありませんでしたよ」
「…そうなんですか」
好意を持っているといわれ、今まで膨れ上がった『怒り』が薄れていった。
薄れて行き、とまどうようになってしまった俺は、とりあえず紅茶を含んで気分を変えた。
「………」
そうなるはずだった。なのに…
カップを持とうとした腕に力が入らなかった。
な、何だ?力が、体が…変だ。
「効いてきたようですね」
見開いた目は微笑するエムカさんに向いた。
エムカさんは手を離れようとしたティーカップを取り上げ机の上に置いた。
体がグラリと揺れた。体勢を立て直そうにも体が命令を聞いてくれず、エムカさんの人間の女性の手でも簡単に押された俺はソファーに倒れた。
この時になって2人用のソファーに座らされた理由に気づいたが、あお向けに倒れた状態で悔やんでも仕方がなかった。
「な、何…を」
「あれはティーパックに入れた紅茶に奇妙な味のする粉末をいれました」
「………」
薬
「順谷君。全てあなたのせいよ。
悩み考えている私の前で、楽しそうにしていたのだから」
見下ろすエムカさんに闇を感じた。
「だから、アネシスに順谷君に会わないように、自らの機能を停止してまでも会わないように要請させたのよ」
言葉の衝撃に声を出すこともできなかった。
「でも、アネシスには間違いなく王冠があるわ。アネシス-1自体が『王冠を入れる箱』なのよ。それを開けられるロボットはただ一体。
ソシエゴ-1のみ」
『あっ』と、声をあげたかったけれども、口が動かせないどころか、意識すら…
「順谷君、あなたは最後まで、王冠と関係のないロボットを選んだわね。
馬鹿な子。もし、ソシエゴを選んだならば、教えてあげたのに…でも、無理か。順谷君もアネシスに好意を持っているんでしょ?私の話を聞き入れてくれなかったわね」
「…………………」
順谷に返答をしめす表情はなかった。
そのまぶたは閉ざされ、エムカを見つめることもないのだから。
「順谷君の耳には入らないけれども、教えてあげる。
ソシエゴの要請は、アネシス-1を解体することよ。
忠実なるロボットは命令や要請を忠実に実行する機械だから…残念だけれども、2度とアネシスには会えないわね。
順谷君、残酷な命令を下さる私は恐ろしいかしら?でもねえ、あなたとアネシスが見せた無意識なことすべて、私には残酷でしかなかったわ」




