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アネシス-1

「………」

 明日に向けての不安と決意が胸の辺りでうずいていた。

 その考えがふっとんでしまったのは、窓外に視線を向けたせいだろう。

「アネシス?何しているんだろ」

 赤い警備服を着ているから一見すれば十分だった。

 アネシスは店先にある通路をぼうっとした表情で通り過ぎていった。もちろん店に視線を向け、そこに俺がいることも知らずに。

 涼しい空間と、半分以上残っているアイスクリームを諦めるのにたいした時間はかからなかった。

「アネシス~。おーい」

 ちょっと大きめの声をあげれば聞こえる距離しかないのに、アネシスが振り返ることも足を止めることもなかった。

「?」

 アネシスの背はどんどん小さくなって闇が少しずつ彼女を覆っていく。それを見失わないように俺の足が進む。


 閉園までの時はまだ長かった。

 アネシスの背はアトラクションの放つ異名目な光色に変わり、または闇に染まった。

「もしかして巡回?」

 セキュリティ目ロボットである以上、当然の仕事なのだから…。

 ただの仕事ならば声をかければそれでいいはずなのだが。

「…やっぱり」

 角を曲がった時、売店の明かりに照らし出されたアネシスの顔は昼間のものと変わらなかった。

 アネシスに元気がない。

 疑問と不安がまじりあった俺は、移動する足に力が入っていった。

 アネシスが振り返れば直接聞いてみるもよし。

 振り返って俺に気づいた時、何らかの表情の変化が変えられるのではないかと思って…。

 じんわりと汗ばむ夏の夜。でも、暑いのは体の表面部分で残りは何も感じ取れない。


 アネシスの背中が本当に消えたのはロボット製造工場であった。

 王の手と口のいる場所でもあるところ。

「仕事だったのかな。…どっちにしろ、入れないけれども」

 どうしようか、待つべきか、戻るべきか。

「…………」

 待つことにした。

 重要の仕事だとしても『どうした?元気ないな』ぐらい言葉をかけてもいいはずだし。


「………」

 浮かび上がってきた汗が、体からすべり落ちそうな闇の中で一つの変化が起きた。

「そこの方、何をなさっているのですか?」

 背後から声が聞こえ振り返ってみると、アネシスと同じ服を着たロボットがいた。

 いや、正確には紺色の警備服を着た女性型ロボット。

 長い髪は一つの三つ網にしているところはソシエゴが当初警備用になっていたのを思い出させる。

 と、のんきに感想を述べているところではなかった。

 セキュリティロボットから見た俺は『工場前に立ち尽くす、怪しい男』なのだから。

「えと、アネシスが出てくるのを待っていたんです」

「アネシス?セキュリティー・コマンダーロボットアネシス-1ですね」

 それからロボットは俺の顔を一度見つめてから、頭上から足先まで目を通した。

「…。これは失礼しました。後継者候補Aの大累順谷様でしたか」

 巡回ロボットといえども、俺の存在は伝わっているらしい。

 さすがであり、ほっと胸をなでおろすことが出来た。

「大累順谷様。今アネシス-1は業務中ではありません。御用があるならば、建物の中へどうぞ」

 セキュリティーロボットは、どこかに通信してアネシスの状況を引き出し、なおかつ俺にアドバイスをしてくれた。

「ああ、どうも」

 と、言われ、ロボットに見つめ続けられては、動くしかないだろう。

 アネシスには何て言い訳しよう…ありのまま話すしかなかな…と考えながら暗く長い通路を歩き…とめるしかなかった。

 後を追い続けてきたアネシスの背中は座り込んだ高さにあった。

「違うの。アネシスが聞きたいことは、それじゃない」

「…り……」

 アネシスは誰かと話していた。

 低く、男の声…ボス?

「どうして…ボスは」

 ボスの声に歯止めが利かなくなった俺は足を踏み出しメインルームに出ていた。

「………」

 ボスは…確かにいた。

 ガラス張りの製造機に。

「映像…」

 俺は改めてアネシスを見つめた。

「ねえ、ボス。意地悪しないで教えてよ」

 近づき、小声とはいえ音まで放ったというのに、アネシスは背後の存在に気づいていなかった。

「ボス」

『アネシス、順谷の重りになるなよ』

「ボス、教えてよ。アネシス、ボスの部屋で何も言ってくれなかったから。ここじゃないと話してくれないのかなと思って、来たのに…。

 どうしてボスは同じことしかしゃべってくれないの?」

 ……

 ボスの声を拒否し理解しようとしないアネシス達。

 万能なる力を持つロボットのいたたまれない姿に心が痛くなった。

「久しぶりだな、順谷。お前は、昔と代わっていないようだな」

 俺に視線を向けることはなく、初めて再会したかのような言葉だった。

 でもロボットたちは、疑問すらもたないのだろうな。

 この、視線を変えない、ただ再生されるだけの映像であっても。

 ロボットたちは本物のボスと疑っていないのだから。

 アネシスに向けた言葉も、そうなるんだろうな。

「お前達が後継者候補になって一晩がたった。気が落ち着いたところで『王冠』の捜し方を教えよう」


「王冠の入っている箱を開けられるのは、一体のコマンダー・ロボットだけだ」


 ボスは、プログラムされた映像と音声は1文字も変わらず繰り返し俺達に視線を向けることなく姿を消した。

「…………」

 声をかけようか迷いながら、1歩前に近づいた時、アネシスの方でも気がついた。

「………」

「…あ、アネシス。ごめん、そのう…」

「……」

 アネシスは何も言わず、大きな目を俺に向けているだけであった。

「ねえ。ボス、教えて」

 心臓が凍りつくような気がした。

 …アネシスは俺をまっすぐに見つめ、そう言ったのだから。

「…あ、アネシス」

 ロボットの目からではボスと俺は混合してしまうのか?と思ったけれども、何か様子がおかしい…。

 アネシスの目はガラス玉を取り付けたように表情がなく、うつろで…表情が消えかかっている。

「お…おしえて、順谷」

 元気を放っていた唇は1度開いてから言葉を放ち、目の前にいる者の名前を呼んでくれた。

 どうやら、ボスと間違えたようではないのは確かだけれども…。

 しゃがんで、疑問を口にしようとしたけれども、アネシスが先に聞いてきた。

「アネシスは王冠を入れる箱を開けられるロボットなの?」

「それは、わから…」

「人間に近い能力を持っているから、そうなるの?」

「………」

 俺の声が届いていないのか?

「だから、アネシスはこんなにも辛い思いをしなければならないの?」

「おい、アネシス…どうしたんだ?お前、何か変だぞ」

 アネシスから表情が消えかかっている。変だ。

 名前を呼び、両肩をつかんで軽く揺すろうとした。

 固く、冷たいそれに触れた瞬間、彼女はびくんと震えた。

「教えて…。大好きな順谷を見ているだけで、こんなにも、悲しいおもいをしなければならないの…」

 『大好きな順谷を見ているだけ…』

 その言葉をアネシスは見つめながら言っていた。

 でも…彼女に表情はなかった。

 ロボットそのものに変わり、それから…

「アネシス!」

 彼女から力がぬけ、その場に倒れこんだ。

 腕を伸ばし抱きかかえようとしたけれども、見た目から想像もできない重さに腕ごと床に触れる。

 力を入れなおして抱きかかえてみるものの、今のアネシスから動というものは一切なくなっていた。

「おい、アネシス。王の口と手」

 今頃になって、間近にいる機械に気づいた。

「王の口と手。アネシスが変なんだ。まったく、動かない」

「…」

 王の口と手は解答に数秒の時を必要とした。

「私からの応答にも反応しません。

 残念ながら、順谷様。私。王の口と手は、製造専門でありアネシス-1を診ることはできません。ただちに、ソシエゴ-1と連絡をとります」


 ソシエゴは数分とたたず、現れ、微かだけれども不安を取り除いてくれた。

「姉さんのことだから、1日中走り回って、エネルギーが切れたんでしょう。念のため、精密検査をしてからじゃないと、確信することはできませんが」

「…もしかして、俺が現れたからか?俺を見たとたん、アネシスが変になった感じなんだ」

「順谷さんが心配する事なんてありませんよ」

 ソシエゴは人を安堵させる笑顔を向けて、アネシスを軽々と持ち上げた。

「順谷さんを不安にさせた事については、ボスに報告しておかないとなりませんね。姉さんにお灸をすえてもらわないと」

 何も言えないまま、俺はソシエゴの背中を見送った。


 ソシエゴの言う、ただのエネルギー切れには見えなかった。

 沈んだ顔で園内をうろついて。

 ボスに会いたがって…

 俺の存在に気がついた途端…

「エムカさんの所へ行こう」

 会って話を聞こう。アネシスはなぜ沈んでいたのか。


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