コーヒータイム
やはりエムカさんもアネシスを狙っていた。
アネシス
人懐っこくて人間くさいロボット。
気になっていたものの、エムカさんに取られ、おまけに。
「順谷さんが指示されたプログラムの実行と、パスワード付きのデータ-をピックアップし、解除しました」
エムカさんからもらった書類通りに行っている。
俺は、いくらボスのクローンであったとしても、知識の欠片一つない学生に過ぎない。
子供だから、まだ学生だからという言葉に甘んじたくなかった。
でも、何をどうすればいいのかわからない。
わからないから、今ある1本道を進む。
それで満足できるわけがない。
「…ふう」
考えれば考えるほど悪循環になっていく俺を止めたのはソシエゴだった。
「順谷さん、世の中、簡単にはいきませんよ」
トレイにあるコーヒーを渡し、少女のようににっこりと笑った。
俺が眉間にしわを寄せているのは王冠が見つからないからと思っての発言らしい。
「千里の道も一歩からって言うじゃありませんか。
どんな大事業でも最初は小さな一歩にすぎない。また、それをこなすものも最初は人の手がなくては生きてもいられない赤ん坊だって。耳がタコになるぐらいボスがおっしゃいます」
… … …
小さな1歩か。
始めの1歩を踏み出すこと。弱々しい前進をあきらめずに続けることが肝心だと。
「………」
あなたが言っていた言葉、勝手にそう解釈していいですか?
「…。ありがとうソシエゴ。おかげで元気が出てきたよ」
「い、いえ。どんでもございません。僕は、ただデータ-ないにあった言葉を言っただけです。
それよりも順谷さん、肩はこってませんか?お腹の具合はどうでしょう?何か頼みますか?」
ソシエゴの対応に、今度はこっちがとまどう番だった。
アネシスに近いと思われる、まとわりつくような行動理由を教えてくれたのは部屋に入ってきたバッテレインだった。
「ソシエゴは『世話する人』が来たから、はりきっているんだよ」
指摘されたソシエゴは、まばたきをして考えてから『そうですね』と素直にうなづいた。
「ここに人が来ることなんてまずありえませんでしたし。最近のボスはエムカさんばっかり指名でしたから。
でも、エムカさんが人で後継者候補になったから、また呼んでくれるかな」
「…。うーん、最近のボスは何でも1人でやっているみたいがらなぁ」
「…そうですか」
純粋にボスのことを考えるソシエゴに『そうだろうね』と型どおりの嘘をつくことができなかった。
ボスは2度と世話を頼むことはないのだから。
がっかりするようでもソシエゴの心にエラーが起きないように、遠まわしに言った。
「ボスが声をかけず、暇なら手伝ってくれないかな、ソシエゴ。もちろん王冠捜し以外のことで」
「はい。もちろんです、順谷さん」
ソシエゴの透き通った声と共に出てきた笑顔は、見ている者にも笑顔にしてしまう力があった。
「順谷さん。パスワード解除したデータ-内に『Oukan』もしくはもしくは『crown』といった単語は含まれていません」
一段落したところでスィージィが結果報告を出してくれた。
「字違いのキーワード『Ookan』でもやってみましたがヒットするデータ-はありませんでした」
「そうですか…」
要請権を使って当たってみたものの、簡単にくだけてしまった。
「箱…スィージィ『箱』とか『王の箱』とかいった言葉はどうでしょうか?」
もちろん、それであきらめる気にはなれない。
俺はとっさに思いついたことを頼み、書類を改めて目に通した。
もらった書類は細かく書きこんでいて、それでわかりやすく指示が出せるようになっていた。
まるエムカさんが自ら指示できるように…。
指示書を読みなおし、さらに思いついたことをスィージィに頼んでみたものの、最終キーワード『王冠』もしくは箱につながることはなかった。
「焦らず、一息いれてみてはどうでしょう?」
2杯目のコーヒーとお茶菓子を運んできたソシエゴは、落ち着いた微笑みを向けた。
「肩の力をぬいて一休みすると、新しいアイディアが生まれるってボスが言ってますし」
さっきと代わらない微笑を向けるソシエゴは良くも悪くもロボットだった。
後者は機械的な感じがして。
前者は、変わらない笑顔こそが俺に落ち着きを与えてくれた。
コーヒーを口に含み背もたれ椅子に見をゆだねて天井を見上げると、スィージィ側に顔を向けるソシエゴとバッテレインの顎が見えた。
「………」
同じ顔の一部で材質とか同じだけれども大小、遠近が違っていて…
「…同じなのに違う……。
スィージィ」
ふと思いついた俺は元の姿勢に戻した。
「違う国の言葉っていうのはどうかな?フランス後とかドイツ後の『王冠』っていうのは」
「でも、順谷さんアルファベットじゃない言葉もありますよ」
「ロシア語やギリシャ語とか当てはまるな。Nを逆にした文字とかもありますし」
俺の意見にソシエゴとバッテレインは正しい情報を教えてくれて、スィージィーは変換してくれた。
「では、その言葉自体を英語になおしてみましょう。
『王冠』を『Oukan』とするように。完全に買えることはできませんが、やっみましょう」
「なるほど…」
3体、いや3人の速い頭の回転に舌を巻くことしかできなかった。
「とりあえず、20カ国の言葉をあたってみます。順谷さん、パスワード付のデータ-だけにしますか?それともすべてに範囲を広げますか?」
「…えーっと、スィージィさん。エムカさんは、この方法をやってましたか?」
不公平になるかと断れるかもと負ったものの、スィージィさんは素直に答えてくれた。
「いえ。英語と日本語だけです」
「ならば…大変だと思いますが、スィージィさん、全てのデータ-を見ていただけないでしょうか」
立ちあがってスィージィーさんの所へ向かってから、お願いすることにした。
スィージィーさんは寝椅子に身を預けている状態なので見下ろす視線かは失礼かもしれないけれども、椅子にふんぞり返ったまま頼む気にはなれなかった。
いくらロボットとはいえ、その労力はすさまじい量なのだから。
「喜んで。順谷さん、私達ロボットはやりがいのある仕事を与えられるほど嬉しいものはありません」
働く事が『喜び』だなんて、人間にとってなかなか考えられないことだけれども。
誰かに役立つことをする。それによって自分がここに存在してもいいと実感できる。という考えは同じなのかもしれない。
「キーワードに引っかかり次第、お伝えしますが、すべてのデータ-を処理できるまで2時間かかります」
「ならば順谷さん、その時間を休息時間にしてはどうでしょうか?私がウエストルム・キングダム内をご案内いたします」
『~でしょうか?』と控えめに尋ねているものの、ソシエゴは案内役を務めたいらしい。
「大丈夫ですよ。アネシスと違って絶叫ものばかり選ぶことはありませんから」
「そう。なら頼むよ」
ソシエゴをがっかりさせたくなかったのもあるけども、施設内をゆっくり見て回りたいからお願いすることにした。
「しっかし、男3人で園内巡りというのも、むなしいものがありますな。ま、順谷さん、こればかりはどうしようもないのであきらめてください」
どうやらバッテレインもこの一行に加わるらしい。嫌じゃないから別にいいんだけれど。
真夏の園内探索は、即座に中止となってしまった。
園内用の携帯電話が鳴り、スィージィさんの結果報告が届いた。
体内に携帯電話機能を持っているロボットはテレパシーと同じ力を使って、携帯に声を飛ばす。考え見るとものすごい事だと思う…。
「順谷さん。キーワードを『箱』のラテン語で検索してみたところ『占いの塔』にヒットしました。
開園以降にその言葉の名前を使った改築設計ファイルがありました」
「はい、占いの塔に改築ですか…」
「改築?スィージィー、それ本当か?」
俺の返答を聞いて知ったバッテレインは言葉を放った。いや、声を出しているものの、彼に組み込まれている携帯機能で直接スィージィにも送られているようだ。
「俺のデータ-にそんな記録はないぞ」
「ちょっとまってて。……(検索中)。
バッテレインが知らないのも無理ないわ。占いの塔の改築データ-はボス自らの命令で削除されているわ」
「え、データ-削除…」
ロボットだから簡単に記憶を消すことができるから、やろうと思えばできるけれども…。
「おそらく、ボスは改築した事を隠しておきたかったのでしょうね」
俺達の会話を聞いていたソシエゴは自分の推測を述べ、さらなる疑問を口と体内携帯電話から放った。
「でも『バッテレインさんの記録を削除した事の記録』がよく残ってましたね」
ちょっとややこしい話だけれども、そう言えばそうだよな。でも、スィージィさんの返答はさらりとしていた。
「ボスがこの行動記録をバッテレインだけ削除命令を出したからでしょう」
ボス、人間だからこそ持つうっかりミスなのか、そう仕向けたのか、今となってはわからないけれども。
「箱…。もし、それが『王冠を入れる箱』だったら、バッテレインの記録削除はありえますよね」
ソシエゴは話を元に戻し、事の重大さに気づかせてくれた。




