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モブ貴族A

モブ貴族Aは成り上がりのナンパを見た 〜周りを見てくれイキリ男! 婚約者が怖すぎて俺の震えが止まりません〜

作者: Argon
掲載日:2026/10/13

お読みいただきありがとうございます!


今回は王都の夜会で調子に乗った新興貴族のバカ息子が登場します。


本人はドヤ顔でナンパしているつもりですが……後ろに控える婚約者の絶対零度の圧と、死の危険を察知して冷や汗ダラダラで必死の立ち回りを見せる主人公ライルの『超高度な保身コメディ』をお楽しみください。


↓前作のURLはこちらです↓

https://ncode.syosetu.com/n5416lv/

(※前作をお読みいただいていなくても、これ単体で完全にお楽しみいただけます!)


それではどうぞ!

数か月前の騒動は無事、表で広がることもなく、今日も王都では華々しい夜会が行われている。


学園を卒業したらすぐ領地や仕事に、と貴族はならない。数か月間、卒業生と関係者が中心の夜会が開かれる。

半人前たちのため、これからのコネクションのためのシーズンだ。

堅苦しいものばかりでなく、純粋に友好のための夜会もあり、今日は婚約者のマリアが友人に呼ばれてそのエスコートだ。

完全に装飾品であるため多少気は楽だが、アクセサリーの仕事は忘れない。


「ライル様、贈っていただいたこちらのドレス……周りの方々の視線が少し気になりますけれど、いかがかしら?」

「とてもよく似合っているよ、マリア。君の瞳の色に合わせて選んだ甲斐があった。今日の夜会で一番輝いているのは間違いなく君だ」

「ふふ、ライル様のお見立てに狂いはありませんでしたわね」


……よし、いい感じだ。

夜会会場の壁際で、俺は胸の中で深く息を吐き出した。

あの「喜劇」から数ヶ月。俺の生存戦略(誠実な夫になるための血の滲むような努力)は、日々進化を遂げている。

今の回答は、返答速度0.5秒。迷いは命取りだ。


「マリア、喉は乾いていないかい? 温かいワインをもらってこよう」

「ええ、ありがとうございます」


完璧だ。挨拶回りも終え、この調子で何事もなく切り抜ければ——と思った、その時だった。


「やあやあ、そこ美しい淑女。こんな冴えない男と話していても退屈だろう?」


和やかな夜会をぶち壊しに来た。

横からヌッと割り込んできたのは、最近成り上がったばかりの新興子爵家の長男、ガルドだった。今回の夜会が初めての参加だとマリアから肖像画を見せられていたので覚えている。

ギラギラとした派手な上着を羽織り、香水を浴びるように振りかけた男だ。


その男をちらりと見たマリアの目に光が一瞬だけ消えたのが見え、心臓の鼓動がバクバクと音を立てはじめた。


(……頼む、消えてくれ。今すぐ、俺たちの視界から消えてくれ……!)


俺の悲痛な祈りは届かない。ガルドは俺を一瞥すると、鼻で笑った。


「貴様のような冴えない男の分際で、このような極上の花を連れ回すとはな。女はな、もっと力と財力のある男に守られてこそ輝くものだ。どうだね、俺の女になれば、こんな地味男の領地ごと買い叩いて贅沢させてやるぞ?」

「おい、お前。黙って見ていないで、さっさとその手を離したらどうだ? 女なんてものは強い男になびくのが道理——」


ガルドはニヤニヤしながら、マリアの手を取ろうと腕を伸ばした。


(あ。)


俺の脳内で、巨大な警告音が鳴り響いた。


(死)


ガルドじゃない。下手をすれば俺が死ぬ。

俺は即座に、滑らかな動作でスッと前に出てマリアとガルドの間に立つ。


「ライル様……?」


マリアが少し意外そうな声を出す。


(マリア、頼む。あの日のようなことはやめてくれ。俺の心臓が持たない。軽くトラウマなんだよぅ。)


正義心でも義務でもなく人に一歩を踏み出させるのは恐怖なのだと、この時悟った。


(お前もだ、新興子爵家。貴族のルールを親から教わらなかったのか。)


子爵家はただ金さえ積めば、功績さえ立てれば手に入れられる爵位ではない。となれば親はまともなはずなのだが、子に親の苦労は伝わらないのか、親は子を見ないのか。


「おいおい、そこ退けよ地味男。威勢だけは一人前だが、膝がガクガク震えてるぞ?」


ガルドはライルをあからさまに嘲笑うと、背後のマリアに向かって大袈裟に肩をすくめて見せた。


「見なよ美しいお嬢さん。こんな生まれたての小鹿みたいな男に守られて嬉しいかい? 俺ならお前にそんな惨めな思いはさせない。こんな情けない男、さっさと捨てて俺の胸に飛び込んでくればいいんだ」


ガルドの言葉を聞いた瞬間、俺は自分の次の身の振り方を考える。

膝が震えている? 当たり前だ。

ガルド、お前への恐怖じゃない。お前のその言動によって、この場がどのような地獄に変わるかを知っているから震えているんだ。

馬鹿め、これがわからないお前がいかに経験浅く、考えなしの新参者かを証明しているんだ。


「さぁ、さっさと——」

「ライル様、どいて?」


背後から、鈴の鳴るような、そして絶対零度の冷気を纏った声が響いた。

会場の空気が凍りつき、遠巻きに見ていた貴族たちが、一斉に何かを察して数歩下がった。


俺は即座に、前に出たときの逆再生のように滑らかな動作でスッと、マリアの視界の邪魔にならない壁際へと退避した。

もう、俺にできることはない。ここから先は、彼女の領域だ。


「ええ、本当に……。ライル様はとても誠実で、可愛らしい小鹿のようですわ」


マリアが、ガルドに向かって満面の笑みを浮かべた。

その笑顔は、まるで春の陽だまりのように温かく、そして——獲物を屠る瞬間の捕食者の彩りだった。


「わたくしは、マリア・イザベラ・フォン・ヴェルク。……ガルド・バザロフ」


マリアは、その名に相応しい重みと絶対的な冷たさを纏い、男の名前を呼び捨てにした。


さすがのバカ息子でも、その纏う空気のただならぬ差に何かを感じたのか、一歩下がる。


「貴方様は、『フォン』も洗礼名もお持ちでない、ただのガルド・バザロフ。我がヴェルク伯爵家が、貴方のような無礼者を……お許しになるとお思い?」


マリアがふわりと扇子を開き、その奥の瞳で冷ややかに見据えた。


「――お父様には、新興子爵家の『教育』について、しっかりとご注進申し上げておきますわね」


壁際まで下がることで会場全体がよく見える。

貴族同士がささやきあい、奥へと消える夫人たち。

このことは一夜にして広がるだろう。礼儀と弁えの知らない跡取りがいる商会がどうなるかは、ほんの少し頭を使えばわかることだ。


トラウマがよみがえりそうになりながらも、俺は必死で頭を回す。


(落ち着け、俺。この状況をどう繋げる……?)


バザロフ商会の交易ルートは、うちのロランド男爵領の街道にもがっつり関わりがある。

ガルドの家が潰れれば、当然その物流も大きく影響を受けるはずだ。だが——


(マリアの実家(ヴェルク伯爵家)の後押しで入ってくる代替の商会と、この混乱に乗じて弱みに付け込み、割高で恩を売っておくバザロフ商会……。どちらをうちの領地の次のパートナーにするのが正解だ……?)


夜会のために頭に詰め込んだ貴族名簿を頭の中で必死にめくり、バザロフ子爵当主と家族構成を思い出す。

ちらりと見ると、マリアはバカ息子を睨みつけながら、こちらもちらりと見ていることに気づいた。

体温がさらに下がるような感触に襲われる。


(ど、どっちだ!? 余計なことするなってことか? それとも、俺の出方を試してるのか……!?)


「ライル様。ホットワインです」


混乱の一歩手前になりかけたところで、給仕のメイドが俺に二杯のホットワインを差し出してきた。


(そういえば……あれ? もらってこようとしたけど、まだ頼んでないよな……?)


思考がふとフリーズした瞬間、メイドの奥からこちらへ向かってくる人物たちが見えた。

青ざめた顔で冷や汗を流す中年男性——バザロフ子爵当主。

そして、その横には険しい表情を浮かべたこの夜会の主催者(マリアの友人)とその父親である伯爵当主。そしてマリアの父親であるヴェルク伯爵の姿があった。


(そういうことか。……え、いつから見てたんだあの親父さんたち……!?)


また別の寒気を感じつつも、俺は受け取ったホットワインを持ってマリアの元へと近づいた。


「そこまでにしよう、マリア。きっと彼は、少し酔っていたんだ」


俺が間に割り込むと、マリアは威圧感を孕んだ微笑みのまま、こちらを向いた。


「あら……止めますの、ライル様?」


逃げ出したくなったが、俺は今日の役割を全うしなければならない。

アクセサリーだ。俺は今日、彼女を輝かせるための完璧な装飾品としてここに来たのだ。


「いいや。この件は、バザロフ子爵当主から直接話を聞かなければいけないからね。……俺のために怒ってくれてありがとう、マリア。君は本当に、婚約者の鏡だ」


俺は温かいグラスを一つ彼女に渡し、エスコートのために優雅にスッと手を差し出した。そして、最高に誠実で甘い笑みを浮かべた。


「……!」


一瞬でマリアの威圧的な空気が霧散した。

彼女の頬がほんのりと朱に染まり、差し出した俺の手の上に、そっと自分の手を重ねてくる。


「……ライル様がおっしゃるなら。ふふ、お優しいのですから」


完璧だ。

マリアの顔を潰さず、「愛する婚約者のために怒り、婚約者の立てた筋に従う健気な令嬢」としての立場を与え、さらにバザロフ子爵家(親世代)を直接追及する逃げ道のない盤面を整えた。


その後、別室へと連行されていくバザロフ親子と、厳粛な面持ちでそれに同行する両伯爵家当主たちの姿が見えた。事態の収拾と『処理』は、すべて親世代の手に委ねられたわけだ。当事者(俺)をおいて。


「ふふ、今日のライル様、とっても格好良かったですわ」


帰りの馬車の中。

酔いも手伝ってか、マリアが俺の肩にすっぽりと寄り添ってきた。


「私を守るために前に出てくださって……体に触れられそうになった時は少し身の危険を感じましたけれど……私を『婚約者の鏡』だなんて……嬉しくて胸が一杯になってしまいました」


うっとりと頬を染めるマリアの可愛らしさは、間違いなく可憐な令嬢そのものだ。

だが、その細い手が俺の腕をギュッと抱きしめる力加減には、かすかな威圧感が混ざっている。


(……分かってる。分かってますとも。)


『次も期待していますわね』という無言のプレッシャー。


(今日も生き残った……!!)


俺は背中に流れる冷や汗を拭うこともできず、心の中で深く、深く安息の息を吐いたのだった。


……ところで、あの後別室で両家はどれだけバザロフ子爵家に恩を売り、利権を毟り取ったのだろうか。

どの段階からあの茶番劇は仕込まれていたのだろうか。

参加できなかった話し合いの内容が気になりつつも、触らぬ神に祟りなし。

夜会の最後、どこか満足げな表情を浮かべて俺たちを見送ってくれたマリアの父親と、主催の父親。両伯爵家当主のあの顔を思い出し、俺は心の中でそっと、バザロフ子爵に十字を切るのだった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


哀れなバザロフ子爵に十字を切るライルでしたが……一番恐ろしいのは、最初からすべてを仕組んでいたかもしれないマリアたち伯爵家の方々だったのかもしれません(笑)


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