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透明な食卓

作者: Anzsake
掲載日:2026/04/17

ねぇママ。「いただきます」という言葉には、命を食べる事への感謝を伝えるものだと。昔教えてくれたよね。


ならば、いつもテーブルにある何も無い皿に向けたその言葉には、一体何の命に言っているの?


そう言うと、ママは笑って私を見た。


「私たちは、名前も知らない命を食べているのよ。昨日の晩御飯。誰のお肉だったか知ってる?」


「豚肉?」


「どんな豚さん?」


私は首を横に振る。


「誰の命かは、そこまで重要じゃないの。私たちは、ただ命を食べないと生きていけないから、そうやって謝っているだけなの」


そう、ママは言った。少し悲しそうな顔をして、汚れひとつ無い皿を見た。


「冷めないうちに食べてしまいましょう」


ママが銀器を持ち上げる。私もそれに習う。私の目の前にある豚肉から登る湯気が顔にあたる。


銀器が皿に当たる音がする。ナイフで切り分けた豚肉を口に入れる。歯の間に挟まった筋を、舌で触れて転がした。


私とママの2人だけのテーブルに、3つ目のお皿はいつもある。


食事の度に、ママはそれを並べる。食事が終わると下げてしまう。

当たり前の事だった。それでないのだと、外の世界を知ってしまった。


学校の作文のテーマは、「私の家族」だった。ママの事を書こうとペンを取ると、あの皿が思い浮かんだ。

テーブルの端。そこにもう一人誰かが居るように置かれたその空席。


その席は、誰の命を食べるんだろう。誰が、命を食べるんだろう。


1文字も書けないその紙は、あの皿のように真っ白で。

そこにただ、私の名前だけを書く。


「先生」


「どうしたの?」


「命って、なんで温かいの?」


先生はうーんと唸った。


「誰かのことを想うから、暖かいと感じるのよ」


「なら、どうして冷めたお肉は温かくならないの?」


ねぇママ。私たちは、名前も知らない命を食べるのだと、そう教えてくれたよね。


ならば、その命はどこに行くの?名前は元々あったの?


そう言うと、ママは笑って私を見た。


「私たちだって命よ。あなたにも、名前があるでしょう?」


私は首を縦に振る。


「誰にでも、名前はあるものよ。どこかに行くと、そう思うの?あなたは、食べ物に命を感じたことがあるの?」


私は何も言えなかった。どうして、どこかに行くと思ったのだろう。


「私たちがいただきますと言う時には、そこにはもう命は無いの」


「なら、私は何を食べているの?」


「命を守る器よ」


私は少しだけ、ガッカリした。私は、命を食べていたのでは無かった。


「命は、食べられないの?」


そう言うと、ママは笑って私を見た。


「もう食べたじゃない」


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― 新着の感想 ―
 身があるし時には熱も心も宿ってる命そのものと、命を支え別の命の存続に繋げてく為の器と化した食物の線引き、なのでしょうか。  大切なものではあるけど、いつまでも感情移入せず割りきる必要性も求められる…
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