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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
99/105

九十八話・泉水


 宵。この神社に勝手に居候しているらしい神の名は、そう書いて『よる』と読むらしい。

 神名ではないただの呼び名であり、その名以外を樹自身が知らないようで、玖珂を調査していた時に菘ん家の御祭神を聞いた時に濁されたのは彼がまず浮かんで説明が面倒になったかららしい。(よく考えればただの居候であり御祭神ではないので説明の必要はなかったのだが)


 今日はそんな宵様の住み着く神社に、樹と二人で訪れていた。

 菘の家が神社だと聞いてから気になっていたのもあり、息抜きついでにお参りしたい! と樹を誘うと、少し嫌そうな顔をしつつも連れてきてくれたのだ。どの道俺は鈴としてしか甲賀内を歩けないため本当にオフモードで楽しめるかというと怪しいところなのだが、それでも神社の空気は忍びにとっては十分なリフレッシュ効果がある。九字印にそれぞれ神仏が対応しているように、忍びと神様は縁深いのだ。


「そういえば、結局ここの御祭神って……」

「見ての通りだよ」


 樹の視線の先へと目をやれば、狐の像が。

 なるほど。九字でいう皆、外縛印に対応するお稲荷さんか。


「今の鈴には丁度いいかもね」

「確かに……! 連れてきてくださりありがとうございます!」


 にこりと微笑みながら礼を言うと、樹はいつも通りそっけなく「別に」と返事をする。

 それにしても、外からの魔が入ってこないように、身体を強く、動じない心を。そして、ストレスに強い状態を作る印か。確かに今の俺には必要だ。

 そう考えていると、厳かな神社の空気に似合わない明るい声が俺の耳に届いた。


「樹さ~ん! 本当に来てくれたんスね~! こんにちは~っ!」


 人懐っこい犬のように嬉しそうにブンブンと手を振りながら、菘が現れた。手だけじゃなくてブンブンと左右に振れる尻尾が見える気がするのは、多分俺だけじゃないと思う。

 そんな菘に樹が相変わらずのローテンションで「どうも」とだけ返した。距離あるなあ、と思わずくすくす笑っていると、ほら鈴も、と小突かれる。


「あ! この前の使用人さんも来てくださったんスねー!」

「はい、こんにちは。菘様……でしたよね?」

「菘でいいっスよ!」

「では菘くん。私のことは鈴とお呼びくださいませ」

「鈴さん!」

「はあいっ」


 などとにこやかに会話している横で、樹が「あ、」と声を上げた。何かと思い横を見ると、そこには長い黒髪の内側に暗い青緑が入り、肌には鱗が薄ら浮いた、糸目で長身の男性が立っていた。


「ふぅん、君が例の」


 男性が俺を見て、話しかけてくる。


「もしかして貴方が宵様、でしょうか」


 俺がそう言うと、彼は目を開き、金色の瞳で数秒じぃと見つめて、それからにっこりと笑った。


「そうさ。気軽に宵さんとでも呼んでほしいな、らっくん♪」


 その言葉に一気に背筋が冷えるのを感じる。

 え? 今俺らっくんって呼ばれたよな? いやでも相手は神様だしそれくらい、いやいや流石に神様といえど名乗っていない名前は知らないはずで、いやでももしかしたら相手は元々俺のことを知っていたのかもしれないし、なんだったらさっき「例の」って言われて……例のって何!?

 一瞬でそこまで考え、一先ず動揺を表には出さないように「わかりました、宵さん」と鈴で返す。しかし手遅れだったようで、菘がこちらを見ながら「え?らっくんって、え?」と困惑の表情を浮かべている。樹を見やれば、流石に予想外だったのかバツが悪そうに視線を逸らしながら頬に汗を浮かべていた。


「え!? 君、おま、え、まさかあの、立花のォ!?」

「あーーー……なんてことしてくれんすか宵さん」


 はくはくと口を開閉しながら動揺をそのまま顔に出す菘。俺はもう諦めて、地声で宵さんに文句を言う。ったく、本当になんてことをしてくれるんだ。そんな視線を向けるが、当の宵さんは自分は悪くないと言わんばかりに心底愉快そうな笑顔を浮かべている。……確かにこの神、様付けしなくていいかも。なんて不敬な考えが頭を過ぎった。


「おま、えええ!? なんで!? なんで法雨に!?」

「ちょっと色々事情があってな。樹に協力してもらって潜入してんだよ。だからデケェ声で叫ばれると困んの。抑えてもらっていいか?」

「事情教えてくれたら抑えるっス」

「このやろ……」


 しゃーねぇな……と承諾する。折角バレないようにと髪も顔もそれなりにちゃんとメイクしてきてんのに、菘から見たらただ女装に本気出してる立花楽になっちまったじゃねえか。

 そんなこんなで、何がツボに入ったのかわからないがいつの間にか笑いを堪えていた樹と共に、菘に連れられ境内にある禾几家の住居に上げてもらうことになった。ゆっくり話をするためにお茶まで入れてくれるらしい。お前、本部で出会した時のあの敵意はなんだったんだよ……と思いつつ、お言葉に甘えて禾几邸に上がり、客間に腰を下ろす。もちろん参拝は先に済ませた。


「一瞬だったね、バレるの」


 隣に座った樹が、視線は寄越さないままで俺に話しかけてくる。


「んまあ、結果的に完全に任務モードオフんなったし結果オーライかも」

「そう」


 ていうかさっき何が面白かったんだよ~と樹に詰め寄ると「いやなんか、全部」と雑な答えが返ってきた。よく聞き出せば、菘のリアクションといい宵さんのあまりにも悪びれない態度といい不憫すぎる俺の姿といい、全部がツボに入ったらしい。よくわからんツボだな、と思っていると菘がお茶と茶菓子を持って戻ってきた。いや菘だけじゃなく宵さんも、そして更にもう一人、白い耳とふさふさの尻尾の生えた白髪の少年が何やら言い争いながら……というか宵さんが叱られているような様子で客間に登場した。


「わかったわかった、あかりんは真面目だなぁ」

「あなたが不真面目で無礼で無神経なだけですからね! 全く、この蛇はいつになったら気遣いを覚えるんでしょうかねすず」

「いやぁ~宵さまにそれ期待するのはやっぱ無茶だと思うっスよ(あかり)さん」


 一気に騒がしくなったな、と思う俺。と、同じようなことを思っていそうな表情の樹。

 鱗浮いてんなあと思ってたけど、蛇神だったわけか、宵さん。そして灯さんのあの耳と尻尾は狐だろうな。お稲荷さんなだけある……と納得しかけて、待てよ? と思う。俺が見ている彼の尻尾は、どこからどう見ても一本ではない。


「な、あの、灯さんってもしかして、九尾……!?」

「ああ、はい。今は六本ですが、そうですな」


 灯さんはそのたっぷりとした尻尾をふさふさと柔らかそうに揺らしながら、肯定する。おかげで今度は俺が口をはくはくさせる番となった。まさかこんなところで出会うなんて、誰が想像できたよ。


「やっぱり九尾伝説って有名なんスね~」

「そりゃそうだろ、あの九尾だぞ!?」

「その九尾とも限らないじゃないスか」

「え、違うんすか」


 灯さんを見る。明後日の方向へと目を逸らされる。多分本人じゃねえか、と心の中でツッコむ。

 ていうか九尾の割には嘘下手なんだ……。あと美女って話だけど実際は男だったんだ……。


「美女に化けていましたよ、昔は」

「心読まないでもらえます……?」

「はっ、すみません、つい」


 あかりんも十分無礼じゃないか♪と嬉しそうに言う宵さん。……の髪を引っ掴んで不服の意を示す灯さん。さては仲良いな?


「ねえ、九尾伝説ってそんなに有名なの?」

「え? もしかして樹知らない? あ、でもそっか伊賀の……」


 菘が置いてくれたお茶を飲み、一旦落ち着く。毒の味はしないな、うん、よし。


「伊賀じゃ多分みんな知ってるぜ、九尾。なんてったって長の家系に伝わる美女伝説だからさ」

「へえ、そうなんだ」

「って言っても、まあ詳しいことはよく知らないんだけど」


 と前置きして、伊賀に伝わる九尾伝説を俺は話し始める。

 その昔、今の里ができてすぐの頃。まだ霧の術が不完全な時期だったためとある女が伊賀に迷い込み、初代里長に一目惚れをしたという。女は絶世の美女だったが残念ながら長は彼女に靡くことはなく、悲しんだ彼女はそれならばいっそ彼を食ってしまおうとその正体を表した。女は九尾の狐が人間に化けた姿だったのだ。しかしそこは忍びの里。九尾はたちまち長を護衛していた忍び達に取り囲まれ、捕獲されてしまう。そして偵察で訪れた甲賀の忍びがその様子を見ており、その後九尾を欲しがった甲賀の長の命令により九尾は甲賀に強奪されてしまった。三禁の色を警戒していただけで実際は九尾に惚れていた長は、その別れをひどく悲しんだという。


「って感じの話」

「ええ!? 彼僕のこと好きだったんですか!?」

「本人知らなかったらしい」

「なんつータイミングの両思いカミングアウトっスか」

「まさか知らないとは俺も思ってなくて……」


 ていうか本当にその九尾なんすね、と灯さんを見ると、顔を赤らめて口元を押さえた灯さんはコクコクと頷いた。随分可愛らしい人……狐だ、と俺は思う。


「実際は食べようとはしていなくて、どうしてかすぐにバレて囲まれて……とまあ話し始めると長くなるので僕の話はこの辺にしませんか? すずは別の話を聞くために彼等を家に呼んだのですよね?」

「そうでした! 里冉さんの話のにおいがしたんで!」


 俺としては灯さんの話がすげえ気になるのだが……ってなるほど、そういうことか。俺の事情に本当に興味あるのかこいつ、と思っていたが、そっちね。案外鋭いじゃねえか。

 などと思っている間に、樹が菘に問う。


「なんで兄貴絡みだってわかったの」

「楽の奴が法雨に潜入するなんて、里冉さん絡み以外ないと思って」


 いきなり呼び捨てかい。と思うが、俺も脳内では菘って呼んでるし、タメだし、まあいいか。とスルーすることにした。


「なんつーかその、法雨の当主に俺が里冉に悪影響だって判断されたみたいで、里冉が俺の記憶奪われて法雨に監禁されてんだよ。だから記憶戻してまた里冉班で一緒に忍びやれるように、潜入してるってわけ」

「はえ~、俺の知らない間にそんなことが」


 簡潔すぎるか? と思いつつ、伝わったようなのでこれ以上は言わないでおこう。


「はは、ざまあないっスね」

「お前、俺だとわかってからの距離感おかしくないか? 一応俺として話したの今日が初めてだぜ?」

「まあほら、ライバル同士っスからね~」

「なんの???」

「里冉さんを好きな者同士の」


 おいなんで俺まで好きな前提なんだ。とツッコみかけて、思う。もしかしてだけど本部で俺のこと威嚇してたのそういうことか?


「俺がいつ里冉を好きだって言ったよ……」

「わかっちゃうんスよね~、俺。てか、法雨の方々以外で里冉さんに好意的に接してる人は大体里冉さんのこと好きっスから」


 いつかに樹が言っていた、里冉と関わる奴は好きか嫌いかの二極化しがちだという話を思い出す。なるほどねえ。


「てわけで俺と楽はライバルっス! よろしく!」

「何がよろしくかわからんが……案外普通にダチになれそうでびっくりしてるよ俺は」


 差し出された手を握り、数回上下に揺らす。


「まあこの際友達でもいいっス。でも負けないんで」


 ふん! と謎に誇らしげな菘。

 まあ多分悪い奴じゃないことはわかった。わかったんだけど、なんというか……多分こいつ、ちょっとアホだな。

 そう思っている俺の目に、ニヤニヤとした菘の顔がどアップで映る。


「ていうか、楽の記憶なくしてるってことはもしかしなくても今なら里冉さん奪い放題っスね?」


 うん、多分じゃなくアホだろうな、と思う俺。でも嫌いじゃない。

 近ぇよ、と俺は手で菘の頬を挟んで、挑発するように口の端を上げる。


「鈴としても気に入られてっから俺。一目見て口説かれるくらいにはな」

「な……! くそっ……こいつ……」


 まさかあの出来事が菘相手のマウントに使えるとは思ってもみなかったな。ふふん。効いてる効いてる。


「ま、そもそも君じゃ会うことすら出来ないけどね」

「ぐぬぬぬ」


 突如俺に加勢してきた樹にとどめを刺されたようで、菘は唸りながら机に突っ伏す。

 その様子を見て灯さんが「まあまあ、これでも食べて元気出してくださいすず」とお茶菓子を片手に慰め始めた。宵さんは何故か俺のことをじっと見てにこにこと胡散臭い笑みを浮かべている。その顔を見て俺は思い出す。


「ああそういえばさっきはなんで叱られてたんすか、宵さん」

「君の変装をバラしたことをあかりんに話したら『無神経!』って言われてしまってね」

「ああ、それは間違いなく無神経なんで存分に叱られてください」

「ええ~嫌だなぁ、あかりんの説教長いんだよ」

「誰が年寄りですか」

「違わないけどそこまで言ってないよ」


 相手が神様と九尾であることをつい忘れてしまいそうな二人のやりとりに、思わず笑ってしまう。


「それにしてもすごい変装術だよね」

「さらっとバラしておいて褒められても……」

「とってもかわいいです」

「あ、ありがとうございます……?」


 灯さんに褒められ、嬉しいような嬉しくないような複雑な気分になりながら俺はお礼を言う。一方で、菘も「この見た目で喋ると楽だから頭バグるっス」と複雑な表情をしている。悪かったな。文句ならお前んとこの蛇に言ってくれるか。

 そうして初対面時を思い返した俺は、もう一つ気になってたことを思い出す。


「ってあとそう、例の、って言ってましたけどもしかして俺のこと知ってたんすか?」

「まあね。神様だし俺」

「そういうもんなんすか……?」


 神様、という単語を宵さんの口から聞いて、更にもう一つ気になることが浮かぶ。


「宵って名前、神名……じゃない、ですよね?」

「そうだね」

「なんて神様なんすか?」

「夜刀神」

「え」


 驚くほどあっさりと即答されたその名に、俺は面食らう。


「ふふ、冗談さ。驚いたかい?」

「そりゃあ、まあ……」


 夜刀神といえば、姿を見ただけで一族もろとも滅んでしまうという祟り神だ。

 冗談で良かったと安堵する一方で、冗談とはいえ神が他の神の名を騙ることが果たしてあるのだろうか、という疑問が俺の中に湧く。確かに宵さんは蛇神のようだし、夜刀神と言われれば当然信じる者もいるだろう。現に今俺だって、一瞬本気かと思ってびびったのだ。


「無駄っスよ楽。この人……じゃないや、この神、神名は頑なに教えてくれないっスから」

「え、菘も知らねえの?」

「そもそも本当に神様かどうかも怪しいんで」


 菘が茶菓子を食べながら言う。そしてつまりもうそれはほとんど自称神様の不審者ってことにならないか? と宵さんへと視線をやる。


「なになに? 今俺はもしかしなくても神かどうか疑われていたりするのかい?」

「そう……っすねぇ」

「失礼な、俺は間違いなく神だよ」


 不敬! と拗ねたように口にする彼の姿にはこれといって威厳はなく、代わりに幼稚さすら感じ取れる。うぅん、いよいよ怪しくなってきたな、と思う俺だったが、次の瞬間その考えは瞬く間に消え去った。


「じゃあアイツが────雨夜の奴が君を可愛がっていることを知っているのは、証明にはならないかい?」

「雨夜様を知ってるんすか……!?」

「まあ、彼とは色々あってね」


 不仲だけれど。と付け足す宵さん。誰にも言ったことのないはずの雨夜様との繋がりを言い当てられては、流石に信用せざるを得ない。


「どうして俺が可愛がられてるって……」


 その問いににんまりと口角を上げ、宵さんは「秘密♡」とだけ言った。雨夜様も言う気のないことはどうやっても答えてはくれないし、彼もきっとそうだろう、と俺はこれ以上の追求を諦めることにした。


「ていうか、本当に神様だとしたら」

「本当に神様だってば」

「菘はともかく、樹も見えるんだな」


 急に話を振られた樹は「え? ああ……うん、まあ」となんだか煮え切らない返事をした。


「一応、ね」

「そうなんだ」


 自分が見えるからとつい違和感を抱き損ねていたが、普通は多分見えないはずの神様。樹との意外な共通点が今更判明し、なんだか少し嬉しくなる。


「そんなことよりほら、折角九尾様とか神様がいるんだし聞いたらいいんじゃないの、記憶戻す方法」


 あ! そうか! と俺は手を打つ。長く生きているであろうおふたりなら、もしかしたら何か知っているかもしれない。


「何か知ってることないっすか。記憶に関しての術とか」

「記憶、ねぇ……」


 宵さんが考え込む。


「そういった類の術を扱うのを得意とした家系はよく知っているよ。随分と世話になったからね」

「世話になった」


 思わず俺が繰り返すと、宵さんは「うん」と言ってまたにっこりと笑った。


「けれど、俺の口からは言えないかな。君達が自力で辿り着くか、あちらさんが救いの手を差し伸べてくれるのを待つか……」


 そう、すか……と俺は肩を落とす。それから続ける。


「十様はそもそもなんであんな術が使えるんすか……? その術者の家系ってもしかして……?」


 すると宵さんは少し間を空けてから、「〝白の君〟はよく知っていると思うけど、聞いてないのかい?」と言った。思わず「は…………?」と声が漏れる。そのリアクションを見て察したようで、宵さんがまた胡散臭い笑みをその顔に浮かべた。


「うん、そっかそっか、彼が話していないのなら、これも俺から言えることじゃないな~」

「なんすかよく知ってるって……!」

「さあね~~」


 俺を見て言った、白の君。その表現で思い当たるのは、一人。白偽だ。

 地下牢で記憶らしきものを見た時から、ずっとおかしいとは思っていた。法雨に来てからアイツはやけに大人しい。やはりアイツは記憶の術、或いは十様に関して、何か知っている。そしてそれがおそらく大人しい理由とも関わっている。そんな気がしてならない。気になる。なあ、教えてくれよ、白偽。

 ていうかここまで言っておいて肝心なことは何も話してくれないって…………


「宵さんって、いじわるって言われません?」

「そういう君はもしかして雨夜にも意地悪とか言ってたりするのかい?」

「え、言いませんけど。あの方は優しいので」

「いっくん、どう思うこのツンデレ天使」

「俺に振らないでくれますか」

「もう、二人とも冷たいなあ。でもそんなところも可愛いよね、君達は♪」


 とまあそんなこんなで菘や宵さん達と話をして、あっという間に時間は過ぎていった。

 神社に参拝に来たはずが、いつの間にかダチの家に遊びに来たような感覚の休日となっていた。久しぶりにこんなに楽として人と話した気がしていい息抜きになったし、長寿人外組から聞ける話は新鮮で面白かった。術者の家系についてや白偽については(そもそも何故白偽のことを知っているかも)案の定あれ以上聞けずじまいで悔しかったのだが、まあ神様を頼ってばかりもいられないので大人しく自分で調べることにした。

 菘も樹と仲良くなれた(と本人は思っている)のが嬉しそうだったし、俺としても樹に同年代の友達(樹は友達とは認めてないだろうけど)が増えて嬉しいし、参拝に行きたいって言って大正解だったな。


 そんな神社からの帰り際、鳥居の麓で菘と灯さんと一緒に俺達を見送ってくれていた宵さんがふと「ああそうだ」と何かを思い出したように声を上げる。それから俺と樹を真っ直ぐにその黄金の瞳で捉えた。


「あの子達は、来世で同じ場所に流れ着く。泉の彼は特に、俺のせいでまた一人で辛い思いをさせてしまったようだからね。責任を持って導くよ」


 突然投げかけられた言葉。


「だから悲しむことはない。忍びの君達なら大丈夫だろうけど、一応ね」


 そう言ってにっこりと笑う。

 俺は意味を理解して、思わず樹と顔を見合わせた。泉の彼。また一人で。そう言われて浮かぶのは、泉狗のことだ。

 どういうわけか、宵さんと泉狗は縁があった。俺のせいで、がどういう意味かまではわからないが、おそらく人の身で知れることでもない。

 ただ彼は、俺達の肩の荷を下ろそうとしてくれた。そういうことだろう。


 確かに生死など実際にはなく、万物は無形であり、命は循環するものである。生身への執着は捨て、冬や睡眠を嫌わないのと同じように死を嫌うこともない。それが忍びの死生観。教え込まれてきた生き延び方。

 必要以上に悲しむことも恐れることも当然ない。……そうであるべきだ。

 しかし忍びである以前に俺達は人間だ。そして俺なんかは特にまだまだ未熟だ。目の前で岳火と優を喪ったときの悲しみを今もまだ覚えている。夾ともう二度とあの道場で共に過ごすことがない現実を思うと寂しいと思ってしまう。泉狗だって、付き合いこそ短かったが、いつか鈴としてではなく俺として友達になりたいと思ってしまっていた。できることならば万鱗で出会った日のような時間がまた訪れればいいと思ってしまっていた。お菓子を食べながらただ話すだけで楽しいと思える、あんな時間をまた過ごしたかった。次があったならそこには一楓もいたかもしれないし、多分なんだかんだ文句を言いながら樹も一緒にいてくれただろう。そんなもうない未来が頭につい浮かんでしまっていた。だから自分では吹っ切ったつもりでいても、どこかでまだ何かがつっかえていたのかもしれない。


 その証拠に、宵さんの言葉を理解して、俺はひどくほっとした。心なしか樹も、表情が少しだけ柔らかくなったように見えた。

 俺は斜陽の柔らかな赤に目を細める。その目がいつの間にか潤んでいたことに気がつき、笑う。


「ありがとうございます、宵さん!」


 もう終わったこと。だからあとは任せました、宵様。

 その言葉の代わりに、俺は元気よく「お邪魔しましたー! また来まーす!」と三人に向かって手を振った。手を振り返してくれる三人を目に焼き付けたあと、息をひとつ大きく吸って、前を向く。


『機を逃せばそれは二度と戻らないかも知れないことを、忘れずに──────』


 雨夜様の言葉が頭の中で響く。

 俺が法雨にいられる時間はおそらくあと少し。手遅れになる前に、本気で勝ちにいこう。


 さあ、ここからは俺の戦いだ。

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