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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
97/105

九十六話・焦燥


 俺が初日に里冉組の二人と対面したあの部屋。使用人寮だと人目があり、このメンバーの中で唯一表向きは女である鈴が浮いてしまうため、護衛組は自然と自由時間にはここへと集まるようになっていた。

 各々が好きなことをしている中、俺はどうやって里冉の記憶を戻してもらおうかと思考を巡らせていた。玖珂家の事件が終幕した今、まず第一に向き合うべきは俺の問題だ。簡単には受け止められない結末に流石の俺も少し気落ちはしたが、もうすっかり切り替えて、ああでもないこうでもないとあれこれ策を練っては成功率の低さに首を捻っていた。

 そんな俺の耳に、櫻夜さんに話しかけるはる兄のなんだか歯切れの悪い声が聞こえてきた。


「櫻夜、そういえば……さ」

「んー?」

「その、気になってたんだけど……」


 そう言ってはる兄が切り出したのは、例の櫻夜さんの自室から出てきた写真の話だった。

 櫻夜さんは悪びれる様子もなく「そういや見つかったんだったね~」といつもの調子で口の端を上げている。


「里冉様が切り取られてるのってあれ……どういうこと?」

「あ、気になるのそこなんだ。はるもだいぶ慣れてきたよね、俺に」

「まあそりゃ」


 なんて会話をしながら嬉しそうな櫻夜さんと照れくさそうなはる兄のことはもうこれ以上触れないでおいて、俺もそういえば気になってたんだよな、と興味を向ける。


「はるるんはあれ、どういうことだと思った?」


 ニコニコしながら質問で返す櫻夜さん。やっぱりどこか掴みどころがないというか、なんというか、食えない奴って多分こういうことなんだろうな、などと思う。


「質問に質問で返すなよ。まあでも、正直嫉妬かなって思った……な。お前独占欲バグってるし」

「せいか~い、さっすが俺のはるー♡」


 はいはい……と言いつつ満更でもなさそうなはる兄。忍びとしてはわかりやすすぎるのもどうかとは思うが、やっぱりこういうところが周りに愛される理由なんだよな。独占欲バグってるとのことだから櫻夜さんの前じゃとても口には出せないが。

 ていうか、結局触れちまってるな、くそう。ったく、人前で堂々といちゃいちゃしやがって……。などと思っていると脳内に「俺の気持ちがわかった?」といつものジト目の樹が浮かんできた。はいはい、よぉくわかりましたよ。すみませんでしたね。まあ俺のその相手は今俺のこと忘れてるからしたくてもできないんですけどねえ! ていうか俺らはあの二人ほど甘々オーラ漂ってないから! 漂ってない……よな?

 ……と俺が勝手に悲しくなったり自己評価に自信を無くしている間にも、二人は新婚夫婦のよう(というか話によれば実際ほぼそう)な空気感で「ていうかガチで嫉妬なのかよ、どんだけ俺のこと好きだよ」「え、まだ伝わってないわけ? もっと身体に教え込んだ方がいい?」「かっ……おま、ほんとそういうとこだぞ……」「え? そういうところが好き? わ~はるるんってばえっち~」「お前が言うな!」とテンポの良い掛け合いをしている。そんで聞いてて気付いたけど櫻夜さんのはる兄への言動ってちょっと俺相手の里冉に似てるんだよな。アイツよりずっと胡散臭い気はするけど。もしかしてこれ両方への悪口かな。まあいいか。


「イチャイチャするんやったら部屋帰ってもらっていいですか~」

「じゃあ帰ろっか」

「ごめん待って冗談まだその話続けてほしい興味ある」


 耐えかねたのか冬倭兄が冷やかしながら会話に入ったのに便乗して「鈴も聞きたいです!」と混ざる。本当に椅子から立ち上がろうとしていた櫻夜さんが元の体勢に戻りながら「興味って、何に」と不思議そうに聞いてきた。んなの一つしかないだろうが、と脳内でツッコみつつ、このメンツだけとはいえ鈴の立場上あまり馴れ馴れしい返しはしづらいため冬倭兄に返事は任せる。


「写真の話に決まってんだろ」

「ああ。もしかしてあれ見て俺がりーくん狙ったんじゃないか説出てたりした?」

「そのもしかしてだよ」

「え~やだなあ俺がりーくん殺そうなんて思うわけないじゃ~ん」


 信用ないなあ俺。と口を尖らせる櫻夜さんに、はる兄が「逆にあると思うか?」となかなか辛辣な返しをしている。伊賀とのパイプ役のことを言っているのだろう。櫻夜さんは「んまあ確かに」とイタズラっぽく笑って返す。


「でもまあ、なんにせよあって良かったでしょ? 写真」

「見張り中に月咲様の口封じ用って渡されたとき何考えてんだって思ったけど、まさかあんなすぐ役に立つとは」


 んで……と冬倭兄が続ける。


「本当にあれで良かったのかなって。あんな交渉の仕方したら、これからもはるは……」

「ああ、そのことか」


 はる兄がなぁんだ、と言いたげな声を出す。


「俺は慣れてるし、死にさえしなければ別にいいからな。他のやつターゲットにされる方があれだし。な、櫻夜」

「うん。はるの許可さえ出ればアイツのこととかいつでも殺せるから、まあ」

「こいつ……」

「安心して、許可は出さない」


 是非そうしてくれ……と冬倭兄は困ったように眉を下げて笑う。本当にそれでいいのかなあ、と思いつつ、今しれっと分家とはいえ法雨の人間殺す発言したなこの人……と俺が若干引き気味に櫻夜さんを見ていると、ふとこちらを見た櫻夜さんと目が合った。そのまま櫻夜さんは「そういや鈴は何が聞きたいって?」と話を振ってくる。


「あ! そうです。里冉様のお写真は残ってないのかと」

「切り取った方? あ~、残ってないね」

「そうですか……」


 何? 欲しいの? とニヤニヤする櫻夜さんに、まあ、はい。と返事する。今はもうなんでもいいから里冉の情報をかき集めたいのだ。何か記憶を取り戻すヒントになるかもしれないから。


「全部燃やしちゃったな、ごめんね」

「いえ……ダメ元だったので」

「そっか」


 余程しょんぼりしているように見えたのかなんなのか、櫻夜さんが「そうだ、鈴」と立ち上がって手招きしてくる。

 なんだなんだと思いながら素直についていくと、この時間はもう人の気配のない鍛錬場へと着いた。秘密の特訓でもしてくれるんすか……! と一瞬期待しかけたが、どうやら人目を避けたかっただけらしく、櫻夜さんは以前来た時に殺尾さんと樹と一緒にお饅頭を食べた休憩所に腰を下ろした。


「未練があるとかそういうわけじゃないんだけど、折角だしずっと話したかったんだよね。刹那た……刹那様のこと、らっくんと」

「あ、え、俺っすか」


 急に呼ばれて動揺しながらも俺で返事をする。櫻夜さんはそんな俺を見ながらいつものようにその顔に笑みを浮かべていた。前髪で隠れていない右目の緑が、夜の青みを帯びて怪しげに俺を捉えている。やはりミステリアスというか、不思議な魅力がある人だよなあ、と思いながら大人しくその隣に座った。


「師匠の話……っすか」

「あとほら、桜日のことも知ってるっしょ?」

「あ、はい」


 そっか、師匠のとこにいたってことは当然桜日のことも知ってるのか、とやっと本当に師匠との繋がりがあったことを実感する。


「二人とも元気してたかなって。俺にとっては家族みたいなものだったからさ」

「家族……桜日とも?」

「ん。ま、伊賀いた時の俺って全然こんな感じじゃなくてほとんど喋んなかったから、あんまちゃんと関わったことはないに等しいんだけど、一応兄貴のつもりではいたんだよね」


 兄貴。血の繋がりのある兄は他でもない俺なのだが、桜日にとっては一緒に育ってきた櫻夜さんが兄のような存在だったのか。そりゃそうなのだが、全然知らなかった。

 家族だと思えるということは、俺が思っていたよりずっと五十嵐の内側にいたのだろうか。だとしたら尚更、師匠に捨てられた時の絶望は深かっただろう。


「桜日にはなんて呼ばれてたんすか?」

「櫻夜兄様、かな、確か」

「へえ~。師匠には?」

「櫻夜」


 少し悲しそうに、けれど愛おしそうに答える櫻夜さん。


「刹那た……刹那様に拾われた時につけてもらった名前なんだよね、この名前」


 だからはるが拾ってくれた時に新しく名付けてくれても良かったんだけど、ちゃんと大事に持っとけって言われて~と惚気が挟まる。そして俺は気になってたことを口にする。


「さっきから気になってたんすけどもしかして師匠のこと刹那たん呼びしてました?」

「あは、実は」

「あの人そんな呼ばれ方してたんだ……」

「流石に本人の前じゃ呼ばないけどね?」


 そりゃそうだ。いやまあ呼んだとてそこまで気にしなさそうな人でもあるが、とはいえ櫻夜さんと師匠は主従なわけで。

 というかよくよく考えると俺は二人と知り合ってすぐ色々あったせいであまり深く知ってるわけじゃないので、むしろ俺の方が櫻夜さんに二人の話を聞きたいんだよな。従者と兄ってなると俺よりずっと近いところにいる時間は長かっただろうし。でも自分で切ったならまだしも理不尽に切り離された縁のことを掘り返されるのは、あまり気分がいいものではない……と思う。自分から聞きたいと言って俺を呼んだのは櫻夜さんだが、どこまで自分のことを話す気があるかはわからない。


「あ、櫻夜さんってうちの親父と師匠が親友ってこと知ってました?」

「なにそれ知らない。え、立花の当主と? あの人が?」

「そうらしいんすよ。俺も弟子入りの時に初めて知って」

「まじ?」

「んで櫻夜さんって殺尾さんと師匠のパイプ役だったんすよね?」

「だね」

「殺尾さんも昔うちの親父と仲良かったらしいんすよ」

「あ~、なるほど?」


 櫻夜さんの中でも繋がったようで、そういうことか~と納得の声を漏らした後、続ける。


「なんであの二人が知った仲なのかは詮索しないって決まりだったから今やっとわかった」

「やっぱそこは櫻夜さんにも伏せられてたんすね」

「昔なんかしらの縁でらっくんの親父さんと殺尾様と刹那様の三人が繋がってたから今も、ってことね。理解」

「まあ多分なんすけどね。立花の、としか言ってなかったんで殺尾さん」

「いや~そんだけ揃ってたら十中八九そうでしょ~」


 やっぱり俺以外でもそう思うのか。


「三人が仲良かったんだとしたらっすよ、やっぱ師匠が梯行くの意味わかんなくないすか」

「……それは、うん、そーね」

「親父のことも殺尾さんのことも敵に回しちゃうのに。そうまでして梯に入る理由があった、ってことなんだろうけど」


 ね。と短く相槌を打ってから、視線を落とした櫻夜さんは続ける。


「梯になるんだったら尚更俺のこと捨てなくても良かったのにとか……思わなくもないっていうか」

「正直俺もそう思うんすよね。法雨内部に自分の部下がいるのってかなり好都合じゃないのかなって」


 やはりあまり言及したくない話題なのか、考え込むようにして静かになってしまった櫻夜さん。そんな彼に、俺は浮かんでいたちょっと都合のいい解釈すぎるかもしれないことを口にしてみる。


「でももしかしたら、師匠のことだし、はる兄との関係知ってたから……とかもあるんじゃないかなって。勝手な想像なんでなんとも言えないっすけど」

「……どういうこと?」

「師匠にとっては櫻夜さんも我が子のような存在で、だからこそ自分の選択に無理に付き合わせたくはなくて、法雨で居場所見つけて自分の人生歩んで欲しかった……的な?」


 師匠のことなにも知らないも同然なんで、ほんとただの妄言なんすけどね。と、へらりと笑ってみせる。すると櫻夜さんは少しきょとんとした後、眉を下げて笑った。


「ならそういうことにしとくかー」

「え、いや、え? いいんすかそれで」

「うん。ていうかそれがいい」


 思ってもみなかった言葉に面食らう俺だったが、櫻夜さんの表情を見て、本人がそう言うならいいか、と思う。


「実際、あの時手を離してくれたから、はるとの今があるわけだし」


 これまでの掴みどころのなさとは打って変わった、柔らかく、心底今が愛おしそうで、それでいて触れ方を間違えたら簡単に壊れてしまいそうな繊細で美しい飴細工のようなその表情。師匠が櫻夜さんのことをどこまで知っていたかはわからないが、こんな顔をされたらそりゃはる兄との幸せを願ってしまうな、と思った。

 それから櫻夜さんの部屋を調べていた時にはる兄が言っていた、皆それぞれに濃い過去を持っている、の言葉を思い出す。櫻夜さんもきっと師匠と出会う前や出会ってからも色々、俺には想像もつかないことがあった人なのだろう。今の彼のはる兄への執着の仕方や愛し方から滲み出る歪でどこか幼い人格は、十中八九そういう……なんというか、劣悪な環境での育ち……が関係している。と思う。

 知り合って日の浅い俺が気付いているくらいなのだから師匠は当然わかっていたものとして、そうなったときにやはりあの人なら、と思いたくなってしまう。でもなんにせよそれはあくまで俺の希望的観測であって、事実とは切り離して捉えておくべき、なのだが……。

 ま、うん。櫻夜さんがいいならいっか。


 それからしばらく俺の知っている師匠や桜日のことを櫻夜さんに話したり、櫻夜さんから見た二人のことを聞いたりした。

 こうして話しているとやはり櫻夜さんが二人を大事に思っていたことが伝わってきて。はる兄に拾われて以降の夜神櫻夜としては直視しないようにしていたらしい伊賀での記憶と久々に向き合えたようで、もちろん少し寂しそうでもあったのだが、それ以上に嬉しそうに話してくれたのが俺も嬉しかった。

 そうして話がひと段落したところで、そろそろ戻らないとはるが寂しがっちゃう、などと言いながら立ち上がる櫻夜さん。俺が後に続いて立ち上がると、櫻夜さんが思い出したように「あ」と声を上げた。


「そーいや写真の件、本当はりーくん本人から『俺の写真は一枚も残すな』って言われてんだよね」

「え、なんで」


 さあ。と櫻夜さんは肩をすくめる。


「理由までは知らないけど、上の命令なんで従ってる次第……ってカンジ?」

「そうなんすね……?」

「てかこれ本当は言っちゃだめだから内緒ねー」


 え。と声が漏れた。まあでもそうか、だからはる兄達の前じゃ嫉妬ってことにしてたんだもんな。


「らっくんにだけはもしかしたら話してた方がいいかなって思って、これ伝えるためにも二人で話したくてさ」

「助かるっす、ありがとうございます」


 ていうか里冉は櫻夜さんがはる兄のこと盗撮しまくってんの知ってたんだな……と相変わらずなんでも知ってる里冉に思いを馳せる。もしかしたら里冉も同じことしてたからかもしれない、とまで思ったがいやいやまさか、とかぶりを振る。


「もしかしてアルバムにも残さないように言ってたりするんすかね」

「どうだろ。でもあれ十様がりーくんの写真欲しいからって話じゃ」

「っすよねえ……」

「まあ俺のに関しては使用人の手元にあるとまずいだけかも。万が一にも転売とかされたら面倒だし」

「あー確かに……」


 美人って大変だなあ……と呟いたのを最後に、俺達は鍛錬場を後にした。


 そうしてすっかり更けた夜の中、櫻夜さんと共に皆の元へと戻る。

 櫻夜さんのことは正直ちょっと怖い人かも、と思っていたのだが、楽として共通の大切な人の話をしたことでその印象もだいぶ薄れた。伊賀の、というか師匠の話をしている彼は、周りが語る櫻夜さんとはだいぶ違うようにも思えた。おそらく伊賀者としての夜神櫻夜はあんな感じで、甲賀者としての皮を被っているうちに甲賀者としての夜神櫻夜も確立していて、今はそっちで生きているということなのだろう。


 俺もこのまま鈴として法雨に居続けることも、もしかしたらやろうと思えばできるのかもしれない。などという浅はかな考えが頭を過ぎった。

 わかっている。居続けるどころか、既にもうそろそろ親父達が痺れを切らして迎えにきてもおかしくないということは。頭ではよくわかっているのだ。

 そんな思考に伴うように、ずっと考えないようにしていた不安が頭をもたげる。このまま何もできなくて、里冉が俺をこれっぽっちも思い出さなかったらどうしよう。何もできずに法雨を後にすることになったら、俺はどうするんだろう。もしまた里冉班が動き出しても、きっとこのままじゃそこに里冉の姿はない。里冉の中に俺の記憶はないまま、俺ばかりがやっと自覚したこんなどうしようもない思いを抱えて、会いたいと言うどころか思うことすら苦しくなって、いつかは俺もアイツのことをいっそ忘れたいと思う日が来てしまうかもしれない。そんな未来、きっとろくに息ができなくて苦しい。と言いたいところだが、幸か不幸か忍びとして育てられた分、俺も俺できっと里冉との思い出だけを全てなかったことにして、まるで何事もなかったかのように、伊賀で生きていけてしまうだろう。新しく誰かに恋をして、家族にもなったりして、本当にアイツのことなんてすっかり忘れて幸せに生きていく可能性だってないわけじゃない。

 でも、例え何事もなかったかのように生きていけたとしても、それはきっとすごく寂しくて、悲しいことだと思う。俺が桜日をずっと兄妹でない他人だと思うどころか、つい最近まで彼女の存在すら知らなかったことと同じように。それもきっと俺と里冉の場合は、桜日とのように次の出会いがくることさえ、きっと、ない。少なくとも今の俺はそんな道を選びたくないと思っているし、考えるだけでも胸の辺りがきゅうと締め付けられるのを感じている。

 それに、今をどうにか乗り越えたとして、今のこの俺がいなかったことになるわけじゃない。何もできない悔しさと、情けなさと、先に連れていけない思いを抱えたままここでずっと立ち止まる俺が生まれるだけだろう。そうなることが、ひどく恐ろしい。そんな未来を、俺は本当に受け入れられるのだろうか。


 ……だめだ。恐れも考えすぎも、忍びには必要のないものだ。今一人で考えたってどうにもならない。自分で不安を煽って焦るなんて、忍びが最も避けるべき行為だ。

 そうだ、明日は樹にそろそろ息抜きをしようと提案してみよう。来たるチャンスをしっかり掴んでものにできるように、きっちりオフの時間も取らねばならない。少しでも前向きに考えられる要素を自分で増やし、不安に負けないようにして取り組むのが俺達の任務のやり方だ。

 両の頬を、ぱちん! と叩く。隣を歩く櫻夜さんが「おー、どうした急に」と驚いたように言うので、「気合いを入れました!」と元気よく答えて笑って見せた。




   * * *




「そういえばこの前の五人兄弟、あとの二人も死んだんだって~?」


 甲賀のとある繁華街の路地裏。そこにある料亭の一室。普通の客は入れない、どころか知ることすらもない、会員だけの空間。

 定期的に集まり情報交換をする、といっても実際はほとんど各々が好きに飲んで食べるだけのただの食事会。そんないつもの光景の中、長い黒髪に明るい黄緑のインナーカラーを入れた中性的な少年がそう切り出した。幼い殺し屋がその赤い目を細め「らしいですね」と話に乗っかる。


「えっ……そうなんですか.……どうせ死ぬならウチ来てくれれば良かったのに……勿体ない……」

「僕が言うのもなんですがほんっと人の心ないですよね貴方。あ、おかわりください」

「はあい」

「アタシも~!」


 人の良さそうな顔をした店主の男が、殺し屋、それとセーラー襟の装束を着た少女に差し出された空の茶碗を受け取り、米をよそう。

 机の上には肉料理と副菜が並んでおり、皆美味しそうにそれを口に運んでいた。


「でも同じ死に方した方が兄達に会える~とか思って自ら来てもおかしくなかった気はするんですよね」

「そこまでイカれてますかねぇ?」

「たまに居るんですよ、同じ調理法でーって方」

「げえ、頭のネジどっかやっちゃってんねえ」


 店主と殺し屋の会話に、中性的な少年がそんな感想をこぼす。殺し屋が「君が言うんですか、それ?」と訝しげな視線を送るが、少年はひとつも気にせずに箸で茶碗の中の米粒を集めていた。


「案外弟には微塵も知らせてなかったとかぁ?」

「ありそ~」

「ていうかそもそも弟達食べないでって契約で貰ってませんでした?」


 殺し屋のその言葉に、店主がその顔にはてなを浮かべた。


「えぇ、覚えてないとかある?」

「覚えてはいますが自ら望んで来た時も食べるなって契約は無かったですし……? そもそも家畜との口約束を律儀に守る人います……?」

「ダーメだこの人」


 肩をすくめ、呆れたように笑う少年。そんな彼に少女が「まあこの人無害そうに見えてアタシらの中で一番ヤバいし、まともな反応期待するだけ無駄無駄」と店主を見ながら口の端を上げた。店主は何食わぬ顔で「そうですかねえ」と言うだけ言って、話を変える。


「あ、そういえばこの前法雨のご子息がついにこちらへ来てくださりまして」

「へ~。ご子息って……後継様?」

「いえ、次男様のところの」

「あ~あの腹黒そうな美人さん」


 そういえばうちにはこの前後継様の弟くんが来ましたねえ、と殺し屋が思い出したように呟く。


「食べに来たんですか?」

「そうかなと思ったんですけど、その五兄弟の話だけ聞いてお帰りになったんですよねえ」


 その言葉に、ふ~ん、と興味のなさそうな返事をした少年は少し間を空けて「待てよ?」と箸を止めた。


「ねえ陽、何話したのそれ」

「え? ええと、それぞれの仕入れ時期や方法、あとはさっきの約束の話とかですかね」

「気になってたんだけどその絆創膏ってもしかして」


 少年は店主の腕にある大きめの絆創膏へと視線を向ける。


「あぁそうそう、ご子息といえど取引の内容そう簡単に話すわけにもいかないので~と拒否しようとしたら毒剣でスパッと。話したらあっさり解毒してくださったんですけど」


 いやぁやっぱりあそこの忍びは物騒ですよねえ、とへらりと笑いながら話す店主。一方で少年は表情を曇らせる。


「はあ? なにそれ尋問されて話したってこと?」

「そうなりますねえ」


 その会話に、少女も「それヤバいんじゃない?」と箸を止める。


「何がですか?」

「この店ですよ」


 殺し屋が呆れたようにそう答える。呑気な店主はまだ三人が何を言いたいか理解していないようで、きょとんとしていた。


「わざわざ直接聞きに来たってことは何も聞いてないってことでしょ! そいつがサツに言ってたらとか思わないわけ~!? 悠長に食べてる場合じゃないんだけど!!」

「さっさと逃げる準備するよ~!」

「久しぶりに人間のことを恐ろしいと思いましたね」

「え?」


 慌てる三人を見ながら、心底不思議そうにかまどやの店主、日野陽は言った。


「十様の下にあるこの店が、どうして見つかるとまずいのですか?」


 帰り支度をし始めていた三人がその言葉でぴたりと止まる。それから順に席へと戻り、箸を手に取った。


「そういえばそうか……」

「忘れていました」

「れんれん人騒がせすぎ~」


 アンタもヤバいとか言ってたじゃ~ん!? と言い合いを始める少年と少女をよそに、殺し屋がえへへ、と照れくさそうに笑った。


「よく考えたら見つかってまずいのは僕と廉さんでした」

「そうですよ。なので食べ終わったらさっさと帰ってくださいね」


 あと万が一捕まってもウチとの繋がりは吐かないでくださいね。

 陽はいつも通りにこやかに、指名手配犯二人にそう告げるのだった。


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