九十三話・泉亭[3]
「なるほど……泉狗くんが……」
櫻夜さんとはる兄に泉狗の捜索を引き継いだその日の夜。
俺と樹、そして雪也さんと冬倭兄の四人は本邸の一室に集まって、今日一日で調べたことの共有をしていた。英兄と白兄の二人はまだ戻って来ていない。
俺達が玖珂調査の話をし終えると、冬倭兄が眉根を寄せてうぅんと唸る。13歳の子供が計画するには些か規模が大きいというか、無謀とも取れることをしているのが腑に落ちないのだろう。俺も気持ちはよくわかる。
「でも確かにそれなら環さんが動くのも分からなくはない……気はするっすけどね……」
「とりあえず俺達が聞いてきた環さん関連の話も聞いてもらうか」
「だね」
雪也さんが、携帯端末を取り出す。今回の調査での使用に限り、特別に法雨内での撮影許可が下りていたらしい。普段は禁止されているあたりが流石法雨というかなんというか。……いや待てよ?だったら櫻夜さんの部屋から出てきたあれは……?
なんて考えているうちに、俺と樹が見やすい位置に端末を置いた雪也さんが画面を操作し、動画のフォルダを開く。まず初めに画面に映し出されたのは茜雫さんの動画だった。
『基本いつもと変わらない感じだったね~犯人かもって思ってから目はつけてたし色々探り入れようとしたけど特に聞けた話はなかったな。あ、珍しくちょっと寝不足っぽい日はあったかも! やっぱり罪悪感で結構追い詰められてたんだろうなあ。でもそれくらいだなぁ』
再生が終わる。次、と開いた動画には金髪に褐色肌で眼鏡をかけたお兄さんが映っている。はる兄の親戚である嶺亜さんだ。
『最近の環さん~?? あ~~う~~ん様子がおかしいとかそういうのは心当たりない。そーいや前までオフの日に外飲みに行ったりしてたみたいだけど、ここ最近は無さげだったな~そんくらい?』
次。黒髪に赤眼鏡、あちこちに黒子のある色白の男性がいい声で喋り始める。要さんだ。
『これ答えたらなんか報酬ある? ははは冗談。いつもど~りのオカンっぷりだったことくらいしかわかんない。あー、夜中に嶺亜とゲームやってたら見つかって怒られたくらいかな。そういや起きてんの珍しい時間だったかもな、あれ』
次、この辺りのメンバーと仲が良く、本家配属は同時期だが分家時代ははる兄の後輩だったため今尚彼のことをパイセンと呼んで慕っている、来璃という女中。
『瓶の蓋に苦戦してるのとか、寝起きの秋をパイセンと一緒に運んでるのとか、袋のお菓子ぶちまけてるのとかは見たっす。それが何か』
最後。褐色肌で黒髪ポニテの少年、唐箕秋。そういえばはる兄はアキと呼んでいたが、本来の読みはシュウらしい。
『この前自由時間で作ってたお菓子くれた。おいしかった』
…………見終わって、ほとんど聞く相手を間違えている気がする人選だな、と思う。
ただ他の者達に至っては大して行動を共にしたり自由時間で一緒にいたりはしていないようで、このメンツが異変に気付いていなければ他の者も、という人選らしかった。つまり、やはり環さん個人を調べたとてそこから得られる情報はほとんどない、ということになる。いや本当に聞く相手が相手なだけの可能性もあるけど。
「最後二人の動画消しても良かったんじゃない」
「俺も流してて思いました」
「ね」
「むしろ要辺りからもういいと思ってた」
「っすよね~」
樹が言って、雪也さんと冬倭兄が同調する。一番下っ端である以上下手なことは言えないので俺は黙っているが、同意見だ。
「寝不足に関しては十中八九心因性の不眠、珍しい時間に起きてたのもそれ、飲みに行ってなかったのは……なんだろ」
ふと玖珂の情報にあった『阿曇と浪が飲みに行く仲』というのを思い出し、もしかして、と思う。
「上の兄達の失踪……ですかね?」
「ああ、なるほど? 確かに環さんも混ざってた可能性はあるね」
「そういえばお酒弱いはずだしわざわざ外に飲みに行くって変だなとは思ったっすね」
「お酒が目当てというより玖珂の面々と会うのが目当てだったのかもしれないですね」
だとすると、やはり親戚仲は良かったと思って間違いないだろう。そしてそうなってくると、先ほど冬倭兄が言っていたように環さんが動いたことの納得がいく。両親どころか兄をも失った小さな子供に頼み込まれては、彼はきっとそれがどんな内容であろうと断ることはできない。
「……泉狗くんが主犯、なんすかね」
「ま、今のところは十中八九そうだろうね」
「一体何が目的でこんなこと」
そこなのだ。結局そこが見えてこない。仮に法雨に恨みがあったとして、どうしてこんなまどろっこしいやり方をするのか、わからない。忍びが使う手らしくない、というのが現状見えている部分への正直な感想であるほどに、やり方がどうも引っ掛かる。だがそれも目的が何か次第ではもしかすると理にかなっているのかもしれない。つまり、おそらく単純な恨みによる計画ではない。
いや、わかっている。敵を勝手に想像しすぎるのはよくない。だが、今回に関しては明確な意図が隠されているような気配があって、きちんと考えれば全てが腑に落ちる〝目的〟が捻り出せそうな気がしなくもない。……まあ単純に子供の考えた作戦なので稚拙である、みたいな線も無いわけじゃ無いのだが。とはいえそうだとした時に環さんが関わっている事実が強烈な違和感を放ち始めるので、一旦無いと思って良いだろう。
「そういえば、例の現場付近に残っていた人影も背格好からして泉狗様ではないか、という結論に至りました」
「なるほど。確かに子供だったと言っていたな」
「あれって結局どういうことだったんすかね?」
その問いかけに、樹が口を開こうかどうか逡巡しているのが視界に映る。眉根を顰めて、何か言おうとして、やめる。内容を察している俺から話しても良かったが、なんとなく樹が言い出すのを待ってみることにした。
「……あんまりアイツの株上がりそうなこと言いたくないんだけど」
すぐには口にしなかった理由、大方そんなところだろうと思った。そして樹の様子と口ぶりで大体察したらしい二人も、ああ、と言わんばかりの表情をその顔に浮かべていた。
「双子に調べてもらった時にうちの忍びが使ってる忍器じゃなさそうだから、おそらく襲撃者が持ち込んだ忍器をアイツが反撃に使って……って話になったんだよね」
「あの方らしいですね」
「ね。アイツの戦闘スタイルからしても、まあほぼ確定でうちの優秀な後継様の仕業だろうなって。深追いしてないことに関してはよくわかんないけど、多分興味なかったんじゃない?そういう奴だし」
人影の正体が掴めたところで改めて説明すると、おそらくこうだ。
忍器の正確な形状や仕組みまではわからないがよくある毒煙装置だと仮定して、撤退時に襲撃隊が仕掛けていった毒煙装置に気が付いた里冉がそれを拾い上げ、去っていく泉狗の方へと全力投擲、命中した衝撃で破損&泉狗が気を失う、更に毒煙により数時間気絶、俺達の接近でやっと気がついた泉狗が一先ず破損した装置だけ回収して撤退、あの場には毒煙の名残と容器から漏れ出た液体部分が残された……ということだろう。
勝手に補完している部分も多いがそう遠くもない、と思う。里冉が襲撃現場の維持や護衛対象を優先して敵の深追いはしないタイプであることは、俺がアイツと再会したあの夜にもうわかっているし、今のアイツは尚更そんな状況で十様の傍を離れるはずがない。そして十様も、アイツを離すことはない。
「だとしたら、いくら夜目が効くといっても暗闇の中遠ざかっていく小柄の相手に命中させている辺り、流石としか……」
「ここぞという時にやってのける度胸と技量はそこらの忍びの比じゃないからな、うちの主は」
「は~~~~、腹立つよねほんと。だから言いたくなかったんだよ」
感心する二人と、不服そうな樹。そしてそんな三人を眺める鈴、という空間に、気配が二つ増える。
「只今戻りましたあ!」
「調査は一応完了。動機は大方これだろうな」
明るい声だがどこかから元気であるように見える英兄と、明らかに気分が悪そうな白兄。
部屋に入ってくるなり、白兄は空いていた椅子にどかりと身を預けた。その整った容姿によく似合ういつもの美しい所作を忘れたかのようなぶっきらぼうさに、俺はえも言われぬ緊張感に襲われる。白兄が怖いとかじゃない。ただ、これから聞くことになるその調査内容に対しての強烈な不安感というか、嫌な予感というか、とにかくそんなような感覚を覚えたのだ。
「まずはこれ。それから……」
言いながら白兄が皆が見える位置に置いた、数枚の写真と資料。それらが物語っていたのは、俺なんかの想像を遥かに超えた悍ましい現実だった。
それからどのくらい経っただろうか。解散することなくただただそこで待つことしかできなかった俺達の耳に、やっとその報せが届いた。
皆一斉に数秒前までの静けさとは打って変わった様子で部屋を飛び出し、報せにあったとある場所へと向かう。
辿り着いた先は、夜の闇の冷酷さだけを硝子瓶の中に閉じ込めたかのような、暗く、薄寒い、一つの部屋。
出入り口の横に佇んだ櫻夜さんとはる兄がその闇の向こうへと目配せをするので、促されるままに俺達はその中へと踏み入れた。
「きっとまた会うと思ったんだよね」
「泉狗、くん……」
「はは、びっくりした?」
連れて来られた彼─────玖珂泉狗はその深海の双眸で鈴の姿を捉えるなり、少しだけ照れくさそうに、そして酷く悲しそうに笑った。




