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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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九十話・頤の雫[3]



「先輩はどこで環さんだと気付いたのです?」

「倉庫に向かってる最中の会話だよ」


 環さんが拘束され連れて行かれたその後、俺は見事に犯人を暴いて見せた茜雫さんに話を聞いていた。


「たまさんはボクが襲撃の時間帯に宴会場にいなかったことを知っていたんだよ。あの日の宴会の規模で、更に厨房で大忙しだったはずのたまさんが、襲撃の時間帯に宴会場に誰がいて誰がいなかったかを把握してること自体すっごく不自然だからね~」


 あの会話の違和感はそこか。言われてみれば明らかにおかしい。それに環さん自身も宴会場にはいないということは茜雫さん不在の情報は人伝で聞いたということになるが、それなら「宴会場にいませんでしたが」なんて断定の言い方ではなく自然と「いなかったようですが」「不在だったと聞きましたが」などの言い方になるのが普通だ。まるで自分で逐一会場内の人間を確認していたかのような言い方。もしかしたら使用人長としてのスキルかもしれないが、にしても不自然だ。


「それだけで?」

「それだけで。まあ確信というよりは目をつけておこう~程度のものだったけど、その直後に怪しい行動に出てたから……ね!」

「すごい……流石先輩……」


 いやああんまり優秀さで目立つなって言われてるんだけどね~今回ばかりは目立っちゃったかな~えっへへ~、と照れ笑いする茜雫さん。

 確かに有能さを知られていない方が動きやすいし、実際これまで隠してきていたのだろう。それでも皆の前で環さんを検挙したのは……。


「たまさんは多分、ボクが暴くってことまで計算済みだと思うんだよね」


 だから、つい、ね。

 そう言って笑った茜雫さんは笑顔と裏腹に、悲しそうだった。




 そうして、環さんが捕まったことで使用人長を代わりに任された茜雫さんの指示のもと、宴会の後片付けが始まった。

 しばらくしてから部屋の外が少し賑やかになる。その方向へと視線をやっていると、まず雪也さんの姿が見えた。見張りにあたっていた護衛組の皆が戻ってきたのだ。全員────つまり、櫻夜さんも揃った状態で。思わず駆け寄る俺。


「お疲れ様でした皆様! おかえりなさいませ櫻夜先輩!」

「うん、ただいま」


 鈴のお手柄って聞いた、ありがと。とお礼を言われ、礼には及びません、と返す。お手柄といっても俺は作戦を立てただけで、当日はほとんど何もしていないのだ。


「それで、その……」

「気にしないであげて、久々の再会だからさ」

「あ、はい……」


 櫻夜さんの背中にピッタリとくっついて離れない背後霊のような白髪の成人男性がずっと「櫻夜ぁぁぁ~~~~~」と泣いている。いや、鳴いていると言った方が正しいかもしれない。


「ここ最近のはるの病みっぷりすごかったからなあ」

「大変だった」

「お疲れ様です、本当に」


 止めていた後片付けの手を再び動かし始める。冬倭兄と雪也さんが流れるように混ざって手伝いを始め、櫻夜さんとはる兄は戦力にならないと判断されたのか早々に寮に帰された。

 それからしばらく片付けを進め、ひと段落した辺りで中庭に面した廊下で月咲と快音の二人とすれ違う。


「月咲様、快音様。まだいらっしゃったのですね」

「ああ、今帰るところだ」


 冬倭兄が声をかけ、お見送り致します、と後をついて歩き始める。俺と雪也さんもそれに続く。


「こんな時間まで何を」

「当主に挨拶をしていた。本物の、だ」

「なるほど。ということは当主の部屋に?」

「ああ、そうだが?」


 ……待て、当主の部屋に入った?


「里冉……様は!?」

「なんだ貴様もあの男のファンか」

「あ、いや、その」


 様子が気になって思わず名前を口に出してしまった。まずい、こいつとの接触は極力控えろと言われていたのにやってしまった。


「えっと……」

「ふ、相変わらず悪趣味な女しかいないのかここは」


 月咲がボソリとそう言ったのが聞こえ、思わずカチンとくる。


「弟の恋人だと聞いていたが、結局狙いは奴というわけか」

「な……っ」


 そういえばコイツの取り巻きの前で彼女って噂肯定するようなこと言ったんだっけ。


「狙いだなんてそんな、滅相もない。樹様もあの場をやり過ごすために嘘を」

「へえ、だとしても随分と気に入られてるじゃないか。いったい何をしたんだ? あの弟君相手に。体でも差し出したか?」


 コイツ、さては当主の前じゃないからって本性を隠す気も無いな。そして下品だ。樹に自分で言ってた言葉を忘れたのか? 人のことは言えないどころか、法雨で一番品がないのは他でもない月咲だと思うが。


「あの樹様がそんなことで人を気にいるとでも」

「はは、冗談だ。そうムキになるな」


 他人のことになると沸点が低いのは自覚するところではあり、怒車にも簡単にかかってしまうのはわかっている。わかっているから月咲との接触を避けていたところもある。冷静になれ、俺。


「月咲様、それ以上は」

「冗談だと言ってるだろ。それで? 次期当主様のことが気になるのか?」


 雪也さんが割って入ってくれる。おかげで俺と樹の話は終わり、話題は里冉へと。


「前回から姿を見ないと思ったらまさかあんなところにいたとはね、まるで囚われの姫じゃないか」


 月咲の前に姿を見せていたのか。てっきり俺が最初に訪れた時のように身を隠して、だと思っていた。

 俺はあんなに苦労して接触したのに。どうしてこんな奴が簡単に会えるんだ。


「ああ~~そうだった、体を差し出して気に入られているのは君じゃなく彼の方だったねえ」


 わざとらしくそう言って、鈴へと視線を投げてくる。


「所詮はあの顔だけでのし上がった男だ、今は当主のお膝元で本領発揮中といったところか」


 くく、と馬鹿にしたように笑う月咲。彼の一挙一動全てにじわじわと己の冷静さが削られていくのがわかるが、視線は逸らして、声は聞き流せばいいだけだ。耐えろ、耐えきれ。

 俺が必死で理性を掻き集めていると、月咲は「ああ、そうか、なるほど」と何かが腑に落ちた様子の声を上げた。


「例の件で無能がバレたから、いよいよ籠の中で愛でられるだけの愛玩動物に成り下がったということか」


 何かがぷつりと切れる音が聞こえた、気がした。


「うちは忍びの家系だと思っていたがどうやら本家は彼の代から男娼の────」

「黙れ!!!!」


 気付けば俺は自身が今鈴であることを忘れ、叫んでいた。まずい、とすぐに思うが、既に拳を振り上げていて。


「鈴ちゃん!!」


 冬倭兄が咄嗟に俺を羽交い締めにし、名を呼んで鈴へと引き戻そうとしてくれる。

 助かった、と頭では安堵する反面、月咲への怒りが溢れて止まらない。冬倭兄の腕の中でもがきながら「お前がアイツの何を知ってるって言うんだ!!!! 言ってみろよ!!!! なあ!!?!??」と声を張り上げる。


「だめだ、鈴ちゃん、だめだよ」


 冬倭兄が宥める声が聞こえた直後、雪也さんに顔を鷲掴みにされ、口を塞がれる。おかげで言葉は止まる。その拍子にほんの少し戻ってきた冷静さをなんとか掴み、俺は冬倭兄の腕の中で大人しくなる。


「雪也、先に鈴ちゃん連れて寮に戻って」

「わかった」


 冷静になった途端、お二人に迷惑をかけたことへの反省が一気に襲ってくる。

 雪也さんに連れられて、静かにその場を離れた。




   * * *




 鈴と雪也が去り、取り残された月咲、快音、そして冬倭。

 何が起こったのか理解が追いつかず呆然と立ち尽くす月咲が「え………男……………?」と呟く声で、沈黙は破られた。驚くところは他にもあるだろうに、と思う冬倭だったが、実際知られて一番まずい情報ではある。


 すると宴会の間からほとんど言葉を発していなかった快音が、冬倭に向かって深々と頭を下げた。


「兄が申し訳ございません」

「ああ、いえ、そんな……顔を上げてください快音様」


 冬倭にそう言われ顔を上げる快音の顔には、表情がない。マスクで半分隠れているとはいえ、目元だけで十分にわかる。彼が今、感情を殺していることが。


「こちらこそ非礼を詫びねばならないですから。申し訳ありません。殴りかかろうとしたことに関しては上に伝えてもらって構いません。しかし」


 今度は冬倭が深々と頭を下げる。


「どうか〝彼〟に関しての報告は控えて頂けないでしょうか、お願い致します」


 快音がすんなり「わかりました」と答える一方で、月咲はフン、と鼻で笑う。


「図々しいな、謝る立場で要求とは」

「申し訳ございません。どうか、お願い致します」

「何故、奴がここにいる」

「言えません」

「奴の肩を持つ理由は」

「言えません」


 頭を下げたままの冬倭に、月咲が冷たく言い放った。


「答えはNOだ」

「そんな」

「黙っているメリットが僕には一つもない。即刻報告し、奴の肩を持つお前達ごと法雨から消してやる」


 その言葉を聞いた冬倭が、あ~~~……と頭を抱える。それから「これは使いたくなかったんすけど……」と呟きながら、懐から紙切れを数枚取り出した。


「これ、アンタの父親とうちの当主に証拠品と共に送りつけてもいいんすけど」

「な……っ」


 冬倭の取り出した紙切れは写真で、月咲はそれを見て顔を青くする。


「何故、それを……」

「本家には結構アルバムあるの知りません? その撮影係に過保護彼氏くんが依頼していたらしくて」


 杳己を取り囲んでいたぶっている月咲の取り巻き、そして彼らに拷問道具を渡している月咲。それらが写った写真をひらひらさせながら、冬倭は「うちの写真屋、優秀なんすよね~これなんかよく撮れてる」と続ける。


「……この僕を脅迫とは、いい度胸じゃないか」

「本当はこんな手使いたくないんすけどね」


 ぐぬ……と悔しげな表情をした後、月咲は大きなため息を一つ吐いた。


「わかった。先程見たことは口外しないと約束しよう。互いのために、な」

「ありがとうございます、月咲様」


 櫻夜がいざというときの為にと渡してきていた写真の使い所が、まさかこんなにすぐ訪れるとは。ていうか体張りすぎだろあの二人…………。

 そう思いながら、冬倭は中庭の池に映る月へと視線を落とすのだった。




 * * *




 鈴が雪也に連れられて寮に戻った、その同時刻。

 那岐の能力で解毒を済ませた白はすっかりいつも通りで、それどころか────


「やあやあ環さん、まさか貴方だったとは」

「白様……」


 地下牢に入れられた環の元へと、話をしにきていた。

 白と共にやってきた樹もこの人本当に元気だな……と多少呆れ気味で、あまりにもいつも通りな二人に環は安堵する。


「先程は申し訳ございませんでした。ご無事で何より……」

「幸いにも今回は水って前提があったからな。口をつけて本当の酒だった時点で察して吐き出したから、本当に大したことはない」


 見ての通りだよ。と樹が付け足す。


「倒れたのは半分は演技。動きがあったことを知らせて犯人捕まえるため。あんな毒じゃ俺は殺せないね」


 口の端を上げて得意げに笑った白は、ところで、と続けた。


「俺と樹がここに来た理由、わかる?」


 白がにっこりと笑う。


「尋問……でしょうね」

「流石。じゃあ俺達がさっさと上に戻ってぐっすり眠るためにも話して貰おうか、誰がこんなこと計画したのか」


 環は小さく笑って「何を仰るかと思えば、」と白と樹を見る。


「私が真犯人だからこんなところに入れられているのですよね?」

「……樹ぃ」

「そこからなのめんどくさい~~~って顔で俺を見るな」


 樹に冷たくあしらわれた白が壁に背を預け、腕を組む。


「俺達相手にまだそっから誤魔化せると思われてんの腹立つな」

「そうだね」

「さっさと吐いた方が賢明ってのも分かってて粘るんだろうな~と思うと気が重い」

「右に同じ」


 ふわあ、とあくびをしながら「飯抜いて三日後とかから開始でもいいんじゃないのこれ~」と怠そうに言う白に、樹が「逆らうのも面倒」とだけ答える。


「ん~~~じゃあ裏で糸引いてんのが誰かは一旦置いておこう。何が目的?」


 環は何も答えない。


「うん、話す気はないらしいな、よし帰って寝よう」

「白兄ってやる気ない時死ぬほどわかりやすいよね」


 だあって~と言い訳を始める白を他所に、樹が環に向き直る。


「茜雫の話していたことは全部本当?」

「ええ」

「あの毒が自決用ってのも?」

「はい」


 少しの沈黙が生まれる。すると環の方から質問が投げられた。


「今日の宴会は十様襲撃の犯人を炙り出すための罠ですか」

「そんなとこだね」

「十様のご指示で?」

「いや、俺達が勝手に計画してやった」


 白が答える。樹がちょっと、という顔をするが、白はお構いなしだ。


「俺達は当主を狙った奴に、正確には当主を利用しようとしている奴に辿り着くために動いている」

「利用しようとしている……?」

「ああ。だってここからなんだろ、アンタらの計画のメインは」

「どうしてそう思うのですか」

「自決用に毒を盗んだのに、使わなかった。つまり計画の中にはこの〝アンタが犯人だと暴かれて捕まる〟という状況が組み込まれている。そうだろ」


 樹はそれを聞いて、茜雫も『あわよくば本来の計画通り自分が炙り出されて計画が元の軌道に戻る』と言っていたことを思い出す。


「この先、何を企んでいる?」


 環は答えない。


「俺達に真犯人を知らせるところまでがアンタの役目、そうだろ」


 依然、答えは返ってこない。


「そのプラン、付き合ってやるから」


「アンタがその命を賭してまで協力したかった相手、教えてよ。玖珂 環さん」


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