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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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八十三話・隠れ陽[2]




「でもりーくんがりーくんらしく居られなくなってる元凶、どう考えても君だよね」


 そう言いながら客間に入って来たのは、金色の短髪から薄い緑の瞳を覗かせた綺麗な顔のくノ一。


「奈茅姉」

「い、いたんすか……」


 お使いに行った時とは全然違う奈茅さんのその表情に、少し怯む俺。

 近くの壁にもたれかかって腕を組む彼女は、樫さんの前で見せていた明るい姿とはまるで別人のようだ。正直かっこいいけど、だからこそ怖い。だってその怒りは、どう見たって俺に向いているから。


「君を助ける為にあんな無茶をしたのは確かだし、君が近くにいると忍びとして明らかに視野狭窄に陥ってたの、つっくん達も気付いてたよね?」

「……まあ、気付かないわけがないよな」


 英兄もバツが悪そうに目を逸らして、奈茅さんの言葉を肯定していた。そう……だよな、やっぱ。


「その元凶がのこのこ家までやってきて、今度は俺の番だとか言って自分勝手に助ける気なんでしょ?」


 ふ、と冷ややかに笑って奈茅さんは続ける。


「……私結構当主のやり方否定派のつもりだったんだけど、この件に関してはどちらかといえば同調せざるを得なくてさ」

「……っ、奈茅姉、もしかして」

「うち、甲賀一の忍びの名家だって忘れた? 潜入するならせめてずっと鈴ちゃんでいなよ、忍びとしても、考えも、全部甘いよ、君」


 本屋で指摘されたとき、誤魔化しきれずについ肯定してしまったのを思い出してしまう。

 わかっている。俺がまだまだ甘いことくらい。言われなくたって、俺が一番わかっている。だから図星を突かれるとついムキになってしまいそうになる。でもそれじゃ奈茅さんの思うツボだ。そんなだから甘いって言われるんだよ、と自分を戒め、感情を一旦横に置いておいた。


「……はい、自覚は……あります……。全部奈茅さんの言う通りだと思います……」


 でも、と続ける。


「お願いします……。アイツを、里冉を元に戻したい……それだけなんです……。報告だけは……どうか……」

「君の言う〝元〟は、法雨の人間からすると本来のあの子じゃないんだけどな」

「それでも……大事な人の記憶をなくしたまま生きるのは、不自然なままは……嫌なんです」


 ついさっきまでぐるぐる悩んでたのが嘘みたいに、本音が溢れた。

 そうだ、俺が桜日のことを忘れていたことがどれだけ悔しかったか。俺の意思じゃなく勝手に忘れさせられることが、どれだけ腹立たしかったか。実際今だって親父と茶紺への反抗心もあってこんなところまで来てるようなものだ。


「まるで自分がそうだったみたいな言い方」


 ああそうだよ、と言ってやりたくなるが、流石に立花の言い伝えの話をするわけにもいかない俺はぐっと堪える。


「奈茅さんも、里冉のこと好きなんすよね? だからアイツのことよく見てるし知ってて……」

「なっ……」


 図星だろう。というかざまあみろだなんて言っておいてバレないとでも思ってたのか。理由もなくただ他人の不幸を笑うような人じゃないってことくらい、俺にだってわかる。


「想像してみてください、望んでないのに里冉のこと全部忘れちゃう自分を」

「……っ、望んでないって言いきれないでしょ」

「アイツは望みません、そんなこと」

「たかが数ヶ月の付き合いの君にりーくんの何がわかるっていうの」

「それは……」

「君の存在に苦しめられてたかもしれないって思わないわけ」

「苦しめてたとしても、俺の……俺との記憶はアイツにとって宝物だったはずなんです」

「その自信どっから来るのさ」


 俺の前でのアイツを見て、それに気付かないわけがない。それくらい、里冉は俺の前じゃ自然体で、人間らしくて、自分の感情に素直だった。それが法雨の人間からすると里冉らしくない、本来の姿じゃないとしても、俺は…………


「奈茅さんは」

「……?」

「喧嘩した後わざわざ夜中に起こしに来て、弟に嫉妬してるかっこ悪いとこ見せたくなかった、って半べそかきながら謝る情けない里冉、見たことありますか」

「なかったら何」

「アイツが雨も雷も本当は苦手でビビってること、知ってますか」

「……っ」

「飢渇丸がまずいって文句言ってたのも、俺に食べさせるために料理始めたのも、きっと知らないっすよね。法雨じゃずっと完璧エリートしてたんですもんね」

「……」

「俺が知ってるアイツは、そんな奴です。俺にとっての本来の里冉は、俺が好きなのは、俺が取り戻したいのは、そういう里冉なんです。法雨に都合のいい、次期当主様じゃない」


 自分でもびっくりするくらい、鈴として法雨を見て思ったことを差し置いた〝楽としての本音〟が次々と出てくる。感情、一旦置いといたつもりだったんだけどな。俺もアイツのことになると、らしくなくなってしまうのかも知れない。お互いにとって悪影響かも。でもやっぱそれでも覚えてたいし、忘れられたくないんだよ。好きなんだもん。


「……君はやっぱり危険だよ」

「言いすぎました、すみません」


 煽りまくってしまったことを今更自覚し、思わず謝る。敵に回したいわけじゃないのに、そう内心で反省していると、奈茅さんはため息を吐いた。


「ずるいなあ、なんで私じゃないんだろ……」


 さっきまでとは違った悔しげなその声は、少し震えていて。


「あーあ。絶対私の方がりーくんのこと好きなのにな」

「俺だって負けてないです」

「さっきわかんないとか言ってたくせに」

「そういう好きかはまだ、わかんないっすけど、俺だって、いや俺の方がずっと、アイツのこと好きです」

「いーや私の方が好きだね」

「絶対俺のが好きっす」

「張り合ってこないでよ」

「先に私の方が~って言い始めたの奈茅さんじゃないっすか!」

「だって事実だし!!」

「んなわけ……!!」


 いつの間にか至近距離で睨み合っていたことに気付いて、ふと、二人して我に返る。思わず「ふ、」と笑みを溢す奈茅さんに釣られて、俺も張っていた気がついつい緩んで笑い出してしまった。


「なーにやってんだろ」

「ほんとっすよ」


 ずっとヒヤヒヤしながらも黙って見ていた白兄達が安堵の息を吐いて、「今の冉兄に見せてやりて~」「白のピアス録音機能あったらよかったのにね~」と茶化し始めた。やべえ絶対見せたくねえ。勘弁してくれ。


「本気なのはわかった。今はまだ言わないでおいてあげる」

「……!!」

「でも認めたわけじゃないから。止めはしないけどやっぱり協力もしない」


 ですよね……と視線を落とす。でもまあそうだよな。


「でもまた次さっきみたいにうじうじ悩んでたら、今度こそ当主に報告するから。助ける気ならちゃんとその気持ち貫きなよ。それができなきゃ当主に言い負かされるだけだよ」

「奈茅さん……!」


 いや、奈茅姉……!! と奈茅さんを見上げると、「いや、そこまでは許してないから」とバッサリ言われてしまった。シンプルに凹む俺。すると奈茅さんは「冗談だよ」と笑いながら俺の頭をぽんぽんと撫でた。な、な、奈茅姉~~……!


「……あっ、ところで話は変わるんすけど」

「ん?」

「そういえば本部って今どんな感じなんすか? 最近梯の話聞かないなって気になってて」


 俺らはいつ隊に戻れるか全くわからない状況だが、近況くらいは聞いておきたいと思っていた。そのことを思い出し聞いてみると、お三方は「あ~~……」と似たような反応をした。あ~~……?


「びっくりするくらい大人しいんだよね、奴ら」

「え」

「俺らが楽を助けに行った時にほら……冉兄が副リーダーかなんかを半殺しにしたらしくて。それのせいじゃないかって、上は言ってた」

「ええ……」

「つまりとっても暇」

「なるほど……」


 副リーダーってあれか、優と岳火を……あの日確か戦闘要員じゃないとかなんとか言ってたけど、参謀的な位置付けだったりすんのかな。だとしたら大人しいのも納得できる。司令塔が弱ってちゃ、組織は下手に動けない。


「平和なのはいいけど、復活した時が怖いよねぇ」

「本当にな」

「それまでにやれることやっとけムードだけど、なんだかんだ本部も……ね、混乱中って感じで」


 里冉班が丸々穴となってるのに加え、茉央殺しが明らかになったため廉が隊から外された上に逮捕状が出たらしく(まあ当然だよな……)失踪したこと、師匠と梵さんと朱花が梯となったのが甲賀の長にも知れてしまい朔様とそもそも隊の存続について揉めているらしいこと、師匠の件で五十嵐で色々あるらしく桜日が不在なことが多くなり奈茅班もあまり動けていないことなど……色々と大変らしいことを三人は話してくれた。


 話がひと段落したところで、樹が鈴を呼びに来た。そういやこの三人が当主のとこから戻ってきてたってことは樹も……と今更なことを思う。

 お待たせしてすみません、と鈴が言うと「例の物の成分調査依頼しに行ってたから別に」と言われた。それから樹に連れられるように、客間を後にした。


 そうして樹の常備する薬品の補充と暗器の手入れ道具の調達をしに、倉庫へと向かった俺達。並んで薬品棚を見ていると、樹がふと口を開く。


「さっきのあれ、ちょっと引いた」

「ひどいです」


 盗み聞きしてたのも引いたのも。と頬を膨らませてみるが樹の視線は棚に向いたままで、鈴などまるで見ちゃいなかった。ちぇ。


「いや逆にまだ好きって認めてなかったんだなって思って」

「さては結構最初から聞いてましたね。ていうかそっちです?」

「本部泊まった時の話でもう自覚してるものだとばかり。昨日もあんな泣いてたし」

「うう、掘り返すのやめてくださいよぉ……」


 樹の中じゃ相当前から里冉のこと好きってことになってたんだ俺、と複雑な気持ちになる。ていうか、よくよくさっきの話思い出したら白兄達の中の里冉も当たり前のように俺が好きってことになってたな。薄々気付いてはいたが、法雨のメンツにもバレバレなんだな……アイツ……。本当に忍びかよ、とちょっと心配になる。ダダ漏れすぎんよ。


 そんな話をしていると、倉庫の外から話し声が聞こえて来た。

 なんとなく気配を殺して盗み聞く体勢に入る俺達。話してるのはどうやら環さんと茜雫さんで、櫻夜さんのことを話しているようだった。


「本当にさっくんがやったのかな~? たまさんどう思う?」

「伊賀との繋がりがあっては疑われても仕方がないようにも思えますが」

「でもこういうのってフツ~疑われない人じゃないとやんなくない~?? 内部の犯行ってわかるタイミングなら尚更。これでマジでさっくんだったら忍びとしてどうなんだ~って話だし!」

「そうですね。……そういえば茜雫、君はあの時間宴会場にいませんでしたが、一体何を?」

「え、たまさんもしかしてボクのこと疑ってる~!? やだなあ、ちゃんと仕事してましたよ~茜雫くんこう見えて真面目だも~ん」

「ですよね」

「そういうたまさんこそ、実はアリバイなかったりして~!? なーんて」

「ありますよ、私は。厨房で大忙しでしたから」

「やっぱりそうか~」


 そこまで聞いて、樹と顔を見合わせる。


「茜雫、あの時間いなかったんだ」

「鈴も知りませんでした」


 声を落としながらもそう会話する。何してたんだろ、と呟く樹の声を聞いて、一つ、思い出したことがあった。


「……そういえば、環さんから『彼は特例で単独での仕事も多いためあまり一緒になることはないかも知れませんが~』という紹介をされた記憶があります」

「へえ、じゃあ普段からいないこと多いんだ」

「何を任されているかまでは流石に教えて頂けませんでしたが」

「そりゃそうでしょ」


 まあ使用人もみんな忍びだし、特例ともなると極秘の仕事の可能性もある。それこそ、里冉の身の回りの世話とかやってたり……するかも……だし。まあだとしたらあの時間鈴と鉢合わせることになってそうだし、違うと思うけど。


「……茜雫先輩が言っていた忍びとしてどうなんだ、って話、昨日似たようなこと樹様も仰ってましたね」

「内部の者ならこんなわかりやすいタイミングで実行しない、ってやつね」


 事件とは関係がないかも知れないが、なんとなく茜雫さんの動向が気になる。でもなんか、他にも引っかかる気がするな今の話……。


「どうするよ相棒」

「……好きにしなよ」


 俺が調べたがってるのがわかったのか流石相棒、とにっこりする。


 何が引っかかったかは結局わからないまま、俺達は一先ず茜雫さんを調べることにした。




   * * *




「そういえばたまさん」

「なんでしょう」


 双忍同様、倉庫に備品を取りに来た二人は濡れた傘を閉じ、雨粒を払う。


「#玖珂__くが__#の本家って今回どうして代理が出席してたの?」


 先客の傘が倉庫の入口の傍らにあった。その横に自身の明るい水色と白の可愛らしい傘を立て掛けながら茜雫が何気なく放ったその質問に、環は小さく息を吐く。


「私がそう簡単に家の内部事情を話すような忍びに見えますか?」


 茜雫はあははっと明るく笑って、「そうだね、そりゃ言えないか、ごめんごめーん!」と顔の前で両手を合わせ、謝りながらウインクを投げた。


「ほら、口を動かしてないでさっさと仕事してください」

「はいはーいっ」


 環に叱られた茜雫は素直に返事をし、倉庫の扉を開くのだった。

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