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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
82/105

八十一話・忍び入るべき宴の夜[4]


「櫻夜が捕まったってどういうこと」

「樹様……!! 鈴ちゃん……!!」


 慌てた様子で樹の部屋を訪ねてきた雪也さん。樹と俺は彼に連れられ、使用人寮の共有スペースとなっている一室に集まる護衛組の元へとやってきた。


 扉を開けた瞬間目に入ったのは、まさに今号泣してましたと言わんばかりの顔の杳己さんとその隣で杳己さんを落ち着かせていたらしい冬倭さん。

 その光景を見ていやさっきの俺達かよ、と樹の前で泣いたことを思い出して若干恥ずかしくなっていると、杳己さんがまたぼろぼろと泣き出してしまう。今日はよくこの人の泣き顔見るなあ……と思っている俺の隣でも、樹が(今日はよく男の泣き顔見るなあ……)と思っていそうな顔をしていた。


「さくが……さくが……地下牢に連れてかれちゃったんですうううう……!!!」


 地下牢。そんなものがあるのか法雨。とまず思うが、すぐにその言葉を理解して「はあ……?」と声が漏れる。

 泣きじゃくる杳己さんが必死に事のあらましを話そうとしてくれるが嗚咽で上手く話せそうもなかったので、代わりに冬倭さんと雪也さんが俺達に順を追って説明してくれた。


 時刻的には俺が部屋に戻る十様を見かけたすぐあとに十様を狙ったであろう忍びによる襲撃があったこと、櫻夜さんが伊賀───それも俺の師匠である五十嵐刹那との繋がりがあったこと、最近師匠が梯となったことがキッカケでその主従関係が消滅していたこと、襲撃が内部の者の企てである可能性が高いこと、それらの理由から何故か櫻夜さんが犯人だと疑われ真相がわかるまで地下牢に入れられてしまったこと。

 話を聞き終え、俺はなんとも言えない感情に飲まれていた。


「師匠と……櫻夜さんが……主従だった……?」

「そんな……元伊賀者ってだけで濡れ衣着せられるとか……」


 一通り聞いても衝撃の事実が多すぎて飲み込みきれない俺達。……を、なんとなくバツが悪そうに見ている護衛組。

 しばらく杳己さんの嗚咽だけが部屋に響いていた。


「櫻夜さんの無実を証明しよう」


 俺がそう言って立ち上がる。

 杳己さんが顔を上げてこちらを見た。


「……案外本当にアイツが犯人かもよ?」


 悪い冗談を言う樹に、杳己さんが間髪入れずに「櫻夜はそんなことする奴じゃないです」とガチトーンで返す。


「冗談だって。旦那のことになると沸点低いんだからもう」

「だ、だってぇ……」


 今のは樹が悪いと思う。でも確かに真相はまだわからないし、樹の言いたいこともわからなくはない。

 そう、まだ今の段階じゃ何もわからないのだ。なのに、櫻夜さんは地下牢に連れていかれてしまった。そんなの、黙ってられるわけないじゃん。


「無実かどうかはさておくけどさ。とにかく真犯人、俺らで確かめてやろうぜ」


 反対する者は、もちろんいなかった。




 真犯人を探そう。そうなったらまずは情報収集だ。

 襲撃について改めて教えてくれ、と俺が言うと、まず雪也さんが基本情報を話してくれた。

 襲ってきた忍びは同じ面をつけた五人。暗器を使う部隊。間違いなく暗殺が目的だったと思われる。それらを聞き終えた冬倭さんが「子供くらいの体格の忍びもいたって話でした」と付け足した。


「実行犯はともかく、タイミング的にほぼ100%内部の人間に主犯或いは内通者がいる」


 そう言った雪也さんに「なんで言い切れるんすか?」と聞く。


「宴会の日程をなんとかして知り得た外の人間の仕業だったと仮定しても、今回に限っては十様があの時間に部屋に戻るなんて内部の者ですら予想していなかったし、あのタイミングで襲撃を仕掛けるのはほぼ不可能だ」

「そもそも法雨内に侵入して潜んでいられる時点で地形や人通りが少ない場所、安全に通り抜けられる道を知ってる内部のものが引き入れた……ってこと、でしょ」


 樹の言葉に、確かに、と思う。他でもない俺自身、最近法雨にやってきてこの場所で何も知らないまま思うように動くことの難しさをよく知ったし。


「十様に恨みを持つ人間はいくらでもいるが、復讐目的で潜入しようとしても俺ら使用人含め内部の人間は全員忍びだから害意がある場合は採用試験時にほぼ確実にバレる。だからそういう奴が内部にいる可能性はまず無い。後から害意を持つ可能性もほぼ考えられない。鈴は樹様が連れてきた、ってのがあるから異例の採用だったが、本来は分家で使用人としての下積みが必須で、そん時にしっかり教育されてるからな。当主に歯向かうとどうなるかわからない程の馬鹿はいないはずだ」

「うんうん、雪也ですらわかってるもんなあ」

「うるさいぞ冬倭」


 じゃあ鈴がやった可能性も浮上するんじゃ? と思うが、だとすると流石に外に情報を漏らすのが早すぎるし、このタイミングで宴会があることを元々知ってて来たわけでもないのは上も重々承知なのだろう。なんなら未だに仕事を覚えるので精一杯なのがきっと筒抜けなのだ。実際のところ里冉のことで頭がいっぱいで襲撃なんて企てる余裕、ありはしなかったし。


「……つまり怪しいのは」

「伊賀との繋がりが確定していた櫻夜さん……になっちゃうのか……」

「そういうこと」


 とはいえ、襲撃した忍びが伊賀者とは限らないし、なんなら梯の可能性だってある。……いや、梯だったとしても師匠があちらへ寝返ったという情報がある限りは櫻夜さんが疑われるのか。


「でもねぇ雪也、実際のところそうとも言い切れないよ」

「何故だ?」

「単純馬鹿なお前と違って一度誓った忠誠は死んでも貫く、みたいな忍びだけとは限らないんだよ」

「単純馬鹿は余計だ」


 む、とする雪也さん。それに対して軽く笑いながら、お前のそういうとこが好きだけどな? と冬倭さんはしれっと付け足した。つい(もしかしてこの二人も……)と思った俺だったが、本来は恋愛禁止、の言葉を思い出す。まあそうか、そうだよな。ていうかクールなイメージ強かったけど、雪也さんってそんな感じなのか。


「内部の者だからこそ、十様の横暴もよく知っている。でしょ」

「それは俺も思ってた」


 樹が同意する。


「ただ本当に主犯が中の人間なら多分こんなわかりやすいタイミングで実行しないと思うし、俺は外部の者に唆された内通者がいるんじゃないかと思う」


 そうか、調べられても疑いが向くのはどうやってもその内通者で、主犯は内通者にそのまま擦り付ける気で、且つ内通者も擦り付けられる気で…って可能性、確かにある。


「だから襲撃の詳細や疑わしい者を投獄したことをわざわざ使用人にも共有してるあたりから考えて、その内通者を炙り出すための餌なんじゃないかな、櫻夜」

「なるほど……?」

「外の人間なんかに唆されるくらいだし、多分正義感が余程強いか情に厚いかのどっちかだと思うんだよね」


 樹のその言葉に、冬倭さんが雪也さんをチラリと見る。ないないない、と首を横に振る雪也さん。


「ってなると内通者は無実の櫻夜が投獄され続ける状況に何かしら思わずにはいられない。しかも幸せいっぱいのはずだった今の櫻夜が、ね」


 今度は樹が杳己さんへと視線をやる。


「擦り付けられる気でいたなら尚更……って感じか」

「うん。まあ憶測でしかないし、上が何考えてるかなんて俺は知れた試しがないからわかんないけど」


 今のは絶対里冉へのコンプレックスからくる発言だ、と思う。これ以上続けると樹がどんどん卑屈になっていきそうな気配がして、話題を変えた。


「そういや櫻夜さんってなんで伊賀と繋がってるのバレてんのに使用人……しかも樹の護衛までしてたんすか」

「伊賀と法雨のパイプ役だったんだよ、アイツ。……まあ伊賀っつかあれは刹那さん個人との、って感じだけど。実は昔から刹那さんと法雨の一部の人間は繋がりがあったみたいで、利用してたんだよな、当主は」

「むしろ伊賀との繋がりがあったからこそここにいる、って感じだったのかも」


 それってつまり師匠は法雨に伊賀の情報を流してたり、逆に法雨の情報を仕入れたりしてたってこと……? そんな素振り全くなかっ………あれ? もしかして、里冉が利月として道場に来てた時に「刹那さんは俺を売るような人じゃない」とかなんとか言ってたの……あれって、そういうことか……?

 ていうか昔から法雨と繋がりあったって、しかも内部に自分の忍びを置いてるなんて、師匠って一体──────ここまで考えて、ふと殺尾さんの爆弾発言を思い出す。

 昔は立花のと……多分親父と仲が良かった。そんでもって師匠と親父は親友だって言ってた。ってことは、あの三人ってもしかして、今の里冉班みたいな状況にあったかもしれない………のか………? それとももっと隠れて───それこそ昔の俺と里冉みたいに自ら里の垣根を越えて仲良くなっていた……?


「つかそれ知ってんのもさっきまで当主と樹様と殺尾様とはるくらいだったんすよね~」

「俺もアイツが失踪してから知ったんだけどな」

「あ、そうだったの?」


 詳しく聞くと、どうやら馴れ初めで言っていた『なんやかんやあって失踪して死にかける』のなんやかんやは師匠が梯に行ってしまい主従ではなくなった件のことらしい。

 感情のないお人形さんだったのも、師匠のモノとして生きるが故のそれだったらしく、つまり『師匠に捨てられる』→『生きる意味を失って死のうとする』→『杳己さんが拾う』→『新しい飼い主兼パートナーとして共に生きるようになる』的なことだったらしい。

 正直急に無くしていた感情を取り戻して杳己さんの好意に応えるなんて…そんなことできんの……? と思っていたが腑に落ちた。なるほど、たまたま全てが噛み合った奇跡のカップルってことね。うわあ、現実にいるんだこんな漫画みたいな馴れ初めの人達……。


 ……尚更、羨ましいと思ってしまった。

 でもよく考えたら俺って里冉とどうなりたいんだろう。今はとにかく不自然なままの里冉が嫌で、俺との記憶が俺にしかないのが癪で、まだまだ一緒に忍びでいたいしいつか隣に並べるようになりたいから、記憶を戻したい。これが恋愛感情かって言われると、杳己さん達みたいな関係になりたいかって言われると、わからなくなる。

 そりゃ初恋だったのも確かだけど……。そもそも恋なんて名前のつく感情かどうかは幼い俺には判別できてなかっただろうし、現に今だって知らないも同然だ。忍びである以上、色には警戒心ってもんが必然的に付き纏う。


 でもこういう話を聞いてまず浮かぶのは当たり前のように里冉の顔だし。羨ましいって感じちゃうし。……あんな号泣するくらい、俺じゃなくて鈴を口説く里冉の姿に耐えられなかったし。


 まだはっきりとはわからないけど、多分、きっと、俺の〝離したくない大切〟は─────


「とりあえず、各々調べられそうなことを調べて共有しよう」


 樹が言う。

 そうだ、今はまず櫻夜さんをなんとかしないと。


「俺達、忍びでしょ。情報収集とか、使用人よりよっぽど本業じゃん」


 口の端を上げて、不敵に笑う樹。今日はやたら泣き顔を見る分、樹のかっこいい姿も見る日なのかも。


「こうなったらさ、徹底的に暴いてやろうよ、真相」


 場の士気が上がるのを、肌で感じた。

 雪也さんと冬倭さんはもちろん、メソメソとしてた杳己さんでさえ忍びの顔になったのがわかった。


 俺はここではほとんど鈴としてしか動けないが、幸い樹が『樹組(護衛)の一員』として雇ってくれたおかげで双忍として一緒にいることもできないわけじゃない。樹と目が合う。考えてることは同じっぽい。


「俺……! 櫻夜のアリバイ調べてきます……!」


 勢いよく杳己さんが立ち上がる。なるほど、「なんだかんだ強いんだよ」な……。


「じゃあ櫻夜周りの調査ははるくんに」

「任せてください……!」


 そう言うなり、部屋を出て行こうとする杳己さん。居ても立っても居られないというその姿は、いかに櫻夜さんのことが大事かが透けて見える。いいな、あの素直さ。嫌いじゃない。


 そんな杳己さんをまあ待ちなって、と冷静に止める樹。どうやらまだ言いたいことがあったらしい。


「内部の者の犯行である可能性が高い。つまり、わかるね?」

「調べていることは極力誰にも悟られないように、ですね」


 樹は「そう。」と安心したように言って、今度こそ「それじゃ! 行ってきます!」と部屋を出ていく杳己さんを見送った。

 それを皮切りに、それぞれが「俺も、」と動き出した。もちろん俺達も部屋を出て、そのまま使用人寮も出て、月明かりの下を並んで走った。本邸の、十様の部屋のある方へと。


 すると樹がふと、俺に問いかけてきた。


「……確認だけど、本当に犯人楽じゃないんだよね?」

「ったり前だろ、いくら里冉が監禁されてるからって襲撃なんて考えつかねえっての」


 十様のことは正直まだよくわからないし。もしかしたら今回の件で殺したいくらい恨みを持つことになるかもしれないとは思わなくもないけど、現時点で殺してまで里冉取り戻そうなんて強行に走るような奴に見えるか? 俺が。


「樹も違うんだよな?」

「こんなややこしいタイミングで殺ろうと思うほど馬鹿じゃない」


 思っていたより襲う選択肢のありそうな返しに、ええ……とちょっと戸惑う。


「冗談だよ。別にそれほど嫌ってるわけじゃない。というか俺個人の感情は今はどうでもいい、に近いかな。だからこそわざわざこんなタイミングで襲撃までするかって言われると、有り得ない、になるんだよ」


 なるほどな、と樹らしい理由と言い方に安心する。確かに俺が樹の協力で潜入してる今、むしろ十様に喧嘩を売らないよう気をつけ─────


「……ッ?」

「どしたの」


 急に立ち止まった俺に気付いた樹が振り向く。

 今、夜風に乗ってか、微かに変なにおいがした。それと同時に、何かが動く気配がした。それは俺達からどんどん遠ざかって行く。


「誰かいた……?」

「同じように現場見に行ってたうちの使用人とかその辺じゃないの」

「いや……俺らくらいの体格のやつ、使用人組にはあんまいないだろ」

「いないこともないけど……子供?」

「多分」


 流れてきたにおいは本能的に吸い込むのを躊躇う感じのそれで、おそらく毒か何かだろう。まさかとは思うが襲撃時のものか? だとしたら……


「どっちの方」

「あそこの茂み。においもあそこからする気がする」


 におい……? と呟く樹を連れて、その茂みへと近づく。近づくにつれ濃くなるにおいに流石に気付いたらしい樹が「なるほど」と口元を押さえた。

 既にほとんどは大気に溶け込んだのだろう、かなり薄くはなっているが毒素を孕んだ何かがここにあったのがわかる。よく見ると地面の草が一部不自然に倒れていて、誰かが通ったのがわか……いやこの範囲、もしかして蹲っていた或いは倒れていた?

 近くの草木に近づいて嗅ぐと、青臭い緑のにおいと土のにおいに混ざって明らかにそれらのものではないにおいがした。


「まさか、な」

「いやいや……流石に今の今まで残ってるとか、ないでしょ」


 襲撃があってから既に数時間は経っていた。どんなにトロい忍びでも、どれだけ法雨の敷地を把握していなくても、せめて本邸の周辺からは離れるだけの時間は十分すぎるくらいにある。


 ──────でももし、気絶していたなら?


「やべ、追った方が良かったかも」

「罠かもよ」

「あ、確かに」


 とりあえず、と樹が踏まれた草の一部を採取して小袋に入れる。明日しれっと那岐さんあたりに成分調査を依頼しておいてくれるらしい。

 そうして切り替えて本来の目的だった周辺調査をしようと移動していたら、周囲の見回りをしていたらしい藺月さん(門番さん)に見つかってしまった。「こんな時間にデートですか。いやあ宴の夜って盛り上がっちゃいますよね、うんうん、でも子供は寝る時間ですからね」とかなんとか言われて帰るように諭されたのがすっげえ不服だったが、流石に調査を続行するわけにもいかず、俺達は大人しく帰路についたのだった。

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