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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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八十話・忍び入るべき宴の夜[3]


 長いようであっという間だった宴会が、終わった。

 お見送りを終え、会場の後片付けをし始める使用人達に混ざって鈴も淡々と仕事をこなしていた。


「食器回収終わったらそっちの机拭いて」

「はあい」


 自らも動きながらテキパキと指示を出す櫻夜さん。その姿を見ていると、法雨に来てから会った時に気になったことを思い出した。


「そういえば、櫻夜先輩って少し前はメッシュ入れてませんでした……よね?」

「え? ああ、そうだね」


 本部で法雨兄弟をお迎えに来た櫻夜さんの姿をチラチラ目撃していたため、その時にはなかった気がした白いメッシュが増えていることが気になっていたのだ。

 記憶違いじゃなかったことに安堵する俺。すると櫻夜さんが続ける。


「入れたんだ、最近。証として」

「証……?」


 なんの……? という顔をする鈴に、櫻夜さんはにっこりと笑って言った。


「結婚」

「結婚!!??!」


 予想の遥か斜め上を行く答えに思わず大声を出してしまった。やべ、声張りすぎると男ってバレる、とヒヤリとする俺だったが、すぐにそんな心配は何処かへ行った。

 代わりに別の心配が増えたから。


「結婚はしてないよ、さく」

「はる先輩……!」


 櫻夜さんの後方から照れ笑いを浮かべながら現れた杳己さん。幸せそうなオーラとは裏腹に、その顔や腕にはさっきはなかった包帯やガーゼが増えていた。


「でも俺のさく……っていう証なのは確か」

「うん。そういうこと」


 そう言って櫻夜さんを後ろからハグする杳己さん。ハグされた本人は肩に乗った頭を当然のように撫で、櫻夜さんのものとは反対側に入った杳己さんの黒メッシュをさらりと指で梳く。

 怪我について言及する暇もなく盛大に惚気られた俺は、流石に理解する。


「お二人って……なるほど……? お、おめでとうございます……?」


 結婚ではないと言ってはいるが多分実質そんなところだろうと察した鈴が賀詞を述べると、お二人は「へへ、ありがと」と嬉しそうに笑った。うおお、眩しい。


 こんな空気で怪我について突っ込むの野暮かな、とか思って聞けずにいるうちに、雪也さんと冬倭さんが来て「こらそこ、鈴ちゃんの前でイチャイチャするんじゃない」とお二人に言い始めた。


「薄々気付いてたかもだけど、この二人そういうことだから……」

「全然気付いてなかったんですけど、これまでの言動が全部腑に落ちましたね」

「本来は恋愛禁止なんすけどね~うちの使用人。でもこいつら……っていうか櫻夜が特例で」


 その言葉で、樹が「ちょっと色々ややこしくて」と話していたのを思い出す。


「もうすんっごい大変だったんだから、この二人がくっつくまで」

「その話する?」

「え、聞きたいです、気になります……!」


 長くなりそうなので止まっていた片付けの手を全員で再開させながら、話を聞かせてもらった。


「まず俺がコイツのこと好きになっちゃって」

「でもその頃の櫻夜、感情らしい感情がなかったんだよ」

「何それって思うじゃん? いや本当に、恋愛感情ももちろん無くて」


「んではるってこんな性格じゃん」

「どういう意味さ」

「ネガティブで一人で勝手にどんどん追い詰められてく性格」

「否定のしようがなかった」

「叶わない恋してんのが耐えられなかったらしくて、めちゃくちゃ病んでて」

「あーーあーーーそこはいいって話さなくて」


「もーね、さくと何かある度にはるのメンタルケアする俺達がどれだけ大変だったか」

「櫻夜を恨んだ日もあったな」

「うそ、恨まれてたの俺」

「早く自分の気持ちに気付けよって何回思ったか」

「そうそう、その頃から本当はさくもはるのこと好きだったくせにね」

「でも自分のこと感情のないお人形さんだと思ってっからコイツ、ばかだよな、ほんと、俺のことあんなに病ませてまでお人形さんでいる必要なかったろぜってぇ」

「メンヘラ出てんぞ」


「なんやかんやあって失踪して、死にかけんの、コイツ」

「ほんと人騒がせなやつだよな~~~~~~~」

「もしかして今俺に文句言うために話してる?」

「いや言わせろよ文句くらい。どれだけ俺達が探し回ったと思ってんの」


「んでやっぱそういう時に見つけんのははるだったんだよ」

「自己肯定感の低さ故にあんまり期待してなかった俺との思い出の場所で……見つけて……」

「はるが自己肯定感高かったらもっと早く見つかってたんだよなあれ」

「あそこにいたの見た時ンンンンやっぱ俺のこと好きじゃん!!!!! って思って嬉しかった」

「情緒どうなってんの、相手死にかけてんだぞ」


「それからだよな、はるのこと素直に好きって認め始めたの」

「ていうか連れて帰ってきた時点でもうはるにべったりで」


「さくがはるとじゃなきゃだめ、生きていけない、の一点張りだしえぐいほど距離近いしで、流石に生還報告ついでに上に報告して」

「こう見えてさくめちゃくちゃ仕事できるし忍びとしても優秀だから上も流石に解雇はしたくなかったみたいでさ」

「こう見えて……?」

「いや前はまじで酷かったよお前の印象」

「性欲魔人の最低チャラ男って感じ」

「誰彼構わず食うしな」

「だからはるがあんなに荒れてたんだからな」


「さくがメッシュ入れたのはそれからちょっとあと。そんではるが指のピアス外し始めたのもそんくらいの時期だったよな」

「うわ、冬倭にも気付かれてたんだそれ」

「そりゃわかるよ、忍び舐めんなって」


 そこまで聞いて、大変さをなんとなく察した俺はなるほど……そりゃすんっごい大変だったんだから! って言いたくなるな……と思う。と同時に、湧き上がってきた感情があった。


「……羨ましいな」


 思わず口をついて出た本音に自分で動揺して、誰かに拾われる前に慌てて「あ、いえ! なんでもないです!」と言ってしまう。その上言及されるのが怖くて、つい「机! 拭くんでしたよね! 私、台布巾取ってきます!」とその場を離れてしまった。




「ねえ、鈴ちゃんとして馴染みすぎてて忘れてたけど、そういえばあの方って今……」

「あ。え、もしかして俺らすげえ無神経なことしちゃった……?」

「もしかしなくてもそうだろうな」




   * * *




 深夜。こんな時間に俺の部屋に来るなんて一人しかいないでしょ。そう思いながら突然の来客をそっと中へと入れる。


「何、今日も来たの」

「ん……」

「来るまでに人に見られてないよね?」

「多分」


 一応鈴の格好ではあるものの、明らかに今のコイツは楽だ。

 だからこそ楽らしくない程に大人しいその姿に、なんとなく何があったか察してしまう。


「元気ないね」

「ん……」


 ああもう、楽が大人しいとすんっっっごい調子狂う。あーあ、どうせあのクソ兄貴のせいなんでしょ。はいはい、お兄様の尻拭いはいつだって弟の俺の仕事ですよ。仕方ないから話聞いてあげる。いや別に弟としての仕事じゃなくて普通に、双忍としてですけど。


「やっぱりダメだったの」


 俺がそう聞いた瞬間、楽の大きな赤い瞳からぼろぼろと大粒の涙が溢れ出して来た。え、いや、まさかそんな、泣くなんて思わないじゃん!? と俺はついオロオロしてしまう。


「ちょ、嘘でしょ? 何? そんなショックなことあったわけ?」


 何も言わずにただぼろぼろと泣き続ける楽。なんかこの感じ前にもあったな、なんて、攫われた楽を目撃していた桜日さんが泣きじゃくっていた光景を思い出す。あれ……なんか俺はたから見たらやたら黒髪美少女泣かせる男になってない……? 不本意にも程がある。


「と、とりあえず座りなよ……」


 扉の前で立ったままだった楽の手を引いて座らせ、水分……と飲み物でも取ってこようとした俺だったが、無言の楽に袖を掴まれてしまった。

 仕方ないので隣に座る。けどちょっと困る。こういうときどうすればいいかなんて、友達作らない俺がわかるわけないでしょ。


 しばらくぐすぐすと泣き続ける楽。何も言わずにただ隣にいる俺。こんなので本当にいいわけ……とずっとぐるぐると考えてはいたが、次第に落ち着いて来たらしい楽が嗚咽混じりに当主の部屋でのことを話し始めた。


「本当に、俺のことわかんなくなってた」

「そっか」


 まあそうだろうな。と思う。あの記憶を奪う術は、昔に見たことがあったから。

 現に今も、愛したはずの人を忘れたままこの家で生きる人を、知っているから。


「会って、実感しちゃって、そんで」

「うん」

「なんか、鈴として口説かれて」

「はあ!?」


 できるだけ穏やかに話を聞く気だったのに、秒で穏やかではいられなくなってしまった。流石に聞き捨てならないなそれは。


「なんで!? どうやったらあの短時間で口説くに至るのあの阿呆は!?」

「今夜だけ、どう?って」

「あーはいはいクソ野郎だね間違いなかった」


 やっぱ下半身でもの考えてるんじゃないのアイツ~~!!??!?!!? とついブチギレる。ほんとバカの極みじゃん、楽だってわかってるならまだしも、初めて会う鈴にそんな、ねえ!?


「目綺麗って、俺好みって言われて、でも理由が、当主に似てるからで」

「はあ~~~~~~~…………?」


 愚行に愚行を重ねるんじゃないよあの阿呆。なんかもうそんな奴の弟に生まれてしまった俺が泣きたい。ていうかそりゃそんな最低フルコース食らったら流石の楽も号泣するって。よく俺の部屋来るまで我慢してたなとまで思う。

 いやわかってる。記憶奪われてるから仕方ないって。記憶があったら楽以外の奴に興味すら示さない奴だもんアイツは。なんなら楽だったからこそ口説かれたし好みって言われたんだろうって。でも、でも!!


「ゔ、聞けば聞くほど最低すぎて頭痛が……」

「なんであんなやつ助けに来たんだろおれ……」

「ご最もすぎる」


 最低、という感想しか浮かばなくなってしまって、でも多分俺がボロカス言えば言うほど楽がどっかで余計に傷付くだろうなって。そう思って、話を少しだけ変える。


「楽、人前でこうやって泣くイメージがあまりにもなかったからびっくりした……」

「おれもびっくりしてる……」

「そう……」


 いや結構泣いてんだけどおれ……と付け足す楽に、あ、そうなの? と思う。


「目の前で友達殺されたときとか……」

「それ泣かなきゃサイコパスでしょ」


 たしかに……と呟く楽。号泣してたからかなんかいつもより幼いっていうか、全部ひらがなに聞こえるな。気のせい?


「そういうのじゃなくてさ、自分に嫌なことがあっても感情的になるイメージがなかったっていうか」


 他人のそれならあり得ないくらい沸点低いけど。でも嫌なことに対しては泣くより怒るか冷静に流すイメージだから、どの道俺の前で泣くのはかなり意外だった。


「ああたしかに……いつもならもっと冷静かも……」

「むしろ『こうなったら一秒でも早く記憶取り戻してやる!』とか燃えそうなイメージ」

「樹……もしかしておれよりおれに詳しい……」

「それはない」


 流石に、それは、ない。


「今日のはなんか……うん……すげえ嫌だった……なんで俺がこんな思いしなきゃなんないんだろうって……」

「ふ、楽もちゃんと自分のことで傷つけるんだ」

「俺のことなんだと思ってたの樹」


 そう聞かれるとなんだと思ってたんだろう、とちょっと考えてしまう。的確な表現が浮かばなくて、最終的に楽は楽でしかないな……? という当たり前の結論に至った。

 すっかり落ち着いたらしい楽に、「なんか樹って俺が凹んでるときの方が笑うよな」と言われた。人をそんな性格悪い奴みたいな言い方しないでくれる?


「そういえばさ、会いに行ったあとちょっと放心しててそのまま部屋の周りに座り込んでたんだけど、部屋に戻る十様を目撃した」

「へえ」


 まあそりゃ放心もするよ、と愚兄の愚行を思い出してしまって頭痛が走る。


「なんかちょっと不安げ? で、急いでる感じ……? で、変だなって思った」

「予想はしてたけどいつもよりずっと早く部屋に戻ってたし……やっぱり常に兄貴のそばにいなきゃ落ち着かない、みたいなことなのかな」


 だとしたら相当やばい状況だろうなあ、あの部屋。

 そういや当主の側近なはずの哀でさえもあまり中に入れてもらえないって言ってたっけ。当主の兄貴への愛が重すぎる上に歪みまくってるのは噂では聞いてたけど、実際こういう状況になってみるとより狂気を感じる。普通自分の孫にあそこまで執着する……?


 そんな話をしていると、珍しく再びノックの音が響く。まずい、鈴がいるの見られたら深夜に女中連れ込んでる奴だと思われる……! とドキッとするが、聞き慣れた声で「樹様……! 起きておられますか……!」と聞こえてきた。どうやら訪ねて来たのは雪也らしい。


「……どうしたの」


 扉を開けると、これまた珍しく息を切らしてめちゃくちゃ焦った様子の雪也がそこにいた。

 何、今日は人のレアな姿を見る日なの? と思っていると、呼吸を整えた雪也がばっと顔を上げて言った。


「た、大変です、櫻夜が……!」


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