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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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七話・目を盗む




 法雨十は、本家の使用人の中から稀に気に入った忍びを一族の者の護衛につけることがある。


「り、里冉様……何処……」

「またやられたか……」


 その里冉護衛組に選ばれたのがこの二人、唐箕杳己(とうみ はるき)望月雪也(もちづき ゆきや)

 ……とはいえ、里冉の場合は護衛など必要のない(むしろ足でまといとなる)ほどの実力者なため、実際は護衛とは名ばかりの監視役である。


「ど、どうしよう……また当主にお叱りを受けてしまう……」

「ああ…まずいな……」


 そしてこの護衛、選ばれたわりにはポンコツである。

 というのも、里冉が最近反抗期なのかなんなのか、護衛組が使用人として忙しいタイミングを見計らって一人こっそり屋敷を抜け出すことが増えたのだ。本来そういう場面でこそ護衛(監視)としての真価を発揮すべきなのだが、里冉の方が明らかに忍びとして上手であるため二人はいつも気付けずに無断外出を許してしまっている。


 そして今日は定期的に法雨で行われる大型の宴会。こんなチャンスを里冉が見逃すはずもなく、案の定また護衛組は撒かれてしまったのだった。


「俺達で何とか誤魔化すしかない……」

「何を誤魔化すというのですか?」


 突如背後から聞こえた幼い声に、声にならない悲鳴をあげる杳己。何故ならその声は当主の側近、哀の声だったから。


「い、いいいいえ……なんでもありません……」

「そうですか? ところで当主が里冉さんを探してらしたのですが、何方に居ますか?」


 恐る恐る振り向くとそこに居たのはやはり狐面の少年で。どちらかというと強面と言われる杳己の顔が、その言葉で一気に泣きそうになったのを哀が見逃すわけもなく。


「はぁ……またですか……」

「おぉい杳己、お前顔に出すぎなんだよ」

「雪也がフォローしてくんないからぁ!」

「俺のせいかよ」

「どちらも悪いでしょう……これは当主に報告せねば」

「わぁぁぁ待ってくださいお願いします」

「嫌です。僕は十様の命令しか聞きません」


 泣きつく二人を一蹴し、哀は当主のところへ報告に向かってしまった。

 あぁぁ……終わりだ……とその場にへたり込む杳己。一方、雪也は諦めたのか既に使用人モードに切り替えていた。


「ま、今までなんだかんだ許されたし今回も大丈夫だよな、うん」

「なんでそんなポジティブでいられるんだよ……」


 さ、料理運ぼ。とスタスタ歩いていく雪也を、杳己は「置いてくなよ~……」と弱々しく追いかけるのだった。




   * * *




 護衛組の目を盗んで屋敷を抜け出し、出てきたのは里の東に位置する繁華街。活気溢れるそこの路地裏、待ち合わせの店である料亭・かまどやの前へと。

 近年の当主の支配的な動きによってここら一帯の殆どの店には法雨の息がかかっているが、ここも例に漏れず……というか、そもそもうちの使用人の親戚がやっている店なため俺が法雨里冉であるということがバレると少々面倒くさい。なので軽く変装をして、待ち合わせ相手を待った。

 ……彼なら、変装していても余裕で俺だとわかるだろうし。


「やあ、やっと会えたね。愛しの君」


 突然聞こえた冗談交じりの声に振り向くと、彼はその瞬間がばりと抱き着いてきた。


「わ、と……なんですかその愛しの君って。大袈裟ですね、泪さん」

「はは、ここ最近は帰ってきてもなかなか君に会えなかったもんだから……下手したら寂しさで死んじゃいそうだったんだ……はぁ里冉……本物の里冉だぁ……」

「ふふっ、お久しぶりです。変わりませんね、貴方は」


 とはいえ近いです。と引き剥がすと、嬉しそうに細めた緑眼と目が合った。

 俺が待っていたのはこの人、紫藤泪(しどう るい)。旅をしながら一応忍びもしている旅人さんだ。

 この人と俺がどういう関係なのかは、端的に言うと『小さい頃に遊んでもらっていた近所のお兄さん』といった感じである。……少々俺に対しての言動が変態臭いのだが、忍びとしての実力は確かなちゃんとした……ちゃんとはしてないか、なんなら藺月が言っていた〝根無し草のタラシ〟というのはわりと的を得ていたな。

 そんな失礼なことを考えていると、俺が待っていたもう一人の人物が泪さんの背後から顔を出した。


「あの、僕のこと忘れてませんか」

「やあ紫鶴(しづる)くん。相変わらず小さいね」

「久々に会って第一声がそれってどうなんですか……というか貴方が無駄に伸びたんですよ。僕だって成長くらいしてますから」

「そうだね、ごめんごめん」


 綺麗なオッドアイをジト目にして俺を見上げるこの小さな子は、紫鶴という。泪さんと一緒に旅をしている少年だ。

 ちなみに紫鶴という名は泪さんが一緒に旅を始める時につけた名前らしく、俺は本名は知らない。


「久々だし、今日はお兄さんが奢っちゃうよ~」

「ほんとですか~わぁいご馳走様です~」

「泪さん……貴方どこにそんなお金が……」

「まあまあ、子供はそんなこと気にしちゃだめだよ~」


 店の中では名前を呼び合うのは無しでお願いします、と断りを入れてから店に入り、空いていた角の席に座った。

 手早く注文を済ませ、旅の話を聞いたりしながら料理が運ばれてくるのを待つ。


 しばらくして料理が揃うと、俺は至って普通のトーンで本題を切り出した。


「それで、今回頼みたい任務ですけど」

「こんな店の中で堂々と話せることなんですか」

「わざわざ忍鼠を寄越してまで呼び出すくらいには重要なものなんだろう?」

「ええまあ。でもここは他の席との間隔も離れてますし、環境音に声を紛れさせれば内容までは聞き取れないです。それに、もし聞けたところで貴方達以外にできる芸当でもないので」

「なるほど、ということは」


 これだね、とウィンクして見せる泪さん。隣の紫鶴くんが微妙な表情でそれを見ているのがなんとなく面白くて、くふふと笑いを零す。


「……少々、いえ、かなり危険な任務になると思いますけど……頼めますか?」

「もちろん」

「危険な相手なので狙われて命を落としかねないですが、それでも?」

「君に頼られるのは大歓迎だよ。任せて」


 貴方なら、そう言ってくれると思ったんですよ。そう思いながらにっこりと笑って、端的にやって欲しいことだけを伝えた。意図や詳細は、伏せたまま。

 流石に色々と聞かれるかと思いきや、泪さんはこれといって詮索せず二つ返事で引き受けてくれた。あまりにあっさりとしていて内心驚く俺だったが、明らかに紫鶴くんが一番困惑していたので「そりゃそうだよねぇ」と思った。


「何か分かればその都度報告すればいいんだね?うん、わかったよ」

「本当に受けちゃっていいんですか……」

「だって断る理由、ないでしょ?」

「いや命の危険……」

「あはは、それを理由に任務を断る忍びが何処にいるのさ」


 さらりとそれを言えてしまうところは好きだな、と思う。これだから貴方は信用出来るのだ。


「それじゃ、頼みますね。報酬は最初の報告の後に」


 それからはごく普通の雑談をしながら料理を堪能し、宣言通りご馳走してくれた泪さんにお礼を言い、店の前で二人とは別れた。

 帰ったら護衛組に怒られてしまうな~、ていうかそもそも藺月に敷地に入れてもらえるかすら怪しいけど……なんて思いながら一応帰路につく。


 今頃らっくんは何をしているのだろうか。会いたいな。あの子和食好きだし、かまどやの料理絶対好きだろうな。いつか連れてきてあげたいな。それよりも得意になった手料理を振る舞う機会が欲しいけど、立場上そう簡単にはいかないし……。

 ああ、早く壁が無くなればいいのに。




   * * *




 そんなこんなで屋敷へ帰ると、案の定護衛の二人に何処へ行っていたのかと問い詰められた。

 心配したんですからねっ! と涙目のはるくんに謝りながら、ゆきやんに「当主にはなんて言い訳したの?」と聞くと、ゆきやんではない声で答えが返ってきた。


「里内にはいるし直に戻りますよ、と伝えたよ」

「白……!」


 涼し気な顔で現れたのは法雨白(みのり つくも)。俺や樹の従弟である。


「おかえり、冉兄。まったく、使用人困らせるのは趣味か何か? 当主に呼ばれたとき死にそうな顔してたから思わず助け舟出しちゃった」

「めちゃめちゃ助かりました……」

「ふふ、ありがとう白。……ピアスは外して行かなくて正解だったかな」

「……わざとなくせに」

「あはは」


 ま、いいけどね。と呟く白に「甘いなぁ」と笑う。

 するとそれまで仁王立ちで話を聞いていたゆきやんが動いて、俺の手を引いた。


「さ、宴会欠席した罰です。片付けの手伝いしてください」

「えぇ……主に向かってよくそんな……いや、お手伝いくらいするけどねぇ……?」

「ほら、行きますよ」

「はいはい」


 そうしてもう片方の手をはるくんに引かれ、宴会の後片付けへと駆り出された俺だった─────






「今更〝例の事件〟の調査依頼、ね……。何考えてんだろう、冉兄」

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